次回、やる気があったら『BADEND ふたりver』です。またこういう事が無いことを祈ります。
虹夏が袋を胸前に持ち上げて微笑む。
うっとりと細められた目に、俺は背筋の肌が粟立つ。
去年の俺なら両手を挙げて喜んだだろう。
いや、喜んでないな。
多分、面食らって何も反応を返せずに流されて事に及ぶ姿が目に浮かぶ。
「家間違えてますよーーーッッ!」
だが、今現在の俺は違う。
全力で拒絶する。
俺は虹夏の肩を掴んでターンさせ、玄関扉の外に押し出して素早く閉め、施錠する。我ながら一片の情も無い門前払いだが、これ以上の隙を許したら社会的にも肉体的にも終わりそうだ。
今、リョウと両親がいる。
もし家に入って来ても、この場は凌げる。――が、そのまま外に連れ出されてあれよあれよの内に虹夏と変な空気になっているに違いない。
扉に背をつけて呼吸を整える。
心臓が早鐘を打ち、冷や汗が額に滲む。
ピコン、とスマホが鳴った。
勘弁してくれと思いつつアプリを開けば、虹夏から夥しい量のロインが来ていた。複数台で送信されているのかと錯覚する速度で次々と通知音が重なる。
怖くて見れず、俺は一旦スマホから目を背けた。
何ならスマホだって投げ捨てて、いっそリョウみたく後日虹夏に壊れてたなんて嘘をつきたいくらいなんだが、その嘘すらも虹夏に対してどのような影響を与えるか分かったものではない。
恐らく『私と連絡すらしたくないんだ?』とか心にグサッと来る話し方で責めてくる。
しばらくすると、音が鳴り止む。
あ、諦めたか……?
俺がスマホ画面を恐る恐る見ると、最後の通知に悍ましい文が載せられていた。
『開けてくれないと、一郎くんに泣かされたって皆に言うよ』
内容を理解した瞬間、俺は玄関扉を開けていた。
そんな事されたら死んでしまう。
特にひとりに軽蔑なんてされたらこの世から自分を抹消したくなる。もう既に知られていないだけで全貌が伝わったら手遅れな状況なのだが、どうにか俺自身の手で食い止められる内は虹夏の暴走を止めなくてはならない。
向こう側では、変わらぬ笑顔の虹夏が佇んでいる。
まるで時間を逆行したかのような気分だ。
今度は無言で『箱』を見せつけてくるが、約束と言われても俺は合意していなかったので厳密には虹夏からの要求であり、『箱』を使ったある事がしたいらしいが断固として受け容れられない。
虹夏の魂胆は概ね読める。
俺が事に及べば、自責の念で虹夏に対して余計に弱くなり、ズルズルと関係を続けてしまう。その果てに望む物を手に入れようと虹夏は画策しているんだ。
割と冷静に考えれば、女子高生が考案し実行に移すレベルではない危険な作戦なのだが、そろそろ俺も虹夏の事を数少ない俺を好いてくれる貴重な一人ではなく、定期的に襲来する災害へと認識が変わりつつあったので奇妙にも納得すらしている。
「と、取り敢えず中で話そう」
「うん。……あれ?靴が多いね」
「出張から親が帰って来たんだ。寝てるから静かに頼む」
「ううん……じゃあ、私の家?」
「取り敢えずリビングでゆっくりしていってくれ」
俺は虹夏の背中を押して居間まで向かう。
そこでは、俺の予想通り呑気に食事中のリョウがこちらを見て愕然としていた。
虹夏もリョウを見て沈黙する。
テレビ画面は、恐らく俺がいない間にリョウが入れたであろう映画『テ◯ファイド』が流れている。ゴリッゴリのホラーなのだが、今にコレを集中して観れなくなるぞ。
「…………」
「…………」
「お、俺は飲み物用意するよ」
気まずい静寂の中、俺は逃げるように台所へと移動し、リョウの食後の珈琲と共に虹夏用の紅茶の準備を始めた。
居間では、二人が会話を始める。
内容は学校だったり、『結束バンド』の事だったり。割と本当に世間話をしていて、微妙な空気になる瞬間が存在しない。
そう、空気だけは。
虹夏は、リョウの顔を見ていない。
視線がリョウの首辺りに固定されていた。アイツの首に何かあっ……………たよな、すみません。
