時期も順番もランダムで。
夏も本格的になって本当に暑い。
窓を全て開け放って風通しを良くしても、茹だるような暑気は中々抜けてはくれず、通っていく風すら生温い。
その中でも台所は地獄だ。
火を使えば、誰よりも汗をかく羽目になる。
俺はフライパンで卵焼きを作りながら、手元から上がる熱気に顔を顰めた。さっきまで麺も茹でていたので台所は地獄と貸していた。
あ゛ー、クーラー付けたい。
でも、我慢だ。
使うのは暑さがいよいよ厳しくなる八月後半。それまでは、扇風機で凌ぐ。
俺は堪えられる…………けど。
「リョウ。昼飯、もうすぐだぞ」
「やっとか」
「扇風機前を陣取るな」
居間では、リョウが扇風機前を占拠している。
扇風機の首は駆動させず、自身の方向へ固定していた。
俺が卓に着く時は、せめて俺にも回して欲しい。
ライブも近いのに懈け切っている。
普通は合わせの練習も詰める時期ではないのか。
「今日は暇そうだけど、結束バンドは?」
「練習無し」
「そうなのか」
「でも、バンドTシャツ作るらしい。今日はその相談する為にみんな集まってる」
「オマエは?」
「そういうの面倒くさい」
「結束力……」
ここぞとばかりにバンド名が意味を成さない。
今頃は三人とも集合している。
この怠惰なリョウとは違って、必死に自らのシンボルとなるTシャツデザインについて見解を交わしているのだろう。
扇風機の前でも良いからリョウも考えろよ。
バンドメンバーで集合する用事なのに。
「よし、できた」
「何にしたの?」
「索麺。具は千切りにしたキュウリと卵焼きとハム、後は海苔とネギがある。……卵は要るか?」
「ぜんぶ頂戴」
「俺の分もあるから程々にな」
リョウの麺汁の碗に卵を割って入れる。
汁と掻き混ぜてから、その中に一摘み分の具全種類を入れて渡した。
受け取るや否や、リョウは大きな器に入った索麺を碗の中に入れ、充分に絡ませてから啜る。
冷えた麺が暑い中では丁度いいのだろう。
……コイツは扇風機で涼んでいたけど。
俺は卵無しで、リョウ同様に全種類の具を入れてから麺を取る。麺が残ったら、今晩作る予定の味噌汁にも入れて完食しよう。
パシャリ、と不意にシャッター音がした。
リョウが食事中の俺をスマホで撮影している。
食事中に別の事をするとは行儀が悪い。
注意しようかと思ったが、今度は自分も入れてツーショット写真を撮った。
「行儀悪いぞ」
「虹夏たちに送信した」
「そんな自慢にもならない物なんかやってどうするんだよ」
「一郎のご飯でマウント取れる」
「迷惑な……デザイン案を送れ」
こんなに自由で良いのだろうか。
もしかして、役割分担をしているとか。
作曲に関しては一手に担っているそうなので、それくらいの我儘が通るのかもしれない。虹夏が寛容だから成り立っている気もする。
作詞は、あのひとりが行っているそうだ。
一体どんな内容なんだろう。
やはり、ひとりくらい最先端な人間だと広くは無いが刺さる人には深く刺さる意味の深い詞かもしれない。
早く聴きたい。
「一郎」
「ん?」
「さっきからスマホうるさいけど」
「…………」
リョウの指摘通り、ロインの通知が騒々しい。
かなりの量が送信されているのか、間断なく音が鳴っている。
通知音からしてバイト先ではない。
一体誰からだろうか。
喫緊の連絡ならば無視するワケにもいかないので、リョウに言った手前で非常にやりにくいがスマホを確認した。
通知は――虹夏と喜多さん。
誰から確認しよう……。
先ずは送信数の少ない喜多さんからだ。
『先輩、意地悪が過ぎますっ!』
『そんなに私に妬いて欲しいんですか!?』
『そんな事されたらもっと』
取り敢えず、トーク欄を閉じた。
何の話だかまるで見えない。
ずらりと三十件近く溜まっているが、いずれも意図の分からない言葉ばかりだった。
仕方ないので一旦保留し、次は虹夏を確認する。
『リョウを甘やかしちゃ駄目だよ』
『私も一緒に食べたかったなー』
『今度二人で食べようよ。私も手伝うからさ』
特に緊急性は無さそうだ。
それなのに四十件とは……。
そこまでして一緒に食事がしたいと思われるほどの人間では無いのだが、そう思ってくれる事自体は有り難い。
取り敢えず『そうですね』と返信しておいた。
……喜多さんから『私には返信しないんですね』とまるで虹夏とトーク内容のデータを共有しているかと錯覚する速度で新たなメッセージが入った。
本当にTシャツデザインを考えているのか?
