めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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押し倒しまくれと感想に幾つもあったのを見たのに影響されたのか、今回も暴走しました。

まあテンションが高かったのもあります。
それは明日、駿さんのジブリ映画が上映されるからです。楽しみだー。



より輝く事を祈って

 

 

 

 

 

 

 ヨヨコの話を聞きに来ただけだ。

 簡単な事だと思った用事だったのに、現状を見ると神に嫌われているのだと沁沁思う。

 どうして、いつも災難に見舞われるんだ。

 これに対応すべく必死になるほど空回りし、後で顧みると状況を悪化させた自覚が芽生えて罪悪感に潰れそうになる。

 今日もそうなるのだろうか。

 

「久し振りの先輩ですね♡」

「そ、そっか?」

「リョウ先輩と伊地知先輩からは色んな話を聞けるのに、本人には会えない……いえ、会ってくれないから」

「いや、別に避けてたつもりは」

「先輩に焦らされてるって思って、いつも胸が熱くて……はぁ♡」

「見ない内にまた進化してる……」

 

 もうこの子の思考回路が異次元すぎる。

 単純に会う機会が無かっただけだ。

 進んで会おうという約束を交わした事も無く、互いに求める気が無いから会わなかっただけの話かと思ったが、彼女は違うらしい。

 焦らしたとは、どういう概念だ。

 意地悪をした瞬間は一度たりとて存在しない。

 だから、そんな風に受け止めて恍惚とした顔のまま体を震わせるのをやめて欲しい。個室とはいえ、ひとりやヨヨコにも目の毒、風紀的にはあまりにも宜しくない。

 

 うん、それと隣から太腿を撫でるのをやめてくれ。

 

 俺がそっと手を掴んで太腿から離す。

 すると、また喜多さんは甘く息を吐いてうっとり目を細めた。

 もう何が正解なのか分からない。

 助けを求めて隣のヨヨコを見ると、顔を蒼白くしながら全力で俺から距離を取ろうとするかのように上体を反らしている。

 

「アンタ……この子に何したの?」

「俺にも分からん」

「前も『FOLT』で観客の女にトイレで詰め寄られてたけど、絶対にアンタが原因でしょ」

「嫌な事を思い出させるな」

 

 それは関係無い話だろ。

 ついでに弁明するが、本当に何も無かった。

 足を運んだ二度目か三度目のライブで『SICKHACK』のファン同士だと知った事で意気投合し、二人で何度か話していた女子大学生の方で、少しお酒の入ったあの人にトイレに引き摺り込まれて襲われそうになった。

 だが、大事な事だからもう一度言う。

 何も、何もなかったんだ。

 事に及びそうになる寸前で、突然現れた志麻さんにその人は首根っこを掴まれて退場した……あれから姿は見ていないけど、きっと厳重注意されて己の行いを省みたんだろう。恥ずかしくて俺に会えない、という感じになっていると予想が付く。

 因みに俺は、その後にイライザさんに抱き締められて『オー、よしよし。怖かったナー』と撫でられる謎のご褒美があった。

 その後に、きくりさんの反吐を処理した事ですべてが台無しだったけど。

 

「いっくん」

「ん、どうした?」

「あっ、お……大槻さんと仲良いの?」

「いや別に」

「即否定!?アンタ情の欠片も無いの!?」

「ひとりに注ぐ分くらいは持ち合わせてる」

「そこはせめてカノジョの名前出しなさいよ!」

 

 リョウの事か。

 言えるワケないだろう、恥ずかしい。

 面と向かって本人に言えず、周囲にアピールする度胸も無いから虹夏を未だ納得させられずにいる。この上なく情けない話だ。

 

「い、いっくん……仲良いんだね」

「いや、別にそういうわけじゃ」

「で、でも、楽しそう……」

「え、そう……?まあ、遠慮しなくていい間柄ではあるのかな」

「……」

「ひとり?」

「あっ、あっ、あっ」

「ひ、ひとり!?」

 

 ひとりの側頭部から新たに二つ顔が現れた。

 左は泣き顔、右は絶望の表情、正面は白目を剥いている。

 感情ごとに顔面を生成しただと……!?

