めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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離れていくのは嫌だ

 

 

 

 

 

「バンドとしての成長、かぁ」

 

 私――後藤ひとりは寄り道の最中にあった。

 下北沢をそぞろ歩いているワケではなく、ちゃんと目的地は定めている。ていうか、目的もなく歩けるほどまだこの街に慣れていない。

 目指すは下北沢に住む親戚の男の子の家。

 気になっている事があって、彼を訪ねたい。

 でも、その行き道の途中でも頭の中は、さっき上がったバイトでの出来事を思い返している。

 

 結束バンドの新曲が完成した。

 

 私の作詞とリョウさんの作曲の完成品。

 聴いた時はとても達成感があって高揚した。

 でも、曲を披露するにも肝心のライブを演るためにはオーディションを受ける必要があると店長に言われ、その必要条件として『バンドの成長』が命題に掲げられている。

 バンドとしての成長?

 成長って、目に見える形で表現するには……。

 中々の難題に思わず知恵熱が出て頭がぐらぐらする。

 そもそも、私そんな頭良くないから考えたところでロクな事に……最近は虹夏ちゃんや喜多さんに奇行って容赦なく言われるから。

 はあ、いっくんが甘かっただけで私やっぱりヤバいヤツなんだなって自覚させられた。

 

 そうだ。

 そのいっくんも最近は妙だ。

 いつもバイト終わりの時間に、『家に来るか?』とか『ちゃんと足元見て、明るい道通って帰ってくれよ』とか毎回送ってくれる。

 過保護だな、と心配に思う。

 同時にすごく嬉しくもなる。

 でも、二週間前からそれがぱったり止んだ。

 私から送るのは怖くて何も出来なかったけど……陰キャはメッセージ一通送るだけでも体力消費が……!

 

 ……どうしたんだろ、いっくん。

 

 二週間前といえば、リョウさん。

 普段から上手だけど、何か音の調子が良い。

 喜多さんがいつにも増して自信に満ちてる〜とか言って鼻血を流す程度には変化しているみたいだ。

 良い事、だとは思う。

 でも、リョウさんに置いてきぼりにされないか不安だ。

 まだ人に合わせるのとか苦手だし。

 上手くなったって虹夏ちゃんはフォローしてくれたけど、割合的には半分以上がフォローでダメダメなんだろうな。

 

 と、取り敢えず!

 身近な不安から解消していこう。

 い、いっくんの顔見て、ちょっと話したら大丈夫か分かる。

 幼い頃から見てるから、彼の変化は読み取りやすい。

 

 いっくんは昔から色々と隠す癖がある。

 私たちを不安にさせない為だ。

 とても優しい気遣いだし、でも逆に吐き出させてあげないといけない。そういう時は積み重なりやすい物ばかりだから。

 でも、一番危険なのは――。

 

『いっくん。その手、どしたの?』

『ん、どした?』

 

 昔、私は見てしまった。

 無意識に左手首を折る勢いで掴むいっくんの姿。痛みにも、自分の体に力を込めている事にも鈍感になっていて、でもその時の顔はいやにすっきりしている。

 あの時の状態が一番ダメだ。

 でも、当時の私はどうしたら良いか分からなくて泣くしかなくて、それを心配した彼とお父さんたちが来てくれて、ようやく話し合いになった。

 そこで彼のストレスの原因を少しずつ解明して、解消させられた。

 

 今回、そんな事は無いよね……?

 そうだと信じたい。

 

 歩いていく内に、私は見覚えのある人影を見つけた。

 あ、リョウさん。

 歩く姿も何かサマになってる……良いなぁ、私なんて外が怖くてオドオドしながら歩いてしまうのに。その自信、少しでいいから分けて欲しい。

 

 ……あれ?

 リョウさん、家がこっちの道なのかな。

 疑問に思っていると、リョウさんが足を止める――いっくんのマンションだ。

 躊躇いなく中へ入っていく。

 たしかリョウさん、度々いっくんの家でご飯食べたり泊まったりしてるって聞いてたけど……ま、まさか!!

 以前、いっくんの家で見たレディース物ってリョウさんの!?

 二人とも付き合ってる!?

 

 どどどどうしよう、き、今日はやめようかな。

 邪魔したら悪いし……。

 

「あれ、ひとり?」

「ひょわっっ!!!?」

 

 き、奇襲!?

