やはり、『ヴィンランド・サガ』良いですねェ。
しかし、スヴェン王事件以降の原作を読んでいると……あれ、これ何処かで見た感じの物語だなと思うようになりました。
記憶を探っていくと……似てるのありました!!
あの『SLAM DUNK』の作者でも有名な井上雄彦先生の『バガボンド』です!
主人公は、かの大剣豪・宮本武蔵の話です。
大胆なネタバレになるのですが、諸事情で足を怪我して『二度と剣を振るえない』と言われた宮本武蔵が日本を彷徨いながら自身への復讐に燃える吉岡一門関係者に襲われる最中で自身の今までの戦い、殺してきた人々の怨念、柳生石舟斎の言う『天下無双』の意味と、『殺し合いの螺旋』について苦悩していく話がこれからのヴィンランド・サガに似てきますね。
良ければ読んでみて下さい。
画力もさることながら深く考えさせられます。
人間は『天と繋がっている』がジンと胸に来ます。
下北沢駅の東口は水が張っている。
薄膜というほど浅いが、排水溝で水が捌けても尚この状態が維持される雨量が空から注がれている。
正直、立っているだけで靴は駄目になる。
例に漏れず、俺の足も濡れていた。
「本当に台風来やがったよ……山田ァ」
雨合羽のフードを払い、俺は袖を捲くって腕時計を確認する。――そろそろか。
「うへへ、少年を見ーつけた!」
改札を出てきた人影の一つが俺に駆け寄る。
カラカラと駅構内に軽快な響かせる下駄で、俺もまたそれが誰かを一瞬で理解する。
今日、俺をここに呼びつけた人物――廣井きくり。
既に酒水を充填済みの赤ら顔だった。
今日もまた迷惑無双きくりモードである。酔いが醒めた時は割と会話が通じるのに。
きくりさんに手を挙げて迎えようとした時、接近する姿を目にしてはっとした。
もう手遅れというレベルで濡鼠になっていた。
水を多分に含んで重そうなスカジャンは裾から水滴を落とし、薄手のワンピースは彼女の体に貼り付いて目に毒な風体と化している。
まあ、予見はしていた。
俺は用意していた雨合羽もう一着とタオルを取り出す。
「きくりさん。スカジャン貸して」
「了解〜」
「あと、この雨合羽で体隠して、もう一枚で拭いて」
「お、おお……」
「一応、着替えあるから雨合羽の中でコレに着替えて」
「怖……用意が良すぎて怖い」
失礼な。
指示に従うきくりさんが着替え終わるまで待つ。
人目を避けた位置にはいるが、雨で立ち往生している者も幸いな事に他人に構っている余裕は無いようで俺たちを見ている目はいない。
きくりさんがシャツとズボンに着替え終わる。
俺はタオルを受け取ってカバンにしまう。
「この服って今日買った?」
「いえ。家にあるヤツです」
「あー……」
「去年から来客が多いので、有事の為にと用意したヤツです。知り合いの体格に合わせてるんで、若干不満があるかもしれませんけど」
「いやいや、丁度いいし大丈夫」
きくりさんがズボン好きじゃないんだけどなー、なんて呟く。
それを無視し、ワンピースの裾を絞った。
「これ、ライブに客入らないかもね」
「結構酷いですからね、雨」
きくりさんが残念そうにため息をこぼす。
今日は結束バンドのライブ。
しかし、懸念していた通り本来は日本にすら上陸しない予定だった台風が直撃し、下北沢は強風と豪雨に見舞われている。
今朝、その天気でもライブハウスへと向かおうとしたきくりさんから救助要請を受け、下北沢駅まで迎えに来たのが現在の状況だ。
俺も『STARRY』に用があるから良いけど。
「てか、少年ってば完全武装じゃん」
「足はびしょ濡れですよ。家にある長靴のサイズが合ってれば履いて来たんですけど……」
「男の子の成長は凄いもんねー」
考えが足らなかった。
リョウがフラグを立てた時点で雨を想定すべきだった。
去年よりも足が大きくなったのは成長として本来喜ぶべきなのだろうが、ここでは素直に喜べない。
