また500になったタイミングで上げられなかった……自分の間の悪さに困ってたぜ………です。
結束バンドのライブは終わった。
俺は夜中、その余韻に独りで浸っている。
今夜限りはリョウも来ないだろうと思って、味噌汁とひじきの五目煮、旨塩焼きの豚肉と千切りキャベツを白飯の上に敷いて輪切りの葱を撒いた肉丼による一人の夜飯だ。
本来なら、違う献立だった。
前回のリベンジでしゃぶしゃぶを作りたかった。
だが、彼らはバンドマンである。
ライブ後に打ち上げがある事を失念していた。
今頃、リョウたちは何処かの居酒屋で星歌さん達によって初ライブの慰労が施されている事だろう。
「まあ、うん……仕方ない」
メンバーで打ち上げが催され、虹夏に誘われはしたが完全な部外者なので丁重にお断りした。
俺も行きたかった。
でも、どんな顔で参加すれば良いか分からない。
途中で情けなく取り乱した姿を晒したし、メンバーに申し訳なくて気まずい。
だから、虹夏から執念深いくらい幾度も尋ね直されたが、同じ返答を繰り返した。……何故そこまで来て欲しい?
いや、理由はそれだけではない。
これ以上なく私的な事情があった。
喜多さんである。
最近の彼女の情緒の不安定さが恐い。
根はいい子なのだが、出会った時に比べると何かのリミットが解除されたような対応に、いつも惑わされている。俺が失礼なことをした所為で、変に気遣わせているんだ。
打ち上げでは伸び伸びと過ごして欲しい。
それにしても、すごかった。
ひとりのギターが鳴り始めた瞬間からだ。
急に世界が変わった。
そう錯覚してしまうくらいに、ライブフロアの空気をギターの鋭い音色が劈く――ひとりの独奏が始まった。
動画で発揮されていた聞き覚えのあるキレのあるストローク、意識が音に惹き込まれる感覚。
あれこそギターヒーローの本領だ。
凍りついていたステージ上に不思議な熱が集まる。
最初は、計画された結束バンドの演出だと思った。
だが、ステージではリョウも驚いていた。客のみならず、メンバーまでもがひとりの演奏に目を見開いている。
アレは……アドリブだった。
まさか、引っ込み思案なひとりがあんな大胆な演出をするなんて誰に想像できたか。
その後からのライブは格段に違った。
喜多さんの声に力が入り、虹夏さんのテンポが戻り、リョウがバンド全体の音を掴んでサポートし始める。
あれこそ、結束バンドなのだろう。
続く二曲目と三曲目で、最初の蹉跌を忘れさせる程に客からの評価は好印象に覆った。
「次のチケットも買おう、絶対」
SICKHACK以外にも推しバンドが現れた。
元からその積もりだったけど、素人な上にバンド内に身内がいるが、贔屓目無しでリピートしたいバンドになっている。
心做しか、自分ひとりなのに調子に乗ってコップに注いだオレンジジュースが美酒のように思えてきた。
これが、上手い酒の味か(※違う)。
そういえば、ひとりの様子も変だったな。
ライブ後、打ち上げに行く前に呼び出されたのだ。
『あっ、あのね……いっくん』
『どうした?』
『あっ、き、今日分かったんだ。いっくんが不安そうな顔してるの見て、わ、私のギターで凄く目キラキラさせたりしてるの見て……』
『ん?』
『い、いっくんを自分で幸せにする時すごく気持ちよくて……だ、だから私が幸せにするね?それ以外、ど、どうでも良くなって、私だけで、良いようになるように頑張るね?』
『あー、うん?よろしく?』
普段のひとりと比べると口数が多かった。
やはり、ライブ成功の手応えなのだろう。
頬を染めて凄く高揚した感じで語っていたのは、今日で自信が少しだけ身についた証拠。
このまま良い方向へとすべてが運ばれ、ひとりが成長してくれたなら嬉しい。
言っている事は、要約すると次のライブも自分のギターを聴きに来てくれ、だ。
勿論だとも。
「………ん、ロインか」
スマホから通知の音が鳴る。
ロインだ、相手は……リョウだ。
『一郎、鍵失くしたかも』
は?
