「一郎先輩!お邪魔します」
路上ライブ後、疲れた体を癒しに喜多さんとひとりが俺の家に来ていた。
疲労を解消するなら自分の家が良いと思うが。
ひとりについては言わずもがな、喜多さんに引っ張られて来たという感じで疲れ以外の暗い色の滲む表情は正視に堪え難い。
灯台下暗しというのだろうか。
己の眩しさと活力の余り、身近で犠牲者が出ている事には気付いていないようだ。
何とも惨い。
「良いけど、補導される前に帰りなよ」
「いえ。今日は宿泊のつもりです」
喜多さんが手荷物を掲げて見せる。
なるほど、ただの学校やバイトだけでは収まらない物量に鞄が膨らんでいる。
んー、最初から泊まるつもりだったと。
なら事前に連絡して欲しいんだよな。
「予約の連絡も無かったぞ」
「リョウ先輩が今日は伊地知先輩の家に行くと言っていたから、ゴリ押しでイケるかなって思ったんです!どうですか!?」
「正気を疑う」
ゴリ押しでいける男だと思われている。
ここは怒るべきなんだろうが、あまりに溌剌としていて逆に毒気が抜かれてしまう。
門前払いした方がひとりとしては有り難いなら容赦なく喜多さんを外に突き出す事も考えるが、彼女の絶望した顔は時間的にもう金沢八景駅行きの終電を逃しているので逃れられない運命を受け容れようとしている風である。
うん、ひとりが帰れないなら仕方無い。
「良いよ。一晩ね」
「やった!」
「い、いっくん……ごめんなさい」
「謝る事は無い。ひとりは常に利用して良いんだぞ」
「私の時には渋ってひとりちゃんにはそんな厚遇……目に見える差別で体熱くなっちゃいます……!」
たしかに、喜多さんには失礼な対応だったかも。
破滅的な快感を催しているのは、もうどうしたら良いか分からん。
逆にリョウがいないと躊躇い無く俺の家に踏み込んでくる所は、流石は行動力の権化こと喜多郁代。ファンというだけで未経験ながら経験者と偽って推しと同じバンドに参加する度胸は侮れない。
それを俺の家に泊まる時に発揮して欲しくないよ。
俺は二人用のスリッパを用意する。
もうリョウは使わなくなって久しい物だし、来客も少ないから懐かしい感覚すらあった。
居間へと誘導し、ソファーに座らせて飲んでいた麦茶を供するが、時間的に二人は夕食の方が嬉しいのだろうか。
「二人とも、お腹空いてるか?」
「え?」
「昨日作ったカレーとかひじきの和物で良ければ有るけど」
「あっ、うん」
「ええ!ご飯まで頂けるんですか!?是非!」
「追加で米炊くから少し時間が要るけど、その間に風呂とか好きな事しててくれ」
俺がそう言うと、二人は早速風呂場へ。
え、二人で入るのか?
女子だとそういうものなのか。
喜多さん曰くバンドは第二の家族とか言うし、当たり前なのかもしれない。あの図々しいリョウですら、俺の入浴中に突入してくるのを実行直前に躊躇っていたらしいから、第二の家族という絆の形は俺の常識では測れない。
まあ、仲が良いなら何よりだ。
我が家でギスギスされたら堪らないし。
しかし、ひとりは意外とよく食べるのは知っているが喜多さんの食事量ってどれくらいだ?
バイト先では、友だちに比べてやや少食だったし……二合くらい炊いておけばいいかな。
『きゃあああああ!』
「……?」
絹を裂くような叫び声が聞こえてきた。
おそらく、喜多さんだろう。
風呂場で虫でも出ただろうか……俺が入った時はいなかったんだけどな。
何事かと考えていると、ドタバタと騒音を立てて喜多さんが居間へと駆け込んできた。冷静さを失ったが故かスカートを脱いでシャツ一枚の姿で現れた彼女に思わず面食らう。
「先輩!脱衣所の棚にこんな物が……!」
「……服?」
「これ、リョウ先輩のじゃないですよね!?」
うん、そうだが。
「それが、どうかした?」
「先輩、これは誰の物ですか!?」
「それは大槻ヨヨコのだよ」
「何で大槻さんのがここに!?」
え、そんなに驚く事だろうか。
喜多さんの様子は尋常ではない。
互いの息がかかる程の至近距離にまで詰め寄って来た彼女に、俺は仕方なく事情を説明する。
昨日だったかな。
またライブ前に緊張で二徹もしてしまい、しかもライブの反応は人気に変わりは無くとも客数が増えたワケでも無く、その現状と成長中の『結束バンド』を比較して不安になったのでライブ後も独りカラオケで猛練習し、疲れ切って道端で倒れそうな所にバイト帰りの俺が鉢合わせたという顛末。
