ひとり強すぎ。
郁代は………うん、登場させてあげられなくてごめんね?ちゃんとチャンスは次回までに。
――私も今日泊まるって言ったら、嫌かな?
伊地知さんが山田に対してそう尋ねた。
可怪しい、彼女は俺と同意して山田を家から撤去する為に共同作戦を行ったつもりだったのだが、彼女の口から出たのは真反対の内容だった。
伊地知さん、話が違う。
「前田に訊いて」
山田が一瞬の間を置いて返した。
どの口が言ってるんだか。
普段から俺に許可を求めて断られても平然と居座るヤツが他人に許可申請を促すなど明らかに俺をバカにしているとしか思えない話だ。
ほら、見ろ。
その返答に、ぴくりと伊地知さんが眉を動かす。
きっと、オマエには言われたくないという顔だ。
いや、それよりもこの事態が理解不能だ。
何が起きているか分からない。取り敢えず、伊地知さんに裏切られたのは確かだ。
なぜ山田撤去を頼んだのに宿泊者が増えるんだろうか。
もしかして、悠々自適に過ごしている山田の姿を羨ましがった伊地知さんに悪影響が及んだのかもしれない。
こうなったら、もう俺の手には負えない。
伊地知さんがこちらを見た。
と、泊まるって言ったって……女子二人も?
流石にそれはどうかと思う。
山田はもはや寄生虫だとしても、伊地知さんはどう見たって可愛い女子で好きな人で天使なのだ。
「伊地知さん、話が違うんだが」
「お願いっ!」
「…………」
真剣な面持ちの伊地知。
ちらりと視線を少し外す……後ろでは、山田が首を横に振っている。
諦めろ、と……そう言いたいのか。
山田に諭されるのは癪だが、そうかもしれない。
「……分かったよ」
「やったー!」
「……前田」
俺が認めると、伊地知さんが可愛く叫ぶ。
駄目だ、この笑顔には勝てない。
山田が何か言いたげな顔でこちらを見ていた。オマエが諦めろって言ってきたんだろう。
……はあ。
今日はいつも以上に忙しくなるのか。
「前田くん」
「ん?」
「お世話になるんだし、私が料理するよ!」
「…………え」
お世話になるんだし、私が料理するよ……?
家に泊まるヤツって、図々しく飯を食って寛いで帰るのが普通なのではないのだろうか。
俺は宿泊者のあるべき姿について熟考した。
結論、そんなもの考えても分からなかった。
よく分からないが、伊地知さんの手作りが食べられる。
不幸中の幸いなのだろう、きっと。
俺が納得していると、山田に袖を引かれた。
振り返ると、何だか切なげな目をしている。
「なんだよ」
「……前田の手料理が食べたい」
「いや、でも伊地知さんが厚意で――」
「食べないと死ぬ」
「で……も……」
「虹夏のは弁当で食べられるけど、前田のご飯はここだけ」
「毎回クソ低次元な理由」
俺はここでしか食えないんだよ。
伊地知さんの手料理は今しかないんだ。
懇願するような山田は、俺が厳しく睨みつけても尚姿勢を崩さない。
駄目か。
俺はキッチンへ向かう天使に視線を移す。
たしかに、お礼とはいえ他人に冷蔵庫の中身を任せるのもどうだろうか。
俺が日頃から一人生活を想定して管理しているので、ここで伊地知さんに使用させたら、そのプランも崩れてしまう。
山田の為ではない。
あくまで俺の為だ。
「伊地知さん、俺が作るよ」
「え、でも」
「伊地知さんはシャワー浴びたばかりだし、ゆっくり寛いでなよ。日頃から山田に高評価……?して貰ってるから大丈夫だ」
「うーん……分かった」
伊地知さんが納得して居間の山田と何やら話し始める。
二人とも仲が良さそうだ。
日頃から、ああなのだろう。
……待てよ?
山田には友だちがいて、俺にはいないのか。しかも相手は伊地知さんという……友人の数で優劣を決めるなんて愚の骨頂だが、どうしてだか胸を貫くような衝撃を覚えた。
俺は、山田より友だちがいない?