俺の持つスマホからメキリと変な音がした。
人様の家鍵を勝手に奪って利用した挙げ句、よもや紛失するというのは俺と全力で戦いたいという宣言だろうか。
是非もない、受けて立つよ。
変人ベーシストの血肉を明日にでも路上にブチ撒けてやる。
「絶対許さ………はい?」
玄関の方から鍵の音が鳴った。
誰だ……リョウか?
合鍵を持っているのは、彼女しかいない。
でも、打ち上げが終わったらそのまま帰宅する筈だ。
……まさか、金欠で打ち上げは何も注文できなかったので俺の家で晩飯を食べに来たのかもしれない。
別に、まだ肉もキャベツも白飯も有り余っている。
だが、鍵を失くしたという文句で喧嘩を売ってきているので飯よりも先にまず熱いお仕置きでも施してやろう。
首筋に爪を立てたり、今日噛んだ分も含めてな!
………いや、待てよ。
鍵を失くしたのに、どうして入れるんだ。
まさか、リョウが落とした鍵を誰かが拾い、それを悪用して俺の家に侵入してきたのではないか。
今、鍵を開けたのは……ヤバいヤツなのでは?
居間の扉が開かれる。
俺は箸と美酒(※違う)を構え――――。
「――先輩、こんばんは!」
……なんだ、喜多さんか。
凶悪犯かと身構えた己の必死さが恥ずかしくなる。
俺は美酒(※違う)と箸を卓上に戻した。
胸を撫で下ろし、安堵で力が脱け――待てよ。
何で俺の家の鍵を喜多さんが開けられるんだよ。
「喜多さん。打ち上げは?」
「もう解散しました。とっても楽しかったです!」
「そ、そう。……どうやって鍵開けたの?」
「あ、それなんですけどね?」
喜多さんが右の掌を差し出してきた。
そこには、リョウが持っている筈の鍵がある。
………なんで?
「リョウ先輩が居酒屋に落とした鍵なんですけど、先輩が帰った後に気付いたんです。どうしようか伊地知先輩に訊いたら、コレって前田先輩のだって言ってたので返しに来たんです!」
「あー、成る程ね。わざわざありがとう」
「いえいえ」
俺は詫びながら鍵を取った。
そして、その手を引こうとしたのだが食虫植物のように喜多さんの手が閉じて捕まえられる。
心臓に悪いからやめて欲しい。
「喜多さん?」
「実は、ご相談があって」
「な、何だ?」
「鍵を届けるので必死になってたら、もう補導される時間になってて……」
俺は壁の掛け時計を見た。
たしかに、もう高校生も補導される時間帯だ。
ここは、ご両親に頼んで――。
「でも、用があって両親が家を空けてて迎えに来れる人もいなくて」
「あ………そうなの、か」
「そこで、前田先輩にお願いしたいんですけど」
嫌な予感がする。
「今日、先輩の家に泊まっても良いですか……?」
えー………。
的中しちゃったよ、嫌な予感。
でも、他人の家の鍵をわざわざ届ける為に来て結果的に自分の家に帰れなくなってしまった事は、俺にも責任がある気がする。
元凶は落としたヤツなんだけどさ。
喜多さんは、あの日の入学式の朝と同じように誰かの為に行動しただけだ。そんな彼女が、俺の所為で窮地に陥っている。
……断った方が、むしろ血も涙もない野郎な気がする。
本当は一人でライブの余韻に浸りたかったけど。
ちらり、と喜多さんを見る。
最近の彼女は、接しづらいのだが……今日は比較的穏やかな気がする。
あの危うげなキターン光線も放たないし、変な風に詰問して来ないし、純粋に困った善良な女の子だ。
リョウの影響で大分慣れたとはいえ、女の子を男一人の家に泊めるというのは俺が親だったら止めたい。
いや、別に喜多さんに変な事はしないけどさ。
でも今回は俺にも責任あるし。
「良いよ」
「ホントですかっ!?」
その瞬間、あの危機感を煽られる妖しいキターン光線が放出された。
あ、駄目な気がする。
この子を家に置いたら危ない、精神がキャパオーバーで死ぬかもしれない。
だが、既に了承してしまった……。
「今晩、よろしくお願いします――先輩♡」
明日の俺、生きてると良いな。
♪ ♪ ♪ ♪
「やあ、リョウっ」
「誰」
喜多さんが帰った日の夜、リョウが家を訪ねて来た。
元気に挨拶したら、なぜか前田一郎であることを疑われたが、僕は純度百パーセントで前田一郎だ。
本当に失礼である。
でも、今日の僕は一味違うのでそんな事も許そう。
昨晩、喜多さんとずっと話している内に僕も楽しい気分になってきて、気付いたら世界が明るく見えてきた。
バイト先でもいつもより接客に対して積極的に取り組めた。
何故かバイト先の女子に『困ってるなら相談して』と言われたけど、特に悩みは無い。
むしろ清々しい気分。
これなら、夏休み明けには陽キャとしてクラスに馴染めているかもしれない!
