ふたりBADEND……?そんな公約ありましたっけ。
真面目に働く三月末。
俺のバイト先は、新季節を前に引っ越してきたので美味しい店を開拓する目的で足を運ぶ人の来店が多くなっており、特に夕方辺りの多忙さは凄まじい。
下北沢には夢を見て集まる人間が多いそうな。
だからなのか、店内の空気も景色も濃い。
具体的に言うと風貌がアーティストっぽい方々が多く、店内はカラフルな上に騒々しい会話の中で入り乱れる専門用語たちの所為で立ってるだけなのに五感が情報過多でショートしそうになる。店内で漫画を描き始める人間もいるが、配膳し難いから勘弁して。
そんな激務を終え、俺は裏の更衣室で着替える。
「ふぃーっ、軽っ」
もう制服のエプロンそのものが鉄だったかのように外した途端、肩がとても軽くなったと錯覚した。
やっと、バイトから解放された……まあ、帰ったらまた人の飯を作る作業があるんだけどな。最近は春休みだからと許可無く虹夏も来るし。
いや、たしかに虹夏も厄介だ。
突然、俺の恋人を自称し始めて最初は冗談かと思ったが、この前なんて夕食の材料を買い込みにスーパーへ言ったらバッタリ遭遇し、流れで一緒に買物をしたのだ。
そのまま二人で道が別れるまで並んで歩いていたところを中学の時の同級生に見咎められて。
『あれ、伊地知さんと前田?』
『ん。ああ、久し振り』
『何だよ。二人で仲良く買い物かよ、羨ましい』
『羨ましいって』
あはは、と虹夏が照れ臭そうに笑う。
俺の隣にいるだけなのに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちになった。
『クソ、オマエに可愛いカノジョが出来るなんて……!オレも頑張れば、まだ望みはあるのか!?』
『違うって』
『はあ?どう見てもこれから二人で飯なんだろ!家で!』
『偶然一緒になっただけだ。な、虹夏?』
誤解だと弁明し、俺は隣の虹夏に同意を求めた。
すると、虹夏が顔を赤らめた。
最近は乙女な表情をすると何を言い出すか大体予測できる。予測出来たところで止められた例は一度だって無いんだけどな。
『夜は長いだろって……言ったくせに』
言ってない。
君は何処の世界の前田一郎と会話したんだ。
悪いが、俺はそんなタイムトラベルも異世界トリップする映画みたいな事はした覚えが無い。大体、何だその恥ずかしい台詞……実際に言ったら、途中で自ら股間をラバーポールに突っ込んで自死するくらい気持ち悪い。
いよいよ虹夏の中の俺が分からない。
この前の一件以来、また変異している。
俺への認識が理解の外に出ていたのは以前からだったが、今では完全に次元の違う領域に行ってしまったような異質さだ。
何にせよ、そんな事を俺が言うワケが無い。
案の定だが同級生の男子たちもぽかんとしていた。
『そ、そだな。まだ夜は長いもんな』
『冬過ぎたばかりだしな』
じゃあ、頑張れよと言い残して同級生は去っていく。
一瞬だけ見えた虚ろな目は、俺がフォローしたところで正常な光ではなく、憤怒の炎を灯すだけなのでそっとしておく事にした。
何でこんな風になってしまうんだよ。
しかも、その後は一旦家に帰ったと思ったら、星歌さん用の夕食だけ作って本当に俺の家に来てしまった。数分後に『虹夏を、虹夏を返せ……!』という呪詛が電話で来た時はいよいよ死にたくなった。
星歌さんにも嫌われたくなかった……!
頼れる大人の一人だったのに。
今じゃ、ロクでナシって評価じゃん。
「うわっ。……リョウかよ、驚かせやがって」
恐怖で独り震えていたらスマホが震動し、驚いて画面を見ればリョウからのロインだった。
内容は、『虹夏以外にも女っているの?』だ。
えっと……何かの暗号か?