案外、行き詰まって他に目移りするほど暇なのではないのだろうか。
「Tシャツデザイン、難航してるのかもな」
「これからもっと遅くなる」
「何で?」
「さあ」
リョウが索麺を啜る。
それから黙って碗を差し出されたので中を確認すると具が無くなっていたので新たに入れておいた。それくらいは自分でやって欲しい。
しかし、結束バンドのTシャツか。
物販とかで、いずれは売られたりするのだろうか。
虹夏が言うには、各々に因んだ色の結束バンドを販売する予定らしいので、俺はピンク色を購入するつもりだ………ったのだが。
「リョウ」
「ん?」
「俺の結束バンド、ピンクが――」
「え、青でしょ?」
「…………じゃあ、黄――」
「青」
「……赤とか――」
「え?」
「………………………………青、だよな」
リョウによって何故か限定される。
例の意味不明な独占欲とやらだ。
青以外を買ったら、再び爪で攻撃されかねない。
それより、キスしたりもするけど本当に俺たちの関係は何と呼ぶべきなのだろうか。恋人というほど甘くないし、友人というには乾いているし、ただの知り合いにしては交流が多い。
未だにリョウ本人からの明言も無い。
曖昧な分だけ怖くて警戒心も湧くのだが、逆に決定付けられるのもまた恐い。
やはり、宿主と寄生虫……か?
「一郎、今日は映画観ないの?」
「観るけど、食事中に観る内容でもないしな」
「何てやつ?」
「『メメ○ト』っていう映画」
映画『メメ○ト』。
それは、既に二度は鑑賞した物だ。
ただし、ネットの考察や解説などを閲覧しても未だに理解できない部分があるほど難しい。
時系列トリックにより、途中でいつ、どの出来事なのか混乱させられる事がある。
これを理解したいが為に、もう一度観る予定だ。
映画の難しさを上澄みだけ解説すると、リョウが意味有りげに頷く。
「食後もやめた方がいい」
「え、何で?」
「お腹いっぱいで頭が回らないから」
「……あ、そう」
元から回していないような気がしないでもないが、そこをツッコむと余計な事をまた言ってきそうなので口を噤む。
リョウが箸を置き、自身の腹部を撫でる。
どうやら満腹のようだ。
目論見通りの量で余ったので、味噌汁に使おう。
「食器下げるぞ」
「うむ」
「コップも洗うけど」
「苦しゅうない」
「一々引っ掛かるんだよなぁ」
自分がリョウの奉公人のように感じさせられる。
ここは俺の家の筈なのだが、妙な話だ。
食器などを片付けていく途中で、リョウが俺の観たかった映画を再生しており、つくづく自分勝手だと呆れつつも作業しながら俺も鑑賞した。
ううむ、作業と並行すると余計に分からない。
全部終わらせて、すぐリョウの隣に腰を下ろす。
リョウは序盤で混乱し、やがて俺もその後を追うように展開の理解が遅れ始める。
集中して見ていたが、しばらくしてリョウが俺の肩に寄りかかる。
ちらりと横を盗み見れば眠っていた。
満腹状態なところへ、更に難しい映画というコンボにどうやらリョウは降参する他無かったようだ。
「やれやれ」
俺はリョウを離し、ソファーに横にする。
近くにあったタオルケットを腹部にかけて、風力設定を弱風にした扇風機をリョウのすぐ傍にセットした。
おやすみ。
「………一郎……渡さ………」
夢の中まで俺がいるのか。
ちょっと可笑しくて笑ってしまった。
♪ ♪ ♪ ♪
ライブを明日に控えた日。
午前のバイトから帰った時だった。
ポストに入った手紙を見て、思わず顔を顰める。
この住所は……親戚。
しかも、俺の母方の祖父母だ。
絶縁したというのに、何故かこちらの住所は露見している。一年か二年に一通、こうして手紙を寄越してくるのだが内容は決まって誹謗中傷だ。
目も通さず捨てたいが、親戚関係というのは簡単に無視出来る問題ではない。
「おかえり」
「……オマエ、今週ずっと家にいない?」
「たしかに」
「両親の為にも帰ってやれ」
玄関を開ければリョウが俺を迎えた。
相変わらず寄生しているコイツの在り方には脱力させられる。
挨拶も軽くし、俺は自室へと入る。
憂鬱だが、机の上で仕方なく手紙を開封した。
内容は、一口でこう言っている。――『娘に産んで貰っておいて何も返せないなんて恥を知れ』だ。
読んだ後、俺は失笑した。
何が産んで貰っておいて、だよ。
この方、顔も憶えていない親二人の所為でどれだけ惨めな目に遭ったと思っているんだ。
祖父母のみならず親戚全員に言いたい。
親が子を選べないように、子は親を選べない。
子は別に、生まれたくて生まれてきたワケじゃない。偶然その男女の間に発生し、自我を得ただけだ。
生まれたい生まれたくないの選択肢など最初から存在しないし、選ぶ余地も無い。
それなのに、産んで貰った恩?
笑わせるな。
第一、親が子を産む理由は何だよ。
この『何かして欲しい』とか、『何かしてあげたい』とかだ。
どちらも自分勝手、子供が望んだワケじゃない。
しかも、都合によっては負担だからと産んだ子を産後すぐ遺棄する人間だっている世の中だ。子供は愛なんぞで生まれるわけじゃないんだよ。
何で生んだだけの親に感謝しなければならない?