放置するのも可哀想なので、俺の家が近い上にリョウもいないから一先ず家で保護し、ぐっすりと一晩寝させたのだ。
本人からは甚く感謝され、服は俺がリョウの為に備えた予備服を着せて、取り敢えず親に身柄を回収して貰った。
そして、今喜多さんが掴んでいる服は俺が一時的に預かっている大槻ヨヨコの洗濯した服。後で郵送で大槻家に返す次第である。
「――というわけだ」
「大槻さんまで宿泊……!?それ、リョウ先輩は知ってるんですか?」
「ああ、今朝学校で説明したら拗ねた。だから今日も虹夏の家の方に行ってるんだと思う」
「破局の危機だわ!?好機だわ!?」
「好機……??」
たしかに、リョウとは喧嘩中……?みたいな状況だ。
緊急につき大槻ヨヨコを泊めたと虹夏にも苦労した世間話の調子で語ったら、二人に物凄い顔をされたのだ。
虹夏はともかく、リョウに至ってはそんな顔をされる謂れは無い。
オマエだって、道端で立ちながら寝ている状態だったのを俺に保護されてよく家に通うようになった人間だろうが。
危険な状態の知り合いを見つけても捨て置けるほどに人間嫌いを拗らせたワケじゃない。仮にヨヨコを見捨てて次から『SICKHACK』のライブを観に新宿『FOLT』まで足を運んだ時に幽々さん達を見るたび罪悪感とかに苛まれるのは嫌だから。
まあ、それで納得してくれるリョウではない。
『私のいない夜に震えるといい』
キメ顔でそんな事を宣っていた。
よく臆面もなく言えるよな、そういうの。
だから、暫くは伊地知家の世話になるのだろう。いや家帰れよホントに。
俺としては負担が減って悪くないが、リョウの機嫌を損ね続ける方が後々危ない気がするから、明日にでもしっかりと謝罪するつもりだ。悪くない事でも謝らなくてはならない不条理には目を瞑る他安寧は無い。
「ほら、二人とも早く入って来なさい」
「はいっ。綺麗にするのでちゃんと見て下さいねっ」
「ああ……うん?」
相変わらず言い回しが謎な喜多さんが脱衣所へと消えていく。
ヨヨコの服に喜多さんがあれだけ慌てていたが、静かという事はひとりの方は何も感じなかったみたいだから不幸中の幸いだ。
ようやく落ち着けるとソファーの上で寛ぎ、何をして暇を潰そうかと考えていたらスマホから着信音が鳴る。……げ、リョウだ。
「もしもし」
『何で連絡しないの』
「何だと?」
『私が怒っても放置とか、一郎はやっぱりロックだね。そういうところが大嫌い』
「えぇ……まさか、俺からの連絡が無いかずっとスマホ見張ってたりしないよな?」
『…………』
「そうですか」
意外と寂しがり屋だからな。
まさかとは思ったが案の定だったよ。
「今家に喜多さんと終電逃したひとりが泊まりに来てるけど、今からでもこっちに来るか?」
『は?』
「アポ無しで来た」
『つまらないダジャレは聞いてない』
「その“来た”じゃねえよ!」
むしろつまらん事言ってるのはオマエだろ!
不機嫌なのにこの調子だから相手にも真面目に受け取って貰えないんだぞ。
だが、リョウの声色は一層不機嫌な色を濃くしている。
明日、大変な事になるかもな。
ここまでの流れが思惑通りならばとんでもない策士だぞ、喜多さん。いや、幾ら普段から様子が可怪しいとはいえ俺たちを嵌めるような悪人ではない。
「どうする?」
『一郎は私に会いたい?』
「オマエがどうしたいかだろ」
『会いたい?』
「はい、おやすみなさい」
俺はブツリと通話を切った。
考えるのはやめよう、明日の俺がどうにかしてくれると信じて現実逃避だ。
炊飯器から音が鳴り、米が炊けた。
カレーにはもう火は通したし、後は二人が風呂から出てくるのを待つだけだ。……本当に二人で入ったんだな。
「先輩、シャワーありがとうございました!」
温まった喜多さんが元気よく現れる。
ひとりは何故かぐったりしているが大丈夫か?
俺は二人分の器にカレー、所望したひとりにのみひじきの和物を用意する。
よほどお腹が空いていたのか、二人とも次々に口へと入れる。
まあ、リョウもライブ後はよく食べるしな。
演奏はそれだけ体力を要するのだろう。
「そういえば、二人とも二年生になったんだよな」
「はい!」
「喜多さんは文化祭でも人気だったし、もう後輩から慕われてたりするのか」
「あっ、撮影会はあったよ……」
撮影会……?
