皆さん、七月は何が楽しみですか?
暑くなるとホラー映画が欲しくなります、何故か。
ところで、アンケート……どうしたんですか??
皆さん、喧嘩は駄目ですよ?こういう場合は偏りが仲良しの証なのに。
私――伊地知虹夏は、何度も教室を見回した。
「一郎くん、いない」
それでも探した顔は見当たらない。
先生からも特に連絡は無いから、体調不良でも無いのかな。ホームルームが終わってから、私は早速一郎くんにロインで連絡してみるも返信は無かった。
私を無視している……ワケではないよね。
一応、確認としてリョウにも訊いてみよう。
「リョウ。一郎くんがいないんだけど」
「みたいだね」
「リョウは何か知らない?」
「如何に恋人とて一郎のすべてを知ってるワケじゃない」
「今そういう冗談いいから」
「いや冗談では」
「そっか。リョウも知らないのかぁ」
やっぱり、寝坊かな。
一郎くんはよく疲れてるし、その所為かも。
いつも頑張ってるし、リョウの事なんかで気苦労も多いから、つい今日は起きれなかったのかもしれない。そう思うと、何だか寝坊くらいは許してあげたくなる。
でも、万が一に体調不良だったら……。
そういえば、雨に降られて濡れたから風邪を引いたっていうのも有り得るのかな。
あの時は、凄く嬉しかったなぁ。
わざわざ、私の為にコートまで被せてくれて……照れ臭いからって、バンドの為なんて言わず私の為だって素直に言ってくれたら良いのに。
もし、あれが本音だったら傷付くけど。
こういう事をされるからキープでは我慢が出来なくなる。
風邪……だったら看病が必要だよね。
純粋に心配だし、私の所為の場合もある。
この前の感謝もしたいし、後はこういう献身もポイントに繋がるのかな。
何だか自分が狡猾な生き物に思えてきて自責の念が生まれる。
で、でもっ、こういう狡賢さが無いとバンドを有名にするなんて夢のまた夢かもしれないし。私がリーダーなんだから……って、バンド関係無いか。
「よし、様子を見に行こう」
「虹夏?」
「ううん、何でも無い」
私は誤魔化しながら、お姉ちゃんに一郎くんが風邪かもしれないから看病でバイトに遅れる可能性があると連絡を入れる。
まあ、後で遅刻として登校して来たら私の杞憂になるんだけどね。
これで放課後まで彼が来なかったら家を訪ねよう。
寝坊では有り得な……まさか、体調不良でも無くて単純にサボタージュな可能性が無きにしも非ず!?
一郎くんがグレるなんて錚々無いとは思うけど。
ま、益々彼の状態を確認しないといけない。
「私がちゃんと見てないと」
「さっきから虹夏、独り言多いね」
「そ、そうかな?」
「変な物でも食べた?」
「リョウじゃないんだから、そんな事ないよ」
この前も草食べてお腹壊してたのに。
「この前のは舌が肥えないようにしただけ」
「何で?」
「今の私は、ほとんど一郎のご飯で出来ている。美味しい物も常に食べていたら有り難みが分からなくなるから、時に危険を冒してでも味覚を調整すべき」
「意識改革の仕方が間違ってる!」
危機感を持つなら別の方向にして欲しい。
男の子の家に一人で行くとか、他にもお金の使い方、非常時で意外と冷静さを無くす部分とか、割と特殊な方面の女子に人気が高いところとか。
全く、私や一郎くんがいなければ大変だったよ。
特に、去年から思う所はある。
一郎くんの家で、彼のシャツ一枚で過ごしているのを見た時は意識が飛びかけたくらいだ。その格好で胡座だって掻くし、太腿が一郎くんに密着してる時なんてハラハラしたもん。
……相手は慣れた風で無反応なのも可怪しい気がするけどさ。
で、でも一郎くんも男の子だよ?
付き合ってるなんて噂立てて、満更でもない一郎くんもそれに加担してるから、もし少し雰囲気が出来上がったらアンナコトに……。
「リョウは危機感持ちなよ」
「説教ならいつか聞くから」
「今聞け」
「……説教臭いところ、一郎と似てるね」
「一郎くんって怒ると何て言うの?」
「オマエのベースで俺が自殺して楽器トラウマにしてやるからな、とか」
「重ッッッ!!?」
「この前、一郎が映画観てる横で本気の演奏したらやられそうになったけど」
い、陰険にも程がある……!
リョウも人の事言えない所業してるけど、一郎くんも優しそうな顔して案外そんな発想が生まれる人だったんだね。わ、私の事もキープ扱いするくらいだし、ありうるのか……!