 おそらく、顔一つでは抱えきれない熱量を有した複数の感情を発散しようと体が適応したのだ。

 人体に為せる範疇を逸している。

 その姿、まるで阿修羅。

 やはり、ひとりは神域の生命体だったか。

 

「いっくんにまた女の人」

「いっくんが離れてく」

「あっ(死)、あっ(蘇生)、あっ(死)……」

 

 いや、本物の奇跡に魂消ている場合ではない。

 異常状態なのは明らかなので、いつもの方法――抱きしめてひたすら褒めたり慰める事で、通常形態に戻そうと俺は腰を上げる。

 いや、待て。

 この前のテレビでそれは駄目だって話していた。

 撫でるのは本人の許可を得たから良いが、流石にそこまでベッタリするのはどうなんだ?

 俺がひとりへの対応に逡巡していると、喜多さんがくすりと笑う。

 

 

「先輩って、みんなにイジワルなんですね。……私だけじゃないんだ……酷い……♡」

 

 

 …………。

 正面には阿修羅と化したひとり。

 左には顔を手で覆って絶望するヨヨコ。

 右には熱に浮かされたように笑う喜多さん。

 ここは人の世界か?丑三つ刻に心霊スポットに行って心霊現象に遭遇していると見紛うレベルの光景が広がっている。

 俺がおかしいのかな。

 ここはカラオケだった筈なのに……。

 

「ああ、そうだ」

「はい?」

「何で喜多さんとひとりはカラオケに?」

 

 すっかり忘れていてが、気になっていた事でもある。

 もしかして、喜多さんとひとりがかなり仲良くなっていたのだろうか。

 

「あ、それは……」

 

 質問した途端に喜多さんの表情が曇る。

 どうやら、俺の予想とは違うみたいだ。

 本人たちにとって明るい理由でカラオケに足を運んでいるのではないと瞬時に察せた。ヨヨコもまた気付いたようで、苦い顔をしながらマイクを手に取る。

 

「空気が悪いわね。雰囲気を変えましょ」

 

 ヨヨコが立ち上がり、曲を入れる。

 おお……ヨヨコ。

 場の雰囲気に、人に合わせて動くのが苦手な性格なのに、暗くなった喜多さんの気分転換になるよう自ら行動するなんて、不覚にもカッコよく見えてしまった。

 感動する俺たちの前で、テレビ画面に曲名が映し出される。

 それは。 

 

 

「――私のバンドの曲で!」

 

 

 ヨヨコの曲だった。

 ………感動返せコノヤロウ。

 おそらくオマエが必死こいて身内に頼み、純粋な人気とは違う力でゴリ押しに登録させたであろう楽曲は自慢にしか聴こえない。

 喜多さんを激励すると見せかけ、バンドマンとしてマウントを取ろうとするとは。

 

「え〜っ!カラオケに入ってるんですか!?」

「す、凄い……」

「ふふん!まあね……って何よ、イチロー?」

「見損なったぞ、ヨヨコ……」

「何で!?」

 

 顔を真っ赤にして否定するが誤魔化されないぞ。

 その浅ましい自己顕示欲を俺は見てしまった。

 今の喜多さんには悪い。

 ここは『結束バンド』のファンとして、見過ごせない。

 

 よし――制裁をくれてやる。

 

 俺がそっとタブレットで曲を中断させると、停止した画面を見てヨヨコが「あ゛ーっ!?」とマイクで悲痛な叫びを室内に響かせた。

 許せ、ヨヨコ。

 これが俺に出来る罪人への介錯だ。

 代わりに別の曲を入れておいた、多分ヨヨコのバンドと同じジャンルの物だった筈である。

 切り替わった画面にヨヨコが気を取り直して歌い始める。

 ……何だか睨まれているが気の所為だ。

 そんな一方で、置き去りにされていた二人は小首を傾げていた。

 いけない、彼女らを放置してしまった。

 

「安心しろ、二人とも」

「「え……?」」

「二人の心は、俺が必ず守る」

 

 彼女らをファンとして守る意思を示す。

 俺の覚悟が伝わったのか、喜多さんは顔を輝かせた。

 

「やった!鞭じゃなくて飴のターンだわ!」

「鞭?飴?何言ってるの?」

「ホント、前田先輩は私の躾け方が上手なんだから……」

「日本語ってこんな難しかったっけ」

 

 頼むから理解の埒外に行かないでくれ。

 暴走気味の喜多さんに俺は頭を抱えたくなる。

 ヨヨコのメタルバンド楽曲も相俟って、状況がカオス的だ。幸いにもひとりが正常な形態に復帰したので、今のところ特に俺が動く必要は無さそうだ。

 