アレは何かの気の迷いというか、誘われて一緒に行った古着屋の男性店員とアイツがとても楽しそうに話しているのを見て、いつも俺には余所見するなとか散々酷い事してきたくせに、とイライラしてしまい、その事で激しく責めてしまった結果であり生涯を通じて断言できる我が負の遺産。
思い出しただけで恥ずかしくなってきた。
あの時の俺は無我夢中だったのだ。
余計な回想に浸っていたら、薬缶が甲高い声を上げて蒸気を吹く。……クソ、湯が早く湧いてしまった。
「リョウ。こんな時も家にお邪魔してるの?」
「私は既に一郎のカノジョって認められてるから出入も自由だし、問題無い」
「面白がってないで誤解は解きなよ、まったく」
「誤解じゃないけど」
「それ、一郎くんが作ったご飯?」
「うん。いつもより豪華」
和気藹々と話しているが、合間に俺の事を挟むのはやめてくれ。
一瞬、心臓が止まりかけた。
何でそんなスパッと話題変えられるんだ。リョウもあの虹夏に毅然と交際関係を主張できる辺りは珍しくカッコよく見えたが、それ以上に虹夏はアッサリと華麗に受け流す。
一体、何をしたら認めてくれるんだ。
目の前でカップルらしい事をする?……いや、そう言えば随分前もそんな事に挑戦しようとして、そもそもカップルって何するんだとかリョウと迷走した日があったな。
迷走しまくった果てに、それを喜多さんに目撃されて「私の為だけにわざわざ見せつけて……ゾクゾクしちゃう」とか俺とリョウが真っ青になる恐怖の思い出まで刻まれた。
それと同じで今の会話も新手の嫌がらせだろうか。
どちらにしろ、ずっと放置は出来ない。否、させてくれない。
眦を決して、俺は出来上がった紅茶と珈琲を運ぶ。
「はい、どうぞー……」
「ありがとう」
「ずっと待っていた」
「次から自分で淹れろよマジで」
生意気なリョウの顔面に珈琲をブチ込みたくなる。
あと、襟を閉じろ!
さっきからチラチラ見せつけるように、襟元を引っ張って扇ぐな。全然暑くないだろ、まだ春の気配も薄い気候だぞ。
ニヤリ、とリョウが笑った。
イラッとした……色んな意味で。
コイツ、後でベランダで物干し竿の終端に吊るしてやろう。夜になっても放置して、明日の朝まで回収なんてしてやらない。今までお仕置きしなかった方が可怪しいのだから、俺は間違っていない。
沸々と俺が怒りを煮え滾らせる横で、虹夏が紅茶を飲む。
視線がちらりとまたリョウの首を一瞥した。
それから、マフラーも取り払って晒された自分の首を撫で始める。痒いのかとも思ったが、皮膚の上を滑る指の動きが明らかにある位置を何度も往復している事に気づいて俺の顔が引き攣る。
「何で私には無いんだろ」
何も聞こえていない事にしたい。
俺は意味もなく自分用の珈琲に指を突っ込んで己を罰したくなった。第一印象の明るさも見る影のない寂しげな笑顔を虹夏にさせてしまっている。
実際、その憂いの陰りを取り払う方法はあるにはあるが、実行したらいよいよ本物のクソ野郎になる。
聞こえなかった。
うん、聞こえなかった。
「あ、それ」
「ん?」
虹夏が俺を見つめていた。
だが、目は合わない。
俺の首元辺りを見ている。その視線に従って、俺も自分の何かついているのかと手で探った時にはっとした。
あ、コレは、リョウが付けたヤツ……。
俺は立ち上がって、自室へと向かう。
颯爽とタートルネックの服に着替え、何事もなかった風を装いながら、再び居間へと速やかに帰還した。
何もなかった。
うん、何もなかった。
戻ると、リョウが眠そうに瞼を擦っていた。
「一郎、寝てもいい?」
「えぇ……満腹になったら眠くなるって、ホントにオマエ自由だな……」
「ベッド貰うね」
「借りるって言え。誰がやるか」
「もう私と一郎で共有してるも同然だし」
「俺、ここ最近自分のベッドに一人で寝れた事そう無いんだよな。何でかな?」
俺が尋ねるが、欠伸しながらリョウが俺の部屋へと歩いていく。
答えろ、去年から俺がベッドで自由に寝れてない理由を!