何で生んだ親でもない祖父母に返さなければいけない?
生まれてきて良かったなんて思えるのは、俺がどう生きたかだ。決して、親やアンタらのお陰なんぞではない――――。
……………いけない。
また悪い感情が迸ってしまった。
気づいたら、机の上で手紙は悲惨な状態になっていた。
部屋中に散り散りになっている。
俺は膝を抱えて蹲る。
毎回、嫌な気持ちにさせてくれやがって。
「一郎」
「…………何だよ」
「部屋、汚いけど掃除機いる?」
「……それで掃除するの俺だろ?」
「うん」
コイツ…………。
人が部屋にいてもノック無しで入室してきた。
しかも、状況から見て明らかに触れてほしくないというのは一目瞭然である筈だ。
それなのに、このスタイル。
リョウの無遠慮さに呆れてしまい、一周回って怒りすら鎮まっていく。
……これくらい、自由に生きれたらな。
「この紙、何?」
「……何でも良いだろ」
「まさか、これ23点だったテストの……」
「オマエの数学の答案じゃねえよ」
今は放置して欲しい。
「後でやるから。今は放っておいてくれ」
「…………」
「……リョウ?」
俯いていた俺の顔をリョウの手が挟む。
優しく持ち上げられ、見上げた先――至近距離で彼女と視線が交わった。
深い水底のように、引き込まれる瞳である。
「明日のライブでは、そんな顔させないから」
微笑んでそう告げたリョウが眩しく見える。
ああ、そうだった。
明日はコイツの音楽が聴けるのだ。
掃除は……明日にして、手紙の事は考えないようにしよう。内容は前田家に対してではなく、俺個人への嫌がらせだったので無視しても無問題だ。
「凄いの頼むぞ」
「それは、みんな次第。私だけに言われても」
「急に頼もしくない」
それが却ってリョウらしいが。
俺は立ち上がって肩を回す。
バイトから帰ったばかりだが、リョウがこの部屋に来たのは心配ではなく昼食の催促だ。
「そういえば」
「ん?」
「結束バンドのTシャツ、見る?」
リョウが思い出したようにTシャツについて言う。
「それなら喜多さんが見せてくれたよ」
俺はロインの喜多さんとのトーク履歴を開き、画像を見せる。
カメラに向かって可愛くピースサインをしつつ器用にウィンクまでこなした喜多さんの自撮り。彼女の顔に目が行きがちだが、よく見れば結束バンドのロゴが入った虹夏デザインのTシャツを着ている。
「……へえ」
リョウが目を細めて俺を見つめる。
画像見ろよ。
俺の顔に結束バンドのロゴは入ってないぞ。
「Tシャツって、いずれ物販とかで出る?」
「何で?」
「俺も買いたいし」
「一郎は私にどんどん貢ぐといい」
「購買意欲の下げ方が上手いな」
絶対に青の結束バンドは買わない。
因みに山田リョウが推しだなんて絶対に口にしない。
もしかしたら、ライブを見た衝撃で推し変なる方向転換も有り得る。山田リョウ脱却には非常に良い刺激となる。
無論、そんな事は口にしない。
口は災いの元、リョウにまた爪を立てられるのだけは回避したい。
居間へと移動すると、昼のニュース番組で天気予報が放送されていた。
少し前に南で発生した台風が接近しているらしく、しかしその時は日本に直撃しない予報だった。
だが、今は……。
「何か微妙に変わってるな」
「ホントだ」
「明日のライブ、大丈夫か……?」
「念には念を入れて、昨日『STARRY』で私たちはてるてる坊主を一人十個は作った。この魔力があれば台風も流石に来ない」
「成る程ね、これは明日が不安だ」
すぐフラグ立ちそうな台詞を言うな。
オマエの魔力など最も信用ならない。
別に雨風が強いだけなら、それでも俺はライブに行く。実際にライブハウスは近いので徒歩でも届きそうだ。
ただ他の客もそうとは限らないし、逆に雨に打たれてまでライブを観に来たいという熱量を持って足を運んでくれるかは不明だ。
最悪、一桁代の客数でライブ……。
我ながら悲観的だが、どうも優先してその未来が頭に浮かんでくる。
「一郎は心配しなくていい」
「ん?」
「客は必ず沢山くる。そう私の勘が言ってる」
「分かった。その為にもオマエはもう喋るな」
何本フラグ立てる気だろう。
いよいよ危険に思えてきたので口を塞いでおく。
でも、楽しみだ。
やっとライブで聴けるのだから。
「台風なぞ恐るるに足らず」
もう黙れ。
欲望を垂れ流しているだけなので、感想以外は見ていなかったのですが、気付いたら評価ポイント12,800を超えていた事に驚きました。
お、応援有り難うございます……こんな見苦しい私の下心に評価なんてして頂いて。
これからも宜しくお願い致します。
(こういうの普通は1万の時に言うやつだ……タイミング逃した……)
こんなBADENDが見たい!
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