めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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ヒーローになるしかないのに

 

 

 

 

『――続いてのバンドは、『結束バンド』の皆さんです!』

 

 そのアナウンスに背筋が自然と伸びる。

 幕が上がり、少しずつ壇上に隠れていた四人の姿を衆目に明かしていく。

 泰然と構える虹夏とリョウ。

 中央でにこやかに手を振っている喜多さん。

 やや強張ってはいるが、強い眼差しを壇上からこちらへと送っているひとり。

 そこに、前回のライブのような気後れは感じない。

 既に準備万端で構えていた俺は、まず不安になっているだろう後藤ひとりに向けて声援を送るべく、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 安心しろ、ひとり!

 この会場にも、オマエのファンはいるぞ!

 

 

 

「ひとり!頑張――――――」

「「「喜多ちゃあああああああああん!!!」」」

 

 

 哀しい事に掻き消された。

 喜多さんの人気が凄まじすぎる。

 体育館中から響く声は、校内での喜多さんの人気の程をこれでもかと証明し、外部の人間にも気付かせる。黄色い声援を受けて堂々と応じる喜多さんの対応もまたそれが慣れた物だと示していて人気者の風格だ。

 いや、舐めてた。

 最近は妖しいキターン光線しか受けてなかったし。

 恐いイメージしかなかった。

 

 うん、コレが本来の喜多さんだな。

 

 何か……ん……恥ずかしぃ……。

 いつも出さないくらい声を張ったのに、見事に出端を挫かれてしまった。

 顔どころか全身熱くなる感覚がして口を閉じていると、心配そうに表情を覗き込もうとするふたりの眼差しを注がれて余計に恥ずかしい。

 く、熱い。

 ちょ、一旦ハーフタイム挟みませんか?

 

 

「おねーちゃーん!頑張れー!」

 

 

 ふたりが俺の遺志を継いだように声を上げる。

 うん、嬉しい……嬉しいんだけど気遣われたみたいで脳が沸騰しそうだ。

 でも、結束バンドのステージから目を逸らしてはならない。

 羞恥心に堪えて顔を上げてみると、ひとりと視線が――……いや、なんか皆と視線が合う。何で全員こっち見ているんだ?

 リョウも、なんか不機嫌な気がする。

 はっ……ま、まさか……団扇……!?

 ちらりと横を盗み見ると、郁人さんが団扇を掲げている。リョウ向けの物を高く、申し訳程度に結束バンド向けの方を持っていた。二つの団扇の高低差に、彼からも俺や結束バンドへの謎の配慮を感じる。

 

 恐る恐る、リョウに視線を戻す。

 

 ちろり、と赤い舌が唇を舐めた。

 ア、駄目だ。

 帰ったら間違いなく処刑が始まる……。爪、キス、いやもしかしたら未知の……ライブの楽しみ方、マジでどうしようかな。

 

「「ひとりちゃーーん!」」

 

 ちょ、誰だ!?

 ふたり以外にも俺の意志を継ぐ者が現れた。

 声のした方には、なんと壇上に向かって手を振るひとりファンの二名がいる。確か大学生と聞いていたが、わざわざ高校の文化祭ライブにまで足を運ぶとなると、いよいよ本腰のファンである。

 俺も負けていられないな。

 よし、声を上げ――て…………。

 

 

 

「ひと――り、リョウー。き、今日もオマエの音を聴かせてくれー……」

 

 

 リョウの視線に射竦められて声が裏返るだけでなく、内容まで翻ってしまった。

 今、心臓を物理的に掴まれたような気がした。

 気遣うふたりの視線に、笑顔を作って誤魔化しておく。

 すまない、オマエの姉を応援したかったのに。

 

「ぅおーい。ぼっちちゃぁん、頑張れぇ〜!……あ、見てみて、今日は特別にカップ酒っ!へへっ、カッコいい演奏頼むよぅうえぇーい!」

 

 酒臭い。

 薄々気付いてはいたが、きくりさんが来ている。

 一箇所を鼻を押さえたり、不審顔で見る人々の視線の先にきっといるのだろう。秀華高校に強烈な印象を刻むべき結束バンドよりもインパクト有りそうな事はやめて欲しいのだが。

 高校でも飲酒をキメてくるとは、やはりロックを素でいく人間だ。型に嵌まらないところは、呆れを通り越してむしろ憧れてすらしまう。

 でも、そういうのはライブでお願いします。

 さしものひとりすら、他人を装うように視線を逸らして無視している。

 正しい判断です。

 

 ……いやっ!?