「でも、一郎くんってちゃんと怒るんだね」
「何で?」
「私にはそんな事無かったし」
「虹夏が悪い事してないからでしょ。私はしてないけど怒られる、何故か」
「当然でしょ」
「解せぬ」
「怒って当然だよ。私だったらもうお仕置きしてるよ」
「虹夏バイオレンス」
「怖い造語作んな!!」
私は暴力的じゃありません!
ちょっとバンド内では随一の筋力があるとはいえ不当である。
全く、こんなだから一郎くんに怒られるんだよ。
でも、この図々しさがあるから彼の家に入り浸ったり出来るのか。
「一郎もお仕置きとかするよ」
「え、するんだ?」
「うん。この前とかはお風呂上がりにさ、着替えが面倒臭くて私が一郎のシャツ一枚で済ましてたんだけど」
「リョウ……」
「そしたら、一郎が顔に青筋立てながら『次に薄着で俺の前を歩いたらタダじゃ済まさないから覚悟しろよ』とか言っ………」
「リョウ?」
言っている途中でリョウが固まった。
不審に思って私が名前を呼ぶと、びくりと体が跳ねるや急に袖で顔を隠した。何事かと思って私が色んな方向から覗き込むと、ちらりとだけど頬や耳が真っ赤になっているのが分かった。
真っ赤なリョウなんて珍しい。
一体、何されたんだろう。
「リョウ?何されたの?」
「い、いや、別に」
「………」
何……その……乙女な顔……は……?
「あ、あー。他には私が寝てる一郎の布団に入った時は急に………」
「また固まった!?何!?何なの!?」
「ち、違う。えと、そ、そう!一郎が隣のクラスの女子と話してる写真見せて浮気だって誂ったら、手足縛られてスプラッター映画二本流し見させられた!」
固まったケースと言い切ったケースの違いとか乙女顔する理由が何なのか不明だけど、意外に一郎くんもリョウに対して何かする事ってあるんだ。
それ以上は何も言わず、リョウが机に突っ伏した。
精神的に限界だったのかな。
そんなに思い出すとかなり辛い事だったんだ……。
…………良いなぁ。
私もそんな風に、一郎くんと遊んでみたい。
友達みたいに、ううん、もっと深い関係がやるみたいに。
躊躇わないって誓ったんだから、私も大胆にやらなきゃいけない。
告白してるし、気持ちは伝わってるから臆しても意味がない。変に突き詰めないからキープ宣言されたり、『箱』も持って行ったのに回避されるんだ。
私も頑張らないと。
「リョウ、私も頑張るね!」
「ぐぅ」
寝てただけかい!!
放課後、私は一郎くんのマンションの前にいた。
何度か出入りしてるから、オートロックの暗証番号は把握してるし、部屋まで直行できる。
ここへ足を運ぶのは何度目だろう。
来る度に苦い思い出を刻まれているから、回数なんて分からない。
階段を上がり、目的の扉の前に着いたのでインターホンを押した。
一応、家に来る前もロインで連絡を入れたけど既読は付いていない。
留守という場合もあるから、何度か試して出なかったら大人しく帰ろう。……こういう事ならリョウに鍵でも借りれば良かったかな。
でも、借りるって言ったら付いてきそうだし……。
「!あ」
扉が開いて、一郎くんが現れた。
真っ先に目に入ったのは、良くない顔色と虚ろな瞳。
かなり疲弊しているのが分かって、やや壁に凭れるような姿勢から立つのも少し辛いのだろう。
………良かった、助けが必要みたい。
一郎くんの苦しんだ様子に、私の中で仄暗い感情が宿って口角が上がってしまう。
きっと、この様子だと誰も来ていない。
私が最初に、最初に、最初に助けに来たんだ。
心配して来て良かった。
「……大丈夫?」
一言だけ声をかけてみる。
ほら、私だよ。
来たよ。
そんな念を込めた眼差しと、彼の視線が交わる。
「ひとり?」
私を見て、口にされた名前。
一瞬、一人だけか――という意味かもと思ったけど、声に含まれた安堵の深さから明らかにそうではないと確信した。
同時に、私の全身から歓喜の熱が引いていく。
「え……」
ウソ、だよね。
私の事、ぼっちちゃんと誤解してる?