「――と、まあこんなとこね」

「大槻さん、さすがだわ〜!」

「はい、次はアンタね」

 

 ヨヨコが俺にマイクを差し出す。

 ええ……。

 進んでマイクを手にしたヨヨコはともかく、俺はそもそも話があるからと言われたのでヨヨコに付き合っている。カラオケにいる事自体は成り行きで目的に関係無く、この場で歌う必要は無いのだ。

 だが、マイクを持つヨヨコの手は拒否を許さないとばかりに俺へと突き出される。

 画面には既に俺用の曲が登録されていた。……『君が代』だと?明らかに不真面目な選曲じゃないか。

 露骨な腹癒せだと分かるが、断ろうにもヨヨコの圧は凄まじい。

 俺は渋々とマイクを受け取った。

 

「何で俺が……」

「決まってるでしょ?腹癒せよ」

「喜多さんたちに嫌われないようフォローしたのに」

「それでも腹は立つのよ」

「だから俺とオマエは友だちになれないんだな……」

「アンタ今日やたら口撃力高いわね!?」

 

 俺はため息を付きながら国家を歌う、全力で。

 点数は……八十五点。

 少し自信が付いたので、今度学校等で歌う機会があったら胸を張って熱唱しよう。

 国家を歌いきった俺に、喜多さんとひとりが拍手した。

 いい子たち過ぎる。

 

「じゃあ……次は喜多さん」

「あ、は、はい!」

 

 少し驚きながら、喜多さんがマイクを取る。

 歌が上手で、バンドではボーカルすら務める彼女ならば、その歌唱力で感動させてくれるだろう。

 そう思っていたが、ふと歌唱中の表情は暗かった。

 

 一体、どうしたのだろう。

 

 心配になって、歌い終わった後にどう声をかけようか、果たして俺が踏み込んでも良い事情なのかと悩んでいると、スマホから通知を知らせる音が鳴る。

 ……リョウからのロインだった。

 

 

『郁代から写真が来たけど、浮気?』

 

 

 

 どうやら、喜多さんが知らぬ間に俺とのツーショット写真を撮影してリョウへ送信していたそうだ。

 心配しなくて良いか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 カラオケで偶然にも会った四人。

 いつの間にか合流して一緒に歌っているが、彼女らがそれを特に言及しないので、俺もスルーしてカラオケに興じる。

 実際、ヨヨコの用事は終わったので帰っても良いんだが……帰ったらリョウが怖く、言い訳を考える時間が欲しくて留まっている。

 いや、俺は悪くないだろう。

 喜多さんが無邪気に送った写真がリョウに疑念を抱かせただけだ。

 不幸な事故である。

 誰も悪くない。

 

「ねえ」

 

 そのまま順番に歌い続け、何周目かの時にヨヨコが踏み込んだ。

 

「もしかして、今日はただ遊びに来ただけ?」

「……実は練習で」

「練習?」

 

 喜多さんが暗い顔で、マイクをぎゅっと胸に抱く。

 

「『未確認ライオット』の審査の為の新曲を録ったのだけど、聞き返してる内に違和感を覚えて自信失くしちゃって……でも何が悪いのか分からなくて」

 

 喜多さんが告解した悩みの正体。

 それは、俺も話に聞いていた新曲の事だった。

 つい先日MVを出した事も知っているが、どうやら喜多さん曰く嬉しくて何度も聞き返していると自身の中で曲の完成度に対し自分の歌が追いついていないと感じたそうだ。

 今回の曲でエンジニア協力したのは、STARRYで俺も何度か見かけた妖しい雰囲気のPAさん。彼女からの評価も芳しくないとの事で自信を喪失し、歌って練習しようとひとりを誘い現在に至るという。

 

 そんな重大な悩みを抱えていたなんて。

 

 でも、彼女らと会う前に『結束バンド』の調子を知りたがっていたヨヨコにとっては、欲しかった情報ではないだろうか。

 本人たちに聞けないから俺に尋ねたのだが、俺が役立たずだったばかりに……何だか俺も苦しくなってきた。

 

「そうだったのか」

「……」

「ヨヨコ、何かアドバイスとか」

「私、一応『未確認ライオット』で競うライバルなんだけど」

「……成長した『結束バンド』と競った上で勝ちたい、とは思わないか?」

 

