めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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 感想欄を確認すると、山田派や虹夏派……特に強くひとり派がいて、ひっそりと喜多派がいますね。


 皆さん……私は今まで嘘をついてきました。
 この場を借りて告白します。

 私めは山田リョウ派でもなく、ギターヒーローファンクラブ会員でもなく、況してや虹夏曇らせ隊でもなければキターン愛好会所属ですらありません。

 私は………清水イライザ派だァァ!!!
 実はアニメも『今日本3年目ー!仲良くしてネー!』の『3年目ー!』の部分だけを十回以上もリピートしたりするくらいゾッコンです!
 この作品、ヒロイン山田だけど別に愛があって書いてたワケじゃないんです!!
 大変申し訳ありませんでした!










壊れていく、何もかも

 

 

 

 

 俺は帰り道、今日の献立を考えていた。

 手間を惜しまず、美味しい物を作らねばならない。

 折角バイトが休みなのに。

 無断で後藤家に泊まり、独りカップ麺で夜を過ごしたらしいリョウから顰蹙を買ってしまった。それくらい自分で用意しろと言いたいところだけどさ。

 それが出来たら、俺の家に来ないし。

 まるで生活力が無い。

 あれ以来、ひとりも少し変わった。

 普段は感極まって俺から抱きしめてしまうのだが、最近はどういう理由か積極的に俺の腕や胴に抱き着いてきてくれる……本人の顔色は悪いけど。

 幸せが向こう側からやってくる。

 だからなのかな。

 最近は体の調子が良い。流石ひとりだ。

 ただ、意図が読めないのが残念である。

 

「せんぱーい!」

 

 そうそう。

 お隣さんから沢山の春菊を頂いた。

 何やら親戚が農家らしく、よく都合して貰えるらしい。収穫時期もかなり過ぎているし旬でもないが、有る分だけ食費が浮くので有り難い。

 ナムルにするのも良し。

 春菊天もやってみたいな。

 雑草なんて口にするリョウには、二度と道端の物に見向きしないよう美味い草とやらを味わわせてやる。

 あとは、きくりさんが来た時にも丁度良い。

 あの人、酒の肴で肉ばっかり食べてる。

 

「せんぱーい?」

 

 そろそろ、SICKHACKのライブがある。

 またチケット売りに来るかもしれない。

 きくりさんが来るとリョウが怒るんだけどなぁ。別に来ても良いけど歯型だけは勘弁願いたい。

 アレがあるとリョウに上書きされる。

 それも、かなり痛い。

 だから、避けようとはしているんだが……何故か毎回付けられる。妙に俺の懐に入るのが巧みというか、気付いたら背後に回られてカプリ、だもんな。

 人が後ろに立つと落ち着けない性分なのだが、何故かきくりさんには初対面の時から許してしまっている。

 

「せんぱーいっ」

 

 それはそうと、虹夏からも最近はロインが凄い。

 具体的に言うと家に誘われている。

 時期としては、あの後だ。。

 以前に、リョウが俺の親と面識があって恋人だと誤解されたままなのだーとか適当な報告を世間話ついでに学校でしたのだ。

 それから、よく頻繁に虹夏から連絡が来る。

 一度、家族での夕飯時にお世話になった。

 俺と星歌さんを仲良くしようという行動するのだが、きっとリョウに謎の対抗心を燃やしている。これもまた意図は不明だが、俺は何かイケナイ道に進んでいるのではないだろうか。

 

「せーんぱいっ!」

 

 とにかく、最近は周囲が騒がしい。

 というか――。

 

 

「前田先輩!」

「分かった。無視して悪かった」

 

 

 隣がとても眩しかった。

 至近距離で懐中電灯を発動された気分である。

 俺を謎に甘い声で呼ぶのは、よく夜に電話するけど仲が良いのかは分からない後輩――喜多郁代だ。

 この子は悪い子ではない。

 でも、物理的に眩しい子。

 喜多郁代と話す時は、遮光カーテン越しの方が良いかもしれない。

 

「喜多さん、何か用?」

「いえ、お見かけしたのでご一緒したいなって思って」

「……顔色いいね」

「え、はい」

「もう悩みなんて無さそうだけど。最近、夜の電話はもう相談というより世間話になってない?」

「……迷惑、でしたか?」

「いや、そんな事は」

 

