も、もういっそ『ファイナルウェポン:イライザ』か『ふたりカタストロフ』で物語終わらせても良いでしょうか?
それは唐突だった。
「じゃあ、別れるか」
俺が告げた言葉に、リョウの顔が真っ青になる。
撤回するつもりが無い俺は、山田夫妻に挨拶した後ここを――山田家宅を出る。
追いかけてくる足音が聞こえたが振り返らなかった。
別に怒っていたわけではない。
意地悪のつもりも更々無い。
そんな態度を取ったのは、リョウの為にならないと思っての事だった。
原因は、少しだけ複雑だ。
ここ最近、リョウが学校にも家にも顔を出さなくなった。虹夏に聞けば、バイトにすら出勤していない始末である。
如何に日頃から非常識人といえど、ここまで他人に心配させるような事はしない筈だ。
そう考えて、俺は山田家を訪ねた。
すると、特に不健康そうでもないリョウが出迎えてくれて家の中まで案内してくれたが、その先で異様な数のくしゃくしゃにされた譜面が床に転がる光景を目にした。
リョウ曰く、作曲が上手くいっていないらしい。
皆の為の楽曲が仕上がらず、それでナイーブになって何もかもやめたらしい。
所謂スランプというヤツだ。
見た事が無いくらいには弱っていた。
本来なら恋人として助けるべきだが、音楽関係で部外者な俺では力になれないし、かといって虹夏達に相談しようかとも考えたがリョウに強く止められた。
致し方無しと、せめて何か出来る事が無いかと聞いたら。
『ごめん。一郎といるのもつらい』
と言って拒絶された。
一緒にいるのが苦痛――それが恋人か?
俺は冷静に考えた結果、相手にとって苦痛にしか感じないのならば、その関係は一刻も早く解消すべきだ。
互いが次に繋げる為の時間も浪費してしまう。
リョウの可能性を潰してはならない。
何より、俺が好きなリョウの音楽をこのまま潰えさせる原因になりかねないのなら、潔く身を引くべきだ。
俺はそういった思考の末、『破局』した。
リョウの為に、と考えて…………考えたけど段々と俺もダメージが入りつつある。
潔くとかカッコよくとか、時間の浪費だとか理屈を捏ねてはいたが、結局地味に言われて傷付いたから自棄になっていたのかもしれない。
そんな気分で、今俺は――。
「ちょっと!辛気臭い顔してないで盛り上げてよ!」
何故か知り合いとカラオケにいた。
新宿『FOLT』に通う過程で度々交流することになった大槻ヨヨコに帰り道で捕まり、カラオケに引き摺り込まれた次第である。
人気ガールズバンド『SIDEROS』のリーダーたる彼女は、普段の大きく強気な態度とは裏腹に繊細な心の持ち主で、いつも不安で日頃から練習を欠かさない。
今日もその練習の一つ、独りカラオケに向かう最中で辛気臭い顔の俺を見つけて連行したらしいのだが、今は放っておいてくれる方が有り難い。
今、自分がズダボロなのを漸く自覚したところなんだ。
そんな状態でカラオケはキツい。
お陰で、今やタンバリンを叩く機械と化している。
「ヨヨコ。俺のこと嫌いなんだな」
「何でそうなる!?」
「いや。落ち込んで一人になりたい人間を無理やりカラオケに引きずり込むって、そういう魂胆なのかと」
「ひひひ一人になりたかったの!?気付かなくて悪かったわね!」
「まあ、中途半端に止められても困るからやり切ってくれ。その方が楽に死ねる」
「過去一面倒くさい状態ね……」
被害者は俺なのに面倒臭がられた。
ヨヨコの歌声は素晴らしいが、傷心中なので素直に楽しめない。
こういう時、きくりさんかひとりが居れば……。
いや、都合のいいセラピーみたいに考えるのはいけない。特にひとりは、俺なんかの事で心配させて足を引っ張るなんて言語道断だ。きくりさんは、まあ、普段から迷惑かけられてるし良いか。
「大体、何で下北沢に居るんだよ」
「知り合い居ない所が良かったのよ!」
「俺、下北沢に住んでるんだけど」
「早く言いなさいよソレ!?だからこんな面倒な状況になってるんじゃない!」
「いや、友だちでもないのに言う必要が……」
「どごふっっ!!?」
あ、血を噴いた。
時に過剰なほど繊細な心は、言葉の刃で物理的なダメージに直結してしまうようだ。
案外、ひとりに似ているかもしれない。
「ぞ、ぞもぞも……何でそんな落ち込んでるのよ」
「……カノジョと別れたから」
「っえ、は、はぁ!?私を差し置いて、リア充だったのアンタ!?」
「リア充って実感無いな」
「く、この余裕……見てる私が死にそう……!」
胸を抑えて、ヨヨコが椅子の上に崩れ落ちる。