去っていくリョウを睨むのをやめ、俺は居間に向き直る。
虹夏は静かに紅茶を飲んでいた。
リョウも寝てしまった、マズいぞ。
玄関扉で安易にまだ希望はあると考えていたが、頼みの綱のリョウは自分勝手に寝てしまい、家には両親がいるにしても、この家を出ようと虹夏が強引に押し進めてしまえば完全に無策となってしまう。
大体、どうしてこんな急に。
いつかしようと死刑宣告は受けていたが、具体的な日取りは伝えていなかった。明確にしたら、俺がその日だけ煙に巻こうと考えると読んで、ならば何も開示せず急襲する事を選んだのだろうか。
つくづく信用が無いなとは思う。
いや、まあ、虹夏がこんな状態になる前から誤解とか重ねてしまったから言い訳の余地は無いんだけれども。
「ご両親が帰ってたんだね……場所どうしよう?」
こてんと小首を傾げて虹夏が思索している。
可愛い仕草だが、言っている事には一片も愛らしさを感じない。
このままでは流される。
本能が阻止しろと叫んでおり、俺は震える手足でソファーまで移動し、虹夏の隣に腰を下ろす。
「虹夏。悪いけど、俺恋人がいるから無理、です」
「恋人……誰?」
「リョウです」
「それは嘘だよ。だって、ずっと前から付き合ってもないって言ってたのにキスしたり家に泊めたりしてたじゃん。一郎くん、すぐ嘘ついて私から逃げようとするから信じられないよ」
「こ、これは本当だって。リョウも言ってたろ?」
「リョウは何だかんだで優しいから合わせてくれてるんでしょ」
お、おかしい。
リョウの方が俺より信用されている!
幼馴染という補正が無駄なほどリョウのあの性格による被害を誰よりも受けていそうな虹夏が、知悉した上で優しくて俺よりも信用できると言っている。
存外ショックだ……最近受けた言葉の中でダントツかもしれない。
比較対象がリョウで、そのリョウに信用で劣るだと……?
悪夢だな、夢だな、ならば覚めろ。
「な、ならそんな嘘つきなんて相手にしなくて良いだろう……」
少し自棄になって、そんな言葉が口をついていた。
はっとして、俺は虹夏の方を見る。
マズい、これでは俺の相手をしている虹夏の方が愚かだと言っているも同義だ。喧嘩を売っていると受け取られても仕方のない失言である。
だが、虹夏は笑顔だった。
この会話の雰囲気に似つかわしくない、笑顔だった。
「好きなんだからしょうがないよ」
「ぇ……」
「一郎くんが寂しそうにしてるの見ると一緒にいたくなる。この前も私のご飯を美味しそうに食べるの見てたらもっと作ってあげたくなってさ。寝顔なんて頭撫でたくなる」
さらっとこの前の宿泊で俺の寝顔を見ていた事をカミングアウトされた。
おかしいぞ、俺は虹夏より後に寝たし、別の部屋で就寝した上に自分で起床したのに。いつ見る瞬間があったんだ。
「むしろさ、これだけ私を突き放そうとしてる一郎くんが私を好きになった時、きっともう一郎くんが私を離したくなくなるくらいに好きになってくれるんじゃないかって思うんだ」
そ、その予感は無意識にあったが、その発想は無かった。
「だから、一郎くんがまず逃げられないようにするよ」
「逃げられ、ない?」
「知ってるんだ。一人になりたいなんて言ってるけど、何だかんだで誰かの世話を焼いちゃう一郎くんだから、私から離れる理由さえ無くなれば後はもう向き直るしかなくなる」
「いや、それでも相手は出来ないんだって!」
「リョウがいるから?」
「そ、そう」
そう言うと、虹夏が立ち上がって俺の正面に立った。
何事かと少し身を引いて見上げると、そのままぐっと距離を詰めるように俺を跨いでソファーで膝立ちになる。
虹夏の瞳に映る俺の顔は、心底怯えている表情をしていた。
「一郎くん、おかしいよ。 ぼっちちゃんには将来結婚しようなんて言ってるのに喜多ちゃんに粉かけて、リョウとは付き合ってさ。 今も将来もずっと、誰かがいる。 いつ?いつになったら私には振り向いてくれるの?」
ぐうの音も出なかった。
喜多さんに粉かけた瞬間は一度も無いが、ひとりに対してはこの前の反応がもしある意味を持っていたとしたら取り返しの付かない事をしている気がする。