 

 リョウに臆して素直にひとりを応援できない俺は、むしろきくりさんの大胆さを見習うべきか!

 俺も酒を、駄目だ飲酒は……!

 何で未成年なんだ俺は……!!

 

「あれっ、ぼっちちゃん?何でむしすんの?きくりおねーさんだよ、オラオラー――ぐぇッ!?」

「てめぇは!そろそろ!いい加減に!しとけ!」

「ぜぜ、ゼンパイ……キギブ、ギブギブ……かはっ」

 

 きくりさんの悲鳴と同時に聞き覚えのある叱声。

 ああ、店長……星歌さんも来ているのか。

 道理で虹夏が凄いやる気になっているよ……ヤベ目が合った。後藤家は悪くないが、最前線で応援すると決めた自身の決断に後悔してしまう。

 

 

『あはは……。えー、私たち結束バンドは普段学外で活動しているバンドです。今日は私たちにも、みんなにとってもいい思い出を作れるようなライブにします!』

 

 きくりさん達の行動に苦笑していた喜多さんが気を取り直し、結束バンドとしての進行を始める。

 声に震えは無い。

 その表情に焦りや不安は無い。

 大勢の前でも物怖じせず話せるのは、単に彼女の見知った相手と見知った空間だからこその安心感か、はたまた短期間ではあるがバンドマンとして培った物があるからか……。

 どちらにせよ、俺の知るいつもの彼女と違う。

 妙な迫力のあるキターン光線も無い。

 

 ギター一本、仲間を背に立つ一人として俺の目に映った。

 

 

『それで、もし興味があったら……ライブハウスにも観に来てくださーい!』

「「「きゃあああ!喜多ちゃーん!」」」

「「「喜多ちゃん頑張れーー!」」」

 

 

 ……いや、うん。やはり反響が凄まじすぎる。

 これが、逆にひとりのプレッシャーになっていないか心配だが…………っと?

 肝心のひとりは、少し目を離した隙に会場の雰囲気に中てられて興奮しているのか頬を紅潮させ、その目がいつになく期待に似た光を宿し、仄かな喜色を窺わせる表情に変わっていた。

 

 あれ……は、俺の見た事の無い表情だ。

 

 ………。

 そうか。

 ひとりは、やはり今までとは違うんだ。

 名字に託けて俺に前を歩く事を強要するほど人前で不安と恐怖に震えるだけの彼女ではない。

 変わった、んだよな。

 

 

 ……ああ。

 

 

 

『それじゃ、一曲目いきまーす!結束バンドで――』

 

 

 

 俺も、変わりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹夏が頭上にドラムスティックを掲げる。

 乾いた音を立てて打ち合わされたそのリズムを合図に、ひとりがまず動き出した。

 彼女のギターに合わせて喜多さんが手拍子を行えば、喜多さんを慕う者たちが自然と呼応するように手を叩いて体育館内に一体感を生じさせる。

 そして、間もなく喜多さんとリョウが各々の音を奏で始めて『結束バンド』が始まる。

 

 この日の為に磨かれていた音が体育館の人たちの熱気に圧されず、それを呑み込むように響いた。

 

 凄い……。

 喜多さんが笑顔で演奏をしていた。

 前回のライブは悪天候などの不運が連続したり、初ライブなのに客の薄い反応という要素が絡んでスタートから顔が強張っていた。

 だが、どうだろう。

 今の彼女はこの場を楽しんでいる。

 結束バンドを裏切ったと罪悪感で独り押し潰されそうになっていた時とは、まるで別人だった。今は純粋に、この音楽を楽しんでいる。

 

「―――」

 

 リョウの方も、今日は調子が良い。

 いつも聴いていた、あの安定感のある音色だ。

 

「あっ、やっぱりここにいた〜」

「げ」

「うぇへへ、観に来てるなら言ってよ少年」

「今日は一段と大人の香りがしてますね、きくりさん」

「あっ、わかる?今日のお姉さんは一味違うんだよー?」

「ライブ集中して下さいよ」

「いや、先輩のところ居たら絞め続けられるから……」

 

 絞め……本当に何してるんだ?

