めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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暴走。
これでアンケートはあの子が一位になるハズ……!


君の相談ってホントに当たるね

 

 

 

 

 

 

「はい、これ。――『雪の鉄○』」

 

 教室前で陽キャ男子から小説を渡される。

 去年クラスが一緒だった男だ。

 バレンタインでは、彼のお陰で変な誤解が消えて最後に何人か話せる相手が出来た。加えて、初恋の相談でも随分と世話になった恩がある。

 それに加えて、だ。

 こうして本の貸し借りをする仲。

 広義的に言えば友だち?の部類なのだろう。

 

 ただ、この陽キャ男子……。

 

 俺はブックカバーを軽く外し、小説の表紙を見る。

 これだけでは判断が付かない。

 付かない……が、これまで勧めて貰った作品たちからこの人が好んで読む物のジャンルや傾向から概ね見当が付いている。

 

「また重い話?」

「そうかな、面白いよ」

「えぇ〜……」

 

 以前に借りた『その女アレッ○ス』といい、彼から借りた数々の作品は中々にずっしりと胸に重たい物を残していく。

 面白いから別に良いけどさ。

 彼の人柄からは明らかに予想が付かない内容ばかり。

 この爽やかな笑顔すら真意を疑ってしまう。

 

「俺からは……そうだな」

「ん?」

「『108○間』って映画。良かったら借りてみてくれ」

「どんな話かな」

「それは観てからの楽しみ。まあ、君好みの話って感じだと思う」

 

 きっとそうだ。

 もし、これで返ってきた感想が『好きなヤツだ』とかだったら確定である。

 陽キャ男子は俺の勧めた映画をスマホで検索している。

 

「うん。帰りにでも借りてみよう」

「俺も読んだら返す」

「了解。じゃ、また」

「あ、ちょっと待って」

 

 帰ろうとする陽キャ男子の肩を掴んで止めた。

 彼が振り返って首を傾げる。

 

「実は相談があるんだけど」

「また恋?」

「そうじゃないけど、女の子の話」

「何だか前田君からそういう話が出ると楽しいよね」

「ちょっと意味分からん」

 

 割と深刻な悩みなんだよ。

 前回の虹夏の件だってそうだ。

 相談に乗ってくれるのは有り難いが、別にエンターテイメントを提供しているワケではない。以前の相談に親身に乗ってくれて、且つしっくりくる答えを気付かせてくれたから頼りにしているんだけども。

 

 二人で廊下の端に寄って話す。

 後ろの窓から差す光を背に受けた陽キャ男子が少しだけ物々しげな空気を演出しているかのようだった。本人にそんな意図は無いが、少しだけ面白い。

 

「それで、女の子って?」

「本人の名誉の為に実名は伏せるけど」

「ふむ」

「ソイツ、よく俺の家に入り浸るんだ。飯も食ってくし、何なら風呂も入って勝手に泊まる」

「泊まる?服とか自分で準備してるのかな」

「俺の服」

「あはは。飽きさせないな君は」

「そんな面白いか、俺の不幸」

 

 やっぱり性格悪いよな、この人。

 若干人柄への疑念が深まるが、話を続ける。

 

「それだけなら別に良いんだよ」

「…………」

「や、良くは無いけど。でもソイツ、他にも家に上げると異様に機嫌が悪くなるんだよ。例えば友だちとのお揃いとか取り上げるし。こう……言い難いけど家に来る知り合いが俺に噛み跡付ける人もいてさ、それ見たら爪立てて形まで変えようとしてくるんだよ」

「おはぁ……」

「これ、俺ってその子にとって何なのかな……?」

 

 名前は伏せたが、要は山田だ。

 虹夏とのお揃いを取り上げられるのは割と辛い。

 きくりさんの噛み跡に爪立てるのはかなり痛い。

 顔も知らないきくりさんや、親友の虹夏に対して恨みは無いだろうから、恐らく俺本人に起因した悪感情からそんな事をするのかと自分なりに推理した。

 でも、分からない。

 山田がそんな事をする理由って。

 