どうしよう、もう人生やめた方が良いかな。
いっそ、全員で俺の事を嫌いだと言って突き放してくれたら何の躊躇いも無く終止符を打てた……とみんなを批難するのはお門違いだよな。
俺が固まっていると、虹夏に抱き締めてきた。
「ねえ、『約束』しよ?」
甘く囁いてくる虹夏から逃げるように顔を背ける。
そして、偶然にも居間の入口の方を向いた事である物が見えてしまった。
壁際に隠れてリョウが立っていた。
さっき自室に入るのを見た筈なのに、音も立てずに再び戻って来ていたらしい。虹夏は気づいておらず、俺が意固地になって逃げていると思っているみたいで耳元に「こっち向いて」と囁いてくる。
リョウは、黙って俺たちを見ていた。
この二年間、アイツの無防備な表情を不本意ながら具に見てきた俺だからこそ、いつも表情が乏しいアイツが今どんな顔をしているかが分かる。
悲しそうに、痛みに堪えるように俺を見ていた。
あれは、多分俺に虹夏の誘いを断って自分の下に戻って来て欲しい……ということだろうか。いつも強引なアイツにしては、どうしてか俺に判断を委ねている。
単に虹夏だから強く出れないというのもある……?
どちらにせよ、あんな顔させてカレシを名乗るのは極刑物だ。
俺は意を決し、虹夏の肩を掴んで引き離す。
「ごめん!!」
覚悟と勢いのあまり、声を張り上げてしまった。
いや、親が起きるとか諸々の事で怖気づいては駄目だ。形振り構わず立ち向かうんだ。
驚いている虹夏に対し、俺は顔を正面に戻した。
「ずっと返事が言えてなかったけど、改めて言う。
俺は、虹夏の気持ちには応えられません。リョウと付き合ってるし、これからもそのつもりだから。――本当にごめんなさい」
何度も喉が攣って呼吸も止まりそうだったが、言い切った。
反応が怖くて目を瞑りたくなるのも堪え、虹夏の顔から目を逸らさずに言った。
重い沈黙で居間の壁時計の音だけが聴こえる。
殺されても仕方ないという思いで、虹夏のリアクションを待った。
「そっか」
すると、思っていたどの反応よりもあっさりした言葉だった。
虹夏は俺の上から退いて苦笑する。
「返事は要らないって言ったのに」
「ひっ」
「でも、ありがと。真剣に考えて、答えてくれて」
「え……?」
「これで流されて『約束』が守られても私は良かったけど、リョウにあんな顔されたらね」
虹夏の言葉に、さっとアイツが素早く隠れた。
どうやら気付かれていたらしい。
「勿論許してないけどね、振り回したこと」
「……ごめん。ありがとう」
「一郎くんの為じゃなくてリョウの為だからね?」
「あ、ハイ」
やはり、リョウの方が俺より信頼出来るし大切なようだ。
その割に肉体関係に発展させて絡め取ろうとした策を思い至った辺りは少し疑わしくもなるが、結果がコレならもう考える必要は無いし考えてはならない。
何はともあれ、虹夏が納得してくれた。
勇気を出して逃げずに立ち向かったからだ。
こういう事だよな、ひとり!……あ、ひとりの事についてもまだ懸念があるんだった……。
「一郎くん、ありがとね」
久し振りに見る、綺麗まっさらな虹夏の笑顔だった。
まだ色々あるけど……取り敢えず、この笑顔を取り戻せたことを今は喜ぼう。
俺はそう思って笑っていた――――あんな事になるとも知らずに。
× × × ×
私――伊地知虹夏は、いつもよりスッキリした気持ちで学校にいた。
周囲のみんなは、春休みなのに特別清掃という仕事で呼び出された事への不満で顔が暗いし、ボランティアという名で先生に半ば指名されて担当する事になった一郎くんとリョウなんかは目が死んでいる。
でも、私は気にしない。
以前なら、バンド関係以外で二人に会う度に少しだけモヤモヤした気分になっていたけど、今はそんな事も無い。
ちゃんと気持ちに一区切り付いたから。
爽やかな失恋って本当にあるんだなぁ。
未だに一郎くんとリョウ見ると羨ましいって思う事はあるけど、今までみたいな気分にはならない。