 無いようで、実はある。

 別に喜多さんは一切合切悪くない。

 ただ、通話中にリョウが耳に洗濯バサミを付けてきたり、額同士を付け合ってひたすらじっと見てくるという拷問を受けるのだ。

 陽キャ君の『独占欲』……間違いではないのかもしれない。

 そうだとしても、身が保たない。

 

「こ、この前、隣の家から夜の電話がうるさいって言われて。申し訳無いけど、メッセージで会話――」

「そんなっ」

「え゛」

 

 喜多さんの顔色が蒼白くなる。

 

「私、先輩にそんなご迷惑を……」

「ああ、お、俺の声が大きいだけで――」

「でも、ごめんなさい。何だか、最近は寝る前に先輩の声を聞かないとあの日の不安が蘇ってきて眠れないんです……!」

「…………」

「結束バンドを裏切った恐怖が拭えないんです!」

「あ、はい」

「ボーカル頑張る程に、罪の意識が……夢で見るんです!みんなに糾弾される夢を……」

 

 お、重い。

 いつかの後悔が、まだこの子の身を蝕んでいたのか。

 え……その解消に必要な相談相手が俺?

 俺はいつの間に、そんな重大な役割を……?

 や、安請け合いしすぎただろうか。

 

 お、落ち着け!

 

 こういう時、どうすれば良い!?

 いや、答えは分かりきってる。

 喜多さんを一度は前向きにさせた俺の言葉は、きくりさんをトレースしたが故に発揮できた産物だ。

 今回も力を借ります……!

 

「喜多さん」

「せ、先輩……?」

 

 俺は喜多さんの両肩に手を置く。

 少しだけ腰を折り、彼女と目線の高さを合わせた。

 

「何の解決にもなってないけど、電話じゃなくて直接話そう」

「………え?」

「頻度は落ちるけど――」

 

 喜多さんの目をしっかりと見る。

 

 

「その日は良い夢見せてやるよ」

 

 

 ……………。

 沈黙が二人の間に下りる。

 あれ、思い返すと俺……解決する気が無いって発言した?

 寧ろ、喜多さんに悪夢見てろって言っているような。

 ま、マズい……今回は呆れられた。

 頼りにしていた先輩が、何とも的外れな事を言っていると思われた。

 

 果たして、喜多さんの反応は………。

 

 

 

「……先輩……♡」

 

 

 

 ん?

 喜多さんからキターン光線が放たれる。

 だが、直視しても眩しくはない。

 表現が難しいが、見る者に不安と焦燥を抱かせる……近い物ならホラーゲー厶で暗室に点く弱々しいオレンジ灯のような輝き。よくよく確認すると、こんなにも輝いているのに目には仄暗い光が宿っている。

 少し待て。

 今の俺の発言で、俺の語彙力の手に負える範疇を逸したリアクションをしないで欲しい。

 良かったのか悪かったのか全然分からない!

 

 喜多さんがするりと俺の腕に絡みつく。

 甘い仕草なのに、先程から背筋が冷たくなる。

 あの、え?

 

「自分で頑張れって事ですね」

「え、あの、え?」

「悪夢にも堪えられるようになれ、って……それは然るべき罰だから。でも、私が壊れないように間隔を空けて相談に乗ってくれる……」

「……?……??」

「先輩、まるで麻薬みたいな人ですね」

「ま、まや……?」

 

 喜多さんは笑顔だった。

 せ、成功したという事で良いのだろうか。

 含まれた意味を全く読み取れない言い回しをする喜多さんの反応には、若干の不安が残るが救えたのならば良しとしよう。

 ところで、腕を放して欲しい。

 俺は愛想笑いを浮かべつつ、そっと喜多さんから腕を抜き取る。

 あ、と悲しげな声がした。

 

「優しく突き放すんですね……」

「………?」

「クセになっちゃいます、まるでリョウ先輩みたい」

「面と向かって悪口言う度胸は認めよう」

 

 喜多さんが頬を赤く染めて笑う。

 その顔は何かに酔っているようだった。

 こういう時の人間は、手を尽くしても無駄だという事を泥酔している知り合いから痛いくらいに学ばされた。現在の喜多さんは、俺の手には余る状態にある。

 ここは、適当な事を言って撤退しよう。

 回り道をして家を――。

 

 

「え……一郎くん……?」

 

 

 背後で缶の落ちる音がした。

 路地に軽く響く音の大きさに驚いて俺が振り返ると、自動販売機の前で俺と喜多さんを凝視している虹夏が立っていた。

 足下にはオレンジジュースの缶が転がる。溢れた物が彼女の靴の爪先に広がっていた。

 よ、良かった!

