めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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 映画『怪物』と『忌怪島』……超観てェ……。





好きになってごめんなさい

 

 

 

 

 

 二月。

 

 春休みは、必ずキャンプに行く。

 その決意で、俺は雑誌を読み漁っていた。

 クラスメイトの前園さんから勧められた物で、最初からソロはハードルが高いから、二人で行こうと提案されたが、これを固辞した。

 曲がりなりにも恋人がいる。

 それに前園さんとのロインを見たアイツから。

 

『一郎って、そういう女が何人いるの?』

 

 と、大変不名誉な言葉を頂いだ。

 何とも嘆かわしい。

 これだけで浮気を疑われるなら何も出来ないぞ。

 まあ、気を悪くさせるのもアレなので前園さんの誘いを断ったのはこの為だ。

 恋人優先。

 しかし、だからといって山田リョウは誘えない。

 二人で行く相手がアイツだと圧倒的に不安がある。

 理由としては簡単だ。

 アイツは始終何もしない。

 俺だけがせっせと準備に追われ、いつも通りになってキャンプならではの醍醐味とやらが果たして真っ当に味わえるか疑わしい。

 リョウの世話で時間が全消費される。

 ならば、ヤツは論外だ。

 

 第一、春休みは例年通り両親もいる。

 

 人の相手がキツいから、せめて今年の春休みだけでも一人気ままで自由に過ごしたい。

 勿論、勉強は頑張りますから。

 浮気及び浮気疑惑に繋がる言動はしませんから。

 そ、それに……治った後だから虹夏からいつ連絡が来るかも分からなくて怖いので、に、逃げる為です。

 

「ん、ひとり?」

 

 スマホにロインのメッセージが通知される。

 アプリを開くと、ひとりのトーク欄が表示された。

 今年になって一層会話量が増えてとても嬉しくて、いつも開くとついニヤけてしまうのだが、この前はその場面をリョウに見咎められて大変な事になった。

 同じ轍は踏まない。

 今は一人だ……口角よ、おまえは自由だ。

 さて、今日は何を話してくれるのか。

 

『いっくん。今日、泊まってもいい?』

 

 ……ひとりの宿泊。

 是非もない。

 俺は即行で了承の返信を送る――というか、意思よりも速く指は動いていた。

 これは浮気ではない。

 妹を泊めるも同然のケースだ。……と思っているのに、何故か冷や汗と手の震えが止まらないのは約二年間我が身を襲い続けた理不尽の所為だ。

 今や俺にとってのノンストレスは、ひとりのみ。

 

 さあ、今日の飯は奮発しないとな。

 献立も変更、ひとりの好物で固めなくては。

 

 

「今晩は忙し――――あ」

 

 

 興奮の熱が一気に冷める。

 俺は重要な事を失念していた。

 今日はリョウが来るかもしれない。毎日のように来ているアイツだが、偶然にも来ない日というのもあるにはある。

 ただ、そんな低確率でラッキーな日など俺が望んだ日に来たりはしない。

 何なら毎日願って毎日外れるような始末だ。

 今日だってリョウが来ない保証はない。

 

 どうしようか。

 

 でも、リョウを理由に断るのも馬鹿馬鹿しい。

 ひとりを泊める事にむしろ罪悪感を抱く方こそ疚しいではないか。

 堂々としていれば良い。

 毎日二人きりな状況なので、今日ぐらい他人がいたって問題無いだろう!……そう思いたい。

 

「ん?」

 

 点けっぱなしのテレビを視る。

 画面に映るバライティ番組では、『年頃の子供』を話題に取り上げていた。

 出演する面子の一人には、俺同様に年頃の妹を溺愛する若い俳優の姿がある。

 質問する司会者の女性に対しても惚気マシマシの返答で少し相手も気圧されている。

 

『僕はとても妹を大切にしてるんです』

『は、はあ』

『小さい頃から僕がしっかり守らなければ……と思っていたんですが、最近は抱きしめて撫でたり、褒めちぎったりすると嫌がられます。……それで思い返したんですが、如何に兄とはいえ――』

 

 やや自身と重なる点があって聞き入ってしまう。

 それ故に。

 

 