「それじゃ、行きますか」
「待って、行く前のワンパック!」
「おにころは没収します。吹き飛んでも知りませんよ」
「そんなぁ……!」
俺はおにころを取り上げ、替わりに雨合羽を渡す。
渋々ときくりさんが雨合羽を着てから、二人で雨中へと進み出た。
打ち付ける雨で体が押される。
隣できくりさんを支えながら、『STARRY』への道を辿った。行き道では人ともあまりすれ違わず、客数へのさらなる不安感を煽られる。
俺よりも結束バンドの方がプレッシャーだろうな。
「お、着いた」
俺たちは地下へと続く階段を降りる。
濡れた足では滑りやすいので慎重に段差を踏みつつ、扉を開けて中へ入った。
「うはーっ!凄い雨だったー!」
「えっ」
暑苦しいとばかりに雨合羽を即座に脱ぎ捨てて入店したきくりさんに、中にいた人から戸惑いの声が上がる。
宙に放り出された彼女の雨合羽をキャッチしてから俺も脱いだ。
「えへへ、ぼっちちゃーん。来たよー?」
「え。おまえ、ぼっちちゃん目当てで来たの?」
「そうだよ〜?いぇーい!」
店に入ってすぐの場所に結束バンドの面子が揃っていた。
ひとりと視線が合って、手を振る。
リョウがこちらを見ていたが無視した。
こいつは俺の昼飯を食べて出ていった大罪があるので一時だって構ってやるものか。
モップを持って拭き掃除をしていた星歌さんにも会釈する。
それにしても、きくりさんは星歌さんと知り合いだったのか、やけにお互いを知った気安さを言動から感じる。
「おまえ、一郎くんに迷惑かけてないよな」
「無いですよぅ。ね、少年」
「ゲロの処理と風呂と飯、電車賃、毎回噛まれる」
「え゛っ。そ、それは……」
きくりさんが目を泳がせる。
星歌さんのこめかみに青筋が浮かんだ。
血祭りの予感がして、俺はそっときくりさんから距離を置こうと移動するが、一歩横に動いた時に誰かと肩がぶつかる。
振り返ると、リョウだった。
いつの間にここまで接近していたのか。
だが、今日はライブまで無視すると決めたのだ。昼飯の恨みは、そう簡単に揺らがない。
無視し――っ!?
「あぐっ」
「いたッッ!?」
リョウに襟を掴んで引き寄せられた。
驚く間も無く、首筋に激痛が走って悲鳴が出る。
何故きくりさんじゃなくてオマエが噛む!?折角きくりさんの攻撃は受けないよう駅から細心の注意を払って動いていたというのに、これでは台無しだ。
リョウを睨むが、彼女はこちらを見ていなかった。
視線の先は、きくりさんである。
何か通じ合ったのか、きくりさんもまた含み笑いをこぼした。
………なに?説明して?
噛まれた首筋をさすりつつ、二人を交互に見る。
噛んだ理由も二人が見つめ合う理由も皆目見当が付かない。
いや、どんな理由があるにしろ人を噛む事が良いワケがないだろう。
「何故噛んだ?」
「やっと、こっち見た」
「は?……あ」
リョウがドヤ顔をする。
しまった。
無視しようと決めたのに、自分から話しかけてしまった。噛むという攻撃行為は卑怯だ、反応せざるを得ない。
俺が拳を握って悔しさに堪えていると、今度はリョウと逆側から飛び込んできた。脇腹に突き刺さる衝撃に危うく倒れそうになったが、どうにか踏ん張って耐えた。
今度は何事だよ。
胴体に抱き着く何かを見て……うわ。
「先輩!応援に来てくれたんですねっ」
「え?……あー、結束バンドの演奏が楽しみで」
「私のボーカルを聴きに来てくれたんですね!」
「まあ、そうとも言える、けどね……?」
脇腹でキターン光線が炸裂する。
至近距離の喜多さんに思わず目を瞑ってしまった。
たしかに、応援ではある。
厳密には喜多さん個人ではなく結束バンド全体のパフォーマンスに期待していた。
あながち間違いではないのだが、何故か素直に肯定すると危険であると本能が告げていた。どうした、本能?