昨日までの僕はなんて損をしていたんだ。
ありがとう、喜多さん。
「鍵失くしてごめん」
「良いさ。昨日、喜多さんが鍵を拾って来てくれたから、ねっっ」
「誰」
「モチロン前田一郎、さっっっ!」
「一郎はそんな生理的に無理な性格してない」
「ははっ、新しい僕を否定しないでく、れっっっ」
笑顔で告げると、顔を顰められた。
いつもリョウと調子が合った事など無いが、今日は特に酷いな。
こんなにも明るい世界を見ている所為か、一段とリョウが暗く見える。真の闇の中でしか光が見つけられないように、光の中で真の闇が見えてしまっているかも――――ねっっっっ!
「今日はどんな要件か、なっっ」
「その喋り方やめて、鳥肌立つ。……何かあった?」
「夜も遅くて、喜多さんが家に泊まっ――」
「なるほど」
ガッッ、と顎を掴まれる。
そのままリョウと鼻先が触れ合いそうな距離まで引き寄せられた。
今日もオマエは強引だ、ねっっっ!
「郁代と一晩過ごして、自分が陽キャになったと錯覚してるんでしょ」
「そんなワケ無い、さっっっ」
「よく喋る」
ははっ、オマエも今日は一段と自由な口だ、ねっっっっっ!!!
一体何をしようというのか、なっっ!
出方を窺っていたら、リョウが嘆息する。
呆れられているようだ。
陽キャへと刷新された僕の姿を悪化だと捉えているようだが、リョウこそ何も見えていない。成長して置き去りにした僕を無意識に僻んでいるのだ。
「一郎」
「何か、なっっ?」
「どうしたら戻る?」
「戻る必要性を感じない、ねっっ!」
「……一回壊すしかないかも」
壊すだって?
君程度に新生前田一郎を破壊なんて出来はしない。新しい自分という事で謎の全能感すら芽生えている。今の僕からもキターン光線が放射できそうだ。
陰キャの山田リョウには堪えられまい。
降伏するなら今の内だぞ?
やれやれ、困った、なっっっ!
僕は―――――おっ?
「一郎、目開けてて」
ぐい、とさらに引き寄せられて――俺とリョウの唇が触れた。
「!??!?!!!?!???!!?」
「ん――――」
え、あ、え?
なん、キス、え?
混乱していると、唇の隙間からリョウのアレが侵入してきた。
??????
????!!
?!?!?!
数秒か、数分か定かではないが長く感じる時間リョウが俺の中で暴れていた。明るかった世界が白んで、何だか目がチカチカしている。
リョウは一体、何をしてるんだ?
暫くして、リョウが顎を放した事で俺は後ろへと尻もちを突く。
え、何が起こっ、あ?
混乱していると、屈んだリョウと視線が合う。
じっとこちらを見つめていた。
「戻ったね」
「え、戻った、とは?」
「じゃあ、お風呂入ってくる」
リョウが俺を置き去りに、そそくさと風呂場へと向かう。
その後も茫然自失として、玄関に座り込んだ。
何が起きたのか、まるで分からない。
いや、キスされたな。
でも、あんな感覚は初めてだった。
今までだって何度もされたけど、アレは一体何だったのだろう。
「怖………」
今日のアイツも一味違う。
俺は震える足で立ち上がって、玄関扉を閉める。
リョウの寝間着を浴室の前にセットしてから、居間のソファーに腰を下ろした。
…………あれ、何か体がダルい。
足が重くて、肩が少し動かすだけで酷い筋肉痛に見舞われた。
き、今日はそんな激しく動いていない筈……!?
