ひとりが八景に帰った翌日である。
「夏祭り、か」
店の壁にチラシが貼られていた。
昼上がりのバイト帰りにそれを見つけた。
夏の日差しの照り返しで見えず、腕で光を遮って再度見詰める。確認すると開催日はちょうど今週末にあるそうだ。
夏祭りか、懐かしい。
小学生の時に両親と一度行ったな。
それ以来、他の人と行った覚えは無い。気紛れに自分一人で向かう事もあったが、なぜか途中で家に戻ってしまうんだ。
俺はその場を離れて帰途につく。
どうせ今年も行く事は無い。
きっと、いつもと同じ夏が過ぎていくんだ。
四人組で歩くクラスメイトを見かけた。
男子一人と女子三人組……ハーレムかよ。
しかも、女子たちはたしか山田に関する勘違いで俺を攻撃した連中だ。
気まずいけど、挨拶するほどの仲じゃないし素通りして行こう。
正面を向かず、景色でも見ているように歩く。
「おっ、前田じゃん」
「ん、どうも」
話しかけられてしまった。
どうしようか。
「みんな遊んでるの?」
「これからカラオケ~。前田君は?」
「バイト終わり。これから帰るところ」
「そっか。……あー」
女子の一人が気まずそうに頭を掻く。
だろうね、叩こうとしたし。
「この前は、ごめんね」
「えっ、ああ、うん」
「いや、山田さんに聞いたらただの友だちだって言ってたから」
「あ、そう」
おい。
俺の言葉は信用しなかったのに、山田ならすんなり信じるのか。
つくづくアイツの人気が分からない。
あんな人間に熱を上げる人間自体が不思議だ。
……そういえば、アイツあの電話以来なにも連絡来ないな。
どうしたんだろう。
「えと、あんだけの事したしお詫びとか……」
「え?」
「だって、その、た……叩いて……」
「いいよ。謝ってくれたし」
正直、もう関わりたくないので良いです。
「あ!そうだ前田君」
「ん?」
「今週末は暇?」
「まあ、午後からは暇だな」
「良かったら、ここにいる五人で夏祭り行かない?」
「夏祭り……」
その単語に、驚くほど俺は無感動だった。
ちらりとさっきから一人だけ会話で置き去りにされている男子を見ると、顔を嫌そうに顰めていた。
ああ、そういう。
男一人で楽しみたいのだろう。
こうやって自分以外に興味を示してるのも面白くないのだな。
「俺は良いよ。バイト後でたぶん疲れてるから」
「そっか……」
「誘ってくれてありがと」
俺は手を振ってその場を離れた。
人の輪を乱してまで遊びたくはない。
それに、夏祭りなんて行っても楽しいとは思えないというのが今証明された。
心が全く動かなかったし、相手がどうとかではない。
何か荒んでるな、今の俺。
あと少しのストレスで限界に達してしまいそうだ。
帰ったら映画でも観よう。
そう思っていたら、スマホに着信が入った。
『今お金あるけど家行くね』
限界です。
♪ ♪ ♪ ♪
家に帰ると、靴があった。
明らかに俺の物じゃないお洒落な靴だ。
嫌に思いながらも居間へと向かう。
「……寛いでんな」
「ん、おかえり」
山田はソファーに腰掛け、映画を鑑賞している。
画面を見て、それが『フロッグ』だと分かった。
今は中盤、登場人物たちの異常性がじわじわと浮き彫りになり始める流れだ。
苦手そうなサスペンスホラー系の映画なのだが、山田は特に顔を背けたりもせず集中している。珍しい事もあるもんだと思い、キッチンへ行って手を洗う。
何だか、今日のアイツは少し違う。
どう違うか説明しろと言われても難しいくらいには些細で、でも明確な違和感を呈している。
気になるが、取り敢えず放置だ。
湯を沸かし、コーヒーを一杯淹れる。
抽出した一杯分をカップに注ぎ、熱い内に山田の前に置いて彼女の隣に座った。
…………あれ。
何で自然とアイツにコーヒーを供しているんだ?