なら、すぐに解かないと。
そう思ってるのに、ショックで口が動かなかった。
胸に言い表せない痛みが走って、涙が出そうになる。怒りたいのか泣きたいのか分からない、感情がぐちゃぐちゃになっている。
そんな私に構わず、一郎くんが抱きついてきた。
「そっか……オマエっていつも、俺が弱った時に助けてくれるよな……」
違う。
違う。
違うよ。
ぼっちちゃんじゃない、私だよ。
私が、助けに来たんだよ。
増していく痛みに反して、彼に触れた部分から少しずつ体温が戻ってくる。
すると、固まっていた体も不思議と動くようになっていた。
「か、看病に来たよ」
「すまん……助かる……」
至近距離で声がする。
彼は、まだ私をぼっちちゃんと思っている。
今までだって散々だったけど……これは酷いよ。
何で私ばっかり、こんな辛い目に遭わなきゃいけないの?
一郎くんに振り回されてばかりで、嫌だよ。
「うん、じゃあ……まず中に入ろっか。――――一郎くん」
許さない。
認めさせてやる。
一郎くんを助けに来たのが―――私だけだって。
追い詰めて、追い詰めて……そうすれば、きっと。
♪ ♪ ♪ ♪
ベッドに戻った俺――前田一郎は、看病に来た人物によってトレイに載せられたうどんを差し出された。
香ばしい匂いに僅かながら食欲が蘇る。
辛い時に誰かが傍にいてくれる有り難みを痛感している現在だが、それ以上の動揺にも襲われていた。
「自分で食べられる?」
それは看病人こと――伊地知虹夏の存在にである。
あ、あれー?
玄関で迎えた時は、ひとりだった筈だ。
歓喜のあまり抱き着き、彼女の名を口にして感謝していたんだが………ベッドに戻って、ひとりが「食べられる物作るね」と言い始めた辺りから違和感を覚えた。
ん、ひとりっていつの間に料理修得したの?
そんな疑念も風邪の辛さで大きく膨らむ事は無く、大人しくベッドで待機する事何分か……戻って来たら、何とひとりが虹夏になっているではないか。
…………や、やらかした?
もしかして、ひとりと虹夏を勘違いした?
いや、もしかしてじゃなくて確実に間違えた。
気まずい事この上ない事態である。
虹夏もソレに対してスルー、責めてるどころか訂正する素振りすら無く、不気味で穏やかで親切な応対だけが継続している。
これは、俺が虹夏と呼ぶのを待っている……?
何だ、この高度な拷問は……!
自業自得であり、俺自身が作り出した刑罰みたいな物なのだが、さっきから怖くて仕方ない。
な、情けないけど……だ、誰でも良い!この際、憎き山田でも良い!助けてくれ、誰か!!
「た、食べられるよ」
「うん。じゃあ、ゆっくりね」
うどんを震える手で受け取る。
彼女にじぃっと見守られながら一口目。
く、美味くて現状を忘れそうだ……このまま口走って「美味しいよ虹夏」って言うのがベストなのか、それとも謝罪を挟んでから感謝をすべきなのか。
出来れば、前者でいきたい。
な、何事も無かったように俺も虹夏同様スルーして……いや極大の失礼だよな、それは。
リョウと交際しているという事を認めて貰い、きっぱりとあの時の告白にお断りの返事を入れて悶々とした関係に終止符を打ちたいのに……今後さらに彼女に頭が上がらなくなって拗れてしまう可能性がある。
ここは、素直に謝った方が被害も最小限で済む。
仮にスルーしようとして失敗したら、謝罪よりも確実にダメージは大きくなる。
余計に立場を貶める事になるだろう。
あと、星歌さんに殺される。
「お、美味しいよ」
「良かった」
「ご、ごめん……玄関で会った時は朦朧としてて、ひ、ひとりと間違えたみたいだ」
「………うん」
「に、虹夏が来てくれて助かったよ。誰にも連絡して無くて、あのまま一人だったらアウトだったかも。本当にありがとう」
素直に謝ってみた…………けど、どうだ?