 少し焚きつけるような言い方で挑発する。

 すると、ヨヨコは不敵な俺の発言にふ、と笑い――。

 

「ら、ライバルなんて増えてどうすんのよ」

「あれっ?」

「わ、私にその義務はないでしょ」

「……うん、まあ、責められないけど何か残念極まりないな」

「わ、私がよく分かってるわよそんなの!?」

 

 そうだな、たしかに義務は無い。

 競争相手の手助けなんて全力でバンドに打ち込むヨヨコにとっては不要な酔狂だ。

 喜多さんも納得しているのか、口を噤んでいる。

 

「あー……ちょっとだけよ?」

「ヨヨコ……!」

「は、はい!」

 

 その反応に、俺は思わず彼女を二度見する。

 み、見直したぞ。

 そうだな……実は素直じゃないだけで根がいい子だったよな。

 

「とりあえず、お腹からもう少し声出したら?」

「な、なるほど」

「カラオケが上手いからってレコーディングもライブも上手いとは限らない。カラオケ感覚でやってたら変なのは当然でしょ」

「………!」

「バンドのボーカルはフロントマンだから、音程が合ってればいいってわけじゃない」

 

 滔々とヨヨコは語っていく。

 その内容は割と容赦無く、あと……『ちょっと』という言葉に反した情報量だ。

 あ、アドバイスは求めたが、ここまでとは。

 聞いている喜多さんが意気消沈している。

 流石に……酷ではないだろうか。

 バンドマンではない俺が口を挟んでも説得力が無いと思えて口を開く勇気が出ない。

 

「まあ、今の貴方に『結束バンド』のボーカルである必要性は感じられないわね。少し歌える程度じゃ……」

「お、おい。そろそろその辺で」

 

 流石に言い過ぎかと思って、俺も止めようと動く。

 

 

「あっ、あのっ!!」

 

 

 そんな俺とヨヨコを、ひとりが珍しく張り上げた声で制止した。

 驚いて固まる三人に、ひとりは俯いて膝の上に固く拳を握っている。

 一気に注目が集まって怖いんだろう。

 話の雰囲気も良くないし、こんな中で発言する事自体が一番苦手ですらある性格だ。

 それでも。

 

 

「い、言ってる事は正しいのかもしれないけど、喜多さんじゃなくて良いなんて事は……ないです!」

 

 

 精一杯振り絞った声で、ひとりがヨヨコの言葉を否定する。

 それを聞いた喜多さんの顔色が戻っていく。

 ひとり、またオマエは……。

 バンドマンじゃないから、部外者だからと気後れして喜多さんが暗い顔なのに怖くて手を差し伸べられない俺とは違って、やはり人を救う為に率先して動いた。

 昔からこの子は、俺を救ってくれたヒーローのままだ。

 実際、喜多さんは一転して顔に笑みを咲かせ、ひとりの手を飛びつくように握った。

 

「ひとりちゃん!」

「あっはい」

「私、頑張るから!」

 

 喜多さんとひとりが、微笑み合う。

 ああ……合流したばかりの頃の地獄絵図は何処へ行ったんだろう。

 永遠にこの光景を見ていたい。

 そう思っていると、ふと気まずそうにしているヨヨコが視界の隅に入る。

 

「ちょっ、だから今アドバイスしようと思ってるのに。これじゃ完全に嫌な奴……」

 

 この言動を見るに、今までの酷評は前フリでこれから改善点を上げるつもりだったようだ。

 つくづくテンポが合わないというか何と言うか。

 俺は励まそうとヨヨコの肩を叩く。

 

 

「ヨヨコらしいな」

「フォローしないアンタも嫌な奴じゃない!?」

 

 

 

 そんな気がしてきた。

 

 

 

 

 

 結局、カラオケを出て四人で歩く。

 先頭を行くヨヨコと喜多さんの会話を、俺とひとりは後ろで見守っていた。

 

「大槻さん、今日はありがとう」

「別に……私もアイツだけで退屈してたところだし」

「オイ」

「そう言えば、二人はどうしてカラオケに?」

「そっ、それは……」

 

 訊かれると思っていなかったのか、ヨヨコがその質問に狼狽える。

 今日は『結束バンド』の現状を知りたくて俺を呼び出した、なんて素直な事をヨヨコが『結束バンド』メンバー本人に言える筈もない。

 ここは俺が代わりに答えるべきか。

 俺もヨヨコに対して満足した情報を差し出せず、わざわざ誘った彼女の勇気を無意味にしてしまったので、その償いに手助けしなくては。

 