『大人の男にいつまでもベタベタされるのは不快かと、ようやく反省しました。キモいって言われるのも辛いですし』

 

 

 その一言が己の中で雷鳴の如く轟いた。

 手にしていた雑誌もスマホもソファーの上に落ちる。

 あまりにも衝撃的過ぎて呼吸すら止まった。

 き、キモい……。

 俺は自身のひとりに対する態度を思い返した。

 た、たしかに衝動的に抱き締めたり、叱る事なんて一切せず甘やかし捲くった。そこに後悔は無いし、逆に高尚な使命感すら覚えている。

 ただ……客観的に年齢から想像すると、喜多さんにとって他人である俺が顔を合わせる度に抱きしめて褒めちぎったりしているのと同意義だ。

 

 ぞわぞわ、と鳥肌が立つ。

 

 まさか、そんな。

 でも、ひとりは嫌だなんて一言も言って………いや、言えない(・・・・)………!?

 そうだ、毎年遊びに来る男に面と向かって拒絶の一言を言える胆力がひとりにあるだろうか。

 あの優しいひとりは、俺を傷付けまいと気を遣っているのかもしれない。

 そう、言っていないだけ。

 俺本人には難しいから、他の人に相談とかはしてるかもしれない。

 

『あ、あの虹夏ちゃん』

『ん?どしたの、ぼっちちゃん』

『あの……いっくんの距離が近すぎて困ってるんです。ち、ちょっとベタベタされて……うぅ……でも断れなくて……っ』

 

 あ、有り得る……!

 心根の優しいひとりが面と向かって相手を拒絶するなんて至難である。

 俺は、いつも広く深い彼女の優しさに甘えていた。

 

「お、俺は……なんて過ちを」

 

 一人悶々と考えているとインターホンが鳴った。

 思うけど……最近、マンションのオートロック暗証番号を『結束バンド』で共有しているのか直接玄関扉まで来る辺り、何だか自分の危機管理能力の低さを自覚させられる。

 まあ、ひとりは実害無いから良いか。

 俺は重い足取りで玄関へ向かった。

 どうしよう、これからどういう態度で接したら良いんだろう。

 極力、距離を設けて適切な対応を心がけよう。

 適切って何だ?

 ひとりに触れられない?死ぬのか?

 駄目だ、頭が回らない――――。

 

 

「お、お邪魔します」

 

 

 扉を開けると、ギターケースを背負ったひとりがいる。

 俺を心配するように見上げて来ている。

 ……落ち着け……!

 俺の身を案じてくれる眼差しに嬉しさが込み上げて体が動きかけたが、強固な意思で制止する。

 気付いたばかりで罪を重ねるところだった。

 無闇矢鱈に妹とはいえ女子にベタベタ触るのは禁じられた行為だ。

 自重しろ、俺。

 努めて冷静に、ひとりを家の中へと招き入れる。

 

「いらっしゃい、ひとり」

「う、うん」

「ほら、上がって」

「あぇ……?」

 

 しかし、困惑した様子のひとりは入って来ない。

 

 一体、どうし――――ッッ!?

 

 瞬間。

 俺は下げた視線の先に驚愕の光景を見た。

 それは、ひとりが小さく両腕を広げていたのである。

 まるで控えめに待ち構えていたかのようだった。

 か、香りすら漂っていそうな甘い誘惑に思わず四肢がひとりに向かって動き出しそうになる。

 

「……い、いいのか?」

「えっ(いつも問答無用でやってくるのに)?」

「いや、いつも実は不快なんじゃないかと思って自重しようと」

「ぜぜぜ全然!い、いっくんが好きそうで……こ、この前の風邪のお見舞いの時何も出来てなかったから……」

 

 いや、充分に助かったぞ。

 栄養ドリンクなんか、体内にひとりを感じられて孤独を忘れたくらいだ。

 あれは看病というより救済である。

 それにしても……ハグの理由「いっくんが好きそう」というのは、とんでもなく恥ずかしい認識である。

 そんなハグ魔だと思われていたのか。

 うん……まあ……ぶっちゃけると好きだ。

 ふたりとか、特にジミヘンを抱き締めるのも好きだ。

 

