内容がIQ低めで甘々だったので。
高校一年の一月頃。
昼休みに私――山田リョウは教室の窓辺の席でやる事も無く、イヤホンを耳に突っ込んで音楽を聴きながら腕枕に突っ伏していた。
虹夏も提出物があるらしくて今はいない。
暇過ぎて、このまま眠ってしまいそうだ。
でも、残念な事に昨晩は一郎の家で早寝したのもあって眠気はあまり無い。珍しく居眠りもしていない私に先生がやけに驚いていたのは心外だ。
……そうだ、一郎だ。
私はスマホを取り出す。
ロインの一郎のトーク欄を開き、適当なスタンプを一つ送信する。
きっと、一郎も暇に違いない。
自他共に認める孤独キャラである彼は、友だちがいない事をいつも嘆いていた。
今も寂しく机に独りだろう。
私のスタンプにも即座に反応……反応……反………き、きた!
ようやく既読表示が付いて、私は安堵する。
『何か用か?』
『暇だっただけ』
『虹夏はどうしたんだよ』
『いないから一郎にロインしたんだけど』
『今課題やってる。俺は暇じゃないから他を当たれ』
何だと。
私と課題、どちらが大事なのだろう。
それは家でも出来る事じゃないか。
『課題は家でやれば良い』
『バイトあるから帰宅後の負担を減らしたいんだよ』
『私の相手をする方が優先順位が高いはず』
『オマエの相手もほぼ家でできるよな?』
私の相手も家で出来る……。
そのメッセージに、我知らず口元が緩んだ。
今日は行く予定も無かったけど、課題を優先したいのなら仕方無い。今暇潰し相手にならないなら埋め合せとして、今晩の相手をして貰えばいいか。
私は最後に『じゃあ、また夜に』と返してスマホをしまう。
さて、また暇になってしまった。
どうしようかと考えていると、ひそひそと近くで話す女子の声を耳が拾った。
「今の山田さんの表情」
「噂はホントだったんだ」
「あのクラスの前田君と付き合ってるんだって絶対。あのロインしてる時の顔!」
「多分デートの約束したんだよ」
女子は本当に噂話が好きだな。
一郎と私が交際関係になった瞬間など存在しない。
むしろ、お互いに深い関係になるのが煩わしいとさえ思っている時期だ。デートっていうけど、一緒に外出した事だってあまり――
「デートって言えば」
「前田君の家によく行くらしいよ」
「えっ。家デート!?」
家デート……。
なるほど、そんな見方もあるのか。
やっている事は、一緒にご飯を食べたり、映画を観たり、私のベースを聴かせてあげたりしているだけ。
これといって特別な事は何一つしていない。
友だちでもする範疇だ。
恋人同士でする家デートと言えば…………駄目だ、普通に恋人云々に興味が無くて知識も足りないから私の想像力じゃ限界だ。
恋人って、何するんだろう。
少しスマホで検索してみよう。
キーワードは、『恋人 家デート やる事』だ。
えっと…………ああ、少し口にするのに勇気の要るあの行為もあるのか。親しい女子と男子がプライベートな空間で二人きりになれば、自然とそういう雰囲気になる、と。
他には、女子の無防備な姿に男子が興奮し………?
あれ………?
「あっ、見て。山田さんの顔が険しいわ」
「もしかして、デートが白紙になったんじゃない?」
妙だな。
無防備という自覚は無いけど、たしかに一郎には警戒心と呼べる物を抱かず自由に過ごしていた。
検索結果のサイトで見た『無防備』は、やや肌の露出が多かったり、下着がチラ見したり、接触が多かったり………らしい。
それで男子側が意識する、とか。
思い返すと、私は普段からそうしている気がする。
一郎を誘惑したい意図は皆無だが、されている側の一郎は特に狼狽えたりするリアクションはしていない。
私はサイトを下へとスクロールしていく内に、『問題点』なる見出を見つける。
その記事を見るに、男子側が無反応な場合という部分について言及する文章があった。
なになに……『魅力を感じられていない』だと?