思えば、何だか随分暴走していた気がする。
ようやく客観的に自分を見れて、あの日は家で『箱』を机の上に置いてベッドでミノムシになってた。恋って人を盲目にするんだなぁ。
先生の説明が終わり、各々が担当の配置へと向かい始める。
私はリョウと一郎くんの所へ向かった。
「やっほ。リョウと一郎くんは何処担当?」
「ああ。コイツと一緒で音楽準備室になってさ。先生が言うには、リョウは楽器に造詣が深いから扱い的にも適任だろうとかで、俺はサボらないようにいつも通り面倒を見ろ……って」
「もはや運命。生涯一郎は私に飯を食わせろと天啓が示された」
「この通り、特別清掃が嫌すぎて頭がイカれてる」
二人ともこんな調子か……。
私は他の男女十人のグループに混じって体育館の清掃だ。
意外と大仕事になりそうで、昼休憩の時ぐらいしか合流できなさそう。
「お昼は一緒に食べようね!」
「うん。一郎と虹夏の弁当、楽しみにしてる」
「ナチュラルに集るなー」
苦笑しつつ、二人と手を振って別れた。
グループに合流する直前、肩越しに後ろを振り返った。
二人に会話は無さそうだが、リョウはちょいちょいと自然に垂れている一郎くんの手を握るか握らないか動いては止まってを繰り返し、葛藤しているのが見て分かった。
思わず笑いがこぼれてしまう。
リョウは何だかんだで一郎くん大好きだなぁ。
実はあの日、私が『箱』を持って来たのはバイト後にリョウから言ってきたからだ。
『ちゃんと一郎の話を聞いて欲しい』
両親は帰ってきて食事をした後に疲れて寝るから、その後でなら一郎くんも疲弊して変に誤魔化したり逃げる体力も無くして真剣に答えるしかなくなってるって。
だから、私はあの日に前田家を訪ねた。
一郎くんが真剣に対応してくれて嬉しくて、でもそれ以上に言われた通りの状況に対してリョウは彼を知り尽くしてるんだ、って悔しさと負けたなって感じだった。
だから、恋人になるのは諦めた。
こ、これでバンドに打ち込めるっ!……って、空元気気味だけど思ってたより辛くはない。
一郎くんは去年のクリスマスとか聞いた話では人間嫌いな部分もあるし、そんな人が恋人なんて作ったくらいだから見守ってあげるべきだよね。
一郎くんにも非はあるんだけど、変に掻き回しちゃった……。
そりゃ、まだ好きかと言われれば好きだ。
そんな簡単に割り切れるものじゃない、だって理由が一目惚れだったから。性格が良いとか見た目じゃなくて、何か相性的に一目でパッとこの人だってなった。
そんな人をスパッと諦めるには、まだ私も人生経験が足りてない。
きっと、これからも何かの拍子に暴走する事もある。
でも、二人の間に割り込む事は遠慮しよう。
「伊地知さん、もう昼休憩だよ」
「あ、もうそんな時間?」
グループの男の子に言われて、私は時計を見る。
考えながらやってると、あっという間に時間は過ぎていくんだなぁ。手が止まらずに作業し続けられたのは、バイトで培われた経験かもしれない。……恋愛もこれくらいスムーズだったら、あんな事にならなかったのかも。
思い出したら顔が熱くなってきた。
グループの子たちに誘われたけど、私は断りながら体育館端に置いたリュックから弁当だけ取って、急いで二人のいる音楽準備室に向かう。
一郎くんがいるから大丈夫だと思うけど、ちゃんと掃除してるかな。
何だかんだで振り回されて、終わってないってのも有り得る。
予想通りでリョウがだらしなかったら叱ってやろう。
……無いとは思うけど、流石にイチャイチャしてたらキレそう。
自分を客観視できるようになったとはいえ、まだ好きだし、多分そういうの見たら嫉妬でまた変な気分になって暴走しそう。
予感というか、確信だ。
まあ、そうなったら――遠慮しないでおこう。
でも、特別清掃だから流石にサボってたりしないよね。
私は音楽準備室の前に立って、扉を開けた。
「おーい、お昼だぞー!一緒に食べよー!」
少し驚かそうと思って声を張ったら、棚の向こう側からガタガタと凄く忙しない音が聞こえた。
ふっふっふっ、どうやら驚いちゃったみたいだね!