「気を遣わせて悪かったな」

「う、ううん」

 

 結局ハグはせず、ひとりが家へ入る。

 俺を置き去りに、逃げるように早足で居間へ消えた。

 …………。

 何が正解なんだ、現実って。

 俺も扉の鍵を閉めて、とぼとぼと居間へと戻った。

 

「そういえば、ひとり」

「な、なに?」

「今日はどうして泊まるって言ってくれたんだ?」

「さ、最近いっくんに会えてないから会いたくなっごぷっ」

「え゛っ!?」

 

 話している途中でひとりの口からピンク色の液体が溢れた。

 アレは一体何だ。

 途中までだったが、とても嬉しい事を言ってくれていた気がするのに。

 

「ど、どうした?」

「ご、ごめんね。撮影で疲れて体が溶けて」

「撮影……?」

「新曲が完成して、そのMV撮ってたから」

「MV撮ったの?」

 

 初耳だった。

 たしかに、新曲の音源は聴かせてもらったけど。

 まさかMVを撮るとは、本格的だな。

 たしか『未確認ライオット』に向けた新曲であるというのは聞いた。

 しかし、撮影とは本格的だな。

 

「そっか、大変だったな」

「へっ……わ、私なんて公園の隅で土イジリしてただけで……へっ……」

「俺も視てみたい」

「ごぽっ(あんな醜態見られたら死ぬ)!!」

 

 俺は『結束バンド』を知っている。

 演奏中の姿なんて誰からだって見物だと思われる。

 それに、一体どんな運命の悪戯なのか全員のビジュアルがまた多方面で群を抜いている。ひとりなんてしゃんとすればアイドルすら狙えると言っても過言ではない容姿の持ち主だ。

 

「未来のいっくん……ごめんなさい」

「何で!?」

「あ、あんな暗くて淀んだ映像、お目汚しでしか無い……」

「ひとりは可愛いんだから、見ていて暗くなる事は絶対に無いだろ」

 

 落ち込んでいるようなので、頭を撫で――る前に手を自身で掴んで引き離す。

 あ、危ない…………!

 また愚を犯すところだった。

 これ以上、ひとりに変態だと嫌われてたまるか。

 

 

「……あの、いっくん」

「ん?」

 

 俺が一人、己の薄汚れた欲望と格闘していたら、ひとりの手が俺の手を優しく包み、自身の方へと引き寄せた。

 そのまま何をするのかと思ったら、掌に頬を擦り寄せて目を瞑っている。

 あ、凄い滑らかな肌。

 何だか触れている部分から神経が生まれた時のように若返っていっている気がする。

 

 感触の快感に、俺はすりすりとひとりの頬を撫でる。

 

 

 

 

「んへへ…………すきぃ

 

 

 

 

 ひとりがだらしない笑顔をこぼした。

 もういいや、変態でも何でも。

 

 

 

 後日。

 MVを視たけど、件の土イジリのシーンは無かったというか演奏シーン以外はいなかった。

 どうやらファン1号さんの編集によって隠蔽されたらしい。

 許すまじ、言い値で買おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕頃、俺はひとり用の着替えを確認していた。

 突然の発想らしく、ひとりも着替えは無いが、以前に俺がレディース物を備えてある事を知っていたので、それを頼みとしていたようだ。

 だが、残念な事が起きてしまった。

 

「全部、乾いてない……」

 

 思い切って、リョウ用の寝間着を全て洗濯していた。

 今日はよく陽も出ているので、外干しでも大丈夫だと慢心していたが、夕刻に取り込んだ時の手触りで未だ乾き切っていない事が判明した。

 こんなの着ても肌触りが不快だろうしな。

 どうしようか悩んだが、ひとりが来た時に着用していたお馴染みのピンクジャージをそのまま着させて待機させるのは酷だ。

 

 苦肉の策として手早く乾燥機にかけて、その間だけ俺のシャツなり何なりを貸そう。

 

「悪いな、ひとり」

「だ、だだ、だだだだ大丈夫!」

 

 気丈に答えるひとりの健気さに涙が出そうだ。

 説明した事情に、一切迷惑に思った素振りが無い。

 涙しながら、彼女を風呂場へと送り出した。

 ………迷惑に思ってはいないようだが、話した時にかなり動揺していたけど、一体どうしたんだろうか。男物を借りるというのは、やはり避けたかったのか。

 もしや、やっぱり嫌われて……!?