「どう思う?」

「一周回って、よく気づかないね」

「馬鹿にしてるなぁ」

「……前田君ってさ、前の相談の時も思ったけど実は自分の事殺したいほど嫌いでしょ」

 

 その一言に、思わず顔が引き攣る。

 爽やか陽キャ男子から出るとは思えない発言であるのも勿論だが、俺が普段から抱えている暗い感情の芯を言い当てられた事への動揺が大きい。

 何を見てそう思ったのだろう。

 第一、虹夏の件でそんな風に思うのか?

 

「な、んで?」

「君と話してると、『自分なんて絶対に好かれるワケがない』って強迫観念じみた物を感じる。伊地知さんに憧れてたのも、届かない人……言うなれば自分に対して何も思わない距離にいたりするからでしょ。距離が縮まる程に憧れが薄くなったのも、手の届く他人になったから」

「…………マジ、かよ」

「うん」

 

 ズバッと言うが、成る程しっくりくる。

 でも。

 

「それが、今話した女の子と何の関係が?」

「んー、僕が言っても良いのかなぁ」

 

 陽キャ男子がここにきて渋り始める。

 結論は自分で出すべきなのだろうが、『自分の事が殺したいほど嫌い』というだけで山田の感情を推し量ることはできない。

 暫し陽キャ男子は黙り込んでいたが、俺の方を見て諦めたように溜め息をつく。

 

「その子は前田くんを誰にも譲りたくないんだよ」

「…………は?」

「だから他人とのお揃いなんて見たくないから取り上げるし……痕を上書きするのは中々魂消たけどね。でも、それくらい執着してるんだよ」

「執着……」

「でも、君は自分のことが殺したいほど嫌い……そう思うくらいだから、『自分が他人に好かれるワケがない』って根底で思ってるんだ。だから他人からの好意にも、反射的……無意識っていうより生理的に目を背けてるから分からない」

「…………」

「逆に、一度認めるとその人にはとことん甘くなる」

 

 陽キャ男子の言葉を脳内で反芻する。

 自分が嫌いだから、こんなヤツを好きになる人なんていないと思い込む。だから他人から好意なんて抱かれる筈がない、か。

 たしかに、人の好意はかなり疑うタイプだ。

 基本的に損得勘定で考え、相手にとっての利益を推測して合点がいくと好意を受け取れる。

 素直に受け止められたのは……ひとり、の時だな。

 一度認めると、どこまでも甘い。

 図星過ぎて少し目眩がする。

 

「それじゃ、何か?」

「ん?」

「その子は俺が好きって事?」

「話を聞く限りでは……途轍もない独占欲の持ち主だ」

「ど、独占ン〜……?」

 

 山田が?

 あの山田が?

 

 ソレだけは全くしっくり来ない。

 山田が執着する物なんて、飯と自由と音楽だけだ。

 一人の人間にその矛先が向いた姿というのが微塵たりとて想像がつかない。

 陽キャ男子のこの推理も、対象が山田リョウだと知ったら覆るだろうか。

 

 でも無闇に名前は上げられない。

 今更だけど、女の子を家に上げて、しかもその子がそんな行為に及んでいるだなんて知れている今、実名を明かせば他校なら兎も角この学校に通っている以上は何かしらの過ちが起きる。

 陽キャ男子もきっと山田を知ってると思うし。

 

「ここまでが僕の考えだけど」

「ふ、ふむ」

「参考になったかな?」

「ああ。貴重な意見だったと思う」

「……確かめたいなら、その子にこう言うと良いよ。『去年同じクラスだった○○さん関連で彼の妹と付き合い始めたけど、流石に恋人いるからもう家には来ないでくれ』ってさ」

「うぇ……○○さんに迷惑だろ」

「大丈夫。それ僕だから」

「ごめんなさい」

 

 名前だけとはいえ妹をそんな安く扱うなよ。

 いや、それよりも名前憶えてないのバレた。

 俺は腰を直角に折って謝る。

 別にいいって、と柔らかい声と笑顔が頭上にあるけど……その笑顔はホンモノでしょうか?