 俺は虹夏の方へと駆ける。

 

「虹夏か」

「良い夢見せて、やる、って……何それ……」

「に、虹夏……?」

 

 虹夏が俯いた先の虚空に何事かを呟いている。

 心配になって肩を揺すると、彼女が顔を上げた。

 

「あ、ゴメン。ぼーっとしてた」

「そ、そうか」

「それで、何かな?」

「助けてくれ。実は喜多さん、まだ結束バンドを裏切った罪悪感の傷が癒えてなくて。いつも俺が相談に乗ってたんだけど、そろそろ手に負えなくなってきて……」

 

 虹夏が目を見開いた。

 

「助けて……欲しい……?」

「ああ。情けない事この上ない話だけど……」

「……うん、任せて!」

 

 虹夏が親指を立てる。

 流石は結束バンドのリーダー、頼もしい。

 手を振って、虹夏は喜多さんの方へと駆けていった。

 このまま任せても良いのか……虹夏の厚意に感謝しながら、俺はそっと気配を消して家への道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪    ♪     ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんぱーいっ!」

 

 SICKHACKのライブ後だった。

 俺はきくりさん達と打ち上げに参加している。居酒屋ではあるが、俺はちびちびとお茶を飲んでいた。

 未成年だから仕方がない。

 いや、そもそも酒にあまり興味が無い。

 その原因は。

 

「どーした少年!楽しもーぜ!」

「はい」

「声が小さいぞー!」

「はい」

「よし、まあまあだ!」

「はい」

 

 さっきから俺に絡むダメ人間――廣井きくり。

 ライブ中は凄くカッコいいのに、いざ酒が関わると理性を無くしてしまい、尊敬という単語と言動の一切が無縁となるような危うい人間だ。

 紆余曲折を経て、俺はこの人によく絡まれる。

 ぐびぐびと耳元でジョッキの酒を呷る喉の音がする。

 

「廣井。前田くんに絡むな」

「え〜?少年は私のファンだもーん」

「前田くん。いざとなれば廣井を外に捨てる用意はあるから、限界が来る前に合図を送るんだよ」

「恩に着ます」

 

 俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、岩下志麻さん。

 SICKHACKではドラムを担当している。

 精悍な顔立ちやきくりさんに強く物申せる人物とあって、俺としてはとても頼りになる人物だ。中性的な容姿と時折垣間見せる男前な言動からも、ファンからかなり慕われていてライブ中に『志麻様』なんて声が聴こえた事もある……というか俺も叫んだ。

 

 会ったのは、初めてSICKHACKのライブを観た後の事だ。

 きくりさんに絡まれていたところを助けられた。

 その時から俺の中では好印象である。

 

「高校生に飯をたかり、あまつさえ家で寝泊りまでするとか……」

「少年が許したんだから良いじゃん?」

「大人として恥じろ」

「うえーん、少年助けてー」

 

 きくりさんが首筋に抱き着いてくる。

 臭い、酒臭い。

 飲んでいるお茶を飲む感覚と一緒に鼻腔を駆け抜ける酒の臭いがリンクして、自分も飲酒しているんじゃないかと錯覚してしまう。

 そうなると吐き気がしないでもない。

 志麻さんが深いため息をついた。

 きっと、きくりさんと密接な関係にある志麻さんは、彼女に関する案件で俺よりも迷惑を被っている……同情を禁じ得ない。

 

「大丈夫だってー。少年の後学の為に、私が大人の手本を見せてるんだからさ」

 

 反面教師だよな。

 俺にこんな大人になるなという啓示だよな。

 仮にもし、俺にもロックに生きろと示しているのなら有り難く真反対の生き方をしよう。

 味気ないと言われようが安定の方が嬉しい。

 常識を外れてでしか得られない刺激があるというのなら、それこそバンドマンのライブなどで得られる。

 

「イチロー!この前教えたアニメ見ター?」

「はい、観ましたよ」

「次のヤツは今度貸すヨ!またロインで感想会しよネー!」

 

 時折だが独特の発音が混じるのはSICKHACKのギター担当の清水イライザさん。

 イギリス出身で、日本の誇れるコンテンツ――アニメを目当てにこの国へ来たという。キャミソールの上から抜き襟に近い着方で着物を着ている。

 この人も若干露出が凄いし、……何がとは言わないが立派だ。

 目のやり場に困る。

 

