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あはは、また区切りの良い所を逃したぞ……いつ成功するんだろうか。
本番の秀華高校文化祭二日目を迎えた。
結束バンドの面々にとって勝負の日でもある。本来なら彼女らが最も緊張する筈だが、出ていく時のリョウにそんな素振りは無かった。
逆に、俺は緊張している。
彼らのような感情とは少し違うかもしれない。
何故なら――。
「それは何だ?」
予定が無いので観に来た郁人さんに隣から問われる。
彼はまだ齢五歳となるひとりの妹――後藤ふたりを腕に抱えている。その傍では、既にカメラを構えた直樹さんと自作の団扇を両手に携えた美智代さんがウキウキと会場の雰囲気を楽しんでいた。
郁人さんに指摘されて、俺は自身の手中にある物――今回の為に制作した団扇を見る。
まず、一振り――『ケーキ食ったのオマエだろ』。
次に二振り目――『世界一、結束バンド』。
前者は、昨晩の事に由来する内容だ。
俺が大事に取っていたケーキを平らげて、風呂から出でいざ食さんと意気込んだ俺に対し、空の器を差し出して照れ臭そうに頬をかいて言葉無しの事後報告をかましてきた。
無論、簀巻きにして川に流そうかと考えたが明日のライブを見てからでも遅くはないと、決意表明として感情を団扇に込めて作った。
後者は……結束バンドへ媚を売っている。
いま刺激するのは危うい虹夏や喜多さんへの安全策だ。
「おねーちゃんのライブだって!」
「楽しみだな」
「ふたりね、この為にいっぱい寝てきたんだよ!すごい?」
「うん、凄いぞ。偉いな、ふたりは」
「えへへへ、おねーちゃんが凄いの知ってるから観たかったんだよ!」
「…………」
郁人さんの腕の中でふたりがはにかむ。
その笑顔で俺のストレスが浄化されていく。
そっか、いっぱい寝てきたのか。
どうして皆、ふたりのように何の含みもない笑顔を見せてくれないのだろうか。寝不足なのか知らないけど、最近は周囲の誰も彼もが底意を匂わせるだけ臭わせて答えは教えてくれない不穏な反応ばかりだから人間関係に疲れ果てそうなんだ。
俺はふたりの頭を撫でて、その感触を楽しむ。
触れた部分から軽くなっていく気分だった。
ああ、このライブを楽しめそうだ……。
……いや、楽しめるかな。
最近、ライブと聞くと少し不安と寂しさを覚える。
それは、結束バンドがひとりを成長させているからだ。成長は喜ばしいが、何だか救世主がもっと遠い存在になっていくようで苦しい瞬間があった。
前回のライブだって、そう。
ひとりの立ち回りに誰もが感動した。
俺もその一人だったが、心の隅では何処かで焦りにも似た感情が喚起された。
「そうだな……凄くなっていくな、ひとりは」
虹夏も活動に精力的で、喜多さんは元々集団で輝ける才能があるし、リョウの音楽性は結束バンドの曲を聴いて重宝される力だと理解させられた。
俺には――彼女らのようなモノが無い。
置き去りにされるようで、寂しく感じる。
「一郎くん」
「あ、はい」
「その顔は四人の前でやめた方がいい」
「か、顔??」
俺は自分の顔に手を当てる。
感情に引っ張られて、そんな情けない表情でもしていたのだろうか。
「四人のパフォーマンスに関わる。特に、伊地知くんには刺激が強すぎる」
「虹夏……刺激……?」
ふたりに鼻を抓まれて鼻声の郁人さんに注意された。
虹夏にとって刺激が強い、とは何だろうか。
取り敢えず、やめておくべきなのは確かだ。
今は触れ方を誤れば、何か破滅する予感があるのが現状の彼女である。
少し顔に力を入れて、引き締める。
「どう、ですか」
「……喜多くんが悦びそうだな」
「今度は喜多さん……!?」
「団扇は私が持つ。ふたりを抱いているといい、その方が落ち着くだろう」
団扇とふたりが俺と郁人さんで交換される。
すりすりと胸に頬を擦り付けるふたりに、一瞬で自分の顔が緩むのが分かった。
そうだな、余計な事も後で考えればいい。
今はただ感覚で楽しめ。
それを、きくりさんが去年から教えてくれたではないか。乱暴ではあるが、それが最も膚で音を感じられる楽しみ方だと学習し、その為の体作りが完了している。
それはそれとして、ふたりが可愛い。
「一郎くん、遂にだね!」
「直樹さん、張り切ってますね」
「何たって、あのひとりの勇姿が見届けられるんだよ。地道に中学時代を練習に費やしたと言っていたあの子の言葉が……」
「ですね」
「ただの虚言では無くなる!」
「ですかね??」
違う言葉を期待していた――てっきり、現実になる!と予想していた――ので、思わず転けそうになる直樹さんの言い方に苦笑する。
そうだ、確かにひとりはバンドを組むというのが夢だとも語っていた。売れたいというのはさておいて、それを目標の一つに設定していた。
今や叶っている。
では、今は何の為に――?