「嬉しいです、今日のライブ頑張りますね!」
曖昧な返事に、喜多さんが好きなように解釈して喜んだ。
うん、それで良いよ。
俺はそっと喜多さんの肩を掴んで離す。
あ、と寂しげな声が聞こえたが気の所為だ。そんな声色とは裏腹に恍惚とした表情をしているように見えたのは、きっと何かの見間違いだ。
俺はそそくさとひとりの方へ移動――しようとする行く手に虹夏が立ち塞がる。
「二人とも!一郎くん困ってるから」
「あ、ありがとう。虹夏」
「ううん!いつでも頼ってね!」
笑顔が眩しいが、なぜ行く手を阻むのだろう。
絶妙に俺が彼女とぶつからずに左右へ避けられる距離を潰して立っている。
絶賛あなたに困っています。
一向にひとりに辿り着けない。
俺がオロオロとしていると、後ろでまた『STARRY』の扉が開く音がした。
階段を下りて、二人の女性が現れる。
「あ、ひとりちゃん!」
「……と、ビラ配ってた男の子とベースのお姉さんもいる!」
「き、来てくれたんですか!?」
二人に対し、ひとりが驚いていた。
俺を指してビラ配りと言ったが、そんなバイトはしていない。
……いや、待てよ。
最近そんなことをした覚えがある。
ひとりの路上ライブでの時だ。
まさか、俺が誠心誠意ひとりの為にフライヤーを配布し回っていた時に会った人なのだろうか。
が、頑張った甲斐があった……少し涙が出なかった。
「だって私たち、ひとりちゃんのファンだし」
「台風吹き飛ばすくらいのライブ、期待してますね!」
ひとりのファン、だと?
その言葉に衝撃を受けたのは俺だけではなく、ひとり本人もだった。
突如として彼女を中心に天高く衝き上がる光の柱が立ち昇った。
どう、なってるんだ……コレは?
全員で思わず引き気味に見詰める中、ひとりは歓喜に打ち震えて笑っていた。
す、末恐ろしい子だ。
所詮フィクションだと思い込んでいたが、この現象を見るに魔法や魔力なる概念も実在するのかもしれないと思わせる。
なんてポテンシャル……流石はひとり!
「また私を見ない」
台風を呼んだヤツは黙ってて下さい。
ライブまで残り一時間となった。
控室に向かう結束バンド、漸く隙ができたと思ってひとりに声をかける。
「ひとり」
「ぇ、あ、はい!?」
「俺もひとりのファンだから、楽しみにしてる。頑張って」
「……うん」
ひとりがスタスタと、一人だけ戻って来る。
俺の目の前で足を止めて、何か言いたげに視線を彷徨わせていた。
「どうした?」
「あ、あの……」
「………?」
ひとりが控え気味に両腕を広げる。
その動作で何を求めていたかを瞬時に察して、俺は正面から包み込むようにひとりを抱き締めた。
温かい。
ひとりが俺の体に腕を回す。
頭を撫でれば、胸に顔を擦り付けてきた。
よしよし。
「頑張れそうか?」
「な、なんとか……」
ひとりがゆっくりと体を離した。
時間にして三十秒もあったかどうか。でも、前よりも表情が引き締まっている。
「い、いってきます」
頑張れ。
♪ ♪ ♪ ♪
ライブまでの時間、ライブフロアは薄暗かった。
俺はきくりさんに引っ張られ、隅の方で見ていた星歌さんに並ぶ位置で待機している。
隣が酒臭い。
今着ているのは俺が貸した物なので、せめて酒や涎を落とすのは控えて欲しい。……あ、もうシミが。
きくりさんの自堕落さは暗くてもよく見える。
それに引き換え、星歌さんの佇まいは凛としていて頼り甲斐のありそうな大人像そのものを体現していた。
並んで立つと殊更に差異が際立つ。
……ん?
「星歌さん?」
「どうした、一郎」
「目付きが凄いですけど大丈夫ですか?」
「……ちょっと目が疲れてるだけだ」
嘘だ。
明らかに緊張している。
まるでライブを控えた新人バンド――それこそ結束バンドの面々が感じているのと同じくらいの緊張感で顔が険しい。
星歌さんは結束バンドの努力を間近で見守っていた。
だからこそ、彼女らの成功を願うばかりに自分もまた同等のプレッシャーを受けているのだろう。
俺はというと……比較的に落ち着いている。
昨日もリョウは自由気ままだったからな。
こちらが心配する方がバカバカしいと思わされ、程よい感覚で待っていられる。
フロア内にいる客数は、やはり少ない。
台風という弊害で、恐らくここから増えていく事も絶望的だろう。
問題は、この客入りの少なさを見て結束バンドのモチベーションにさらなる悪影響が無いかだ。
順番としては最初に演奏するスケジュール。
最前線を陣取るひとりのファン二名は早くも浮足立っているが、その他の観客は落ち着いていてステージにすら視線が向いていない。