虹夏の様子を窺うと、彼女は苦笑していた。
「最初、間違えられて凄く辛かったんだよ?」
「は、はい」
「風邪だから仕方ないと思ってたけどね」
「…………」
「私、一郎くんが辛いなら助けに行くから。去年から、家の事とか困ってるところ沢山見てたから助けたくて」
「あ、ありがとう」
「うん。一郎くんが辛かったら一番に駆け付けたいんだよ」
「は、はい」
ゆ、許してくれる……流れに見えない。
何だか空気が重くなっていく。
「だから、遠ざけないでね」
「と、遠ざけたりはしてないぞ」
「だって、嘘ついて」
「だ、だから嘘じゃ」
虹夏が少しずつベッドへと身を乗り出して来る。
俺が怖くて後退する分だけ接近する、何度も体験しているが慣れる事なんて無い。
声が震え始めて、必死に嘘ではないと訴えかけようとした時―――。
「え?」
「え?」
インターホンが鳴った。
「……私、出てくるね」
「あ、うん。ありがとう」
「…………」
虹夏が部屋から出たのを見送る。
ど、どうやら救われたようだ……いや先延ばしになっただけで何一つ解決はしていないんだけれども。
深呼吸して、体の緊張を解す。
それにしても、一体誰が来たんだろうか。
訪ねて来た経緯は聞いていないが、おそらく虹夏は学校に来ていない事を疑問に思ってだろうから、クラスメイトという同じような立場で疑問を持ちそうなリョウかな。
アイツが……看病……?
す、するだろうか。
少しだけ気になって、俺はベッドを下りて部屋から出た。
廊下に出ると、すぐ玄関扉が見える。
そこには、呆然と立ち尽くしている虹夏と――――玄関扉を背にし、レジ袋を胸に抱えて不安そうに視線を右往左往させているひとりがいた。
み、見間違いじゃなくて本物のひとり、だよな?
どうして、ここに。
「ひ、ひとり?何でここに?」
「えっ、あ、いっくんから辛いってだけ連絡来て……だ、だから、様子を見に……」
「連絡??」
「あ、朝いっくんがロインで」
「――――」
ま、まさか無意識か?
自分でした事を覚えていないんだが、過去の経験から辛い時はひとりを思い出すあまり彼女に助けを求めていたというのか。
自分の行動に驚いて言葉が出ない。
いや、それよりも気を遣わせた事が申し訳ない。
ひとりからすれば確実に善意だろうが、他の人間だったら辛いと言われて無視したら後々関係が悪化しそうだから見捨てづらい連絡だ……送った相手がひとりで良かったと心底思う。
胸を撫で下ろす俺だったが、ふとひとりとは別の視線を感じて背筋が凍る。
「嘘つき」
虹夏がこちらを睨んでいた。
「誰にも連絡してないって」
「え?い、いや無意識で俺も覚えてな」
「もう、一郎くんの何を信じれば良いか分かんないよ」
虹夏の耳に俺の言葉が届かない。
だ、駄目だ、また変な方向に奔っている。
ひとりは状況が分からなくて困惑しているが、虹夏の危うさだけは感じているらしく声をかけているが、それすらも聞こえていないようだった。
す、すまない。
ひとりをこんな事に巻き込んでしまって……。
「もう一郎くん信じられないよ」
「え……」
「でもね。挽回の余地はあるよ?」
虹夏がこちらへ歩み寄って来る。
風邪もあって頭があまり回っていない自覚はあるが、許される機会があるのなら、これを逃してはいけない。
「な、何?何をすれば……」
「『箱』」
「っ!?」
「誠意を見せて、今度こそ。……元気になったら、また家でね」
「そ、れは」
「……薬とかは居間に置いてるから。ぼっちちゃんも要るみたいだし、お大事にね」
虹夏は笑顔で俺の横を通り過ぎて、てきぱきと荷物を片付けるとひとりに挨拶しながら家を出ていった。
見送る俺とひとりの気まずい沈黙だけが流れる。
「い、いっくん……私が来た所為でまさか虹夏ちゃんと喧嘩……」
「いや、断じてひとりの所為じゃない。これは百人に聞いても百人がそう答える」
「ほ、ホントに?」
「むしろ、ひとりが悪かったら俺が代わりに罪を被るから」
「だ、駄目だよ。いっくん……今辛いんだから、わ、私が頑張るよ」
うぐっ。
何処までいい子なんだ、この子は……。
「ありがとう、ひとり」
「わ、私も何かするよ」
「……その袋、何か買ってきてくれたのか?」
「う、うん。チョコレートとか、後はお母さんが私から抽出した?栄養ドリンクとか入ってるよ」
「そっか、助かる」
チョコレートと万能薬等……か。
きっと、美智代さんが知恵を貸してくれたんだな。
やはり、俺は彼女らに……ひとりというヒーローに救けられている。
こんなに心配して、看病までしてくれるのだから、しっかり元気にならないとな。
元気になって……………元気になったら虹夏……。
「…………ずっと風邪でいいかも」
「ええっ!!?」
もう元気になりたくない。
ヒーローを要請しますか?
-
至急!!直ちに!!お願いします!!
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まあ、落ち着け……様子を見よう。
-
ヒーローって誰だ……?