 駄目だ、考える程に落ち込んでしまうから料理に専念しよう。

 

 ひとりは子供舌で脂っこい物、味が濃い物が好みなのでデミグラスソースハンバーグを作る。

 これで、少しでも機嫌を直してくれ……!

 

 …………ん?

 

 ふと、さっきまでひとりが居たテレビの前の床が棚から取り出された映画のパッケージで散らかっていた。

 おや、ひとりにしては珍しい。

 俺は片づけようと手を伸ばして――――。

 

 

「こ、これはッッ…………『巨○天国〜これから始まる□獄にあなたは蕩かされる〜』!?」

 

 

 これはたしか、親の秘蔵AV………!

 お、奥底に隠し直した物が何故こんな場所に。

 約二年前にリョウが発見して、付き合い始めた時に興味本位で彼女が再生した時なんかは地獄のような時間だった。

 色んな映画を観ていれば、正直に言ってセンシティブなシーンは多々あるし、ある程度は耐性が備わるのだが、そんな細やかな防備さえ退廃的な大人の嗜好を詰め込んだ映像は突破する。

 後半なんか観てられなかった。

 対して、リョウはガン見である。

 どんな胆力してんだよ、まじで。

 しかも。

 

 

『一郎はもう巨○じゃなくて私のサイズが好みだよね』

 

 

 だから、それ前田父の趣味。

 何度も言わせないで欲しい。

 一度だって俺が……その、大きい方が良いとか言った事なんて無いから。

 因みに調子に乗って「うわ、一郎目が血走って怖い、襲われる」とか下らない戯れ言を口にしていたので、掛け布団で簀巻きにして一晩放置した。

 

「あれ以来見てなかったのに……!?」

 

 ここにあるという事は、ひとりに見つかったという事だ。

 な、何てことだ。

 俺の私物でないどころか趣味ですら無いのに、ひとりに下卑た誤解を与えてしまったかもしれない。

 好感度なんて、元々あったか分からないがマイナス方向へと限りなく転落する爆弾だ。

 

 な、何て事だ……!

 

 絶望で立ち尽くし、それ以上何も出来ない。

 どうして、よりにもよってひとりが来た日にこんな畳み掛けるように嫌われるような事ばかり……ま、まさかあのテレビ番組は天啓だったのか?これ以上幻想が壊れる前に現実に戻れという。

 

 

「いっくん?」

「あっ、ひと―――げっ!!」

 

 

 風呂から上がって居間に戻って来たひとりの声に体が思わず跳ねた。

 その際、するりと手から落ちた例のアレが床に落下し、彼女の足元へと滑っていった。

 ひとりのつぶらな瞳が下へと向けられる。

 彼女は俺のTシャツを着ているが、やはりサイズが合わなくて襟が肩を滑り落ちている。袖からも指先しか出ていない。

 リョウで見慣れた筈……なのに、何か違う。

 は、肌が白い……。

 

「あ、い、いっくん。何か落ちたよ」

「あ、おおおお俺が拾うからひとりは」

「大丈夫。わ、私だってこれくら……い……」

「いや!大丈夫だっ……て………」

 

 足元の物を拾おうと、上体を折って手を伸ばすひとり。

 慌てて取りに行こうと踏み出した俺。

 

 その双方に――衝撃が走った。

 

 まず、ひとりはAVのパッケージに描かれた女性の艶めかしい写真に硬直している。

 伸ばした手の指先が、触れる直前で停止していた。

 まだ十五の少女に刺激が強すぎる画像である上に、知っていたとはいえ親戚で兄のような人物がこんな物を今まさに手にしていたという衝撃で動けないようだ。

 

 

 そして、肝心の俺は―――。

 

 

 

「え、デ…………」

 

 

 前屈みになったひとり。

 その瞬間、元からサイズが合わなくて大きく肌蹴る用になっていたTシャツの襟元の奥に、鎖骨から下にある深い谷を見てしまった。

 