……待ち時間、きくりさんをステージ上にぶち込んで演奏させるか。
「ねえ、一番最初の『結束バンド』ってバンド知ってる?」
「知らない。――興味無い」
「見とくのダルいねー」
その会話だけが、異様に大きく聞こえた。
俺は拳を握る。
会話の元は俺たちと少し離れた位置に立つ二人組。
別に彼女らは決して悪くない。お目当てのバンドがいるのだからそちらに関心を寄せていて、それまでの時間が退屈だし興味を引かれないのは可笑しい事ではない。
ただ……悔しい。
「空気悪いねー」
「ウチのライブハウスの悪口か?」
「違いますよー。ね、少年?」
「怖いからって俺に同意求めないで下さい。単に酒臭いって話です、星歌さん」
きくりさんは特に何も無さそうだ。
星歌さんの顔が益々険しくなる中でも、何故か最も穏やかに過ごしている。
俺もなんだか心臓がうるさい。
緊張感に喘いでいると、ステージ横の扉が開く。
続々と結束バンドの面々がステージ入りした。
早速、それぞれが機材などの調整に取り掛かる。
「お、来たね〜」
「何かもっと呼吸が苦しくなったような……」
「少年も飲む?なーんて、冗だ――」
「頂いても良いですか?」
「一郎。ウチが潰れるからやめろ」
心臓が苦しい。
しかし、ステージ上のリョウがらしくない程に緊張している。表面上はいつも通りで、無表情かつ手先や足運びからは感情が読み取れない。
ただ、どこか普段と比べて空気が強張っている。
いつも自由に弾き、自由に過ごすアイツを見ているからこそ些細な異変でも色濃く見える。
実を言うと、そんな気はしていた。
大胆でマイペースな割に、リョウは一番の勝負所で煙に巻いたり怖気づくところがある。
……仕方無い。
俺はカバンから団扇を取り出した。
それをリョウに向かって振る。
ふと、こちらを見たリョウが――――ふ、と笑う。
彼女が見たのは、ふざけた俺の応援姿勢ではない。
俺が持つ『昼メシ返せ!!』という絵文字を描いた団扇(制作時間およそ一時間半)が原因だ。
「…………」
「…………」
「よし、これで少しは緊張が解れたか」
「…………」
「…………」
「……何です?」
「何その励まし方〜!ちょっとお姉さんキュンとしちゃった」
「虹夏にも何か頼む」
「は?」
きくりさんが俺の肩を叩く。
この団扇、女性をときめかせる効果があるのか。
まじまじと確認してみるが、どう見たって俺の怒りしか伝わって来ない。わざわざ般若面の絵を書いて、横にゴシック体の文字を貼り付けている。
まあ、どうでもいいか。
今はリョウの緊張さえ解れればいい。――と思っていたら、視線を感じでセンターを見る。
喜多さんがこちらを凝視していた。
何だか目が怖いので一礼しておくと、笑顔になる。
調節が終わり、四人を照らすようにライトが点灯する。
……何だか、一気にライブ感が増すな。
「……は、初めまして!結束バンドです!本日はお足元の悪い中お越しいただき、誠にありがとうございます!」
「あ、あっははー!喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎー…………」
…………。
………………。
最前列のひとりファン二名だけが反応する。
それ以外は全くの無反応で、手元のスマホに視線を落としている者と退屈そうな者に分かれていた。
し、心臓の音がうるさい。
演奏聴こえなくて邪魔だから止まってて欲しい。
冷めた反応に、喜多さんの顔が強張る。
「さ、早速一曲目いきます!私たちのオリジナル曲で――『ギターと孤独と蒼い惑星』!」
お、おお、来た……!
俺はリョウが聴かせてくれたデモの音源の記憶がある。
だが、喜多さんの歌声までは入っていない。
果たして、俺にとって未知の可能性の種となる彼女の存在があの音源と合わさり、どんな相乗効果を齎すかまでは把握していなかった。
遂に、『結束バンド』がここで明かされるのか。
虹夏のドラムを合図に演奏が始まる。
最初から感動していた俺は音にノッて体が動くが、そこでふと妙な違和感を覚える。
……リズムが、何だか合っていない。
明らかに音源と違う。
これは、単なる不調なのか。
素人では、その程度にしか変化が読めない。
ただし、いつも聴いていたリョウのベースの異変はよく分かる。素人の浅知恵でも、ベースがバンド全体の音を裏から支えるような役割を担っていると聞いていたし、デモでもそんな風に立ち回る音の運びたと聴いていて判った。
リョウのベースによって、曲に安定感が増す。
でも、今日はリョウの音が乱れている。
どうした、リョウ?