私はそのリアクションに満足感を噛み締めていると、棚の影からリョウが現れ……………た………。
「ふーっ、ふーっ……に、虹夏。もうお昼だっけ」
何故かリョウは棚に縋るように立っていた。
膝は震えていて、顔も赤らんでいる。
呼吸も全力疾走の後みたいで変だし、暖房が効いてるとはいえ、襟をかなり開いていた。……ていうか、急いでやったみたいにボタンの掛け違いが酷い。
何か、色っぽく潤んだ瞳で私を見ていた。
まさか……冗談、だよね。
自省した筈なのに、胸裏で激しく何かが燃え盛る。
私は笑顔を作りつつ、拳を強く握りしめて堪えた。
「……掃除、大変だったんだ?」
「ま、まあ……ね」
私は部屋を見渡した。
四時間掃除をした……にしては、あちこちに埃が見えている。
さっとリョウが視線を逸らした。
「掃除進んでないね」
「か、かもね」
「でも、リョウを見るにかなり大変なんでしょ。体育館は順調だからさ、先生や皆に頼んで午後からは私もそこ手伝おうか?」
「だ、大丈夫。私と一郎でヨユー」
リョウは必死に誤魔化している。
何を誤魔化せてると思ってるんだ、この山田は。
私は状況から推察できる事実を理解したくないと思いつつリョウの方へ、否、まだ姿を見せない一郎くんがいるであろう棚の後ろへと足を運ぶ。
「一郎くーん?」
「お、おお、虹夏か。集中していて忘れてた、もう昼だっけか」
正解。
一郎くんは、やっぱり棚の後ろにいた。
落ちて散らばったファイルを屈んで拾い集めている……風を装っていて、何だか汗だくだし彼のシャツも乱れている。
ああ―――うん、大体読めた。
きっと、最初は真面目にやろうと一郎くんがあれこれ頑張るけど、面白がってリョウがちょっかいをかけて、気付いたら途中から清掃じゃない事が始まったんだ。
私は頑張ってたのに。
私は真面目に働いてたのに。
どうしてこんな、こんな不真面目な連中に遠慮なんて馬鹿な事考えてたんだろ。
「一郎くん、あのね」
「は、はい!」
一郎くんがその場で正座する。
多分、私が怒ってるの察したな。
じゃあ、もう分かるよね?
「仕事サボってイチャつくのはどうかと思うよ」
「……い、いや、イチャつくとかそんな事は」
「ふーん、言い訳するんだ?じゃあ、そんな人に温情は要らないよね」
「……?」
「この前さ、諦めるって話したでしょ?」
「あ、はい」
「でも、私に告白された後でも付き合ってないリョウとあんな事やこんな事は出来たんだし、何かそもそも一郎くん相手にアプローチとかそんなまどろっこしい事する方がおかしいんだよね。――だから
「……?」
「一郎くんが真剣にならないなら、私も真剣に向き合う必要無い。勝手にやるね」
私は屈んで、一郎くんと目線の高さを合わせる。
震えて目を逸らす一郎くんに、私は今度こそ自然な笑顔で正対していた。
そっか、そっか。
こういう時は、やっぱり真剣に向き合ってくれないんだね。
「一郎くん。バンドマンってロックに生きるべきだよね」
「え、あ、うん、そうだな」
「じゃあ」
もう、一切許してやらない。
「私
私がそう告げると、一郎くんは唖然としていた。
俺、バンドマンじゃない……なんて声が聞こえたけど知らない。
うん、幸せになろうね一郎くん!
リコリコだったり、今書いてる呪術廻戦のヤツだったり……思えば、重めの愛しか書いてない。
もしかして、私は愛に飢えている……?
というワケで恋人作るか!と考えて三秒後、恋人よりも今は美味しい物食べる方が良いなとなった。
結論、生姜焼き風玉ねぎって美味ェ!!
今回の結末を見て、どう思った?
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ァァァアアロッケンロォオオル!!
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さては阿呆だな?
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生まれろ、新しい生命よ!
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パルプンテ、もう未来パルプンテ。