「な、何で別れたのよ」
「一緒にいるのが苦痛と言われたから、俺の方から別れようって」
「そんだけ!?」
「大事な事じゃないか?相手を苦しめてまで一緒に居たいっていうのは、何か、こう、違うだろ」
「出たわね!現実知らないヤツがそう言うのよ!むしろ潔く別れを切り出された方が、そんなに想われてなかったのかってショック受けるのよ!」
「こ、恋人もいないのに分かるのか……!?」
「ぐばふっっ!!」
おっと、いけない。
思わぬ痛撃を食らわしてしまった。
ますます瀕死になって椅子の上に草臥れるヨヨコだが、言っている事はたしかに正しいかもしれない。
でも、俺とリョウはそんな甘酸っぱい関係ではない。
恋人は恋人でも『仮』と付く。
正式な恋人なら、もう少し粘るべきなのだろうがリョウの場合は特殊で、そこまで深くて濃い関係による束縛を厭うている。
始まりから邪道なのだ。
「ふ、ふん!別れて正解よ、こんな男!」
「…………」
「で、でもアンタなりに相手を思い遣っての判断だから。九十九対一でアンタも悪くないって事にしといてあげる……」
「一応訊くけど、一が俺?」
「当たり前でしょ!」
「その比率だと完全に俺悪いじゃん」
ヨヨコの数的感覚はバグっているようだ。
でも、そうだな。
「優しいな、ヨヨコは」
「え?」
「落ち込んでる俺の気分転換になればって、カラオケに連れて来てくれたんだろ?」
「まあ、そう、だけど」
本当に良いヤツだ。
元から根は悪くないと知っていたが、俺を日頃から廣井きくりの腰巾着呼ばわりして一々突っかかってくる辺りから評価を低く見積もっていたが、見直す必要がありそうだ。
「有り難う、ヨヨコ。少し好きになった」
「――――」
「ん?どうした?」
「い、今、何か悪寒が凄くて死にそうだった……」
「そんなに嫌だったのかよ」
「ち、違うわよ。何か蛇にでも睨まれたような……一瞬目の前に虹が架かったように見えた幻覚もしたし、私も調子悪いのかも。帰るわ」
体調不良を訴え始めたので、ヨヨコと共にカラオケを出る。
入る前より少しだけ気分が良い。
拒絶されてあっさりと引き下がったが、少しだけ頑張ってみよう。
リョウも顔面蒼白になっていたし、俺の拙速な判断で傷付けてしまったかもしれない。よくよく考えなくても、スランプで厳しい状況なのに突き放すような事をして、鬼畜なのは俺の方だしな。
帰ったら、リョウにメッセージでも送ろう。
「ああ、ヨヨコ。良かったら家まで送るぞ」
「わ、悪いわね。何かさっきから『キターン』って変な音とか、あちこちに虹とか見えて怖いのよね」
「病院行こう、マジで」
なぜ喜多さんも居ないのにキターン音が聞こえるのだろうか。
周囲を見渡すが、虹なんて何処にもない。
俺にカノジョの相談とか持ちかけられ、嫌だけど真摯に向き合って対応した負荷で幻覚を見るほど疲弊させてしまったのかもしれない。
それならば俺の責任だ。
「まあ、こんな俺に恋人できたんだ。ヨヨコなんて直ぐだよ」
「別に羨ましいワケじゃないから。私より人生楽しんでるのがムカついただけ」
「聞かなきゃ良かった理由ナンバーワン」
ヨヨコを支えながら駅へと向かう。
「それに、私は恋してる場合じゃないし」
「え?」
「本気でやってるのよ、ロック」
「………カッコいいヤツだな、おまえ」
「ふ、ふん!褒めたって何もしないけど!……ふ、ファンサくらいは、別に?い、良いけど?」
調子に乗り始めたヨヨコだが、その芯の強さは見習うべきだ。
ひとりといい、ヨヨコといい、俺の周囲には眩しい人が多すぎる。特に喜多さんは異様に輝いている。
ただその光に勇気を貰って、俺も頑張ろうと思った。
「ヨヨコのそういう所が好きだな」
「うぇっ……何か、キターンって音が脳でもっと響き始めた……」
「ヨヨコ様最高」
「あ、視界が虹色……もう駄目かも……」
いよいよヤバいな、ヨヨコ様。
「………一、郎……?」
♪ ♪ ♪ ♫
一郎に当たってしまった。
焦燥に駆られながら、私は着替えていた。
今回、『未確認ライオット』には新曲で挑みたいというバンドの意向に従い、私は作曲に取り掛かっていたのだが、思うように行かず困り果てていた。
原因は自覚している。
この『未確認ライオット』には、全員が本気で挑んでいる。
実力を試したい、バンドとしての本気度を示したいという一心で挑戦を選択した。
だから、もし成功した時に得られる自信は何にも代え難い物になるだろう。
逆に、失敗したら……二度と立ち直れない挫折を味わう事になるかもしれない。