 後ろからの声に全身が跳ね上がる。

 買い物袋を手に提げたいっくんが心配そうにこちらを見ていた。

 早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと黙っていた私を観察し、やがて何か答えを見出したのか輝くような笑顔になる。

 

「もしかして、遊びに来たのか?」

「あ、いや違います」

「あ………そう……」

 

 目に見えて、いっくんのテンションが落ちる。

 そ、そんなに楽しみにしていたなんて……。

 

「あ、あの、いっくん」

「ん?」

「さっき、り、リョウさんがマンションに入っていったけど」

「ああ、リョウ?もう来たのか」

「えっ?」

 

 あれ?

 いっくん、リョウさんの事は山田って呼んでた気がするけど……気の所為、かな。

 いや、そこは別にいい。

 彼の手元に視線を落とすと、左手首に腕輪があった。

 幼い頃に自ら傷をつけていた箇所で、そこには滅多に物を付けようとしないのに。……あれ、リョウさんも同じの付けてた気がする。

 

 だ、駄目だ……違和感が凄い。

 

 目の前にいる彼が、いっくんであっていっくんでないように思える。

 その微妙なズレで頭が混乱しそうだ。

 

「ひとりは何してるんだ?」

「あ、いっくんの顔を見に……」

「俺の?」

「うん。……あ、見に来ただけだから。も、もう大丈夫――」

 

 いっくんと視線が合う。

 うん、特に異常は無さそうだ、でも不安が消えない。

 心臓が嫌な早さで脈打つ。

 脳裏で何かが激しく警鐘を打ち鳴らしていた。帰すな、このままだと壊れる、と一体何なのか正体は告げず、漠然と大きな危険だけを報せる。

 

「そっか。じゃあ、俺は帰るよ」

「ぁ……」

「ひとりも、帰り道は気をつけるんだぞ」

 

 いっくんがマンションに向けて歩く。

 どうしたら良いか分からない。

 違和感の原因はきっと、リョウさんと何か関係がある。

 

 あの腕輪と今のいっくんは――何かダメだ。

 

 私の手が伸びて、彼の裾を掴もうとする。

 でも、一瞬だけ遅かった。

 指先が虚空を滑り、いっくんの体は止まらない。

 どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう………!

 

「い、いっくん!!」

 

 私の声に、いっくんが立ち止まる。

 振り返って、彼は首を傾げた。

 

 

 

 

 

「今日、家に来ませんか……?」

 

 

 

 

 何言ってんだろ、私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は何故か、金沢八景に来ていた。

 荷物は、財布と今晩の飯の材料が入った買い物袋。

 何事か理解は追いついていない。

 年末年始にしか見ない景色が目の前に広がっていると、何故か下北沢の日常から抜け出せたような開放感を得られる。

 下北沢が苦痛というわけではない。

 ただ、ここは特別なのだ。

 後藤家がいるからというだけではなく、行こうと思えば容易に辿り着ける距離で、別に何も海外みたいに遠い地ではない。でも決まった時期にしか来ない、来れないとなると何故か特別感が生じる。

 

 そして、この景色を見ると肩が軽くなるのだ。

 

 何も頑張らなくて良いと思える。

 ただ妙に強い潮風と、海に列ぶ船、遠くに見える橋……落ち着く。

 

「いっくん?」

「ん?」

「……良かった」

 

 ひとりが胸を撫で下ろす。

 どうして、ほっとしているんだろうか。

 また知らぬ間に彼女へ心労をかけさせていたのならば申し訳無い。

 ……そろそろ、ここへ連れてきた理由について訊ねたいが、その前にひとりが歩き出す。

 かれこれ、約二時間は放置されている。

 

 唐突な提案だった。

 

 俺の住むマンション――その前で、ひとりから家に来ないかと誘われた。

 当然、急な話だし今から行っても迷惑かもしれない上にリョウを待たせているので断ろうとしたが、普段のひとりらしからぬ強引さで駅まで連行された。

 混乱していたから道中の記憶も朧気だ。

 ただ、何か焦った様子のひとりに手を引かれて電車に乗ったのを覚えている。

 止められるほど手を引く力も握る力も弱々しいのに、不思議と従ってしまう。

 

 れ、連絡も無しに来てしまったけど大丈夫だろうか。

 そもそも、家で待ってるリョウに何も言わないとなると腹を空かせた状態で延々と待つ事に……。

 取り敢えず、アイツに連絡しようとスマホを取り出すが、振り返ったひとりが首を横に振る。

 

「き、今日はゆっくりしよ!?」

「え、いや、でも」

「お、お願いします!」

 

 ひとりの目もグルグルと回っている。

 見ているこっちも目が回りそうだ。

 そんな風に思いながら、いつの間にか手はスマホをポケットに戻していた。

 一体どうしたんだろうか。

 でも、ひとりの言う事に従って酷い目に遭った事は一度もないから、別にいいか。

 

 導かれるまま、後藤家まで辿り着く。

 

 家鍵で玄関扉を開けて入った俺たちを迎えたのはジミヘ――――んんぉッッッ!!!?

