めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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最近、山田が飯食えてない気がする……!


もう私は諦めたい

 

 

 

 

 

 金沢八景に到着し、俺は海沿いに南へ。

 頭上を通るシーサイドラインの線路を仰ぎ見ながら歩いていく。

 今日は特に利用者が多い筈だ。

 この近くで花火が上がるらしい。

 花火を見る為に足を運んだ者たちで駅周辺が賑わっている。個人的に祭りの雰囲気が苦手なのだが、皆はとても楽しそうだ。

 早く機材を渡して離脱しよう。

 途中で後藤家に連絡したら、『どうせなら泊まっていかないかい?』と誘われたので有り難くお世話になろうと思っている。

 しかし、奇遇にも程がある。

 きくりさんは何故ここに来たのだろうか。

 ここへ来るとなると京急線かシーサイドラインでも使わないと来れないのだが……。

 酔っているのに路線乗り換え出来たのか。

 

 きっと風呂も入ってないし、駅で酔い潰れて寝ていたに違いない。

 後藤家に連絡はしたが、やはり断ってきくりさんを連れ帰るべきか。……いやいや、まず自分の家に帰って貰うのが普通か。

 会うときはシラフで頼みたい。

 考えながら歩く内に、手を大きく振っているきくりさんを発見した。

 

 

「ぅおおい、少年ー!」

 

 

 やめてくれ。

 往来のある場にて大声で呼ばないで欲しい。

 注目を集める彼女の下に行く足が重くなる。

 億劫な気持ちに抗って、俺はきくりさんの傍にスーツケースを置いた。

 やれやれ、一仕事完了かな。

 

「ご所望の路上ライブ用の機材です」

「えへへ。もしかして、聴きたくて来たの〜?」

「……別に」

「もう、ツンツンしたってお姉さんには分かるぞ」

 

 きくりさんが肩に腕を回してくる。

 普段着にしているスカジャンを脱いでいる所為で、彼女は薄手のワンピース一枚だった。

 密着した時に体に伝わる情報量が多すぎる。

 こ、この人……下着は……!?

 い、いや、乱されるな。この人相手にムキになるのは却って調子に乗らせてしまう。

 お、落ち着け。

 

「ほ、ほら。路上ライブするんでしょ」

「そうだよ〜」

「志麻さんとか呼ばなくて良かったんですか?」

「ん?あー、コレ私のライブじゃないから」

「……はい?」

 

 きくりさんが後ろを親指で指し示す。

 そちらを見ると――ピンクジャージのひとりが固まっていた。

 何故ここに。

 全身が薄い灰色に染まっており、触ると表面は滑らかで硬く、まるで地蔵にでもなったような感触だ。

 相変わらず再現度の高い変化の術。

 もしかしなくても後藤家は遡れば忍者の家系で、ひとりは隔世遺伝か先祖返りでもしているのではないだろうか。

 

「もしかして、ひとりの?」

「はれ?ひとりちゃんと知り合いか」

「はい。親戚関係でして」

「え、凄い運命じゃーん!」

 

 確かに運命的だ。

 だが、同時に悲しくもある。

 つまり、この場に俺が来るまでひとりはこの酔っ払いのきくりさんの相手をさせられていたのだ。消極的で自己主張の苦手なひとりだから、きっと離れ際を見出だせずズルズルと巻き込まれていたに違いない。

 何と哀れな。

 さぞ俺よりも辛かっただろうに。

 

 

「きくりさん。ひとりは――ミ゛ァァァッッ!!」

 

 

 首筋に鋭い痛みが走る。

 どうやら、きくりさんに噛まれたようだ。

 しまった、また油断してしまった。

 これでは山田が再び上書きと称した謎の暴力行為に走る事になる。

 涙目で振り返ると、きくりさんはぺろりと唇を舐めている。

 美味しかったんですか?