 俺の訝しむ視線に、青褪めた顔できくりさんが苦笑する。

 あ、臭い。

 きくりさんは腕の中のふたりごと俺を包むように抱き着こうとしたので、慌ててふたりを郁人さんへと緊急避難させる。彼は器用にも団扇を持ちながら素早くふたりを受け止めてくれた。

 これ以上の後藤家に対する被害やライブに集中できない事を考えると途轍もなく迷惑なので、体に巻き付いたきくりさんごと場所を移動する。

 ……後藤家への被害とか何とか考えながら、実はその足が最前線から離れようと画策していたり。

 悪いが、至近距離で目が合う度に心臓が止まりそうだから。

 

 

「お、一郎もいたか。――こっち来いよ」

 

 

 …………。

 そそくさと人の間を動いていたら、星歌さんに見咎められてしまった。

 善意で傍へと手招きしてくれている。

 有り難い気遣いだが救いの御手ではなかった。

 俺は涙を呑んで星歌さんの横に立つ。

 

「また一郎に絡んでるのか」

「え〜?少年は私のですよー」

「おま、未成年には手を出すなよ……」

「大丈夫ですよー。少年がもう少し大きくなったら……ねー、少年?」

「後ろ向きに検討させて頂きます」

 

 頼むからベーシストは俺の将来に無関与でいてくれ。

 さて、気を取り直して。

 改めて壇上を見上げると、移動した星歌さんの隣はひとりの正面になっていた。……きくりさんが飲み散らかした空きカップが壇上に置かれているが、コレはちゃんと処理してくれるのだろうか。

 ……うぉえ゛、臭ッ……!

 

「頑張ってますね」

「アイツらも練習積んできたからな」

 

 星歌さんが我が事のように胸を張った。

 相変わらず子煩悩ならぬ妹煩悩だが、その姿勢は微笑ましい。……と思えるくらいに、今日は俺も嫉妬したりしない心的余裕があるようだ。

 

 さて、ホントにライブに集中しないと。

 

 喜多さんは以前ほど手元のギターに意識を割かれず、顔を上げて観客の方を見ながら演奏できている。心做しか、腕を振るように弾いていたほど拙い演奏技術が手首から先だけで行うようになっていて、様になっているのと同時に成長が感じられた。

 前回との変化が間近に見られるだけあって、グッとくる。

 ひとりだって、まだ十全とはいかないがソロ以外が苦手だった技術が、しっかりとバンドの中に溶け込めるようになっていた。

 はたと、一瞬だけひとりと視線が合う。

 ………あれ、何で不安そうな顔を?

 

「一郎?」

「……いえ」

 

 ひとりの様子に疑念を抱く俺から何かの違和感を読み取ったのか、星歌さんの案じる声がした。

 取り敢えず何事もないように誤魔化した。

 

 

 ……ひとりにも、何事もないように祈りながら。

 

 

 

 

 

 

『――ありがとうございました!一曲目『忘れてやらない』でした!』

 

 一曲目の演奏が終わる。

 掴みは上々で、会場内も拍手喝采だった。

 ひとりも乗り切ったかのように、一瞬だけ安堵の表情を浮かべて、すぐに顔を曇らせる。その視線は自身のギターへ、手はペグを弄っている。

 やはり、何か不調だろうか。

 んー、と至近距離できくりさんも何か唸っている。

 耳元で言われると擽ったい。

 

「どうしました、きくりさん?」

「先輩、気付きました?」

「何となくな」

 

 得心顔で星歌さんときくりさんが壇上を見上げている。この反応からして、違和感の正体は明らかに玄人にしか分からないというのが理解できた。気付いた事実があるのなら、素人にも共有して欲しいのだが……。

 

 不安が募る最中、二曲目の演奏が始まる。

 

 ……駄目だ、ひとりの顔色がどんどん悪くなっていく。

 明らかに焦っている。

 

「ちょ、きくりさん」

「ぼっちちゃん、ずっとチューニングが安定してない」

「チューニングって」

「まずまずの演奏が出来てるけど……」

 

