……斯く言う私も、これにハマった口でありまする。
早く『PSYCHO-PASS』の劇場版が観たい……。
最近のプチ不幸
友人B「あのさ、神話好き?」
自分「勧誘始めようとしてる?」
友人B「いや、そんなんじゃないって。我が家は既にかのかり教の更科瑠夏派に入ってるけど勧誘しなくてもポンポン来るし」
自分「何その初めて聞くけど意外にありそうな宗教と派閥。てか勧誘じゃないなら何?」
友人B「いや、これだけアニメ見てると特にファンタジー物は見るほどにどの神話とかをコンセプトにやってるかとか気にならない?」
自分「たしかに毎回気になる」
友人B「でしょ?逆に一つの世界で北欧神話とかギリシャ神話とかインド神話系の神とか逸話に因んだ道具の名前が出てくる一つに絞らないゴチャゴチャした世界観だと萎えない?」
自分「分かる分かる」
友人B「あと、ヒロインがプロメテウスみたいな目に遭ってるとめっちゃ萌えない?」
自分「やっぱりオマエとは分かり合えないな。犯罪係数高そうな趣味してるし」
……プロメテウスと同じ目に遭うヒロインって、何??
そこかしこで愛が育まれる聖夜。
普段の出勤ぶりから融通してくれた店長の厚意によって勝ち取った休みを使い、俺は『新宿FOLT』の店に来ていた。
片手には、きくりさんがくれたチケット。
これを以て、今日はエンジョイする。
リョウも用事があって居ないらしく、久々に一人で自由を謳歌できる日となった。
ライブを観て、優雅に過ごそう。
「こんばん――」
「あっ、先輩♡」
「何を勘違いしてたんだか。そう言えば、クリスマスって俺には優しくない日だったよな」
扉を開けて最初に赤い髪の少女が目に入った瞬間、悟りを得ると共に扉を閉めていた。
体はくるりと踵を返す。
何故、ここに喜多さんがいる?
つい浮かれていた俺を油断するなと戒める本能が見せた幻覚なのかもしれないと思いたいが、あそこまではっきりと像を成し、耳朶を打つあの甘い声と瞬間的に網膜を焼いた喜多さん固有の特殊光線等から幻の可能性は否定された。
あの光線、日に日に威力が増してるんだよな。
光で照明されると、思考力が低下したり体調が悪くなってきている。
もう太陽風か何かだ、アレは。
オゾンがある程度吸収してくれないと人体を一瞬で蒸発させてしまう宇宙の力を秘めている。
喜多郁代はある意味で本物の太陽なのだ。
「いかん。つい悪し様に言ってしまった」
ライブを断念した事への後悔で、つい喜多さんに当たってしまった。
でも、きくりさんのライブ観たかったな。
何せ『結束バンド』は、音楽は好きだがプライベートでそれぞれと色んな問題を作ってしまっている。
無心で楽しむという事が出来ない。
それに比べると、『SICKHACK』は一度たりとも邪な感情で楽しみを削がれた事は無かった。
それだけに期待も大きい。
観れない事は、かなりのダメージだった。
無念の撤退に俺は唇を噛み、重い足で駅へ向か――おうとしたら、どんと誰かにぶつかる。
いけない。
どうやら周りが見えていなかったらしい。
俺は慌ててぶつかった相手に頭を下げた。
「す、すみません。考え事をしてて」
「それ、私の事だよね」
「えっ?」
「私じゃなかったら駄目だと思う」
この、少し低く背筋を撫で上げるような声は……顔を上げると、そこにリョウが立っていた。
寒いのか、俺の手を自身の頬へと当てている。
触れている掌から血の気が引いていくのが俺には分かった。
声も出ず、思わず足を一歩後ろに退くと後方で扉が開く音がした。
どうして、オマエまで。
今日は会うことも無いと慢心していたが故に眼前の彼女に対して恐怖心しか抱けない。
「私を見るなり帰るなんて……先輩……ヒドい♡」
振り返ると、喜多さんが恍惚とした顔で俺を見ていた。
言葉と表情が全く一致していない。
どうして顔も声も嬉しそうなんだ。
リョウがいて、喜多さんがいる。
これだけでも中々にサンタさんが俺を憎悪しているのが分かるが、俺だって去年の出来事を除けばクリスマスに良い思い出なんて何一つ無いので自分がこれからどんな状況に陥るか薄々見当が付いている。
この二人がいるなら、必然的にあの子も。
「一郎くん、入口で立ち止まってたら迷惑だよ!」
「に、虹夏……」
「だから、早くリョウから手を離して?」
ドラムスティックを手に持った虹夏が現れる。
叩くドラムは無いのに、どうしてそれを携えて来たのだろう。リハの途中なのだとしたら練習熱心だと思えて感心するのだろうが、醸し出す雰囲気の険難さが明らかに暴力的な事しか予感させない。
リョウから手を離せ?