山田は特に礼を言うことなく一口啜る。
それから、こちらに振り向いた。
「ごはんは?」
いらっ。
睨まなかった俺は偉いと思う。
たしかに丁度よく昼時ではあった。
「昼……もうインスタントラーメンで良いか」
「何でもいいよ」
「そうか」
「前田の手作りご飯なら」
「何でもよくないじゃん」
インスタントは嫌なのね。
呆れつつ、キッチンへと戻る。
とりあえず、パスタでも茹でる事にした。
チーズや卵、ベーコンなども用意して、作業を開始する。映画を観ている途中に横で音を立てるのは失礼だと思うが、マイペースな山田なら大丈夫だろう。
現に、こちらを気にした様子は無い。
そうこうしている内にカルボナーラが完成した。山田の前に出して自分も同じ物を食べる。
「これ、怖いね」
「苦手だろ」
「幽霊とか臓物の出るやつじゃなければ別に」
「ふうん。……幽霊、怖いんだな?」
そう言うと、山田は眉間に小さなシワを作る。
「一昨日の話だけど」
「ん?」
「駅で前田の背中に貼り付く女の人の霊を見た」
「ノンフィクションの怖い話やめろ」
俺の後ろに貼り付く霊だと?
そういう類を信じた事は無いけど怖くなってくる。
呪われてるんじゃないか、俺。
どうしよう、ひとりに乗り移ってたりしていたら大変だ。これから受験だから悪影響になる物なんてあの子に憑いて欲しくないのに。
「勘弁してくれよ」
「怖い?」
「普通にぞっとするだろ、何てこと言うんだよ」
カルボナーラを食べる山田の眉間からシワは消えない。
コイツ、さっきから何なんだ。
何が気に食わないのだろう。
こういう顔は、バンドの話をした時しか見せない。
俺からすれば別にどうでも良いが、それで八つ当たりされても困る。
「俺より山田に憑いてそうだけどな」
「何で?」
「趣味で廃墟巡りしてるんだろ。そういう所に蟠る物なんじゃないか、幽霊とか怨念って」
俺がそう言うと、山田がはっとする。
「じゃあ、私がいつも金欠なのも……!」
「紛れもなく自業自得だ」
「前田のご飯が美味しいのは……」
「俺の腕前」
勝手に責任転嫁するな。
オマエに金が無いのは使い方の荒さである。
俺の飯の味まで呪い扱いするな。
「美味しいなら何よりだっつーの」
「誰か泊めた時も作った?」
「え、ああ、そりゃ普段よりも力入れて作った。美味しいって笑う顔が見たかったからな」
「……………………………そうなんだ」
何だ、今の間は?
反応に違和感を覚えつつカルボナーラを完食した。
対する山田は美味しいという割に手は遅い。
味わっているのかもしれない。
「その人、前田にとってどんな人?」
「え、なに急に」
「…………」
「えー……と、守るべき存在?家族、みたいな」
「ごちそうさま」
山田がカルボナーラを平らげる。
「何か、怒ってる?」
「別に」
「あ、そう……」
食い気味に否定された。
やはり怒ってるな。
コーヒーを啜る山田から空になった皿を取り上げて流し場へ持っていく。
少しだけ空気が悪い。
普段ならそんな事も無いのに緊張する。
「今日は泊まる気なのか?」
「うん」
「その割には荷物少ない……あれ、ベースギターはどうしたんだよ」
「………………今は要らない」
「えっ」
要らない、って。
いつも肌見離さず持っていたのに?
俺の家でもよく暇になるとすぐ弾き始めていた彼女にしては珍しい。
いや、違う。
これは明らかな異変だ。
大切なベースギターを要らない、というのは意外とかではなく異常と称すべき事態だ。
でも、そうか……今日は無いのか。
「ちょっと残念だな」
「何で」
山田がこちらを向かずに尋ねてくる。
やはり怒っている。
そんな状態で言っても火に油を注ぐだけかもしれないが――。
「オマエの弾くベースの音、好きだし」
正直な感想を伝えた。
どうにでもなれ。
むしろ、逆上して家に帰っても嬉しい、かもしれない。
実のところ、コイツの音は聞いていて心地良かった。
最初は近所迷惑になるかもしれないからやめて欲しいとか思っていたが、惹きつけられる音にだんだんと耳を澄ましていた。
素人なので上手いとか下手の程度は分からない。
ただ、何となく気に入っていた。
「…………」
「…………」
お互いの間に長い沈黙が流れた。
気まずいけど、どうにか手元で皿を洗う事で気を紛らわせている。
ここまで無反応なのは初めてだ。
大抵は山田も言葉でなくても顔や態度で示す。
俺は固唾を呑んで、彼女の様子を見続けた。
「帰るね」
山田が立ち上がった。
あ、やっぱり怒りを助長しただけだったか。
彼女はそそくさと家を出ていった。
……荷物も持たずに。
俺はその後、鍵を閉めて一人になった居間で寛ぐ。
あー、居心地悪いな。
これはきっと、しばらく家に来ないタイプだ。
本来なら嬉しいんだが、こんな風に別れると後味が悪いというか……いや覚悟の上でやった事なんだからウジウジと言ってはいられない。
アイツが再生したままの映画もエンドロールに入っていた。
それを聞きながら、一眠りする事にした。
「ただいま」
「早っ!?」
家の扉が開け放たれる。
そこには――ギターケースを背負った山田がいた。
え、要らないのではなかったのですか?