実は日本語表記に見えているだけで、本当は形が似ているヘブライ語だったり。そんな意味のない深読みをしつつ、まあ相手が山田リョウだから深く考えるだけ無駄かと言葉の意味は額面通りに受け取る事にした。
他に女、ね。
取り敢えず『オマエ以外いません』、と。
俺は送信してスマホをポケットにしまう。
バカにしやがって。
複数人と同時に付き合えたなら、そもそも中学生はバラ色の生活をしてただろう。してたか?いや、してないな、他人に興味が無かっただろうし。
あの頃が懐かしい。
常に薄暗い日常という感じだが、今と比べると平穏な気がする。
……いっそ人の世を捨てようか。
「先輩、顔色悪いですよ?」
「ん、ああ、ごめんね山さん」
着替え終えて更衣室を出ると、同じくバイトから上がった後輩の女子の山之内優佳――通称山さんに話しかけられた。
クラスで絶対に男子の視線を恣にしていそうなルックスを至近距離で見ても動じずにいられるのは、多分リョウの影響だろう……実に不本意。
アイツ、顔だけは良いもんな。
性格はクズと定評があるのが玉に瑕。
山さんは新人研修で俺が面倒見たのもあって、他にいる後輩たちに比べて特に仲良くなった。一人暮らしで夜遅くに上がる彼女を、あの俺が家まで何度か送った事もあるくらいに。
「別に何も無いよ。心配かけてごめん」
「本当ですか……?」
「まあ、ちょっと人間関係に疲れて山で暮らそうか悩んではいるけどさ」
「それなら、私の家に来ます?」
「え゛」
後輩の厚意が不意打ちで、思わず変な声が出た。
俺の失礼な反応に、山さんが上目遣いで見てくる。
「イヤ、ですか?」
「嫌ではないけど普通に駄目でしょ」
「私は良いですよ……前も話した通り、一人暮らししてるので」
「………????」
尚更駄目なのでは。
それに、俺の家には今両親がいる。
二人に『知り合いの女の子の家にいるよ』とか意味不明な言い訳が通じるワケが無い。
恋人もいる手前、無闇に他の女子の家に宿泊とか知られた日には何をされるか分からない。後藤家は除いて、後藤家は例外、後藤家だけは許して。
取り敢えず、山さんの家は駄目だ。
そんなワケで俺は丁重に断る事にした。
「有り難いけど気持ちだけで」
「泊まって、くれないんですか?」
「何回か死ぬ目に遭うと思うから遠慮する」
具体的に言うと、虹夏と星歌さんとリョウ。
最低でも三回は臨死体験する羽目になる。
山さんの厚意が誰かの殺意を招くというのなら是が非でも断るのが賢明な判断と言える。
俺は何故か未だ粘り強く誘ってくる山さんに同じ返答をしつつ、ホールの方へ出れば待っていたと言わんばかりに立っていた店長が俺を見て目を細めた。……何??
「店先で待ってるよ、女の子」
「女……?」
後ろから山さんの低い声が聞こえる。
さっきより何トーンも違いがあるのが怖い。
店先で俺を待つ女の子……誰だ??
この状況は既視感がある、もしやと思うが虹夏だろうか。それとも勤務先を把握している喜多さん。或いは何かあって俺を頼りに来たひとり?
是非とも最後者で頼む。
俺は早足で店を出ると、扉の隣の壁に少女が凭れていた。
退屈そうにスマホを弄っている。
ヘッドホンで音楽を聴くすらりとしたスタイルといい、やはり黙っていれば美人な横顔は様になっていた。
クソ、一瞬見惚れた自分を呪って下水に流したい。
意外な人物で驚きはしたが、平静を装って俺はヘッドホンに手を伸ばす。
「リョウ」
「ん、やっと来た」
ヘッドホンを外された山田リョウは嫌がる素振りも無く、俺を見るなり薄く微笑む。
それから俺の後ろを一瞥した。
ん、何かあったっけ。
振り返ると、ひくひくと山さんが弧を描く口の端を痙攣させていた。そんな顔してるの初めて見たんだけど。
「何でここに?」
「時間合うから、一緒に帰ろうと思って」
「『STARRY』のシフト無いって言ってなかったか?」
「路上ライブしたから」
リョウの言葉に総毛立つ。
け、『結束バンド』の路上ライブだと――!?
いつの間にそんな素敵なイベントがあったなんて。以前もひとりがきくりさんと行った路上ライブはサポートに専念していた所為で観れなかった屈辱もあったから殊更に悔しい。
そういうの告知してくれよ。
でも、『結束バンド』のトゥイッターってライブ告知とかじゃなくて、喜多さんの美容の話ばかりなんだよな……。
それにしても、今日のコイツ変だな。
リョウのまとう空気が柔らかい。
路上ライブの反応がかなりの好感触だったか?
不気味なほど上機嫌な理由を思索しつつ、次こそは逃せないので路上ライブの予定を聞こうと思った。
「次いつ?」
「一郎は忙しいでしょ」
「暇なら行くっつの」
「……ふふ」
「え、怖……何が可笑しいんだよ?」
リョウはマフラーに口元を隠して笑う。
「そんなに私に会いたいか」
不敵な言葉に、俺は嘆息する。
別に山田リョウではなく、山田リョウの音楽を目当てに行くのだから調子に乗らないで欲しい。
後輩の前で余計な事言いやがって。
俺は取り上げたヘッドホンを自分に付けた。これでもう何も聞こえません。
リョウはそれを見て益々嬉しそうにすると、徐ろに俺のネクタイを引っ掴んだ。思いの外強い力――ベースで鍛えたのか?――で下げられた俺の頭を包むように抱き締めてくる。
……何がしたいの?