 

「ヨヨコは、『結束バンド』を心配――」

「違っ、い、イチローに誘われたのよ!二人きりで遊ばないかって!!」

「ちょ、何言ってんだオマ――」

 

 

 ばっ、と喜多さんが俺に振り向く。

 夕陽の所為だと思いたいくらいに、また頬を赤く染めて妖しい笑みを浮かべている。隣のひとりも、俺の袖を握って何かを訴えるような眼差しを向けてきている。

 何なんだ、この状況は。

 また気まずい沈黙が下りて、自分たちの足音が嫌に大きく聞こえるだけの時間になる。

 ……ヨヨコがあんな事を言うから、もう俺は一言も発せる勇気が無い。

 

「あー……私、昔から人に合わせるのが苦手で、中学でも浮いてて……曲作りを始めた時は、その時の苛立ちとかを歌詞に込めてたの」

「え?」

「そういう曲って、いつになっても凄く気持ちを乗せて歌えた」

 

 ヨヨコは自身の歌への姿勢について語る。

 自分で作った歌詞と、歌っていた自分が重なると気持ちを込めて歌えた……という話のようだ。

 たしかに、ライブで聞く『SIDEROS』の歌は、どこか人の怒りや不満を歌詞として発露しているようで歌声を聴く俺たちも同じ気分で叫びたくなる。

 

「貴方も技術的な事だけじゃなくて、自分たちの曲がどういうものか、もう少し歌の内面的な所も考えてみたら?」

「歌の内面的な所……考えて」

 

 喜多さんが噛み締めるようにヨヨコの言葉を繰り返す。

 ……なるほど。

 歌詞をなぞるだけの歌い方ではなく、歌詞に秘められた内容を理解し、寄り添う感情で歌えるようになれという事か。

 それこそ『SIDEROS』が、ヨヨコが多くの人の心に歌を届かせる為の心構えなのだ。

 全く……見直したぞ、ヨヨコ。

 

「大槻さんって」

「な、何よ」

「とっても優しい人なのね!」

「違うから!貴方たちがあっさり『未確認ライオット』の審査落ちたら、後で貴方たちに目をかけてる姐さんが面倒なの!私は依然キライだから!」

「また素直じゃない……」

「……それと」

 

 ちらりとヨヨコが俺を見る。

 何だ、睨んでも何も無いぞ。

 

 

「今は『結束バンド』を推してるみたいだけど、そこのイチローは私に夢中にさせるから」

 

 

 それだけ告げると、ヨヨコは駅へと早足に去っていく。

 遠のく後ろ姿に、俺は思わず顔が引き攣る。

 俺を喜多さん達に発破をかける為の材料にしないでくれ。

 挑発を受けた喜多さんは、黙り込んでしまっている。

 ……ただのファンで部外者だからと一歩引いて何も言わなかったが、さっきのひとりの勇姿で何もしない事が一番酷いのだと気付かされた。

 俺も応援する身として、精一杯何かすべきなんだ。

 

「き、喜多さん」

「はい?」

「ありきたりな事を言うけど、俺は喜多さんあってこその『結束バンド』だと思う。ひとりのギターも凄いし、経験者として安定したリョウと虹夏の力も必要不可欠だけど、何より喜多さんの歌があって俺は今まで『結束バンド』のライブに感動させられた」

「……先輩……」

「喜多さんなら大丈夫。きっと今の悩みも乗り越えられる」

 

 無責任な言葉かもしれないが、これで喜多さんの背中を押そう。

 

「だから、また喜多さんのすごい歌聴かせてくれ」

「…………はい」

 

 俺の言葉に頷いてくれた喜多さんが歩み寄って来る。

 

 

「大槻さん達よりも、私たち……私に夢中にさせてあげますね。――――一郎先輩?」

 

 

 蠱惑的に囁いた後、ひとりを連れて喜多さん達も駅へ向かっていく。

 俺ごときの言葉なんて微力と呼べる程度の助けにすらなれるか不安だが、どうか喜多さんの悩みが晴れるように祈ろう。

 

 ……ところで、ひとりとはあまり話せなかったな。

 

 始終喜多さんの悩みで話題が固定されていたのもあったが、この前のひとりの言葉について本人に聞いてみないと。

 