「か、固まったわ」
「浮気の可能性が浮上したんじゃない?」
「前田君ってそんな二股もできるくらいモテる人だったっけ」
「でも、あの反応は尋常じゃないわ」
「た、たしかに」
………み、魅力か。
別に一郎にそう見られたいワケではない。
普段通りの私なら一郎は、いつもの如く呆れて受け流す態度を取る。苛々しつつも冷静に対処し、私を淡々ともてなす。
そうか、魅力か。
私の中で悪戯心が鎌首を擡げる。
それは、私を見て顔を赤くしながら狼狽える一郎の姿だ。寝泊まりするようになったばかりの時は、私の下着を見て赤くなるんじゃなくて顔面蒼白で悲鳴を上げていた事はあったっけ。
あんな反応じゃない。
「………でも、何すれば良いんだ?」
一郎を赤面させる、とは。
具体的な案が何一つ思い浮かばない。
これが音楽ならば集中して考えられるのだろうが、一郎という慣れ親しんではいるが、あまり深く踏み込んで開拓していない未知の分野については私の想像力も働かなかった。
仕方無い。
ここもまたネットの力に頼るか。
キーワードは……『彼氏 意識させるテク』で検索だ。
さて、検索結果は………。
「………これだ」
私の前に、一郎攻略の活路が開かれた。
♪ ♪ ♪ ♪
バイトを終えた夜だった。
俺――前田一郎は、玄関扉を開けて家に入る。
すると、そこでは何故か仁王立ちで山田リョウが待ち構えていた。
「ん。おかえり」
「やっぱり居るのかよ……」
昼休憩時のロインで悪い予感はしていたが、暇なコイツを放置して課題に取り組んでいたら、今日は来ない筈なのに相手をしろと言われてしまった。
まさかと思っていたら、案の定居る。
ああ、今晩も山田夫妻に連絡しなきゃいけないのか。
「飯は少し待ってくれ」
「…………」
「……?何だよ」
「一郎、私を見て何か気付かない?」
「…………?…………??」
山田に言われて、俺は彼女を観察する。
そう言えば、今日は俺のシャツを勝手に借りているワケでもなく、モコモコとした物で身を包んでいる。
可愛らしい物だが、普段の山田からは想像できない装いだ。……普通に新品っぽいし。
「パジャマ?持参したのか」
「うん」
「へー、珍しいな」
「……それだけ?」
「は?何だよ、そのパジャマもしかして裏に暗器でも仕込んであるとか?」
「何かそういう映画観たの?」
「久々に『L○ON』をレンタルショップで見かけてな。明日バイト休みだし、帰りに寄って借りてこようかなって」
俺の返答に――何故か山田は顔を顰めた。
何が不満なのかさっぱり分からない。
取り敢えず、その表情がイラッとするので無視して靴を脱ぎ、隣を過ぎて自室へと向かう。荷物を手早く下ろし、洗面台で手を洗って洗濯物を処理する。
その作業中も、ずっと山田は傍にいた。
しかも、異様に肩を寄せてくる。
…………?
今日は一体どうしたんだ?
「……何かあったのか?」
「別に。……『ギャップ作戦』は失敗か」
「…………???」
そそくさと山田は離れていく。
よく分からないが、彼女の中で何かの目的が達成されたらしく、それ以降は接近して来る様子が無い。
バイト後なのに、コイツの不審な動きで一々気を揉むのも癪なので、俺も無視して風呂へと直行した。
「へい、今日のご飯」
「おお」
俺は白米と豚バラ大根炒め、青梗菜と油揚の煮浸しにじゃが芋と玉葱のケチャップ炒めを食卓に並べる。
待ち侘びていた食事に、山田も目を輝かせていた。
コイツ、虹夏から貰った物を早弁した所為で午後はずっと何も食べておらず、ひたすら腹が減ったというロインをずっと送ってきていた。……ウザくて通知オフにしたけど。
俺も席について、箸を手に取る。
まずは豚バラ大根炒めから……。
「うん、美味い」
「……」
「美味しい。一郎のご飯が一番」
「…………」
「これが食べられる私は幸せ」
「……………………」
「一郎のご飯好き」
「…………………………………………」
何だ、コイツ。
今日はやけにうるさいな。
いつもは味の感想も言わず、黙って食べているのに。普段から作り甲斐の無いヤツではあるが、逆に口を開くとどれも予想以上に軽く聞こえて有り難みが無い。
これ、味の感想じゃなくて俺を煽てて何かを企んでいるのではないだろうか。
俺が山田を睨んでいると、山田はふむと頷く。
「『褒め殺し作戦』も駄目……か」
「何て?殺すって?」
「別に」
「どうした?帰って来てからずっと異常だぞ、オマエ」
「ふっ」
「褒めてないから」
山田は箸を椀の上に置く。
ため息をついて、何やら疲れたように肩を落とした。
「一郎」
「どうした」
「一郎ってさ、私にドキってした事ある?」
「え、無くはないけど」
俺の返答に、ぱっと山田が目を輝かせる。
え、マジで何なんだろう。
不覚にも山田にときめいた事は、この家で彼女の世話をするようになって幾度かあった。見た目だけは美しい少女だし、俺に無抵抗で体を預けて来た時は本気で心配するくらいだった。
まあ、今では慣れてしまって天文学的な数字の確率でしか、そんな場面は無いワケだが。
でも、何故それが気になるんだ?