今すぐそうしますとも――……ごめん、リョウが放さないから無理だ。
離れない俺たちを見て虹夏が笑みを深める。
ライブの為の装いと思われるサンタ衣装を着込んでいるが、もしかしてライブ前により鮮やかな赤で染めるつもりだろうか。
「リョウ。俺、帰るから放して」
「私がいるのに?」
「命には替えられない」
「私の知る一郎はそんな日和った事を言わない」
「いつもどんな俺と話してるんだオマエ」
いつもパラレルワールドの俺と話してるんだな。
俺が命を懸けてオマエの音楽を聴く度胸を見せた機会なんて一度も無いぞ。
それにしても、何てパワーだ。
本気で手を引き抜いたら怪我をさせてしまうからと制限していたが、背後から躙り寄って来る虹夏の気配を犇犇と感じてそうもいかなくなってきた。
やむを得まい……リョウ、すまな――い?
「あ、こっちの方があったかい」
リョウの頬から手を引こうとした刹那、逆にリョウは手から離れて俺の胴体に抱き着いた。
離れろと言われたのに、ますます接触面積が増えている。
怖いが、肩越しに後ろを確認した。
「見てないよ。私は何も見てない。絶対違う。似てるだけ、二人に似てるだけ。二人は抱き合ってない。一郎くんはそんな事しない。私を差し置いてそんな事するようなヒドい人じゃないよ。だから私が見たのは」
虹夏はその場で頭を抱えて小さく縮こまっていた。
俯いて何事かをブツブツと呟いている。
い、入口で立ち止まるのはいけないのではなかったのか……?
「き、喜多さん。虹夏を取り敢えず中へ」
「そしたら、何か私にもしてくれますか?」
「え?」
「してくれますか?」
「……あ、握手とか?」
「えっ、それだけ?……先輩のイジワル♡」
喜多さんがまた悦んでいる。
悦びのツボが本当に理解不能だ。
喜多さんは虹夏の肩を支えながら、彼女と共にライブハウスの中へと戻って行く。まだライブハウス開店前だったのが幸いで、人もあまり来ていない。
だが、周囲の目もあるのでそろそろ入らなくてはならないのにリョウは固定されたように動かない。
……この状態で通例のきくりさん介護なんてしたらどうなるんだろう。
……来なきゃ良かったかな。
「リョウ。寒いなら中に入れ」
「それもそうだ」
全く名残惜しさも見せず、すっと離れてリョウはライブハウスへと入った。
コイツ、それくらい俺が注意した時にもしてくれよ。
お蔭で虹夏に変な所を見せただけじゃないか。
ライブ前に既に肩が重いし、正直もう帰りたいけど逃げたら逃げたで今度は問題が深刻化しそうだから俺も中へと入る。
クリスマスとあって、普段とは違う装飾の施された通路を通り、既に準備で慌ただしいライブハウス内へと踏み込む。
「………はぁ」
「知り合いの顔見て落ち着くなよ」
「SIDEROSのファンじゃないって分かったからガッカリしてるんだけど!?」
入るなり椅子に座っていたヨヨコにため息をつかれた。
てっきり、ライブ前の緊張感が知り合いの顔を見て和らいだのかと思ったら落胆したらしい。
何て失礼なヤツだ。
「SIDEROSも応援してるけど」
「でも姐さんの応援が一番でしょ」
「ああ。……そのきくりさんは何処にいる?」
「裏でライブ前の三杯よ」
「……やれやれ」
俺はきくりさんの居そうな控室の方へと早足で向かう。
扉を開ければ、パック酒を取り上げようとする志麻さんと泣き縋るきくりさんの闘争が繰り広げられていた。
「廣井。いい加減にしろ」
「やだー!志麻はあたしから命を奪おうというのかー!」
「またライブ滅茶苦茶にしたらそうする」
「うええん!あたしのおにこ――へ?」
控室に哀訴の声を響かせていたきくりさんが俺を見るなり固まった。
……何だ?