 いい加減にしてくださいよ、この吸血鬼。

 

「何で毎回噛むんですか」

「あれ?耳のつもりだったんだけどな」

「え……この指、何本に見えます?」

「五千!」

「俺は千手観音じゃないです」

 

 だいぶ酔っているな。

 もしかしたら別の物もキメているかもしれない。

 果たして、こんな状態でライブなど出来るのだろうか。

 そもそもの話――。

 

「何で路上ライブを?」

 

 根本的に理由が不明だ。

 路上ライブをどうしてひとりとやろうと思ったのか。

 バンドマンではない俺がどう考えても、その発想には行き届かない。

 訊かなければ理解が及ばないだろう。

 俺の質問に対し、背後でようやく活動を再開したひとりが答える。

 

「わ、私のチケットを売る為に……その……」

「チケット?」

「の、ノルマがあって……」

「……ああ、チケットノルマか」

 

 たしか結束バンドもライブをする予定だったな。

 十日後にあるとリョウが教えてくれた。

 ようやく、ライブにて彼女の音楽が聴けるのだと楽しみにしている。ひとりもメンバーだから、成る程チケットノルマが課せられていて当然だ。

 それにしても、大胆な作戦である。

 自らの腕前で集客し、その中にこの金沢八景にいる彼らへと下北沢のライブのチケットを売る。……路上ライブの成功、それに加えて距離もある場所でのライブのチケット、さらにライブ当日がオフかという購入条件のシビアさが重なる。

 ……敢えてそこまで自分を追い込むなんて、己の成長の為の試練における難易度設定に容赦が無い。

 

「あ、あのね……いっくん」

 

 ひとりがポケットからチケットを取り出し、俺の前に差し出した。

 

「い、いっくんにも……渡そうと、思ってて……」

「……えっと……」

「………?」

 

 も、もしかして、試練とかではなく純粋に売れなくて困っているのか。

 ならば、大変申し訳ない……。

 

 

「実は、もうリョウから買ってるんだ……」

「ぁ…………」

 

 

 ひとりの目尻に小さな涙が滲む。

 な、何て事だ……。

 俺は過去の自分を殴りたくなってきた。

 リョウが遂にライブを演ると聞いて、意気揚々とチケットを彼女から購入したが、正しく浅慮である。

 ひとりの為に、俺のような存在でもキープとして残しておく事を考えていなかった。

 

 ひとりに救われていながら、肝心な時に恩返しができない……。

 

 チケットは残り三枚らしい。

 二枚はきっと、後藤夫妻だろう。

 く、尚更こんな時に何も出来ない俺って……!

 

「ごめんな、ゴミクズで」

「そ、そっか……買ってたんだ…………私じゃないんだ……」

「おーい!暗いぞー!」

 

 きくりさんの声ではっとする。

 今は落ち込んでいる場合ではない。

 ひとりのライブの為に、少しでも協力できる事をしなければ。

 そう思って、何かないかと周囲に視線を巡らせた時にひとりの足元に紙束を発見する。

 手に取ると、拙い画力だが四人の少女の絵が描かれ、その下にライブ告知を記した文書が並んでいる。

 これは……宣伝フライヤー!

 な、何て事だ。

 人見知りなのに、これを地元で配ってチケットを売ろうとしていたのか!

 

 な、何という子だ……ひとりは、やはり凄い子だ!

 

 ひとりは自身を卑下するが、彼女なりに行動力がある。

 実行前で躊躇ってはいるが、その準備にかけた手間暇は称賛に価する。

 俺が彼女だったなら挫けていたかもしれない。

 更に酔いどれきくりさんという凶悪なコンボを決められて折れない精神力には舌を巻く。

 ひとりの努力は決して無駄にはできない。

 いや……したくない。

 

「分かったぞ、ひとり」

「え?」

「オマエの為に、全力で協力する。この宣伝フライヤー、任せてくれ」

「あ、あの……?」

 

 ひとりの後ろで、きくりさんが着々と準備を進めていた。

 俺もフライヤーを手にして、少し駅の方へと移動する。

 よし、ここで――!