「そんな事を聞いてどうする?」
「別に。もう満足した」
「はあ……?」
…………。
もしかして、コイツも意外と女子なのか(失礼)。
一年近く俺とプライベート空間で過ごし、普通にクラスメイトとして過ごしていたら見せないような互いの姿を見せ合っているのに、全く意識されない事で少し自分の魅力について考えだした……とか?
いや、山田はそこまで繊細な人間ではないよな。
ならば逆に、どうなんだろう。
「山田」
「なに?」
「オマエは、俺にドキッとした事ある?」
「無いけど」
「それはそれで腹立つな」
逆に俺には異性として意識する魅力も無いと!?
別に男として意識されたいと思った事は微塵も無いが、山田のリアクションに無いようで実は己の中にあった男のプライドに傷が付く。
……いや、俺みたいな価値のない人間にそもそも男として意識されるだけの魅力があるのか?
山田だけ満足しているこの状況が腹立たしい。
だが、その怒りはお門違いかもしれない。
俺には、男として意識されるとかそんな資格そのものなんて無くて………。
「ふっ」
いや、駄目だ。
この腹立つ状態の寄生虫を野放しにしては心の健康に悪い。
こうなったら、今晩山田に少しでも俺が男であると意識させてやる。俺程度の人間を意識してしまうダメ人間であるとヤツに自覚させて敗北感を与えてやろう。
その後の事なぞ知らん。
相手をドキッとさせる方法か。
何か無いか……。
……よし、こうなったらあの手でいくか…………ネット検索!!
そして、検索にヒットしたサイトからめぼしい物をチョイスする。
よし、まず一つ目。
「山田」
「ん?」
俺は山田を見据えて。
「俺の飯を楽しみにしてくれる山田見るの、結構好きなんだよな」
果たして――言った瞬間、山田は箸を机の上に落とした。
暫く目を見開いて俺を見ていた後、再び箸を手に取ると黙って食事を再開する。
あ、あれ……手応えが無い?
ならば、次だ。
「山田、言い忘れてたけどその寝間着、可愛いと思う」
「…………ご馳走さま」
山田は完食するや机から離れてテレビの前に移動した。
電源を付けて、バラエティー番組を観始める。
んんんん、これも駄目か。
俺も皿の上を全て平らげて、山田の分も片付ける。
食器を洗いながら、山田攻略について考えた。
一つ、『相手の特徴に好き、という言葉を強調して伝える』……失敗。
二つ、『いつもと違う相手の部分を甘い言葉で褒める』……失敗。
ネットで調べた手段はこれだけだ。
他の物は、手を繋ぐだとか抱き締めるだとか、突然されたら俺でも鳥肌立つような物ばかりなので不採用にしている。
だが、躊躇わずそこまでやった方が良いのか?
思えば、いつも過激な事されてるしな……爪立てられたり、急接近されたり。受け身な俺が逆に能動的になる場合も考慮の余地がある、かも。
…………いや、もういいや。
逆に、ここまで山田に必死になっている方がアイツにとっては笑いの種にしかならなさそうだ。
山田相手に躍起になってはならない。
そうだ、いつもように受け流せば良い。
やれやれ、何を必死になっていたんだか。
冷静になって思い直すと、もうそんな体力が残っていない事にも気づく。
今日は、残りの課題をやって……後は明日レンタルショップで借りる物をリストアップしたら、もう寝ることにしようかな。
「山田」
「っ、な、何」
「洗い物終わって、歯磨いたら俺は課題やるけど。タイミング良いからオマエのやつも見てやろうか?」
「い、いい。自分で、やる」
「はあ……」
絶対に後回しにして虹夏の物を見せて貰うつもりだろう。
まあ、本人が気分じゃないなら無理強いしても仕方無い。
第一、体力的に人の面倒見てる場合ではなかった。
ああ、疲れた……ホント、マジで。
一郎が居間を離れて一人になった後、私は抱いていたクッションに顔を埋めた。
「………顔熱い」
定期アンケート : 今のところヒロインレーストップは誰だ?3
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山田リョウ
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伊地知虹夏
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後藤ひとり
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喜多郁代
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ジミヘン
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伊地知星歌
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大槻ヨヨコ
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清水イライザ
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ゼットン星人