 俺の認識が、ガラガラと音を立てて崩れ去る。

 

 今まで、そんな風に見てきた事は無かった。

 ひとりは愛すべき妹で、いつまでも光のような存在だと信じていた。

 だが、俺の視覚が、脳が、心が――今ひとりを『女性』として認識したスイッチが、かちりと押された自覚が芽生えた。

 

「えっと……」

「………」

「い、いっくん。はい、これ」

「あ、ああ……」

 

 ひとりが蒼白い顔で手渡して来る。

 これは、侮蔑などではなく単に人の秘蔵物を勝手に見てしまった事への罪悪感や、それを咎められるかもしれないという怯えから生じた表情な気がする。

 混乱して、まだ嫌いという感情が発生する余裕が無いだけかもしれないが。

 

 俺は戸惑いながら受け取り、それを素早く棚に叩き込む。

 ひとりが帰ったら砕こう。

 持ち主には、謝罪のメールを添えて。

 く、くそ……ひとりと目が合わせられない。

 そういえば、俺とひとりって血が繋がってないから客観的に見ても普通はそういう対象になり得るのか。

 でも、一人の男としてはどうだろう。

 ひとりは可憐だし、優しいし、命の恩人だし、生きているだけで最高を更新する尊い生命だし……いやいやいやいや、でも、でもね。

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「あっ……い、いっくんも、男の子、だもんね」

 

 

 

 

 沈黙の後に、フォローという名の終焉が俺を滅ぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンバーグを食べた後、俺とひとりは映画を一本観て休憩していた。

 隣にピッタリとくっついて、俺の片腕を抱き寄せたまま動かない。

 く、この距離は俺にとって当たり前だった……だったんだ……!

 あんな事件さえ無ければ、腕を包む温もりなんて特に意識する事も無かったというのに。

 

 俺は脳内でさっき観た悪魔祓いの映画に登場した聖職者の台詞を復唱し続ける。

 煩悩を捨てろ。

 

「い、いっくん。あのね?」

「ど、どうした?」

「……さ、最近ね、いっくんがリョウさんと付き合い始めて、ちょっと、あ、会うの止めようかなって思ったんだ。リョウさんに誤解されるのも駄目だと思って、そ、それがバンドに影響したら……」

「ひとり……」

 

 いや、リョウはひとりが考えるほど深刻な問題に発展させる爆弾ではない。

 その場のノリでしか生きてないような生物だ。

 可哀想に、俺たちの交際でそんな気を遣わせていたなんて。

 

「だ、だから会うのやめようって思ってた」

「……」

「思ってた……でも……」

 

 ぎゅ、と腕を抱く力が強くなる。

 

「いっくんが、幸せになればって思ってたのに、いっくんがいないと……今度は、わ、私が寂しいなって」

 

 さ、寂しい。

 俺がいないと?あの、ひとりが?

 俺は思わずひとりの顔を見ようとするが、それを避けるように彼女は俯いた。

 

 

 

「い、いっくん……取られたくないなって」

 

 

 

 ……………。

 ……………取られる?

 それは、家族が見も知らぬ他人に掻っ攫われていくという感覚だろうか。毎年独りで年末年始は家に遊びに来て過ごし、それが最大の幸福だと断言する兄が急に他所に行ってしまう変化への恐れ?

 分からない。

 分からないが、ひとりの真剣さが声から伝わって変に言及する事もできず、口を噤んでしまう。

 

「ごめんなさい、私なんかが、ホントにごめんなさい」

「えっ、ひ、ひとり?」

 

 かく、かくとひとりの頭が揺れる。

 心配になって段々と下へとずるずる俺の腕に全体重をかけながら沈んでいく体を支えようともう片腕を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん、好きになって……ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっ。

 小さな声だが、はっきりと聞こえた。

 俺はひとりの肩を掴もうとした手を止めてしまう。

 すやすやと安らかな寝息が聞こえ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




暴走(定期的な発作)した。

次回、どうなる?

  • 山田リョウの凋落
  • 伊地知虹夏の箱
  • 喜多郁代の陰謀
  • 後藤ひとりの純愛
  • 廣井きくりルート
  • 屋根裏のジミヘン
  • 突然の夜ガイ
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