ただ陽キャになっただけで……あれ、何で俺は陽キャになったんだ?
「これ、は……まさか、反動……!?」
俺は思い出した。
かつてリョウが試験勉強の過負荷で壊れて明るい性格になった時、正常な状態に戻した結果そこから動く事も難しいような疲弊状態に陥った事がある。
現在の状況は、その現象に酷似していた。
俺も陽キャになると……ダメなのか?
いや、そもそも何で俺は喜多さんと話しただけで陽キャに……。
そもそも、昨日の記憶が曖昧だ。
寝る前に椅子に座って映画を観ていたら、後ろから喜多さんに抱き締められて耳元で何かを囁かれてから記憶が…………。
え、催眠なのか。
いや、催眠なんて喜多さんとは縁も無いような事あるわけがない。勝手に俺が暴走していただけで、この反動がその証。
一人で物思いに耽っていると、風呂を出たリョウがシャツ一枚で現れる。
寝間着は用意したよな。
なぜ数ある内でそれを選んで着てくるんだ。嫌がらせなのだろうか。
「お風呂出たよ」
「あ、ああ……」
「……どうしたの?」
「か、体が何か……重くて……!」
ソファーの上で鈍い動作を繰り出す俺に、リョウは鼻で笑うだけだった。
「私以外と遊んでるからそうなるんだよ」
「適当な嘘つくな」
「信じられない内は、ずっと前田一郎のままだよ」
「前田一郎には次なる進化形態があると?」
いや、前田一郎状態を未熟みたいな言い方するな。
リョウの言葉を信じたら変化するのか。
きっと、碌な成長ではない。
リョウが卓について晩飯を所望するので、俺は動きづらい体に鞭を打ってキッチンに向かう。
全く災難な日だ。
喜多さんの訪問とリョウの襲来。
どちらも強烈なインパクトを俺に残していくものだ。
たっぷり、一時間半を使って鯵の竜田揚げと昨日の味噌汁、白飯を揃えた。
我ながら、十時過ぎに揚げ物を女子に提供するなんて途轍もない暴挙だと思ったが、体がスタミナの付く物を欲していた。
キッチンから居間の卓上へと運ぶ。
すると、リョウは映画を観ていた。
「何を観てるんだ?」
「『テイキング・オブ・デ○ラ・ローガン』」
「あー、顎が凄い事になるヤツな」
「顎?」
「ラストまで観てれば分かるよ」
この映画は伏線が回収された時には、コレ救いようあるのか?と思わせるほど恐い。
竜田揚げを食べながら、リョウは鑑賞を続ける。
やがて、俺の言葉の意味を示すシーンが来た瞬間に顔を引き攣らせた。
そうなるよな。
ラストも不穏な印象を残して終わるし、こういうジャンルの醍醐味のような締め括り方である。
非科学的な物は基本的に信じない派なのだが、こういった作品を見ると信じていない者にすら迫る恐怖があるのは流石制作陣と言わざるを得ない。
一時的にでも信じ込ませる、その上で最大限の効果を発揮する演出。
これを小さい頃に観ていたら、ホラー系は苦手になっていたかもしれない。
「さっきの一郎もこんな感じだった」
「ここまで酷いか??」
これを対比に出されるのは心外だ。
俺の陽キャモードが異常状態として捉えられるのは兎も角、周囲を恐怖させる程になる筈が無い。
家に来た時からそうだが、失礼非礼のオンパレードだなコイツ。
普段から憚る事のない口だが、今日は攻撃力が高い。
「でも、治し方は分かってる」
「治し方って―――!」
治し方を知れば、独りでも解決できるかもしれない。
今思い返せば、かなり恥ずかしい言動だったと省みている。
再発するとは到底思えないが、少なくとも人に頼るよりはマシだ。
俺は聞き出そうとして……ちろりと唇を舐めたリョウの口元に視線が吸い寄せられる。
「治す以外でも、して良いけど」
嫌で…………偶にでお願いします。
前田一郎は誰と交際したらBAD END率が高い?
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山田リョウ
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伊地知虹夏
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後藤ひとり
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喜多郁代
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