とある居酒屋店内の一画を占有し、卓を挟んで向かい合う四人は一斉にお酒の入ったジョッキを掲げた。
「乾杯!」
「かんぱーい」
「ん」
「か、乾杯です」
相変わらず結束感が無い。
こんな簡単な号令すら揃わないのに不快と思わず私達らしいと感じてしまう辺り、やっぱり皆の相性が良いんだなって逆に笑えてしまう。
そんな風に感傷に浸りながら、私――伊地知虹夏もビールを呷る。
この喉越しを楽しめるようになったところも、四人が集まった頃から随分と時間が経った証だ。
「ぷはーっ」
「今日の番組出演、大変でしたねっ」
「ホントね。深夜の音楽番組だけど、それでも着実に進んでるって実感するなぁ」
「目指せ、ゴールデン」
「リョウ。仕事でお金入るからって無駄遣いするなよー」
「うっ」
ちびちび飲んでいたリョウが肩を落とす。
お酒が弱いので、いつも彼女の飲むペースは注意して見ている。
この前の酔った時も大変だった。
頻りに『あの人』の名前を呼び出すから、そうすると一気に私たちの気分も変わってきてしまう。
「に、虹夏ちゃんの夢も叶いつつありますしね」
「……えへへ」
下北沢のライブハウスを起点に始めた、私の夢への第一歩――『結束バンド』は、相応に予想以上のアクシデントや挫折を経験しながらも活動し続け、音楽業界に目をつけて貰える程度のバンドになった。
今回も深夜の音楽番組に出演。
まだ知る人ぞ知るバンドで、そういうバンドに目をつけるディレクターに出演させて頂いた。『STARRY』の宣伝もしていたし、観てくれた人たちが来てくれるかもしれない。
楽しみだなぁ。
「店長、喜んでるだろうね」
「あはは、昨日番組録画しようと思ったら既にされてて……たぶんお姉ちゃんだと思う。本人は気付かれてないって感じだろうけど」
「相変わらず」
談笑する私たちの話題は絶えない。
家族よりも一緒にいるのに、お互いに話したい事が沢山ある。
不思議な絆だ。
ここまで来れたのも、コレがあったからだろう。
ただ、会話が弾みすぎるとつい余計な方向に走る事もある。
「私の友だちも観てくれるそうですっ」
「喜多ちゃん友だち多いからね。拡散力が凄そう」
「はい!沢山の人が見てくれますよ!そしたら――」
例えば。
「――きっと、何処かで前田先輩も観てくれてますよね!…………あ」
言い終わってすぐ、はっとした喜多ちゃんが自分の口を手で覆う。
彼女の一言を皮切りに、明らかに空気が変わった。
折角リョウを酔わせないようにして話題にも上がらないよう注意していた『あの人』の名前を、喜多ちゃんに言わせてしまった。
ちら、と隣を盗み見る。
すると、案の定ぼっちちゃんは沈んでいた。
凄まじい罪悪感の所為か、いつものごとくショックで変幻自在に形態を変えるはずのぼっちちゃんが強すぎる衝撃に変形すらしていなかった。
ジョッキを両手で持って、俯いているだけ。
喜多ちゃんもさっきと一変して暗い顔だ。
リョウは涼しげな顔……をしているが、その実は凄くイライラしている。
「そ、そうだね〜……」
「あれから連絡も無し。……私にくらいは相談すべき」
「リョウとは大学行っても付き合ってたのにね」
前田一郎。
私やリョウのクラスメイトで、ぼっちちゃんの親戚の男の子だった。
その付き合いは『結束バンド』が結成する以前からで、活動自体には特に関与していなかったけど、熱烈なファンであり、ファン以上に距離が近しい関係だった。
そして…………リョウの元恋人。
何ならリョウを溺愛する彼女の両親から許嫁認定までされて、自堕落なリョウが苦労しなくて済むようにと難関とされる某大学の医学部に進学して将来は山田夫妻の病院で働く人生設計まで立てて動いていたくらい。