今まで見た事の無い反応だ。
もしかして、最低限でも大人としての尊厳を保ちたいからこんな情けない姿を見られて驚いている?
安心して下さい。
既に見損なうほど大きなモノをあなたに見出してはいません。
「……し、少年かー」
「ああ、一郎君。ごめん、毎度こんな情けない所を見せて」
「…………」
「……?おい、廣井どうし、あ!?」
「うおおおおお!飲んでないとやってられない!」
志麻さんが見せた一瞬の油断を見逃さず、パック酒を取り返したきくりさんが酒を吸引する。
飲みっぷりは凄いが、ライブでまた誰かに吹きかけるほど理性を失くしてしまうのはやめて欲しい。
仕方無い。
俺は志麻さんに加勢しようときくりさんに近付いた。
「はい、きくりさん。そこまでです」
「でゅへへへ。恋人いるのに、クリスマスあたしのライブ観に来るなんて随分慕われてしまったなぁー」
「まあ、きくりさんの音楽好きですから」
「はー………………顔あっつ」
俺は強引にパック酒を取り上げた。
それから、うだうだと文句を言い始めるきくりさんに毎度の事ながら水筒に用意した味噌汁とペットボトル水を差し出す。
これで、少しは酔いを醒ましてくれ。
最前列で観るつもりだから、被害を最小限にしたい。
「まずは水飲んで」
「んぐ、んぐ」
「はい、味噌汁は好きなタイミングでどうぞ」
「ずずーっ。……ぷへぇ」
器を兼ねた蓋に注がれた味噌汁を、きくりさんがちびちびと啜り始めた。
これで少しは酔いを醒ましてくれ。
それを見た志麻さんに嘆息された。
「本っ当に……ごめんね」
「いえ。嫌ならライブにも来てませんから」
「そういえば、恋人が出来たって廣井が言ってたけど本当に?」
「はい。……色々あって」
「そっか。おめでとう」
志麻さんが笑顔で俺の肩に手を置く。
この人、本当に良い人だよな。
どうしてきくりさんと一緒にいるのか聞きたいくらいには常識人である。
叶う訳が無いが、こういう姉が欲しかった。
ん……何だか肩に置かれた手に強い握力が込められ始めた。
「一郎君を信用していない訳じゃないんだ」
「はい?」
「ただ、君はこうして廣井に引っ掛かってしまうくらいのお人好しだから……万が一も有り得る。その人がどんな人間か、後で教えてね?」
「はひ」
志麻さんが凄い眼光で言うので、俺も情けない声でしか答えられなかった。
あ、姉っていうのは、やはり違うのかも。
「あー!イチロー、恋人出来たってホントー?」
「はい。何故か」
「じゃあ、今日のライブは張り切るネー!オメデトー、イチロー!!」
「うあ、何か泣きそう」
純粋に祝うつもりでやる気を出してくれるイライザさんに俺の涙腺が緩む。
最近観た『パッチ・アダ○ス』ぐらいに泣いてしまうかもしれない。
……それはそうと、志麻さん肩がそろそろ痛いです。
「うおおおリア充め!」
「いだっ!?」
三人で盛り上がっていたら、きくりさんに背後から首筋に噛みつかれた。
蚊帳の外の気分だったのかもしれない。
抱き着くきくりさんをソファーに無理やり座らせ、俺は痛む首筋を擦った。
また奇襲を受けても怖いので、隣に座って視界の中に収めておく。
「く、油断も隙も無いな、酔っ払いめ」
「あたしを見捨てないでぇ」
「思いの外いつも以上に見苦しい……」
「ひぐ、あたしらって本気出せばリア充にぃ」
「……きくりさん綺麗ですし、本気出せば一人や二人出来るでしょ。多分、恐らく、きっと、もしかしたら」
断言出来ないのは、酔ってるからだけどね。
落ち込んでいたら慰めてくれる彼女がこんなにも消耗していたら、今も今までも迷惑を被ってきたのについ手を差し伸べてしまう。
リョウといい……郁人さんの言う通り、俺はダメ人間に縁があるようだ。
涙腺がもっと緩みそう。
「うあああ!し、心臓がうるさぃい!」
俺のフォローに対して、何故かきくりさんが叫び出す。
駄目だったか。
やはり、慣れない事はするもんじゃないな。
俺は立ち上がって、志麻さん達に一言かけてから控室を出た。
ライブ前なのに、畳みかけるストレス。
それにしても、どうして喜多さんやリョウ、虹夏がここにいたのだろう。
彼女達もライブに誘われた口か?
