めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

43 / 81
身も心も、もう保たない

 

 

 

 文化祭で賑わう秀華高校。

 皆が家族や友人と楽しむ空間が学校全体に展開され、どこもかしこも明るい光で満たされたような空気感になっていた。

 その最中を、俺は――独りで回っていた。

 肩身が狭いが、それ以上に胸が苦しい。

 本来ならバイトを昼上がりで出て、まだ昼食も取っていないから道の脇に出た露店などの出し物にある美味しい物に目移りしている筈なのだ。

 それでも食指が動かない。

 

 

『今は一郎くんと一緒にいたくないかなっ』

 

 

 素晴らしいほど愛らしい笑顔で言われた。

 虹夏の鋭利すぎる言葉の刃が痛い。

 先日、告白を受けた時にリョウとの関係を尋ねられて交際していないと否定していた矢先、今日現れた親戚――来栖郁人さんにまで波及していた誤解が最悪の形で虹夏たちに伝わってしまった。

 嘘じゃない。

 ただの誤解。

 でも、あの様子ではしばらく相手にしてくれない。

 三人は現在、忽然と教室から姿を消したひとりを探し回っている途中らしい。

 そこで俺も協力しようかと言ったが、すげなく虹夏に断られた。

 やっぱり……俺の『価値』なんて……。

 

 リョウが「虹夏の事は任せろ」とか言っていたが、大本の原因はオマエが俺の親に誤解させた事だからな!?

 

 そんなワケで、悲しく独り。

 いっそ飾りでもいいから郁人さんでも呼んで一緒に回れば良かったか……。

 とぼとぼと自分でも分かるほど前進する足は力が無い。

 無理にでも、何か食べて力を付けるべきか。

 

 

 

「――あれ、喜多のカレシさん?」

 

 

 ふと、そんな声が近くで聞こえる。

 誰の話だ……?

 喜多……という名前は、喜多さんと同じだ。まさか、あの喜多さんに恋人がいたとは。

 あれくらい素敵な女の子なら当然か。

 さぞ恋人も鼻が高いだろう。俺みたいにあの奇妙な眼差しと妖しいキターン光線を放射されていなければ良いんだが。

 

 好奇心で、俺は声の主と喜多さんの恋人を探す。

 周囲を見回すが、それらしき人物が――。

 

 探している途中で、肩を叩かれる。

 振り返ると、秀華高校の制服を着た少女だった。

 

「もしもーし?」

「は、あの?」

「前田さんでしょ。うちも聞いてるよ、喜多から」

「………何て?」

「自覚無さすぎ、ウケる。喜多のカレシなんだからしゃんとしなって」

 

 …………。

 何を言ってるんだ、この少女は?

 俺を指して喜多さんの恋人だと呼称しているのなら勘違いも甚だしい。前田なんて名前は意外と多……いや、下北沢高校でも同学年で俺しかいなかったな。

 いやいや、だとしても……だ。

 あの喜多さんが恋人持ちなんて友だちに嘘をつくワケが無い。……いや、ギターが出来るってリョウたちに嘘ついてたっけ。

 いやいやいや、だとしても……だ。

 流石に嘘だとすぐ分かるよな。

 俺の困惑した様子に、少女も小首を傾げた。

 

「あれ、もしかして人違い?」

「ああ、うん。前田ではあるけど、喜多さんのカレシではないよ」

「あれ?っかしーな……写真と一緒なのに」

「写真?」

 

 俺は益々疑問に思う。

 喜多さんと写真なんて撮った覚えが無い。

 やはり、人違いという名の前田違いなのではないだろうか。

 誤解が解けたようで少しだけ安心した。

 これ以上は勘弁して欲しい。

 何せ、今は誤解という単語だけで体が過剰反応を示してしまうほどに最悪の状況下にあるのだから。

 

「まあ、人違いと分かった事で」

「そっか。ごめん、引き止めちゃって」

「いやいや。……ところで、昼を食べてないから何処か美味しい所とか紹介してくれない?」

「ナチュラルにナンパしてる?」

「いや、教えてくれたら一人で行くから」

 

 それを聞いた少女は、暫し考え込むと。

 

「じゃあ、案内するよ」

「何で?」

「勘違いで引き止めちゃったし。フラフラ歩いてたところを見ると、結構疲れてたんしょ?自分で探すよりは楽だし」

「そりゃ、有り難いけど……」

「ほら、ぼさっとしてないで歩く歩く」

 