「えー!そんなにイライザと仲良いの?」

「そうだヨ」

「私のロインには「はい」以外で返さないじゃん!」

 

 当たり前だ。

 きくりさんのロインは内容も一方的だ。

 事後報告ばかりだし、反抗しても通じない事がこれまでの交流で知れている。ならば流れに身を委ね、被害を最小限に抑えるのだ。

 

「私とも会話してよ!」

「はい」

「じゃあ、今から「はい」は無しね。はいスタート!!」

「うん」

「あ、今度は「うん」で片付ける気だろー!」

 

 ぐんぐんと肩を揺すられる。

 はいを潰した程度で代用など幾らでも利く。日本語とは斯くも便利な物なのだ。

 俺も成長したな。

 去年までならば、きくりさん相手でも疲れ切っていた。

 だから、今こうして至近距離できくりさんに睨まれても動揺の波すら起きない。

 

「少年、ライブ前はまた疲れた顔してたよね」

「…………そうですかね」

「でへへ。まだお気に入りのベースのライブが聴けてない感じ?」

「それは近々聴けるので、別に」

「でも、今は少し顔色がいい」

「え?」

 

 ぽんぽん、と頭の上に手を置かれる。

 

 

「それなら、今日お姉さんはライブした甲斐があったよ」

 

 

 ………。

 この人は本当に、定期的に俺の何かを救ってくれる。

 だから家に来る事も、背後も許してしまうのだろう。

 やっぱり、不思議だな……バンドマン。

 

 

 少しだけ――――憧れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 俺は新宿のライブハウスにまた足を運んでいた。

 

「きくりさんが消えた?」

「前田くんの家に来てないのか」

 

 志麻さんが天井を仰いで疲れた顔をする。

 話によると、きくりさんは昨日の打ち上げから居酒屋をハシゴしたらしく、志麻さん達と解散した後の行方が分からないそうだ。

 そこで、俺の家に居るのではないかと思ったらしいが、昨日は志麻さん達が親切にしてくれたお陰で補導される前に早く帰れて、風呂入ってすぐ就寝した。

 きくりさんからは……一度も連絡は受けていない。

 

「何かあったら教えてくれ」

「了解です」

「はあ。こういう事でも前田くんには迷惑をかけたくなかったんだけど――あ?」

 

 机の上にあった志麻さんのスマホが揺れる。

 着信……誰からだろうか。

 志麻さんがスマホを手に取り、画面で表示された物を見るや顔を顰めた。指先で叩くように画面をタップし、耳元に当てて通話を始める。

 

「もしもし」

『もしもし?あ、私。えへへ、生きてまーす』

「何処ほっつき歩いて――」

『今から路上ライブするんだけど、機材持ってきてくれない?あ、機材だけで良いからっ!』

「路上ライブ?……はあ、またよく分からない事を」

『金沢八景にいるので、よろしくっ』

 

 ぷつり、と通話が切れる。

 志麻さんはため息をつくと、機材運搬用のスーツケースにミニアンプなどを手早く入れる。

 路上ライブと聞こえたが、まさか酔った勢いで単独ライブでもするのだろうか。街中で、しかも路上ライブって確か地区に許可書を貰わないと駄目だった気がするのだが……?

 

「金沢八景って何処だっけ」

「え、金沢八景?」

「うん。……前田くん、知ってる?」

「はい。親戚がそこにいるので、何度か足を運んでて……良ければ俺が持っていきましょうか」

「えっ、いや悪いよ。ただでさえ、前田くん新宿に呼び寄せたりしてるのに」

「構いませんよ。機材だけ渡したら親戚の家にでも遊びに行きますから」

「そうか。……じゃあ、お言葉に甘えて」

「はい」

 

 俺はスーツケースを受け取る。

 すると、何度目かのため息が志麻さんから漏れた。

 

「廣井に言った手前なのに、大人として情けない」

「志麻さんのは別に構いませんよ」

「そう言って貰えると助かる」

 

 苦笑する志麻さんに一礼して、俺はライブハウスを出た。

 

 

 目指せ、金沢八景――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SICKHACKだと誰が好み?

  • 廣井きくり
  • 岩下志麻
  • 清水イライザ
  • ゴン・フリークス

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