つつつつ遂に!!
あの浦沢直樹先生の『PLUTO』がアニメ化だと!?
見たかったんですよ、映像でゲジヒトとイプシロンざ動くところを見たかったんですよぉおおお!アブラー博士の『ボラー、ボラー』も聴けるんですね!
あと、『薬屋のひとりごと』もアニメ化ですって!?
観る『覚悟』は出来ているか?――俺はできているッッ!!
SICKHACKのライブが始まった。
相変わらず演奏中のきくりさんはカッコいい。
諸手を挙げて歓ぶ観衆たちと同様に、素の彼女を知らなければ崇拝すらしていただろう。
いや、違うか。
俺は心の何処かで彼女を信奉している。
だから、擦り寄られても無碍に出来ない。
明確化できない俺の部分の鬱積を取り払い、たった一言で救ってくれる。
ホント……カッコいいなぁ。
あの人のゲロ処理したの夢って話にならないだろうか。
それなら何も問題が無いんだよな。
きくりさんの所為でリョウに引っ掻かれる羽目になったし、思えば救われる分よりも被る損害分の方が若干多い気がする。
どうしてだろう。
今のところ、碌なベーシストと会っていない。
出会ったのが偶然そうなのか、それともベーシストになる人間がそういう類なのか。
最近では、もう分からなくなっている。
「いつもと違って、カッコいいねっ」
隣から虹夏の称賛する声がする。
可怪しいな、四人とは離れて観ていた筈だ。
振り返ると、傍にいるのは虹夏だけだった。結束バンドの他三名は、周囲にも見当たらない。
わざわざ俺を探して近くに来たのか。
一人は寂しいと気遣っての事だろう。
でも、実はライブを一人で楽しみたい派なので気遣われても申し訳ないと思うほどには特に何も感じていない。
俺は黙って肯いて、きくりさんに視線を戻す。
すると、虹夏に服の裾を引かれた。
あの、ライブに集中させて?
これでも一ヶ月に一回ある特大の楽しみなのだ。
ただ無視するワケにもいかないので虹夏へと顔を向けると、ライブなんかそっちのけの俺を見上げていた。
たしか、結束バンドは俺同様きくりさん直々にチケットを手渡されて誘いを受けたと経緯を聞き及んでいる。これ、観てないと失礼なのでは?
「どうかした?」
「実は気になってた事があって」
「ん?」
この会話、続く感じか。
し、SICKHACKのライブが〜…………。
内心では泣きそうになりつつも、涙を呑んで虹夏に応じる構えを取る。
「普段からリョウと仲良いよね」
「え、急に辛辣」
「あれ、悪口って認識なの?」
「だって…………あれ?」
そう言えば、何でだっけ。
リョウとの交流関係が良好と他人に思われると無性にイラッとするのは初めから変わらない。
でも、その理由が曖昧だ。
最初は即答できるほど気持ちは明確だった。
今は、霞がかったように答えようにも言葉に出来なくて変な空気だけ醸し出してしまう。
「でも、仲良いよね」
「良い……?」
「うん。だって」
虹夏が妖しく微笑む。
その表情に、ぞわりと全身の肌が粟立つ。
「――この前の放課後リョウとキスしてたよね」
その瞬間、ライブハウスから音が消えた気がした。
きっと、俺一人の錯覚だろう。
まさか、この前のアレを目撃されていたとは。
罰ゲームなので、出来れば誰の目にも留まって欲しくはなかったんだけどな。
学校でやろうなんてリョウの意地悪さえ無ければ、虹夏にも晒す事は無かった。
「お、お見苦しいものを」
「二人って、ずっとあんな感じだったの?」
「あんな感じ?」
「隠れて二人でキスするやつ」
「え。まあ、家で何度か」
虹夏はずっと笑顔だ。
なのに、声色は妙に俺を緊張させるようで詰問されている気分だ。
なんだろうか。
まるで、悪い事でもしている気分にさせられる。
「……やっぱり、付き合ってるよね」
「付き合ってない」
「付き合ってないのに、キスはおかしくない??」
「俺も最初はそう思ったけど、まあ、リョウだからって理由で取り敢えず納得してる」
「納得って」
「そもそもアイツが何を考えてるか分からないし」
山田リョウがそういう人間だと片付ける。
これが余計なストレスも無く過ごせる秘訣だ。
無駄に思考する分だけ疲れるだけだし、リョウの言動が実はその場のノリである事が九割で真面目に付き合うだけ徒労になると身を以て知っている。
キスをするのは、リョウだから。
恋人だから、ではない。
そういう事にしている。
虹夏は眉根を寄せて首を傾げている。
予想していた反応だ。
虹夏ならば理解してくれるという期待もあったが、寧ろこれが普通だろう。
俺は苦笑しつつ、ステージを見る。
あれだけカッコいい人も、私生活はボロボロだ。
それを知っているのは身近な人間だけだし、リョウにだってそういう一面だってある。
幼馴染の虹夏が知らず、俺が知る一面。
「一郎くんは、リョウが好き?」
「普通……かな。音楽を演ってる時は良い、私生活は本気で不快にはさせないけどイラッとはさせるからどちらとも言えない」
「……そっか」
本当に際どい。
実際、アイツにドキドキしたのは最初だけだ。
女子なのに距離感が近い事などに思わず動揺してはいたが、慣れてしまえば別に無問題である。キスをする際にも羞恥心は覚えるが、それはあくまで行為に対してであり相手に向けた感情ではない。
あれ……山田リョウのファンに殺されそうな事してないか、俺?