 

 

 

「あちらで路上ライブ開催します!無料ですので、花火までの暇潰しに良ければどうぞー!」

 

 

 

 声を張り上げ、バイトの接客業で培ったスマイルと共にフライヤーを配る。

 全力でひとりのサポート。

 こういう事は正直に言って苦手だが、ひとりがこれから背負う苦労に比べたら些事である。

 

 俺は必死で声をかける。

 振り返ると、少し遠いがきくりさん達の下に足を止める人がいた。

 成功するかどうかはひとり次第だが、少し離れた場所からも彼女らを見ている視線はチラホラあった。

 

 頑張れ――――ひとり!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 ち、チケットが売れた……!

 私は達成感に打ち震える。

 一時はどうなるかと思ったけど……お姉さんの助言があって、人目に対する認識が改められた。

 わ、私ってやれば出来るじゃん!

 えへへ。

 あ、でも……いっくんの協力の影響なのかな、フライヤーを手にした人たちが大勢いて、軽くライブハウス以上に人が集まった。

 道の邪魔になったので、一曲演奏が終わるなり警察が来てしまったけど。

 注意されたので、お姉さんの判断もあって撤退。

 で、でも……あと一枚……。

 

「最後の一枚、私が買うよ」

「えっ?」

 

 片付け中のお姉さんの言葉に変な声が出てしまった。

 

「チケット……それでノルマ達成でしょ?」

「い、良いんですかっ?」

「うん。私、普段は新宿拠点にしてるから近いし……あとそのライブハウス知ってるし」

 

 街灯に照らされるお姉さんの微笑みが一層眩しく見える。

 こ、こんな奇跡があって良いのかな……!?

 私が差し出したチケットに対し、お姉さんはしっかりと代金分を手渡してくれた。

 

 

「おにころ五本分以上のライブ――期待してるよ」

 

 

 チケットと代金の交換。

 私は思わず涙が出そうになる。

 やった、売れた、売れたよ……!

 この成果を一番に報告したい相手を――いっくんを探して視線を巡らせる。日が暮れそうで暗くなった海辺の中に、彼は見つからない。

 あ、あれ?

 

「あれー?少年は何処行った?」

「え、えと……」

「こ、ここです……」

「ひょわぁっっ!!?」

 

 予想外からの声に全身が跳ねる。

 近くの電柱の影から、いっくんが現れた。

 かなり疲弊しているようで、精一杯挙げたつもりであろう手は頭の高さにも届いていない。

 

「少年も頑張ったね!」

「ふ、ふふ……頑張りすぎて、ひとりのライブ聴けなかったクソ過ぎる」

 

 本当に悔しそうだ。

 血が出るほど唇を噛んで後悔に堪える表情のいっくんに、お姉さんが苦笑している。

 私は駆け寄ったはいいが、何をしてあげたら良いか分からない。

 え、えと、こ、こういう時は……。

 

 

「わ、私、いっくんがいたから頑張れたよ。ライブ、た、楽しみにしててね」

 

 

 正直、今よりも不安だけど。

 精一杯励ますと、いっくんの顔から表情が消えた。

 ど、どうしたんだろ……?

 また予測不能の反応に私が困惑していたら、ゆっくりと動き出したいっくんに抱き締められた。

 じっくりと味わうような、そんな印象を受けるように段々と私を包む彼の腕の力が強くなる。

 

 

「ひとりが愛おしい……!」

「ぁぅ…………」

 

 

 あ、コレ……駄目……。

 視界の隅で、お姉さんが小首を傾げている。

 

「ベースの子って聞いてた気がするんだけどな……」

 

 何のことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね、ひとりちゃん!」

「は、はい」

「お金返して下さいね。あと、酒は程々にしておかないとライブ当日来れなくなりますよ」

「その時は、少年が私のこと迎えに来てね〜」

 

 結局、その後は解散となった。

 