アイツの飯、一服盛った方が良いのかな。
「いい加減に鍵返しなよ」
「これは信頼の証」
「えぇ……ホントに……?」
「最初は色々言われたけど、最近は何も無い。これは私が頑張った証拠」
「絶対ソレ呆れて言わなくなったやつ!?」
良いな。
俺も伊地知さんとあんな会話がしたい。
でも、あの話題って俺という犠牲で成立している。
今日はほうれん草のお浸しと、豚バラ肉とニラ玉炒め、味噌汁と白飯にしておこう。
今日は三人、気持ち少し量を多めに設定して作る。
内心ではドギマギしている。
率先して料理すると進言した口振りから察するに、伊地知さんも日頃から料理をしているのだ。
ここで出した飯に――「あ、私の方が上手いかも」とか言われたら死にたくなる。
別に良いけど、何かダメージ。
料理中、スマホが鳴る。
取り出して画面を確認すると、ひとりからだ。
どうした。
「もしもし」
『あ、あの、いっくん……今大丈夫?』
「大丈夫。オマエからならいつだって出る」
『ふへ、あり、ありがとう』
嬉しそうなひとりの声がした。
うん、今日も健康状態は良さそうだ。
もうここ二、三年の俺は声を聴いただけで相手の健康状態がどうなのかを把握できる……ひとり限定で。
この感じ、まだ晩飯前だな。
肩と頭でスマホを挟みながら、料理作業は継続する。
伊地知さんたちを待たせてはならない。
でも、片手間でひとりを処理するみたいで何だか罪悪感があるな。
「今日はどうしたんだ?」
『あの、受験……でね』
「うん」
『お父さんとお母さんに、本当にここで良いのかって聞かれて……』
「うん、うん」
ひとり相手の会話の時は、こまめに相槌を打つ。
この子は絶望的なコミュニケーション能力の低さから、相手に上手く伝わるか不安に苛まれ、いつも焦って急いでは変に思い留まってよく言葉を切ってしまいがちである。
だから、ちゃんと聞き取れている、と示す為に途中でも相槌だけ打つと落ち着き始めるのだ。
『そ、それで、いっくんに説明したけど……ふ、二人にはちゃんと理由話せてないから、「いっくんに激推しされた」って嘘ついちゃって……ど、どうすれば……!』
「分かった、口裏を合わせればいいんだな」
『へっ……い、いいの?』
「俺はいつだってオマエの味方だから」
『あ、あぅ』
ひとりの悶える声がした。
電話中に飼っている犬のジミヘンに舐められているのだろうか。
『いっくん、わ、私に甘すぎるよ』
「そうか?」
『私、ホントにダメ人間になる……』
「安心しろ。そうなったら将来、死が俺たちを分かつまで一緒にいてやるから」
『はひゅっ!?』
電話の向こう側でばたりと騒音が立つ。
どうした、何があった!?
「大丈夫か?」
『にゃ、なんでもにゃい……じじじゃあ、ま、またね!』
「ああ、また」
通話が切れる。
最後はかなり慌てていたようだが心配だ。
取り敢えず、頼まれた口裏合わせの為に後で秀華高校について調査し、校風や通学路の安全などについても後藤家の二人にしっかりプレゼンできる程度に情報収集をクリアしておこう。
また仕事が増えたな。
いや、違うな。
ひとり案件は仕事ではない――使命だ。
ふと、居間が静かな事に気付いた。
手元から視線を上げると、二人がこちらを見ている。
見た事が無いほど真顔な伊地知さん。
相変わらず無表情の山田。
どうやら、声が入らないようにと通話中に気を遣わせたようだ。
二人に対して軽く頭を下げる。
詫びとしてより一層、飯は美味しく仕上げよう。
そう思っていると、隣で床を擦る足音がした。振り返ると山田が至近距離に立っている。
邪魔だ。
「大人しく待ってろ」
「……ここで見てる」
是が非でも退かないらしい。
あまり火に近寄ってほしくないんだが。
呆れて山田から視線を外すと、逆方向の隣に伊地知さんが音もなく立っていた。
え、可愛い。
「今の電話って誰?すごく仲良さそうだったね」
「え、ああ、うん」
「もしかして……彼女?」
「いや、親戚の女の子」
「そーなんだー……も、もしかして結構小さい子かな!結婚の約束なんかしちゃって、前田くんは罪深いなー」
節操の無い人間と誤解されている。
伊地知さんにはそんな風に思われたくない。