って、また考えている。ライブが終わるまではもうしないと決めたはずだ。
「楽しみですね」
「うん!来栖さんも、声上げてこう!」
「……おー」
「あらやだ、きっとライブが終わったら来栖さんもひとりのファンになってるわね」
若干テンションに差はあれど、もうライブを楽しむ態勢は整っている。
かつてない客数がある。
前回よりも、多くの人に彼女らの音が届けられる。
きっと上手くいく。
よし――待ってるぞ、リョウ!
「はれー、アレ少年かな〜?」
それはそれとして、酒臭い。
♪ ♪ ♪ ♪
壇上裏の空間で私――山田リョウは、力を抜いてただライブの時間を待った。
ここでも、表側の歓声が聴こえる。
私たちのように音楽、他にも演劇が繰り広げられていて既に会場は学生たちの祭典様々の盛り上がりを見せていた。
他校でのライブ。
少し前までは、そんな舞台を考えもしなかった。
体育館の広さは、最大収容人数で『STARRY』を優に超えている。壇上から見る景色と客数は、まだ私たち『結束バンド』の知名度では集められない量だ。
これは良い宣伝になる。
……思えば、始まりは奇妙だった。
最初は、ぼっちの躊躇いである。
文化祭での演奏――学生のバンドマンならば、必ず夢見るやつだ。
ぼっちはそれに手を伸ばしたが、自信を失くして自分に歯止めをかけてしまった。郁代のやや強引ではあるが後押しがあって出場自体は決定したが、それでも本人の懊悩は終わらない。
そんな折に、『SICKHACK』のベースボーカル――廣井きくりさんに誘われ、彼女のライブを観る事になった。
何かを気付かせたかった彼女の行動が功を奏し、ぼっちも漸くやる気を出した。
それに触発されて、郁代も自らを本格的に磨き上げる作業に入った。ぼっちには内緒にして私と練習し、自分のギター演奏の力の向上を図り、以前よりも様になったのは確かだ。
そう、ここ最近は二人がめざましい成長を遂げている。
私と虹夏は、それを見守るスタンスにあった。
変わった事は……特に無い。
上手くなった郁代と、ぼっちが最大限パフォーマンスを発揮できるように支えるだけ。
新曲三連発。
ギャンブルである事は否めない。
流行りの曲でもやって人心を掴み、それから新曲に耳を傾けてくれる空間を作るのも悪くはない。でも、ここで勝負出来なければ、どんなライブだって無理だと言うようなものだ。
「リョウ」
「ん?」
「リョウも何か張り切ってる?」
「別に。でも、きっと最前列で待ち構えてるファンの期待には応えたいと思ってる」
「……そっか」
昨晩も団扇を作っているのを見た。
制作中は、何故か鬼の形相だった。そこまで私の応援に対して全力で臨むというのは、まあ悪い気分ではなかった。
団扇という事は、また表面に何か私に向けて伝えたい言葉があるに違いない。
前回は確か……『愛してるリョウ』だったっけ。
「一郎くん、リョウのファンだしね」
「うん」
「リョウは女子のファンもいるし、喜多ちゃんは昨日の学校とかバイト中の対応で人気あるって分かるし、ぼっちちゃんにも路上ライブの時のファンがいて……あれ、私は?」
「………………まあ」
「ドラム、カッコいいのになー」
虹夏が頬を膨らませる。
なるほど、拗ねているのだ。
結束バンドとしての活動歴は、未だ一年にも満たないし、ライブだってまだボーカルを揃えて一度きりだ。ファンの有無を気にするには早い。
でも、だからこそなのか。
この早い段階で、三人にはそれぞれファンがいる。
私としては、むしろ料理もできて気配りもして何事もそつなくこなす虹夏の事は凄いと思っているが。
「もっと頑張れば、私にも振り向いてくれるかな?」
笑顔で虹夏が尋ねてくる。
私は、それに肯いた。
努力が裏切らないのは、ぼっちのギターで分かる。合せの練習はまだまだだけど、ソロになると驚かされる。
安易に肯定するのもどうかと思うけども、虹夏は友だちだから私はせめてその意気込みを挫かないよう肯いたのだ。
すると、一転して虹夏が笑みを深めた。
じりじりと、何だか項が焦げるような感覚がした。
コレは……焦り?