虹夏の表情は、まだ納得していない風だ。
理解には苦しむだろう。
俺も赤の他人だったら間違いなくそちら側だ。
しかし、そうか。
「虹夏には悪かったと思う」
「え?」
「え。幼馴染が男とコソコソ何かをやってるように見えたら不安に思うのは当然だよな。余計な事したと思う」
「…………そうじゃ、ないよ」
そうではない?
思いの外ドライなのか、虹夏は。
そうでないとするならば、俺という男自体を懐疑的に思っているので、幼馴染に何か良からぬことをしていると勘ぐっている……とか。
成る程、濡れ衣も甚だしい。
俺が静かな怒りに燃えていると、虹夏が肩を寄せて来る。
「私ね、一郎くんが好きだよ」
……………え?
一瞬だけ頭が真っ白になった。
好き、って……あれ、だよな。
いや、でも勘違いという線もある。最近は虹夏だって何を考えているか読めない。
「好きって」
「男の子として、好きだよ」
「…………」
「どう?びっくりした?」
にしし、と虹夏が笑う。
これで驚かない男がいたとすれば、そんなヤツは男をやめた方が良いと思う。
計画的に虹夏を堕としに行くような人間だから、彼女の面倒見の良さを利用し、将来的にヒモになろうと画策しているクズに違いない。
いや、そんな事は今どうでもいい。
虹夏が……俺を好き?
いつからだろうか。
去年とは立場が逆転している、という事か。
もし、去年まで片想いをしていた俺が聞いたら飛び上がって喜んでいた。
でも、マジで……何で俺?
「いつ、から?」
「……実は、去年廊下ですれ違った時から」
「……ん?擦れ違っただけ?」
「一目惚れ。私も驚いたなー」
…………ちょっっっ、と、待て。
似たような話を聞いた、というか体験したような……。
あ、俺だ。
俺も虹夏に一目惚れしたんだよな。
もしかして、運命だったのでは?それを俺は取り逃したという事か?
いや、どちらにしても今の俺の気持ちは……陽キャ男子に指摘された通りだ。
恋と錯覚した憧れ。
いま彼女に応えるモノが、無い。
「気づかなかった?」
「いや、うん。そもそも本格的に他人と関わり始めたのってバイトとか始めた去年だから、マジで人が分からないというか……」
「そうだよね。そういうところも好き」
「大丈夫??」
割と心配になる趣向だった。
俺とは違い、彼女の気持ちは本物なのだ。
何だか、本気で申し訳なくなる。
ならば、誠心誠意――今ある気持ちで応えなくては。
「あの、虹夏。俺は――」
「だからね、これからも頑張るんだ」
「……へ?」
「バンドも頑張るけど、一郎くんへのアピールは今以上にやっていくね」
「あ、えと」
「それに」
虹夏がくすりと笑う。
そして、こちらを見た瞳に。
「恋人じゃなくてもキスできるならさ、私もやりようがあるよね。――何でも」
俺の全身が、恐怖に震えた。
♪ ♪ ♪ ♪
……結局、ライブには集中できなかった。
虹夏の告白で思考が全て持っていかれた。
果たして、俺なんかの何処に一目惚れする価値があったのだろう。
……もしかして。
もしかして。
もしかして、俺は誰かにそう思われるだけの価値が元々備わっていたのか。
いや、でも父親には棄てられた。
親戚にも悪霊みたいに扱われた。
でも、本当に……?