 

『キャイン!!』

「ごほっ!?」

「いっくん――――!?」

 

 顔面に飛びかかってきたジミヘンと激突した。

 後ろに倒れそうなのを踏ん張り、頭部に貼り付いたジミヘンを抱えながら傾いていた姿勢をゆっくりと前に戻していく。

 あ、危ない。

 これでもし少しだけ運動不足な体だったなら、今頃は腰が逝っていただろう。

 俺はジミヘンを床に下ろして家に上がる。

 迎えてくれた美智代さんがあらあらと頬に手を当てて笑う。

 

「もしかして結婚報告?」

「お、お母さん違うから!!!」

 

 やはり家族の前では大きな声が出せる。

 ひとりの声がよく聞こえて素晴らしい。

 

「き、今日はいっくん泊まるから!」

「あら、そうなの?」

「えっ?」

「そ、そういうことだからー!!」

 

 ひとりは美智代さんにそれだけ伝えると、颯爽と俺を引っ張って部屋へと直行した。

 途中で遊びたがるふたりとジミヘンの猛攻を受けたが、これを辛くも掻い潜ってひとりは部屋の戸を閉ざしてあの子達を遮る。

 

 漸く落ち着いた彼女は、荷物を床に置いた。

 俺は………え、買い物袋どうしよう。大根入ってるんだけどな……。

 所在なさげにしている俺を、ひとりがじっと見詰めてくる。

 あれは、こちらに来て欲しい時の反応だ。

 俺は部屋の隅に袋を置き、何故か堅苦しく正座で待機しているひとりの前に腰を下ろした。彼女の緊張した空気に当てられて、俺も座り方は正座になっている。

 揃えた膝同士は拳三つ分の近い距離だ。

 

 それにしても……急展開だな。

 

 未だにひとりから家に招かれた理由が読み取れない。

 リョウへの連絡を止められたのも意味が不明だし。

 

「ひとり、どうしたんだ?」

「あの……えっと……」

「……?」

「い、いっくん。何か、辛い事……じゃない、変わった事とか無い?最近、自分が何か変だって思うとこ……」

 

 突然過ぎて暫く固まった。

 じ、自分が変だと思うところとは?

 普段からリョウという変人に日常を侵されているので、何から挙げて良いものか分からない程度には異常事態に恵まれている。

 ただ、ひとりが求める答えはそういう物ではないのは直感的に分かった。

 主に直近の事だ。

 本当に最近の出来事である。

 

 最近、変わった事………か。

 

 ひとりには悪いが、正直に言って特にない。

 この手の質問は、過去に幾度かある。

 俺の中で、何か無意識に溜め込んだ鬱憤などを勘付いたひとりが吐き出させようとする時の切り出し方だ。

 無意識……何だろうな……。

 

「例えば……その、二週間前とか」

 

 二週間前。

 俺はその言葉に、何故か唇が疼いた。

 あ。

 一つの変化に気付いた途端から、背筋がぶるりと震える。

 二週間前って、あの時の事だ。

 

「……な、何もないぞ?」

 

 ひとりの弱々しくも、疑念を持った眼差しから俺は目を逸らす。

 どうしよう。

 これを、ひとりに話すのが気まずい。

 この手の話題は、どちらかといえばひとりにとっては苦手分野な筈だ。以前にその手の映画を一緒に見た時なんて肌も目も髪も灰色になって、何処の地域で使われているかも分からない言語で一時間ずっと独り言を呟いていた。

 俺の悩み相談で、ひとりにダメージを与えるのは……。

 

 話し倦ねる内容に俺が唸っていると、ひとりが俯く。

 

「わ、私じゃ頼りないと思うけど……」

「あ、いやそういうワケでは」

「あ、あのね」

 

 ひとりが膝の上で組んだ手をもじもじさせる。

 握ると硬い指先だが、こうして見るとしっかりと女の子らしく嫋やかで柔らかそうな細い指をしている。

 