 いっくんに電車賃を借りて去っていったお姉さんを駅で見送る。

 今日は真面目に家に帰るらしい。

 変な人だけど、何かカッコよかったな……。

 ちょっとした尊敬の念を抱き、あの人の後ろ姿を見詰めていると隣のいっくんに肩を叩かれた。

 

「あんな大人になっちゃ駄目だぞ」

「お、お酒はやめておきます……」

「そうだな。飲むなら俺がいる時だけにしてくれ」

「ぇ……(そ、そそそそそれぷぶぶぶプロポ……!?)」

「うん(ひとりが路上で寝てたなんて聞いたら死ぬ)」

 

 私は深呼吸し、加速していく鼓動を落ち着かせる事に努める。

 そういえば、駅周辺の人が少なくなった。

 きっと、花火会場かそれが見えるポイントに移動したんだろう。

 花火……陽キャのイベントだな。

 私には一切無縁である。

 

「ひとり、よく頑張ったな」

「え、えへへ」

「実はさ、今日は後藤家にお世話になる予定なんだよ。だから、このまま二人で帰るか」

「あ、うん。そうだね――」

 

 あ、そういえば。

 今、久し振りにいっくんと二人きりだ。

 この心地いい時間も、あと少し……家に帰ったら皆がいるし、それもいいけど……。

 

 ……………。

 

 ……………。

 

 …………。

 

「あの、いっくん」

「ん?」

「い、いいい、一緒、一緒に……は、花火……」

「え、花火?…………」

 

 もう少しだけ延長したくて、いっくんを花火に誘う。

 いっくんは夜空を見上げて、思案顔になる。

 あ、そうだよね……我儘だったよね……。

 それに、いっくんは祭りが苦手だった。家族や友だちで足を運び、仲睦まじい様子を見せる人々と自分を無意識に比べてしまうからだ。

 ああ……駄目、だよね。

 

 それに、いっくんにはリョウさんが――えっ?

 

 

「よし、行くか」

 

 

 いっくんに手を握られる。

 そのまま、何処かへと歩き出した。

 私は行き先も分からないので、大人しく付いていく。

 駅を通過して、海沿いに西へと歩む。途中にあったショッピングモール付近で足を止めて、彼は空を見上げた。

 

 丁度良く、花火が上がっている。

 

 夜空で炸裂した光の粒の彩りに、思わず声が漏れる。

 隣では、いっくんが黙って同じように花火を見詰めていた。

 打ち上がる光が尾を引きながら夜闇に消えて、次の一瞬には花となって散る。形や色も様々に、その光景がひたすら続いた。

 

「個人的に祭りは嫌いだったんだけど」

「……」

「ひとりとなら、また来ても良いかもな」

 

 …………本当に嬉しい。

 でも、止めてほしい。

 

 そんな事を言われるから、期待しちゃうんだ。安心しちゃうんだ……ずっと一緒だって思ってしまう。

 

「……ま、また来たいな」

「じゃあ、そうするか」

 

 繋いだ手を固く握り直す。

 いつまでこうしていられるだろうか。

 いっくんの事だから、本人の自己評価とは裏腹に周囲から求められている。私一人で独占できるなんて、烏滸がましい事は出来ない。

 沢山、魅力的な人はいる。

 その中から、私を選んで一緒にいてくれる可能性は微塵もない。

 私はただ、彼が辛いときに一緒にいただけ。

 寄り添った人間だから、相手にしてくれているだけ。

 

 諦めよう。

 

「どうせ、俺は一緒に見たいと思える相手は他にいないし。俺と見たいなんて言ってくれるのも、ひとりだけだ」

「……」

「ひとりが望むなら、いつだって構わないから」

「……うん」

 

 諦め、たい。

 

 

 

 

「だって、ひとりに貰った命だしさ」

 

 

 

 

 

 

 

 諦めたいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一番投票数多かったヤツ書きます(50%)、或いは一番投票数低かったヤツ書きます(50%)。

こんなBADENDが見たい!

  • 将来も山田リョウを養う一郎
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