喜多さんの代わりに答えたひとりの顔は死んでいた。
巻き込まれたのかは分からんが、あの顔からはかなりの心労があったと察せられる。クラスが変わる、顔触れや環境が変わっただけストレスがあるから、繊細なひとりには厳しい変化だ。
「二人ともクラスは一緒か?」
「はい!席順も私の後ろがひとりちゃんなんです」
「何かあったら助けてやってくれ。相談にも乗るから」
「えっ……乗ってくれるんですか?」
「え、早速何かあったのか」
「その、自己紹介というか事故紹介というか……」
今度は喜多さんの顔が死に始めた。
混ぜるな危険って聞いた事があるが、本当にあるんだな。助け合えると思いきや逆効果な場合があるとは思いもよらなかった。
自己紹介で何かあったのは確実。
自己紹介……自己、紹介……――
「い、いっくん?顔が暗いけど大丈夫?」
「いや、良いんだ。何でも無い……何もなかった事にしたい」
「ひとりちゃん。先輩はね、自己紹介でリョウ先輩と伊地知先輩にプロポーズしたのよ」
「何で知ってるんだよ。あと虹夏にはしてない」
「大丈夫です。先輩が二股してたって、気にしないですよ。むしろ私は三番目なのね!」
恍惚とする喜多さんにはもう口を閉じて欲しい。
駄目だ、ひとりに聞かせる内容じゃない。
てか誰だよ、自己紹介の時の話なんかしやがったのは。いや言わずとも分かる……十中八九、虹夏だ。リョウが説明したなら、プロポーズの対象として虹夏が挙がるワケが無い。
リョウにだってした覚えは無いけどな!!
こんな醜聞は校外にだって広がって欲しくないのに、よもや後輩にまで吹聴していたとは手抜かりないな虹夏。
「あ、そういえば先輩!」
「ん?」
「実は、今日の路上ライブ後に知らない箱からライブの誘いがあったんですよっ」
「え、いつか教えてくれ。絶対に空けるから」
とうとう『STARRY』以外でもライブやるのか。
それだけ認知されているということだな。
着実な人気の上昇……うん、ヨヨコが不安になって倒れていたのも強ち過剰ではないという事だな。
時期的に考えると、未確認ライオットの前哨戦のような形になるのか。成功すれば本人たちのメンタル的にもかなり余裕を以て迎えられるだろうし。
「先輩って、ここ最近のライブ来れてませんよね」
「バイト辞めてく人が多くてさ。その穴埋めでかなり忙しいんだよ」
「その店に問題とか?」
「いや?何か知らんが好きな人にカノジョが出来てとか……職場内の恋愛模様によるストレスで辞めていくらしい。俺そういう話聞かないから驚いたけど」
「あ、なるほど……」
俺を見てニッコリと喜多さんが微笑む。
どうしてここにきて毒々しいキターン光線を放射するのかは意味不明だが、きっと恋愛等に敏感な人にしか分からない事情という物を今の話から察したようだ。
俺はそういうのに鈍い……どころか愚鈍とまでリョウに謗られたレベルらしいから。
その後、謎の沈黙が始まって食事を終えると二人は提供した母の部屋に行ってしまった。
……さて、喜多さん達の相手も終わったし、明日のリョウについて考えよう。
夜中になっても結論は出ない。
現在のリョウや虹夏の行動力は凄まじく、周囲にどんな認識をされても問答無用という勢いなので、明日学校で会った時にどんな事を言い出すか予測不能だ。
先んじて謝罪、その後にひたすら甘やかすのが得策。
問題は謝罪内容……的外れな事は論外として、気に障る言い回しも言語道断……リョウの場合は普段から全く何を考えているか読めないから、何が琴線に触れるかなんて予想するのも難しいな。
ベッドの上で悶々としていると、扉が開く音がした。
「……?」
ノックも無しに入室だと。
非常識だと思いつつ、ゆっくりと開く扉から音を努めて出すまいとする意識と気配りをしているのが分かる。
悪戯目的だろうか、俺に?
容疑者はふた……いや一人だ。
ひとりが俺に危害を加える事なんてあるワケがない。
俺は目を閉じて、ひたすら音に耳を澄ませる。
しばらくすると、布団の中に誰かが入って来た。
左を向いて寝ている俺の背中側でもごもごと蠢いている。
ふ、来やがったな……喜多さん。
これは多分、朝起きたら二人で寝ていて起き抜けに何かドッキリを仕掛ける心算に違いない。
だが、それは俺が今すでに寝ていたら可能な事であって、俺が起きていると示せば作戦は意味を成さない。
残念だったな!――と俺は右へと寝返りを打った。
「んみゅっ……!?」
その時、唇に温かい感触が触れる。
暗闇だが、至近距離だからこそやっと見えるひとりの顔がそこにあった。
お互いに予想外の出来事で目を見開く。
「「…………………んぇっ?」」
最近読んでて思うこと。
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イチャイチャじゃなくて曇らせて
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もっとイチャコラしろ
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BADENDシリーズはいつ?
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いつになったら日の呼吸使えんだよ!