ここ、家じゃなくて店前なんだが。
リョウの胸で何も見えないし、ホールドしている腕でヘッドホンが押さえられて音も聴こえにくい。
ただ、微かにリョウが何か話しているのが分かる。
「
「
「
「
駄目だ、聞き取れない。
あと、地味に耳に食い込んで痛い。
やがてリョウが頭を解放してくれたので、俺はヘッドホンを取って彼女を睨んだ。
「一郎。今日は私の家で食べよ」
「は?え、えー……?」
「そのまま泊まっても良いし」
「いや……着替えとかどうするんだよ」
「お父さんの借りればいい。この前の豚と大根のやつ食べたい」
「豚バラと大根のニンニク味噌炒めな」
「そうそれ」
「んー……まあ、良いけど」
前田家よりは、気軽なのかな。
俺はそう思って承諾する。
また後ろから低い声で「泊まり……」と聞こえた。やべ、そういえば山さんを忘れてた。
「山さん。今日はお疲れ様」
「お、お疲れ……様……でした……」
「え、急にどうした?大丈夫か?」
「何でも、アリマセン」
「何か急に体調悪そうだけど、不安なら家まで送――」
「結構です!!この三股男――!!」
「他は誰と誰!?」
三股男と吐き捨てて山さんが走り去っていく。
もしかして、リョウの他にまさか喜多さんと虹夏の事を指して言ってるのか!?
置き去りにされた俺が遠のく背中に固まっていると袖を引かれた。
見れば、満足げなリョウ。
「何だその顔は」
「別に。ただ、『山さん』とは甘いな」
「は?」
「姓はもう一文字無いと同じ土俵にすら立てない」
「何で名字で競ってんだよ。あとあの人、山之内さん」
「なに……?」
一文字敗けただと、とアホな事を言っているので、呆れた俺はぶつぶつ呟くリョウの言葉を無視し、その手を握って山田家へと向かった。
それはそうと、やはりコイツが上機嫌な理由が一向に分からない。
もしかして、何か企んでるのか?
意外と色んな策を頭の中に巡らせて、これから俺に何か仕掛けるつもりかもしれない。
ちら、と隣のリョウを盗み見る。
「まあ、良いか。一郎は私のだし」
頭空っぽだな、コレは。
やはり、深読みするだけ徒労に終える。
「今日は機嫌良いけど、どうした?」
「ん、別に」
「絶対嘘だろ。路上ライブが上手くいったか」
「意外に盛り上がったし、私力作の投げ銭箱にお金が入っていくのは病みつきの快楽になる」
言い方はアレだが路上ライブは成功なのか。
投げ銭箱……夜、俺の部屋でせっせと作業していたヤツで間違いない。バイトに行く前に完成品を一瞬見たが、本当に力作と呼んでいいのかと疑問を呈する清々しい低クオリティだった。
まあ、本人の感性だし、兎や角言う言うのはやめよう。
バイト先の客と同じだ。
温かく見守ろう。
「その金は皆で山分け?」
「バンド経費として虹夏に没収された。折角、買いたかった楽器……じゃなくて、音楽の為に使おうと思ってたのに」
「…………」
「私なら正しく使える」
「オマエの手に渡っても碌な事にならないだろ」
「心外なんだけど。私はお金に誠実」
「えーと、今ので何回目の嘘だっけ?」
呼吸の数だけ嘘ついてる気がする。
もういっそ、金銭も無く俗世から離れた場所で生活させたら良いんじゃないか。コイツは一つの事へ集中力が傾けば、後は勝手に何かを極めてくれる。……本当に仙人になってそうだが。
そろそろ新学期だ。
俺たちは、いよいよそれぞれの進路に向けて明確な一歩を踏み出す年になる。
受験戦争で忙しくなり、次の年には新しい事で忙しくなり……こうして上機嫌なコイツを間近で見る事も無くなって、いつか貴重だと思う日が来るのか?
俺は再びリョウの方を盗み見る。
あれ……?
リョウはスマホを見ながら歩いていた。――通称『ながらスマホ』の危険な例の一つそのもの。
危ないから前を見ろ、と言おうと思ってつい画面が見えてしまった。
プライバシーの欠片も無いが、見えてしまったものは仕方がない。
そこで俺が偶然目にしたのは、俺とのロインのトーク欄だった。
一文……『オマエ以外いません』を指でなぞっている。
「私以外……ね」
また上機嫌に笑うリョウからスマホを取り上げ、後は黙って山田家までの道を急いだ。
おまけ「闇の引力」
結束バンドMV撮影の後日、下北沢の町で遭遇した。
「あ、アンタは……!」
「げっ」
買い物の帰りに、小柄な女性と出会す。
相変わらず自分を幼く見せんとする努力に余念のない風采の彼女は、恐らく人違いでなければぽいずん♡やみとか言う毒々しいペンネームの取材記者だった気がする。
俺はため息をついて、彼女に向き直った。
「こんにちは。挨拶したのでもうこれ以上は勘弁して下さい」
「開口一番に失礼なガキね」
「14歳の設定捨てた台詞ですね」
「もう知ってるヤツ相手に今さら猫被ってどうすんの」
「プロはそんな事言わない」
「コイツ、ムカつく……!」
わなわなと拳を震わせる彼女に背を向けて歩き始めた。
「ねえ、『結束バンド』は最近どうなの?」
「……知りたいですか?」
「そりゃ勿論」
「何で直接本人たちに尋ねないんですか?」
「それは……前の事でちょっと気まずいし……」
「14歳を名乗る度胸は何処行ったんですか」
「いい加減殴るぞ、マジで!」
「分かりましたから。もう闇とか毒とかここで解放しないで下さいね」
「その前にこの拳骨でも食らっとけ!!」
当たらなかった。
今後気になる展開。
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