その献身っぷりは、彼を想っていた女子からすれば嫉妬してしまうほど優しかった。
でも、ある日だ。
大学卒業の日、一郎くんの友人や親戚の郁人さんが祝いに会場へと現れた時、彼の母方の親戚の一人が自動車で全員が集合した場所へ突っ込んで来た。
現場は大惨事となり、生存者は一郎くんと自動車で突っ込んだ親戚のみ。
彼を庇った郁人さんや友人は全員死亡した。
犯人の動機は、やはり一郎くんの母が若くして死んだにも関わらず、彼女の命を犠牲に生きる彼が幸せに生きている上に、郁人さんから邪険に扱われるようになったのも一郎くんの所為で堪えられなくなったそうだ。
殺してしまおう、二度と立ち上がれないようにと。
ただの逆恨み、見苦しいにも程がある憎悪。
しかし、その親戚の目論見は形は違えど完遂された。
自分の所為で犠牲になった人たち、幸せからドン底に突き落とされた一郎くんは、あまりのショックで自暴自棄となり、暫く誰とも会わず引き籠もってしまった。
皆が心配する中、遂には家からも消えた。
あれ以来、彼の消息は知れない。
恋人だった事もあって、リョウは特に心配している。
「立ち直って……他のところで幸せにしてたら良いですね」
「見つけたら引き摺って連れ帰る」
「……無事なら、良いんです……それだけで……!」
泣き出すぼっちちゃんの背中を私は撫でた。
楽しかった宴会が、すっかり哀しいムードに包まれている。
それからの会話量は目に見えて減り、今日はぎこちない解散となった。
解散後、私は家に帰らず都内に借りたマンションの一室に入る。
実は家族に、お姉ちゃんに秘密で契約した。
私は早速扉を開けて、中へと入る。
途中で買った惣菜などの入った袋を提げて居間に向かう。
「ただいま――――一郎くん」
そう言うと、舌打ちが聞こえる。
居間の中心で、布団に包まっている男の人――一郎くんから発せられた音だ。
周囲には空き瓶ばかり。
室内はお酒の臭いがすごくて顔に出そうなのをぐっと堪える。ライブハウスで廣井さんが飲み散らかすのもあって、片付けるのに慣れているから別に問題ないけどさ。
「三日に一本って約束したでしょー?」
「…………」
「もしもーし」
私が尋ねると、一郎くんはヘッドホンをした。
全く、子供っぽい反抗しなくてもさ……かわいい。
近付いて見ると、ヘッドホンから微かに音漏れしている。無線式で同期させているであろうスマホ画面には、『結束バンド』の曲名が表示されていた。
……えへへ。
何だかんだで、私たちが好きなの知ってるんだよ?
一郎くんは、変わってしまった。
消息を絶った彼を私が見つけたのは、二年ほど前だ。
大学の同期だった友達と飲み会を開いた時に、その店先で知らないお姉さんに奢られて酒を飲むやさぐれた男を発見した。
その顔に既視感があって、最初はぼーっと見てたけど、お姉さんに呼ばれた名前が『一郎』って事で確信した。
尋ねてみたら、案の定私の知る前田一郎だったし。
そこから『強引に』引き取って、リョウにも会わせようとしたけど強く拒絶されたから、仕方なく彼が立ち直るまでと諦めた。
それから、根無し草でいつも女の人の家を転々としていたらしい彼に、私は部屋を契約して出歩かなくても良い環境を作った。
外で飲んだくれて倒れられても困るし。
そんなこんなで、気づいたら二年……進展は無し。週に何回か様子を見に来て、ご飯を作ったりしている。
感謝された覚えは無いし、逆に邪険に扱われるけどさ。
でも、ご飯を作ってあげた時。
『……うまい』
基本的に私を無視したりするのに、ご飯を食べたら短い感想を口にしてくれる。
あと、荒んで変わった顔つきが、一瞬だけ柔らかくなるのだ。
それを目にした時、私はすっかり彼に甘くなってしまったんだと思う。
私だけが場所も状態も知る一郎くん。