しっかりと弁明しておこう。
「いや、一歳下の女の子。罪深くても、しっかりと然るべき時は責任を取るつもりだから」
精一杯、誠実な男だとアピールしておく。
親戚の女の子だからといって蔑ろにはしない。
皆は知らないと思うが、ひとりはとても可愛いし根は良い子なのだ。間違ったって後悔したり、見捨てるなんて選択肢は最初から存在しない。
この固い意志、伊地知さんに伝われ。
ひゅ、と息を呑む声。
伊地知さんが顔を蒼白くさせていた。
え、引かれた。
親戚の女の子に対して真剣すぎ、とか実は伊地知さん的にポイントが低かったのだろうか。
どうしようか、助けを求めて反射的に山田の方へ向くと袖を強く掴まれた。
……ますます邪魔だ。
「山田、危ないから放してくれ」
「…………」
「山田、ほんとに」
「大丈夫。前田が私に怪我をさせるわけがないから、事故なんて起きない」
「さては無茶って言葉を知らないな」
信頼のある言葉をここまで重圧として伸し掛からせる言い方がこの世に存在しただろうか。
俺のせいで火傷しても知らないぞ、本当に。
その後、お通夜みたいに二人とも終始無言のまま夜まで過ごした。
♪ ♪ ♪ ♪
翌朝、雨が上がった。
俺は玄関まで伊地知さんを見送る。
「ごめん、予定と違って」
「あー、うん、まあ」
「あれ、リョウは?」
「まだ俺のベッド」
「………そっか」
何度か起こしたが、山田は寝言で起きるとしか言わない。
仕方ないので放置した。
今回の事で分かったが、伊地知さんでもアイツは歪まない。
希望は断たれた。
「ごめんね、力になれなくて」
「いや、伊地知さんがいて楽しかった」
「……」
伊地知さんが少し黙って、一歩俺に距離を詰めた。
近い。
「ねえ、前田くん」
「ん?」
「私たちって仲良くなれたかな?」
「え、それは……」
自信持って誰かと仲良くなれたなどと言えない。
だって、一人も友だちがいなかったから。
山田は、ほら、寄生虫だし。
伊地知さんに親密度を問われても、果たして冗談でも仲良くなったなどと軽く口にして良い物か考えあぐねる。
「私は、仲良くなれた気がする」
「そう、なんだ?」
「だから……一郎くん、って呼んでもいい?」
…………下の名前か。
好きに呼べば良いのではないだろうか。
逆に伊地知さんはよく山田の事も自然に下の名前で呼んでいるので、今さら俺の許可など必要ない。
頷くと、伊地知さんが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、私も虹夏でいいから」
「え、虹夏さん?」
「さんも要らないって!私たちもう友だちだし!」
「虹夏さん」
「うん。まあ、そう簡単にはね」
伊地知さ――こほん、虹夏さんは満足げだ。
この晴れていく空のような笑顔で、俺に手を振る。
「今日はそれだけでも良いや。――またね、一郎くんっ」
虹夏さんが去っていく。
その後ろの空に、虹がかかっていた。
神か……………?
山田は午前十時頃になって起きてきた。
俺はバイトも休みなので、映画を観ながら寝ぼけ眼の彼女を迎える。
「おはよう」
「虹夏さん、もう行ったぞ」
「……あれ、前田って虹夏のことそう呼んでたっけ」
「いや、本人にそう呼べって」
沈黙が流れた。
後ろで『スパイダー○ン2』のアクションシーンが開始されている。
山田はそっか、と小さく呟いて俺の隣に座った。
俺はキッチンへと向かい、焼く前の状態でラップして保存していたホットドッグをオーブントースターに入れる。
「牛乳?」
「うん」
「食後とかにコーヒーは要るか?」
「うん」
「……なあ、山田」
「ん?」
山田が俺の方に振り向いた。
眠たげな目は、本当に俺が見えているのか不安なくらい潰れている。
「俺たちって友だち、なのか?」
「うん」
「なら、オマエもリョウって呼ぶべきかな」
「じゃあ、私は前田一郎って呼ぶ」
「えっ」
「えっ」
やはり、分からない。
『一郎の認識』
リョウ→寄生虫。ストレス過多だけど時々心配になる。
虹夏→初恋。何しても可愛いけどサイドポニーの攻撃力高そう。
ひとり→宝物。生きてるだけで偉いけど今にも消えそうで不安。
この虹夏ちゃん好き。
-
はい
-
いいえ