この曲には、皆の今後が懸かっている。
駄目な曲は作れない。
これまでで最高の曲を仕上げないと。
自分を納得させられる物を必死に考えたけど、何も出なかった。
焦りばかりが募り、一人キャンプなんかもして気分を紛らわせたが、やはり駄目だった。
そんな何もかも手詰まりな時に、一郎は来た。
そして………感情のまま、当たってしまった。
一郎なら受け止めてくれるなんて甘い考えがあったのかもしれない。
『別れよう』
嫌だ。
曲については、後から来てくれた皆の協力があって纏まった。
私の心配なんて杞憂で、虹夏達は私に寄り添ってくれた。
柄でもないけど、皆で結束すれば乗り越えられる。
そして、乗り越える勇気を貰えた。
だから、残る問題は自暴自棄な私が作り出してしまった一郎との溝だけだ。
着替え終わり、私はすぐに外出する。
一郎は今日、たしかバイトが無い筈だ。
家に行けば、きっと会える。
だから話し合って、もう一度関係を結び直すんだ。
手放してはならない……一郎は、私が感じているように誰かも執着している。特に虹夏はそうで、私と一郎の交際関係を頑なに認めないし、最近はぼっちも郁代も反応が不穏だ。
直ぐに、取り戻さないと。
今なら謝って、それで修復できる筈だ。
一郎だって、きっと私をそう簡単に振り払えない。未だにきっと、実はあっさりとフった事を後悔しているかもしれない。
「…………一、郎……?」
足が止まる。
探し人の姿を発見した。
あの時からかなり時間が経っている。てっきり、もう家に居るのではと思っていたのに、何故か彼はまだ外にいた。
そして……隣の少女に、気安く肩を貸している。
誰だかは分からない。
でも、少女に一郎が優しく微笑みかけていた。
私と、あんな事があったのに、どうしてそんな表情が出来る?
もしかして、別れるっていうのはあの場で思って口にしたんじゃなくて、普段から考えて用意されていた言葉だった……のかな。
本当は、あの少女と以前から関係があって私との関係を解消するタイミングを窺っていたのかもしれない。
私が学校にも家にも顔を出さないし、話題としても切り出すのが気まずい物だし、以前から「本当に好きな人が出来た時は」と言っていた。
嘘だ、でも、本当なら。
「ヨヨコのそういう所が好きだな」
そんな一郎の声が聞こえて、ぷっつりと何かが自分の中で切れた。
そう……。
一郎は、私から離れて行くんだ。
新しい居場所を見つけて、そこで幸せになるんだ。
本当に好きな人を見つけて、自分だけの『価値』を見出して、前向きに生きていくつもり。
…………………。
うん。
一郎にとっては、それが良いと思う。
私もこれで、音楽に専念できる……元々、恋人とかそんな柄ではないし。
あれだけ自分なりに執着していたけれど、一度別の誰かの物になったという現実を目の当たりにしたら、綺麗さっぱり諦めが付いた。
そう、新スタートだ。
私にとっても一郎にとっても、転換点になって良いじゃないか。
私も家に帰ろう。
これ以上、一郎を縛ってはならない。
私も、前を向こう。
むしろ、一郎に縛られて私自身が何も見えなくなっていたかもしれない。
だから、彼とは去年の三月ぐらいの距離感に戻れば良い。
多少は深く繋がり過ぎた影響もあって、最初はギクシャクするかもしれないけど、きっと直ぐ程よい関係に落ち着く。
そう考えながら、私は一郎の家の扉を開ける。
まだ帰っていない。
どうやら、私の方が先だったみたいだ。
ソファーに腰を下ろし、クッションを抱いて横になる。
………落ち着く、この匂い。
作曲の問題も解決し、頭の中にある完成品を後は現実で形にするだけ。
あれ、家に帰るつもりだったような……まあ、良いか。
「ただいまー。……って、リョウもいないのに癖で言ってしまった」
帰って来た一郎の声がする。
私は体を起こして、玄関の方を見た。
間もなくして、彼が居間に入って来て………驚いた顔で私を凝視している。
大丈夫。
何で家に来てしまったか自分でも分からないけど、会うなら今からちゃんと話して、私からも新しいスタートについて話をしよう。
お互いの為に、ちゃんと。
「逃さない」
思ってた事と違う言葉が口から出ていた。
一番攻撃力が高いのは?
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ファイナルウェポン : イライザ
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