 背中を叩かれ、渋々少女に着いていく。

 凄く助かるけど……名前を訊いていないな。

 

「そういえば君、名前は?」

「ん?佐々木次子」

「そっか。有り難う、佐々木さん。俺は前田一郎ね」

「前田一郎って……うーん……?」

 

 人の名前を聞いてそんな反応しなくても。

 道中、佐々木さんと話しながら彼女の目指す美味しい出し物の所へと歩く。

 佐々木さんは喜多さんと五年近い交流があるらしく、かなり仲のいい関係のようだ。最近バンドを始めたことも知っていて、明日のライブが初めて実物を観る瞬間になるらしい。

 なるほど、普通はそうか。

 泥酔したお姉さんを介抱したらその慰謝料でライブチケットを貰って観に行ったなんて始まり方は流石に珍しいのかな。

 

 話している内に、佐々木さんの足が止まる。

 

 どうやら、到着したらしい。

 見上げれば――め、メイド&執事喫茶……だと……?

 ここって、たしかひとりのクラスの出し物ではなかっただろうか。

 俺がちらりと隣を見ると、佐々木さんが黙って室内を指差しして入室を催促している。

 困ったな……後で虹夏たちも来るのに。

 一緒に居たくないとか言われたし……。

 

「なに、恥ずかしいワケ?」

「そんなんじゃ……いや、確かに一人だったら入らないけどさ」

「仕方無いな。ほら、うちも一緒に行ったげるから」

 

 ぐいぐいと背中を押される。

 やだ、凄く強引な子。

 でも、ホントにこういう所は少しだけ苦手なんだよな――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分後。

 俺は執事服を着て、室内に立っていた。

 意味が分からない。

 経緯としては、室内へと来るなり「喜多ちゃんのカレシさんだっ」という誤解から話題になり、現在喜多さんがひとり捜索の為に出張っている事を伝えられ、その捜しているひとりと親戚関係であることを伝えて様子を観に来た旨を伝えれば「後藤さんの穴を埋めて欲しいです!」とかお願いされて現状に至る。

 

 ……いや、どういうこと?

 

 俺は客の紙コップに水を注ぎながら考えた。

 今日は災難続きすぎる。

 結局昼飯も食べられず、バイトを終えたのに働かされ、虹夏たちには嫌われ、未だひとりには会えずじまいだ。

 世界が俺を嫌っているのかもしれない。

 コップに注がれてるの、水じゃなくて本当は無自覚に俺から迸っている涙ではないか?

 

「有り難うございます、前田さん!」

「あ、有り難う。俺もそろそろ客として――」

「喜多ちゃんたちが戻るまで宜しくお願いします!」

「ああ、うん、そう、チクショウ」

 

 人の話を聞かない子達だ。

 これで悪意が無いようだから質が悪い。俺が飯を食いに来たのに働かせるなとかここで言ったら、何故か悪者になりそうな雰囲気になるだろう。

 もうヤダ、家に帰りたい。

 ごめんよ、ひとり。

 俺はもう、駄目みたいだ。

 

 

「い、いっくん?」

 

 

 ………まさか。

 耳にした途端、清水が体に染み込んだような清涼感を得る声に俺は全身で振り返る。

 教室の入口にて、メイド衣装に身を包む愛の形――ひとりが佇んでいた。その目は、信じられない物を見るようだった。

 や、やっと会えた!

 俺は彼女の方へと歩き、その愛を全身で感じるべく両腕を広げて――直後、腕を畳んで直立姿勢で固まる。

 

「一郎くん、何してるの?」

 

 ひとりの背後で、虹夏が小首を傾げていた。

 あ、危なかった。

 衝動的にひとりを抱き締めるところだったが、如何に家族とて抱擁を交わす姿を見た虹夏の現在の状態だと、確実に悪い方向へ誤解が深まるだけだ。

 

「い、いや。ひとりの穴を埋める為にバイトしてます」

「ごごごごごめんなさい!!!!」

 

 事情を話すと、ひとりが平身低頭する。

 別にそこまで謝罪する事では無い。

 

「良いんだよ。俺の人生はひとりの役に立てさえすれば――」

「……へえ」

「あっ、でも仕事は投げ出したら駄目だぞ?」

 