 

 それにしても……その作戦、大丈夫か?

 まず俺が人と交際関係にあるなんて一発で露見しそうな嘘をついたら、一瞬で看破されて笑われるに決まっている。

 仮にもし、冗談が通じても後日何かの拍子で山田が○○さんなど存在しないと知られたら、架空の恋人に熱を入れる哀れな男だと見下すというクソみたいな展開になる。

 

「それ言って、本当に通じる?」

「通じるよ」

「……通じたら、爪立てたりするのやめてくれるのか?」

「いや。やめないね……でも気持ちが確認できる」

「気持ち?」

「うん。きっとその子は――」

 

 陽キャ男子は、至極楽しそうに口元に歪んだ笑みを作る。

 うわ、本当にコイツ猫被ってるんだな。

 まあ、予想はしてたけど。

 

 そんな普段からは想像もつかないような笑顔で彼が言ったのは。

 

 

 

 

 

 

「――すっごく、怒ると思うからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 不吉な未来の予言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私――山田リョウは、前田家に来て早速微かな異臭を嗅ぎ取る。

 少しだけ鼻をつんと突く酒の臭い。

 これでも必死に消臭したのだろう。

 

 

「またベースの人?」

 

 

 私が尋ねると、前田が首筋を手で覆う。

 そっか……今日はそこなんだ。

 私は首筋を覆う彼の手に自分の手を重ねる。それから一本ずつ丁寧に解くように、指を絡めて握り、持ち上げた。

 既に運命を悟った前田が顔を強張らせる。

 目を瞑って、歯を食いしばっていた……耐える表情が何だか面白い。

 私はそれを横から覗きつつ――。

 

「痛ッ……!」

 

 手の下にあった噛み跡に爪を立てる。

 容赦はしない。

 ゆっくりと、傷として刻む。

 爪先の白い部分が薄く赤色に染まった。

 自分の爪を眺めていると、「俺が何をしたっていうんだ」と苦しそうに呻きながらぼやいている前田の声が聞こえる。

 噛まれなければいいのに。

 私は血を拭いてから、苦しむ彼から視線を外して隣に座る。

 

 最近、前田の家は別の臭いがする。

 別に頻度は高くないけど、去年に比べたら多い。

 最近はそれがストレス。

 部屋に誰かが来た痕跡が色濃いのは兎も角、前田そのものに残っている。

 私には堪らなく苦痛だった。

 

 唯一の時間なのに、誰かの存在感がある。

 この空間の象徴である前田自身に余分な物が付いている。

 だから、虹夏のリボンも外した。

 ベーシストの噛み跡も歪めた。

 それでも、見る度にどうしようもなく胸の内がヤスリで削られたように痛みに似た不快感が湧き上がる。

 

 

 どうすれば――独占できる?

 

 

 私も噛む……いや、美味しくなさそう。

 リボン?……腕輪があるから別にいい。

 服お揃い……人に合わせるのは面倒だ。

 

 より強烈な、私の証を前田に付加しなくてはならない。

 他の物が、私と前田だけの空間に踏み込まない絶対的な象徴である。

 何か………疲れるな。

 そこまでしなければならない現状が面倒くさい。

 でも、ここで折れて何もしなければ、この先もずっと不快感に苛まれる。

 

「もう爪立てるのやめろよ」

「一郎も噛まれなければいい」

「安心しろ。もう噛まれる事はないし、させない」

「………?」

 

 そう言うと、前田の目が泳ぐ。

 何だろう、今の宣誓めいた言葉は?