 チューニングが安定しないって……。

 でも、聴いている限りそんな感じは……いや、俺では分からないくらいなのか。きくりさんもまずまずと称しているくらいには、素人の耳を誤魔化せる程度に何とかついて行けているのかもしれない。

 修整すれば問題無いのだろうが、始終ペグを弄る様子と酷くなるひとりの顔色から察するに、すぐ解決できる範疇のトラブルではないようだ。

 ライブ中、というのがまた致命的。

 

「たしかに不調ではあるけど、このまま終わりまでいけば」

 

 祈るしかない。

 現状、気付ける人間にも限りがある。

 アクシデントだと大多数に気取られなければ、本人のメンタル面が心配だがライブは成功という形に出来るだろう。

 ひとりが不安視するのは、文化祭ライブの失敗。

 せっかく覚悟を決めて挑んだ舞台を自らで台無しにする事が心を抉る事になる。今ここがかなりの盛り上がりを見せているからこそ尚更だ。

 

 俺が混乱している間に、二曲目が終わる。

 

 

 

『みなさん、盛り上がってますかー!?』

 

 

 ラスト一曲前のMC。

 リーダーとして、虹夏が観客に呼びかける。

 

『ラスト一曲前のMCなんですけど、ウチのベースの山田リョウ曰く、結束バンドのMCはつまらないそうで

〜』

 

 何言ってんだ、あの寄生虫。

 前回も観ていたから知っているが、虹夏のMCだって面白……おもし………おも………お……………まだまだ発展途上なんだ、これから面白くなるだろうが!

 

『全くMCに参加しないくせに、どの口がー!?って思うんですけど。面白いトークが出来るようになるまで、ライブ告知だけにしときますねー!』

「「「くすくす」」」

 

 ほら、ウケたぞ山田。

 

『って、まだ次のライブ予定は決まって無いんですけど……もし興味がある、って人がいたらボーカルの喜多ちゃんやぼっ……後藤ひとりちゃんに声をかけてみて下さい!』

 

 虹夏の紹介に、体育館内が温かい拍手の音で満ちる。

 何だろうか、この安心感に包まれる空間は。

 皆が結束バンドを歓迎し、その音楽を称賛している。

 

 だから、頼む、どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪     ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 ――い、意外と盛り上がってる。……けど。

 

 高まっていく熱気に、虹夏ちゃんも手応えを感じてかMCの声に一切の暗い色が無い。

 今みんなの調子が良いのは確かだ。

 でも、私だけ。

 私だけ、小さな石に躓いている。

 

 それは、体調的な話ではない。

 ましてや、緊張感でライブが楽しめていないワケでもない。勿論、人前でもあるしかつてない程の人数の前で演奏しているのもあって結構緊張はしているけど。

 問題は、そこじゃなくて――楽器。

 

 昨日まで何ともなかった1、2弦のチューニングが異常に合わない。

 

 幾度となく修正を試みたが、二曲目の演奏中でもやはり失敗していた。

 どうして?

 

 

『それでは聴いて下さい!――ラスト一曲『星座になれたら』!』

 

 

 曲紹介と共に、正面を向いていたリョウさんと喜多さんがが虹夏ちゃんと視線を合わせる。

 く……何も解決していないけど、止めるワケにもいかない。

 私も虹夏ちゃんの方へ向き、全員の呼吸を呼んで刻まれたドラムスティックのリズムを合図に、再び演奏が始まる。

 

 ……駄目だ。

 

 演奏が始まれば、殊更に自分の発する音と感覚の齟齬が増す。

 ちらりと視界の隅を、いっくんの顔が掠めた。

 

 あ、不安そうな顔。

 

 だめなのに……あんな顔させたら。

 私が凄いって、いっくんにも誇れるのは……私にはギターしかないのに。

 ここで何も出来なかったら、心配だけさせてしまう。

 いっくんを、幸せにできな―――!?

 

 

 

 

 

 

「―――あ」

 

 

 

 

 

 

 

 ぶつり、と悲鳴が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愉悦部の皆さん、愉しんでらっしゃいますか?

  • 良い味だ。
  • もっと刺激が必要だな。
  • やめてよ、もうヤメてよ!!

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