少しだけ、ほんの少しだけ……優越感があったり。だから誰にも言えていない。
「一郎くん、デートしようよ」
「構うな」
一郎くんが公園を歩いている。
健康の為にと、私が背中を押して家から出したのだ。
隣を歩く私には一瞥もくれず、嫌そうな顔だった。
「一郎くんが健康的な生活を送れるようにするのが私の使命だからね」
「……俺が健康的になったって、幸せになろうとした途端に誰か死ぬんだよ」
「そんな事」
「どうせ虹夏も俺といる内に死ぬんだから、そうならない内に早く消えてくれ。ウンザリだ」
一郎くんは、誰かが近くにいる事が怖いようだ。
また失うのではないかと怯え、失ったら今度こそ死んでしまうほどに弱っている。
「大丈夫」
「は?何が大丈夫だよ?」
「私は絶対に一郎くんの傍から消えたりしないよ」
私の言葉に、心底から怪訝な顔をする一郎くん。
でも、再会したばかりの頃なら「気持ち悪い」とか「纏わりつくな」とか言いそうなのに、今は言葉の真意を疑う――否定や拒絶から入らない辺り、段々と私を受け容れてくれているのだと手応えがある。
良かった。
この調子で良い。
いずれ、彼がいろんな物を受け止めて再び立ち上がれるようになれば、きっと。
「ただいまー」
三日ぶりに帰ると、やはり一郎くんは布団にいた。
酒瓶は処理した筈なのに、また増えてる。
今日は最初からヘッドホンをして、私の話なんて一切聞かないつもりだ。……もうっ。
「……ん?」
ふと、台所を見てみる。
すると、ラップされた食器などに加えて、鍋に入った肉料理と味噌汁が目に入り、横にはレンジでチンをすれば炊けるご飯が用意されていた。
流し場には、既に食事した形跡のある椀とお皿。
そして………『もう一人分用意されたお皿』が台所には置いてあった。
…………うそ。
もしかして、私の分も……?
嬉しくて、思わず寝ている彼に抱き着きたくなる。
それをぐっと堪えて、まずは片付けから始めた。
ゴミを捨てていくけど、途中で飛び跳ねたくなる衝動を抑えるのに必死になり、湧き上がる歓喜で何度も中断させられる。
少しずつ、少しずつ。
私の事を、受け入れようとしてくれているんだ。
「大丈夫、これからだよね」
私が酒瓶を片付け終わって、一郎くんが作ってくれたご飯を食べようとした時に寝息が聞こえ始めた。
振り返ると、音楽を聞いたまま寝落ちしてしまったらしい。
高校時代から変わらない寝顔。
私はその頬を指でつつく。
「もー、また無駄遣い」
もう少し触っていたいけど、起きたら怒られそうなのでやめておく。
そっと、ヘッドホンを取り上げた。
…………ん?
聴こえてくる音は、『結束バンド』の演奏には間違いないけど、少し違和感がある。
あれ……これ。
「…………リョウの、ベース」
それは、リョウのベースのみに絞った音声処理が施された『結束バンド』の音楽だった。
よく見れば、スマホ画面の表示には曲名の横に『(R.Y)』とある……山田リョウ、ってこと?
私は音楽を止めて、ヘッドホンを床に置く。
へえ。
やっぱり、リョウの音楽が好きなんだ。
いなくなる前から、ずっとリョウ推しだって言ってたのは変わらなかったよね。本人の人格じゃなくて音楽だとか照れ隠しに言い訳してたけどさ。
未だに彼の中には、強くリョウが焼き付いているんだ。
「……これだけしても、何でリョウなの?私だって力になりたくて、これだけやってるのに、まだリョウなの?
もう――私の、私だけの一郎くんなのに」
現状、この中で最も強いのは?
-
山田リョウによる独占
-
とある伊地知虹夏の一方通行
-
後藤ひとりで恋愛は間違っているだろうか
-
Re:ゼロから始める喜多郁代推し活
-
俺の廣井きくりラブコメは間違っている