 ひとりのメンタルケアを行おうとしたら、冷たい虹夏の声がして咄嗟に言葉が翻ってしまう。

 ごめんな。

 オマエを甘やかしたいけど、今は無理だ。

 圧倒的強者がこの場に居合わせる以上、俺の意見は有って無いようなものだ。俺の立場は弱く、虹夏が白と言えば白、黒と言えば黒になる。

 

 さて……うん、ひとりは無事に戻ってきたみたいだし、これで俺も執事を辞められる。

 もうこの店を出て、他の場所で昼食を取ろう。恐らく、ここにいると生きた心地がしなくなる。

 虹夏は問題ありのままだし、リョウは論外として、新たな問題は…………。

 

 

「あ、喜多ちゃん!ごめんね、カレシさん勝手に働かせちゃって!」

 

 

 その一言に、また空気が冷たくなる。

 だから、誰が誰のカレシだよ!?

 佐々木さんも合流した喜多さんに事情を説明しているが、俺としては聞いている内にしばしば首を捻りたくなる内容だった。

 この会話の流れから察するに、喜多さんの交友関係では本当に俺が恋人として流布されているようだ。

 その理由は一体何か。

 男避け……は喜多さんなら相手にしっかり応えるべくそんな事はやらないだろうし、見栄……を張るについては陽キャならではの何かがあるとも言える。

 駄目だ……全く意図が読めない。

 

「ごめんなさい、先輩♡」

「うん、ホントにな」

「きゃっ、辛辣」

「反省しろよ」

 

 割と自分でも冷たい声が出たのだが、何故か悦ばれた。

 喜多さんの尋常ならざる反応に慄きつつ、さっきから室内の空気を緊張させている要因に対して、愛想笑いを浮かべておいた。

 先ほどから瞬きを忘れた少女――伊地知虹夏。

 その片手は、俺の腕の皮膚を抓っているが……指先の圧力が強すぎて痛い。

 

「虹夏、あの、違うから」

「うん。一郎くんは嘘つきだから、付き合ってるのも嘘だって分かってるよ。嘘つかないといけないくらい追い詰められてるんだよね、だから私が助けてあげる」

 

 うん、もう、ごめん。

 さっきから何を言っているか分からない。

 俺を追い詰める要因の一つが虹夏、キミでもある事を忘れて欲しくない。

 一体、いつからこうなったんだ。

 駄目だ、今日はストレスが凄まじい。

 いっそ、このまま家に帰って映画を観て寝たい。あ、郁人さんもいるからそれは明日以降になるかな。あ゛ー、でもライブがあるから息抜きは出来ない。

 俺は視線を虹夏の隣に運び、一縷の望みをかけてリョウに救いを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この中で私が選ばれるとか照れる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田リョウ、滅すべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪     ♪     ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜八時。

 帰宅した俺は、遠路遥々この下北沢を訪ねた親戚の来栖郁人さん――――と、何故か山田リョウと共に食事を取っていた。

 静かで落ち着いた雰囲気が居間を流れている。

 三人とも、ここに昔から住んでいたかのように異物感が無い。リョウに限っては慣れている事が俺の油断と妥協の積み重ねであると痛感させられて事実を認めると若干の苛立ちを催す。

 そして、俺の日常を知りたい郁人さんには、結果的に今日の事も話題となって伝わってしまった。

 

 

「それは、災難だったな。……本当に」

 

 

 無表情のまま郁人さんが俺に労りの言葉をかけてくれる。

 本当にそう思っているのか疑問だが。

 隣にいる元凶の一に関して言及した話し方だったのだが、果たして山田リョウについて彼が思うところは無いのだろうか。

 俺とリョウは恋人ではない――と一応は伝えた。

 その事実は、意外とあっさり受け止められたりされて俺も驚いた。まるで、初めからそうだと気付いていたように郁人さんは冷静だ。

 

「君の母もそんな感じの人間だったからな」

「……母が?」

「彼女の場合は、猪だったりもしたが。君の実父である男だって、そんな彼女の甘い部分にすり寄ってきた男の一人だ」

「…………まさか」

「山田君が君と一緒にいる理由は、家に招いていると聞いた時点で大体そんな関係だと察していたよ」

 

 全て最初から見抜かれていたらしい。

 は、ハズカシイ……。

 隣では、豚肉とピーマンのオイスターソース炒めを平らげて一息つくリョウが幸せそうな顔をしている。本当にこの状況を理解しているのか是非尋ねたい。

 ……待て。

 じゃあ、何故あんな虹夏たちの眼前で恋人だなんて言ったんだ。

 