 

「さて、俺も帰るとするか」

 

 

 これから『結束バンド』が更なる成長を遂げることを祈りながら、俺は家を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ「帰宅後」

 

 

 

 

 家に帰った俺を、玄関でリョウが迎えた。

 カラオケと喜多さんの悩みで頭がいっぱいだったが、ツーショット写真という時限爆弾が我が家に設置されていたというのをすっかり忘れていた。

 既に風呂には入ったのか、また勝手に借りたであろう俺のシャツ一枚の姿である。

 いつもなら艶めかしく露出した肩と鎖骨につい目が吸い寄せられそうになるが、今はリョウがどう動くかへの警戒心でそれどころではない。

 

 固まっている俺の首筋にリョウが腕を回す。

 

 

「浮気者。一郎の浮気者」

 

 

 耳元で囁く声は湿っていて、聞いていると体の奥で湧き上がってくる何かに堪えようと無意識に拳を握ってしまう。

 風呂上がりの後だから良い匂いがするし、密着している肌の柔らかさと温もりを全身が敏感に感じ取る。

 

「油断するといつも一郎は女子といる」

「いや……それは」

「一郎は不誠実な男。私が人格者だからいいけど、短気だったら刺されてるよ」

 

 いや、引っ掻いたりされてるけど。

 あと、そろそろ離れてくれ。

 ヨヨコや喜多さん達とのカラオケ後で疲れているのもあって、何だか変な気分になりそうだから。いつもなら堪えられるリョウの誹りにも、疲労で沸点が低くなっていて既に暴発寸前だ。

 人格者?どの口が言ってるんだ。

 俺が『価値』の無い人間の挙げ句に最近は人を振り回している迷惑野郎である事を重々承知してる。思えば、恋人に無断で他の女子と休日に二人きりで会うなど浮気と言われても仕方がない。

 反省すべき……なんだろうが、許可無く他人の家に居座って飯を食らいベッドを奪う寄生虫に言われたくはないという気持ちもある。

 コイツ……絞め上げてやろうか。

 そんな俺の内心も知らず、リョウはくすりと小馬鹿にしたように笑う。

 

「でも、その様子だと何もなかったっぽいね」

「俺を何だと思ってるんだ」

「……たしかに、そもそも一郎はいつも受け身で押し切られるとアレだけど、私以外にそこまで踏み込める度胸も無いからね」

 

 ………何だって?

 

 

 

「だって一郎、ヘタレだから」

 

 

 

 ブツっ、と俺の中で太く強靭な糸が千切れる音がした。

 もう我慢ならん。

 俺を責められるとあっていつも以上に調子に乗っているようだから、まずはその生意気な態度を崩してやる。

 俺はがしりとリョウの後頭部を掴む。

 突然の事に、至近距離にあったリョウの瞳が見開かれた。

 

「え、一郎?急に何―――んんっ!」

 

 俺はリョウの口を封じた。

 驚いて咄嗟に離れようとする頭を後ろから手で引き留め、そのまま空いた腕で細い体を抱き上げて、自室まで運ぶ。

 腕の限界が来る前に何とか扉を開け、中へと早足で入ってリョウをベッドの上に落とした。

 俺の奇襲を受けて状況が理解できないのか、目を瞬かせている。

 その前で、俺は上着を脱ぐ。

 

「悪かったな。今から埋め合わせとして俺の可能な限りの誠意を見せよう」

「あ、え?いち、ろー?」

「たしかに俺はヘタレだ。だからリョウ以外に手を出す度胸も無い」

 

 ごきりと手の骨を鳴らすと、俺を見上げるリョウの顔色が青褪めた。

 

「そう……オマエ以外には、な?」

「……さて、冗談はここまでにしてご飯……あっ」

 

 ベッドから起き上がり、何事も無かった事にしようとしたリョウの肩を押して倒し、俺もベッドの上に身を乗り出す。

 挑発したのはそっちだ。

 

 

 

「冗談にするワケないだろ、このアホが……!」

 

 

 

 

 

 その後、俺はやらかしたと悟って固まるリョウへ数時間に渡る長いながい説教を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、どうなる?

  • 山田リョウの凋落
  • 伊地知虹夏の箱
  • 喜多郁代の陰謀
  • 後藤ひとりの純愛
  • 廣井きくりルート
  • 屋根裏のジミヘン
  • 突然の夜ガイ
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