一緒に観て……いや、今日くらいは一人にしてくれ。
もう既にメンタルが疲労困憊状態だ。
それも直に『SICKHACK』のライブですべてが吹き飛ばされるけど。
「あ。……い、いっくん」
聞き慣れた声と、愛しい笑顔があった。
ライブ待たずしてストレスは何処かに消えた。
♪ ♪ ♪ ♪
「『結束バンド』がゲストで?」
ライブ開始四十分前のライブフロアで、俺とひとりは話していた。
ひとりによると、きくりさんにより『SICKHACK』ライブのゲストとして招かれ、今日は彼女たちと共に演奏をする事になっていたらしい。
リョウはそんな事を言っていなかった。
或いは、俺が『SICKHACK』のライブに行くと知っていたから敢えて黙秘していた可能性も否めない。意外に俺を誂ったりするのが好きな質なので、サプライズのつもりだったとも思える。
まあ、入口の出来事でもう何が来ても驚かないが。
でも、有り難いな。
今日は『SICKHACK』だけでなく、『SIDEROS』に加えて『結束バンド』の音楽まで聴けるのだ。
始まる前は散々だが、これは案外素晴らしいクリスマスプレゼントではないか?
「じゃあ、楽しみだな」
「あっ、あのね、いっくん」
「ん?」
「………り、リョウさんと付き合ってるって……」
「ああ。アイツから聞いたんだっけ……そうだよ」
「っ………」
……さっきからひとりが視線を合わせてくれない。
出会えた事で全てのストレスが解消されたが、こういう対応をされると死にそうだ。
「ひとり?」
「あっ……ご、ごめん」
「え?」
「い、いっくんは……今幸せ?」
「いや、どうだろうな?昔に比べたら幸せ、なのかな?幸せと一口に言えないくらいに複雑というか」
「り、リョウさんが好きなんじゃ……」
「酷い話だけど、まだ恋愛って物が全然分からなくて……」
本当に最低な話だ。
正直、ひとりに嫌われるレベルで酷い状況である。
リアクションによっては、この後に昔からいざという時の為にと目星を付けてある郊外の野山で実行するつもりだ。
俺は、恐るおそるひとりの様子を窺う。
すると……何故か、ライブで見せる『ギターヒーロー』の顔をしていた。
「い、いっくんが今一番幸せって思う瞬間って……何?」
「え?映画観てる時と、リョウのベース聴いてる時……あとはひとりと一緒にいる時?」
思い浮かんだ物を伝えていく。
ただ……最近は地味にリョウと触れ合っている時間もまた細やかながら幸福と言える時間になりつつあるのだが、まだ断言できる程では無いから口にはしない。
「……あ、あのね、いっくん」
「うん。どうした?」
「い、いっくんがそれで幸せなら……」
ひとりが俺の手を握った。
「わわわわ私とずっと――――」
「ぼっち。そろそろ準備」
ひとりが何かを伝えようとした瞬間、遮るようにリョウが現れた。
リョウ……ひとりは一言ずつでも他人との会話でかなりの精神力を消耗するから、あまり邪魔をしてやらないで欲しいんだが。
表情からしても、何か真剣な話だったようだし。
「ごめん。ひとり、何だって?」
「あっ……………や、やっぱり何でも無いです」
ひとりがそそくさと何処かへ走っていく。
たしかに『結束バンド』もライブ前なのに、俺の相手をするには時間が無かったのかもしれない。
手を振ってひとりを見送っていると、リョウに睨まれた。
「……何だよ」
「首」
「首?……………あっ」
俺はさっと首筋を手で隠す。
だが、時すでに遅し。
リョウがちろりと舌舐めずりした。
「後でね」
嫌だ。
ひとりの王手が決まると思っていた人〜!?
-
ふ、決まった……と思った。
-
まだ機は熟していない……と思った。