「確認の為だよ。反応で判るからな」

「な、なるほど……」

「ただ、他の少女まで尋常ではないリアクションをするとは思いもしなかった」

 

 本当だよ。

 何してくれたんだ。

 今日は結局食事も出来ず、何故か結束バンドがスタジオ練習中に虹夏の家で彼女が作った昨晩の残り物を食べさせられるという謎の状況だったんだぞ。……美味しかったけど。

 端的に今日を一言で表現するならば、明日のライブにガチで行くか迷う地獄だった。

 

「一郎が料理上手なのもお母さんの遺伝ですか?」

「……料理は本人の練習量と経験からなる。そこは遺伝ではなく一郎くん自身の努力の賜物だ」

「私の一夜漬け能力と一緒だね」

「果てしなく不名誉だな」

 

 俺の料理がオマエの特殊脳と同一視されてたまるか。

 どうやったって、リョウの能力は類を見ない奇天烈さである。天才と言えばそうなのだが、如何せん大き過ぎる代償ではないか。

 俺の料理は努力の賜物、才能ではない。

 俺の才能は……そう……何だろうか。

 

「母の遺伝と言える部分は、そう。私から見て目元が似ているところしかない」

「それ以外は父親似だと?」

「私は君を少ししか知らないから、形質的な事しか言えない。ただ、そういった君の人に好かれやすい、人が懐に入りやすいところは君の母と重なる点がある」

「……将来、俺はダメ人間に捕まる……と」

「まあ、君がそういう風に実父を悪し様に揶揄するのも無理は無い。ただ、山田君はそういう風には見えない」

「それほどでも」

 

 リョウがしれっと自分の称賛として郁人さんの言葉を受け取る。

 オイ、俺は将来も面倒を見る気は無いんだって。

 未来設計図として、将来も誰かと添い遂げる気は皆無だ。唯一の可能性として、その人生を支えるべく後藤ひとりに捧げるプランも有るには有るが。

 

 郁人さんが椅子の背もたれに身を委ねて、天井に深い息を吐く。

 

「前田夫妻が家に一人残していると聞いてその部分は気懸かりだったが、友人に恵まれているようで何よりだよ」

「恵まれ……てます?」

「あれは不可抗力だ。あの伊地知という少女は、まだ挽回の余地があるが喜多君はもう無理だ」

 

 こ、酷評だな。

 実際、虹夏の機嫌の取り方は辛うじて分かるが、喜多さんについては何処から手を付けていいか皆目見当も付かないのが現実である。

 こうして他人に指摘されると、胸にクるな。

 

「その点……君の話に聞く後藤ひとりは良いかもしれないな」

「そうですよね、はい」

 

 ひとりは無害。

 ひとり単体からストレスを被った例が無い。

 やはり、後藤ひとりは正義なのだ。……が、最近は俺が甘やかしている所為で成長を妨げるのではないかとも考えている。

 だって、この前のライブもそうだ。

 俺の知らない結束バンドとの活動――そこで、人見知りだったひとりはバイトを始め、さらに人前で演奏をするなど目まぐるしい進化を披露した。

 俺は小さい頃からひとりを見てきたが、この数ヶ月だけでも明らかに今までと成長の速度も大きさも違った。

 

 …………離れるべき、だろうか。

 

 ひとりは言っていた。

 ひとりにとっての幸せも、俺にとっての幸せだと。

 郁人さんも、俺が生まれてきて嬉しいと……俺の誕生を喜ぶ身内がいる事を知った。

 

 俺も前に、進むべきだろうか。

 斜に構えてストレスから逃げ、人に由来する愛情などを軽蔑しなくて済むように。

 

 でも……流石に明日のストレスからは逃げたい。

 虹夏と喜多さんに、これ以上失礼のないように対応して明日を乗り切ろう……。

 

「一郎」

「何だよ」

 

 リョウが肩をつついてくる。

 何事かと振り返れば、リョウが妖しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日は私の応援、よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日、ダメかもしれない。

 

 

 

 

 

 

愉悦部の皆さん、愉しんでらっしゃいますか?

  • 良い味だ。
  • もっと刺激が必要だな。
  • やめてよ、もうヤメてよ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。