何でだろう。
「その内、増えるでしょ」
「んー」
「もっと宣伝すれば良いんじゃない?」
「……それじゃ振り向かないよ」
虹夏の視線が鋭くなる。
これは、ファン……っていうより、一個人に向けてのモノに感じた。
何だか、話が微妙に食い違っているような。
「虹夏……誰を振り向かせたいの?」
「あ、そろそろ時間だ!」
時計を見る、本当だ。
そろそろ舞台袖に移動しなくては。
張り切る虹夏と、準備を終えた郁代に続いて私も動いた時、視界の隅でまた一人の世界に入り込んでだらしなく笑っているぼっちが目に入った。
全員でぼっちの前に集まる。
「ぼっちちゃん、時間だよー」
「後藤さん、こんな時でも平常運転ですね!」
「頼もしい」
何か譫言のように呟いている。
「うへへ……売れて、いっくんとタワマン……」
その一言に、空気がひりついた気がする。
虹夏と郁代が可笑しそうに笑っていた。
「面白い夢を見てるのね、後藤さん」
「その時は私も一緒させて貰おうかな?」
ちょっと何を言っているのか分からない。
でも――そうか、売れたら私と一郎でタワマンっていうのもアリなのか。
二人が体を揺すって、ぼっちを呼び戻す。
正気に戻ったぼっちがはっとした顔で私たちを見ると、再び自分が妄想に耽っていた事に気付いて猛省し始めた。
埒が明かないと見た二人が、両脇を抱えて舞台袖へと運んでいく。
大丈夫、いつもの調子だ。
みんな、この前のようにはいかない。
舞台袖に移動すると、一つ前の出し物――おそらく、この学校の軽音部らしき男子が流行の曲を精一杯披露しており、その彼らを鼓舞するようにペンライトを揮って客が応援している。
中々の盛り上がりだ。
昨日の状況で痛感していたが、やっぱり私たちの高校と違って自由だな……。
ここにきて緊張がさらに酷くなったぼっちを見かねて、舞台袖で虹夏が全員で手を重ね、気合を入れ合う儀式なんかを始める。
柄では無かったけど、仲間外れは嫌なので渋々と参加した。
いっせーの、で手が上に弾かれる。
気合を装填出来たのか、ぼっちもまだ強張ってはいるが一旦幕が下ろされ、客から隠れた壇上へと上がる。
さっきの軽音部の男子たちに見せつけるように、素早くセットを始めた……これが真のバンドマン。
きっと、幕が上がればすぐそこに一郎がいる。
どんな応援をしてくれるのだろうか。
『――続いてのバンドは、『結束バンド』の皆さんです!』
全員の準備が完了し、紹介の声がかかった。
私は手元から顔を上げ、ゆっくりと上昇し露わになっていく前景に目を細めた。
……いた。
一郎は、すぐそこに構えていた。
何だかぼっちに似た感じの人が傍におり、彼も小さな子どもを腕に抱えている。隣には、一郎の叔父さんが団扇を持ってぎこちなく振っていた。
出た。
さて……今回はどんな……………………。
『ケーキ食ったの、オマエだろ』
『世界一、結束バンド』
……ふーん。
私の、だけではないんだ?
あの言葉を忘れてるんだ?
「楽しみだ」
後で、色々と。
愉悦部の皆さん、愉しんでらっしゃいますか?
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良い味だ。
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もっと刺激が必要だな。
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やめてよ、もうヤメてよ!!