俺は、もしかして価値ある人間なのかな。
「ん、まさか」
玄関の方から鍵の音がした。
間もなくして、居間へとリョウが現れる。
「ただいま」
「オマエの家じゃないよ」
「ご飯食べたい」
「ライブ後に結束バンドで夕飯、っていう流れにはならなかったのか?」
「お金が無かったから虹夏のくれたポテトだけ」
「素敵な晩ご飯だったんだな、可哀想に」
俺は立ち上がって台所へ向かう。
要は、今すぐ飯を作れという催促だ。
羨ましい。
今のコイツは悩みが無さそうだ。
豚モモ肉に火を通しながら、俺はちらりとソファーに座って映画を観始める彼女の姿を盗み見る。SICKHACKのライブが良い刺激となったのか、随分と楽しげだった。
流石はきくりさん。
バンドマンとしての仕事の腕前は凄い。
今度来た時は、しっかりと饗してやろう。
ひとりもライブ後に合流した時は、凄く高揚した顔色だった。でも、その後にすぐ暗くなっていたのは少し気がかりではある。
それに比べて、喜多さんは周囲の盛り上がりと同調してかなりハイになっていたな。みんなと楽しめる、というのも俺には無い羨ましい部分だ。
炊いた白米を椀に盛り、豚モモ肉でえのき茸やオクラを巻いた物をリョウの前に置く。
後は大量に余っていたひじきの煮物、味噌汁を出す。
早速手をつける彼女の横で、俺も同じ物を食べた。
虹夏の事で頭を悩ませていたら、すっかり夕飯を食べ損なっていたのである。リョウと同時になるのは奇妙だが、何だかいつもと同じような感じがして落ち着く。
映画は『天使の○れた時間』。
相変わらず、リョウはチョイスが良い。
勿論、面白いからと思った物を置いているのだから当然なのだろうけど。
この映画のように、俺も去年から虹夏と想いが通じ合っていた別の未来とかを歩んでいたら………。
「一郎」
「ん?」
「何か悩んでる?」
「……別に何も」
「普段お世話になってるかもしれないから相談には乗るよ」
「お世話になってる自覚が薄い」
駄目だ。
コイツがいるとどんな悩みも矮小な問題に思える。
まあ、これで良いか。
こういう時間があるから、別に今は恋愛とかどうでも………。
「そういえば」
「ん?」
「虹夏に一郎が好きかって訊かれた」
「どう答えたんだ?」
「ご飯が美味しいって答えたよ」
「そのオクラで喉詰まらせちまえ」
俺の印象は飯だけか。
若干イラッとしながらも、納得してしまう。
あるはずも無いが、逆に山田リョウもそういう感情があったと知ったら、俺はいよいよ穏やかな日常を過ごせなくなる。
どうすれば良いんだか。
「好きかどうかは分からない」
「………」
「恋愛とか、そういうのは今どうでもいいし。……一郎とは、落ち着くから一緒に居る」
「ふーん」
「一郎との関係に名前とか付くの、不自由な感じがして嫌だし。だから適当で良い」
適当って?
聞こうと思って振り返ると、リョウもこちらを見ていた。
「知り合いでも、友だちでも、恋人でも、家族でも……一緒にいられるなら、一郎が好きなので良いよ」
……。
周囲からしたら、曖昧なままで通すのは中々に迷惑なのではないかという考えが頭を過ぎったが、確かにその方が楽な気もする。
俺が好きな関係性、か。
こうして選択肢を与えているようで、その実あまり自由は無い気がする。俺がどう決めたって、結果的にはリョウの選択にズルズルと引っ張られるのだ。
優柔不断、と言われれば否めない。
リョウが望む形とは何だろうか。
一緒にいられるなら、と言う。
知り合いがいつまでも一緒なのは違うし、友だちでも節度がある。恋人も常に一緒なワケでは無いから、家族だろうか。
……どれもしっくりこないな。
箸を置く音ではっとする。
リョウが完食したようだ。
当然ではあるが、一つも残さないところは素直に偉いと思う。
俺は食器を下げて、台所へ運んだ。
「……どうした?」
「一郎はさ、虹夏が好き?」
「…………」
唐突だな。
「去年まではそうだったけど、今は友だち」
「…………」
答えを聞いた後、リョウが目を細める。
そうやって含みのある反応ではなく、しっかりと言葉にしてくれないと不安になる
ひとりだって、何処か以前と変わっている。
バンドを始めた事で成長しているのだろう。ただ、単純に成長と形容して良いのか疑念が残る事も屡々あった。
駄目だ、頭が働かない。
「虹夏は、良い子だよ」
「それは知ってる」
「一郎が優しいことも、臆病なところも知ってくれてる」
「臆病って……その通りではあるけど」
「でも、一つだけ知らないんだろうな」
リョウが少しだけ笑った。
まるで、勝ち誇ったような笑み。
「一郎の味、とかさ」
知られちゃ困ります。
最も一郎に侵食されていそうなキャラは?
-
山田リョウ
-
伊地知虹夏
-
後藤ひとり
-
喜多郁代
-
廣井きくり
-
ゴーリキー