 

「実は、その、彼女できた」

 

 え。

 何その分かりやすい嘘。

 私は思わず彼を見て固まった。

 その反応を見た彼の目も少し見開かれて、同時に瞳の内側が「これはイケる!」といった謎の期待と手応えの色を含み始める。

 そんな法螺話まで持ち込んで、何を期待してるの?

 

「おめでとう、前田に出来るとは思わなかった」

「あ、そっちか……」

「そっち?」

「あいや別に」

 

 前田の反応も気になるけど、そんな面白い嘘をついた意図が知りたい。

 

「だから、他の女の子に無闇に接触を許さない事にした」

「そうなんだ」

「だからな、そのー……今さらなんだが、もう家に来るのをやめてくれないか?」

 

 前田が恐る恐るといった風に頼んでくる。

 ああ、なるほど。

 本当に今さらな話だった。

 むしろ、少し彼の勢いが足りないとさえ思う。去年の春くらいなら、もう眉を引くつかせて必死に怒りを抑えながら低い声で言っていた。

 それが、今はどうだろう。

 私の意思を窺うくらいに弱くなっている。

 絶対に許さないという気迫が損なわれていた。

 

 変わったんだな、前田。

 

 そう思うと、少しだけ失望する。

 だけど、何だろう。

 何だか、少しだけ嬉しい。

 恐らくだけど、彼が私にチューニングされている……という手応えが感じられたからだ。

 

 でも、そうだな。

 

 この二つの感情を圧倒的に上回るくらいには、怒っていた。

 

 最近の前田を見ていて思う。

 着実に、確実に、私無しでは駄目になっている。

 私がいるのが日常の当たり前になって、私が未来に干渉すると言っても強い抵抗力が彼の中で喚起されていない。

 それらの反応からすべてを察した。

 大分、前田も私を欲している。

 

 本当に『今さら』だと思う。

 なら、何で私を引き剥がそうとするのか。

 私抜きでは駄目になるっていうのに。

 

「嫌だ」

 

 私は前田を真っ直ぐ見て答える。

 それから、前田の首筋を掻いた爪を彼の目の前で撫でる。

 う、と変な声を漏らして前田が首筋を押さえて少し身を引いた。

 

 やっぱり、必要かな。

 

 爪痕以外にも、証が要るかもしれない。

 ゆっくりと立ち上がって、前田の正面に移動する。

 私から逃げるように、でも逃げ場が無くて前田はソファーに深く腰掛けるようになっていた。腕は背もたれに掴まるように広げている。

 なんかカエルみたいだな。

 そんな風に思いつつ、私は膝立ちでそんな彼を跨ぐ。

 左右の耳を両手で包むようにして頭を捕まえた。

 

 目に見える跡でなくてもいい。

 

 前田が常に意識すれば、それで問題ない。

 

 

 

 

 

 

「前田。――目、閉じててよ」

 

 

 

 

 

 

 私が相当怖いらしい。

 身を強張らせて、前田は堅く目を瞑った。

 面白い顔。

 

 彼が自ら視界を塞いだのを確認してから、私も動いた―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 私はスタジオを借りて結束バンドのみんなと練習に励んでいた。

 みんな今日は調子が良い。

 私もそれを支えるようにベースを爪弾く。

 一頻り新曲の合わせが終了して、一息ついている時だった。

 

「リョウ、何か調子いいね」

「いつも絶好調だよ」

「そうかな?今日は何ていうか……開放的!って感じがするけど。もしかして、また大きな買い物でもしたんでしょ」

 

 どうやら、長年連れ添った幼馴染には分かるらしい。

 うん、調子は良いよ。

 何ていったって――。

 虹夏の指摘に、私はピースサインを手で作る。

 

 

 

 

「欲しかったのが、やっと手に入ったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この中で一番終わってるキャラは?

  • 山田リョウ
  • 伊地知虹夏
  • 後藤ひとり
  • 喜多郁代
  • 廣井きくり
  • 伊地知星歌
  • ショウ・タッカー

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