再び戻ってきた彼女は、手を洗うとすぐにベースギターを取り出して俺の隣に腰掛けた。
そして、心做しか目が輝いているように思える。
「聴かせよう、前田の好きな音を」
あ、はい。
夜になって、ふと気付いた。
今日は焼き鯖の大根おろし添え、千切り大根の煮物、味噌汁と炊いた白米を提供した。
あれから、山田は上機嫌だ。
「〜♪」
さっきから何かを口ずさんでいる。
音楽はあまり聴かないけど、最近のヒット曲くらいなら知っている。その俺が分からないという事は、アイツのバンドの曲なのだろう。
また不機嫌になられても面倒なので何も言わない。
「前田」
「何だ」
「私は気分が良いので、今日はベッドを譲る」
「最初から俺のだけどな」
俺のベッドなのに。
俺のベッドなのに。
俺のベッドなのに!
「良いよ、別に」
「何で」
「今日は色々あったんだろ。遠慮してないでいつも通りにしてろ、調子狂わされても余計に困るし」
「分かった」
これ以上、家の中を居心地悪くされても嫌だ。
背に腹は代えられない。
ならば、いつも通り過ごしてもらう方が被害――主にストレスも最小限で済む。優れた順応性は人間が絶滅を免れた一因と言っても過言ではない。
「前田」
「ん?」
「今週末に夏祭りがあるらしい」
「ああ。そうらしいな」
「前田は行かないの?」
……またその質問か。
山田は知らないけど、それで昼に気分を悪くさせられたんだ。
山田に罪は無い、落ち着け。
それにしても、この流れは誘われるやつだ。
意外だな、山田がそんな事をするなんて。
でも、誰だろうと嫌だ。
「行かない。興味無いしな」
「良かった」
「…………ん?」
予想を裏切る答えに思わず山田を二度見する。
「山田は、行かないのか?」
「うん」
「え、でも買い食いとかオマエしたいんじゃ……」
「それまでお金あるか分からないし」
「自制しろよ」
行かない理由が低次元すぎる。
生活費諸々に取られる社会人などならば納得するが、山田の場合は単なる興味への過度な追求であるため純然たる自業自得なのだ。
……てっきり誘われるかと。
「それに、祭りより前田の方が面白い」
少しだけ微笑んで山田がそう言った。
そう、なんだ?
喜んで良いのだろうか、捉え方によっては失礼な事を言われた気がしないでもない。
でも、まあ……誘われたワケじゃないなら良いか。
「俺が行くって言ったら?」
「前田の家で一人過ごしてた」
「そこは自分の家にしろよ」
コイツもああいうイベントは苦手なのか?
曲作りのインスピレーションがどうとか言って行きそうなのに。
「それに前田は虹夏に誘われないと行かないと思うし」
「伊地知さんに誘われる……?」
「うん」
「……浴衣で来るかな?」
「多分」
「………い、行きた……ないっ……!!」
危ない、意思がブレるところだった。
「結局また二人か」
「週末はバンドマンのお手本こと私が前田が楽しめるように工夫する」
「もう胡散臭い」
「私の持ち前の曲を披露する。……バンドが好きだった時の」
今、何か引っかかる言い方だった気がした。
だが、山田が気分良いみたいなので流しておこう。
俺はまだ彼女のそういう部分について何も知らないし、踏み込むほど深い関係じゃない。
これぐらいで、丁度いい。
「だから週末は豪勢なご飯をよろしく」
出てけ。
キミにきめた!(註:特にストーリーに反映はしません。アンケートを使った遊びです。)
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