変化を感じ取っているのか、俯き気味のひとりの顔も曇っていた。
やはり、可怪しいのか。
俺も混乱して、素直に曲に集中できず客に目が行く。
駄目だ、誰も見ていなかったり……今トイレに向かう者もいた。
「っ……」
「しーっ」
不安になって隣のきくりさんに尋ねようとしたら、手で口を塞がれた。
きくりさんが唇の前に人差し指を立てる。
この結束バンドの異常を耳と目で体感して、しかし笑顔でいる。
ど、どうして……。
い、いや、確かにそうかも。
ステージ上からは客が見えている。
俺が動揺していたら、特に喜多さんには敏感に感じ取れてしまう。
俺一人分という些細なモノでも影響させてはならない。
未だ気分は落ち着かないが、演奏にできる限り集中する。
そして――一曲目が終わった。
「い、一曲目『ギターと孤独と蒼い惑星』、でしたー」
喜多さんの震えた声が響く。
「やっぱり、パッとしないわ」
「早く来るんじゃなかったー」
……あの二人、いい加減処理して良いか?
不穏な決意が胸中で固まりそうになったが堪える。決してあの二人は悪くない。
ああいう面は、俺にだって存在する。
リョウの影響で楽曲を聴くようにはなったが、興味のないバンドの曲にも興味を惹かれない、というのはある。
彼女らにとって、それが『結束バンド』だっただけ。
このバンドの努力を傍で常に見守っていたならば、俺は否定するだけの自信を言葉に乗せて話したり何なりしていただろう。
でも――俺は知らない。
リョウ個人が頑張っている所を何度か見たり、ひとりが頑張ったギターの成果が現れる動画を観たりしたが……『結束バンド』そのものの努力を見てきたワケじゃない。
俺には、何の資格もない。
ステージを見上げる。
喜多さんも動揺していた。
リョウは……何事も無いように見えるが、やはり落ち込んでいる。
視線が合う――さっと避けられた。
俺には、何もできない。
きっと、結束バンドの本来の実力はこんなものでは…………いや、違うよな。きっと、バンドとしてはこういう場でも発揮できなければ、それは実力と言わないのかもしれない。
彼らは頑張っている。
頑張ってるのに、客に届かない。
…………資格もないのに、俺はそれが悔しい。
彷徨わせた視線が、ひとりに留まる。
彼女は最前列を陣取るファン二人を見て、次に俺を見て―――その目に力強い光を宿す。
ひとりの指が、弦を弾いた。
その音色に、ぶるりと背筋が震え上がった。
聞き覚えがある、この音から伝わる自信と引き込まれる音色……。
「………ギター、ヒーロー?」
♪ ♪ ♪ ♪
一曲目から、躓いた。
普段の練習で出来ていることが活かせていない。
みんなが不安になって、それがお客さんに伝わっているのがステージ上だと凄く分かる。
最前列の二人を見る。
路上ライブの時は、終わったらあんなに笑顔だったのに……今では『どうしたの、どうしよう』って表情をしている。
あんな顔させちゃ駄目なのに。
私たち、演奏も曲もまだまだだ……。
視界の隅で、何かが動く。
いっくんの持っている団扇だった。……あんなの、持ってたっけ。
表面には、何かが描かれている。
暑いからとかじゃないだろうし……きっと、彼の事だから私たちの為に何か作ってきてくれたんだ。
『俺もひとりのファンだから、楽しみにしてる。頑張って』
……あ。
いっくんの、切なげな表情を見てしまった。
………あんな顔、させちゃ駄目だ!!!
私が幸せだと、いっくんが幸せ。
いっくんが幸せだと、私が幸せ。
私がこんなんじゃ、いっくんが幸せになれない。
一番幸せになって欲しい人にも、あんな顔させたらおしまいだ!
待ってて、いっくん。
私が。
私が。
私が。
私が、幸せにするから。
総合評価13,200超えでした、応援有り難うございます。
……評価してくれる人に感謝しようと、あれからポイントを確認するようになったのに、出来れば13,000の時点で言いたかった………。
同時に、お詫びしたい事があって。
前回取ったアンケートのバッドエンドですが、あれは『IF』という形で載せる物であって、本作はいずれとも違う結末を迎える予定です、ハイ。
ごめんなさい。
定期アンケート : 今のところヒロインレーストップは誰だ?
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山田リョウ
-
伊地知虹夏
-
後藤ひとり
-
喜多郁代
-
ジミヘン
-
伊地知星歌
-
廣井きくり
-
後藤ふたり
-
清水イライザ
-
岩下志麻
-
PAさん
-
後藤美智代
-
吉田銀次郎