「いっくん、常日頃から自分の幸せが私の幸せって言ってくれるけど……」

「あ、うん」

 

 俺は彼女の指先から視線を外して耳を傾ける。

 ひとりは俯いたままだ。

 恐る恐るという感じで、声も震えている。

 

 

「ぎ、逆もあって……い、いっくんが幸せだと私も幸せになるし、いっくんが困ってると……私も不安になるよ」

 

 

 前髪の奥から、窺うような視線。

 目が合って、俺の体がびたりと一切の動きを止める。

 呼吸を忘れている事も忘れるほどに、落ち着く。

 釘付けになって、俺の意識がひとりにすべて集束された。

 

「今のいっくん、何か不安そうだから。は、話したら楽になるかもだし」

「…………」

「と、兎に角洗いざらい全部吐き出しちゃって下さい!!!」

 

 最後は自棄っぱちになっていた。

 ただ、その姿が可笑しくて失礼だが笑ってしまう。

 日頃から他人に壁を作ってしまうひとりが、彼女が最も忌避する『拒絶される恐怖』にも抗い、自ら胸襟を開いて相談に乗ろうとしている。

 ひとりの感じる恐怖に比べたら、俺の躊躇いがバカバカしくなる。

 

 ……毎回、こうだよな。

 

「不安、かは分からないけど」

「うん」

「最近さ、リョウ……がよくキスしてくるんだよな」

「…………ぇ」

 

 ひとりが顔面蒼白になる。

 あの、何か俺よりひとりの方が不安そうでは……?

 と、取り敢えず話を進めよう。

 

 そう、二週間前のあの日だ。

 俺はソファーで追い詰められ、てっきり爪痕を刻まれるよりも痛い仕打ちを受けるかと思った。

 だが、実はそれとは真逆。

 啄むような感触を唇に覚えて目を開けたら、至近距離にリョウの顔があった。

 え、これ……キスじゃん。

 理解はしたが、まず現実かを疑った。

 それからというもの、特にリョウが態度を変化させる事は無かったが、学校でもどこでもアイツを見る度に思い出させられて困惑する。

 

 あれは、どういう意味だったのか。

 

 気付けば、アイツの事ばかりを考える。

 別に恋をした男のような熱情は無いし、何なら他の事にだって集中できる。

 ただ、ほんの少し肩の力を抜いた時に……リョウの顔が浮かぶだけ。

 

「何でキスしてくるのか分かんないし、一回訊いたら『恋人でも何でも一郎の好きなのでいいよ』って言うから……」

 

 話すほどにひとりの顔色が悪くなる。

 や、やはり青春コンプレックス?とやらを刺激してしまう話題かもしれない。

 話している俺からすれば、そんな青春を感じるような甘酸っぱさや苦さも無いのだが。

 

「俺、今まで通りにアイツと接してるけど……これって何だろう………って、え?」

 

 突然、目の前からひとりが走り出す。

 部屋の戸を開け放つや、こちらを振り返る事もなく廊下へと消えていった。

 

 聞き耳でも立てていたのか、戸の前にいたふたりとジミヘンが目を瞬かせる。

 

 

 

 

 

「おねーちゃん、凄い顔してたね」

 

 

 

 

 

 

 ごめん、俺は見えてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 私は近くの公園に逃げ込んでいた。

 ベンチに座って、呆然と自分の掌を見つめる。

 

 違った。

 私は傲慢だった。

 変なのは、いっくんじゃなかった。

 私だったのだ。

 

 あの時、漠然とした恐怖を感じた。

 いっくんのリョウさんとお揃いの腕輪といい、リョウさんの呼び方に変化があったのを知った瞬間に感じた時点で気付くべきだった。

 違和感は、変わりつつあるいっくんへの不安だ。

 ただ、それはいつものように溜め込んでいる危うさではない。

 

 私から……いっくんが遠くなる、危険。

 

 だから咄嗟に止めてしまった。

 頭の中で、都合のいいようにいっくんの異常だとすり替えてしまったんだ。

 いつからだろう。

 いや、きっとずっと昔からだ。

 私を大切にしてくれるし、将来も傍にいるなんて言ってくれるから……安心しきっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

「いっくん……」

 

 

 

 

 

 

 

 いっくんが離れていくのが、嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この展開、予想してた。

  • 分かりきっていたよ。
  • まあ、薄々気づいてた。
  • おい、話が違うだろォが!!
  • ごめん、まだ話追いついてない。
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