推敲もしてないので雑ですが、そのままをお送りします。
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普段から人通りの少ない非常階段。
俺はそこでも人が滅多に利用しない三階近くの段差に腰を下ろし、膝上で弁当箱を展開した。
梅雨の湿った空気で少し汗ばむ首元に、襟を緩めるや片手で扇いで風を送り込む。教室の方が湿気も凄いので、風通しが良いここは幾分か自由時間で賑わうクラスメイトより得をした気分になれる。
誰にも邪魔されず、心穏やかにいられる安息の時間。
入学早々にこのポイントを発見できたのは幸運だった筈だ。
だが、最近はその安寧を享受できないでいる。
弁当箱の中身も半分に差し掛かったところだ。
下の階から、非常階段の段差を踏み鳴らす一つの軽やかな足音がし始める。
いつもの事だから、向かってくる人の気配の正体にも察しが付く。
黙って待つと、踊り場でひょっこりと金のサイドポニーを揺らして愛らしい笑顔が角から顔を覗かせる。
「今日もここにいたっ」
「ど、どうも」
「もーっ、教室にいてよ!この階段キツいんだよ?」
「ごめん。教室で待つ方が恥ずかしいというか……」
「何それ」
俺の返事に頬を膨らませ、如何にも不満な事を主張する表情のまま少女がこちらに近づく。
この少女は、伊地知虹夏。
クラスは違うが、ひょんな事で知り合った。
それまでお互いに面識は無かった……というより、一方的に俺が知っていた。
それは何とも恥ずかしい理由である。
入学して少しし、一目惚れなる物をした。
ただ、自分には縁の無さ過ぎる事だと諦観して特に行動を起こさなかったが、唐突に奇跡は眼の前に降ってきたのだ。
手洗いで何となしに教室を出た先で、プリントを一人廊下でぶち撒けて転倒する少女に出会した。
半ば反射的にプリントを手助けをしたのだが、その相手がまさか一目惚れをした相手こと――伊地知虹夏だと思いもしなかった。
その後、職員室まで一緒にプリントを運んで……。
『ありがとう!ホントに助かったよ〜!』
『いや、大した事は別に』
『良かったらお礼させて!』
『え?だから別に大した事は』
『良いから!お礼させて!お願いします!』
『何でそっちが必死なの??』
よくわからないが、そんな事から交流が始まった。
何故かその日は一緒にご飯を食べ、連絡先を交換して次の日から昼休憩では会って話すようになっている。
一緒に昼食でも食べるのかとか、初めて人に誘われるかもなんて少しドギマギしていたが、本人曰く「リョウは私以外に友だち居ない上に大人数が苦手な子だから」と昼食が終わった後に会う事になった。
まあ、俺もアイツに会わずに済むのは有り難い。
以前、伊地知さんの友人である女子――山田リョウを紹介された時にあっと叫びそうな声を飲み込んだ時の驚愕はまだ記憶にも鮮やかだ。
紹介される前から、アイツとは面識があった。
奇妙な出会い方もあったが、これ以上関わりたくないと思っていた故に最初は初対面を装ったけど、あちらも気付いている風で徒労に潰えた。
「前田くん?」
「いや、ちょっと昔を思い出してた」
「何か晩年のお爺ちゃんみたいだよ」
「老けてるって言いたいのか」
隣にスカートの裾を捌いて伊地知さんが座る。
「ここって静かだよね」
「まあ、そういう場所を選んでるから。穴場の一つだな」
「前田くんって、こういうところ幾つ知ってるの?」
「四つくらいは。友だち居ないから、全部自分調べ」
「入学して一月なのに独力でそこまで……」
なぜ伊地知さんが悲しそうな顔をするんだ。
……でも、彼女くらい明るくて人当たりが良い性格の人間なら、俺のように独りでいたいなんて思うくらい他人をストレスに感じるほど苦しくない生活を送っているのだろう。
俺みたいにコソコソ一人になれる空間を探すなんて変な努力は必要無いわけだ。
「でも、私ここ好きだなーって思うよ」
「何で?」
「この薄暗い感じ、ライブハウスに似てるし」
「ああ、バイト先がライブハウスなんだっけ」
「うん。お姉ちゃんが経営してるところ」
「じゃあ、我が家みたいなもんか」
「そうだね。まあ、他にもここがいい部分はあるけど」
「なに?」
俺が尋ねると、伊地知さんが照れ臭そうにはにかむ。
「二人っきりになれるから」
その一言に、呼吸が止まりかけた。
どういう意図で発したのか。
俺が固まっている間も、伊地知さんはこちらを見つめ続けている。冗談だとか言い出す空気が無くて、ただ生温い沈黙だけが流れる。
俺はどう応えたらいい?
大体、伊地知さんの真意が分からない。
「えへへ、ちょっと恥ずかしいね。暑いや」
伊地知さんは暑そうに首元を手で扇ぐ。
「でも、夏になったらもっと暑くなるね。ここも居づらくなるんじゃないかな?」
「そうなったら別の場所に行くから」
「今度は段差のないところね」
「……ああ」
その時、予鈴が鳴った。
伊地知さんは立ち上がって、こちらに振り向く。
「あと、二人きりになれるところでねっ」
難しそうな注文だった。
パタパタと伊地知さんが去っていく。
俺を誂っているにしても、刺激が強すぎる。
一目惚れした相手との会話という難題を乗り越えて一人になれた事に胸を撫で下ろしていると、上の階から足音がした。
「なんだよ」
「別に」
そちらを向かずに言えば、少しくすりと笑う声がした。
♪ ♪ ♪ ♪
私――山田リョウは春先にその人と出会った。
中学の同級生だったらしく、路上で眠る私を保護し、親が迎えに来るまで介抱してくれた献身的な行動に一応の感謝を伝えるべく住所先を親から聞いて訪ねたけど、どうやら私用で出かけていたらしくて会う事は叶わなかった。
タイミングが悪かったと見て、それ以降は足を運ばなかったのである。
下北沢に住んでいる事は分かったし、もし偶然でも会った時にしようと思った。
そして、彼とは意外な場所で再会する。
それは――。
「あっ、前田くん!」
「ん?伊地知さんか」
高校の廊下で先を歩く人物を虹夏が呼び止めた。
声に応えて振り返った顔に私は少なからず驚かされる。
あの日の男の子だったのだ。
あちらも私に気付いたのか、一瞬目を開いた後に駆け寄ってきた虹夏に視線を移す。……何だか誤魔化したような気がする。
あの反応からして忘れたという可能性はゼロだ。
そこまでして隠したいのは何故……ちょっと面白そうなのでイジりたくなる。
「虹夏、知り合い?」
「うん!前田一郎くん、最近仲良しになったんだよ」
「へえ。前田一郎って言うんだ?」
私がそう言うと彼の顔が引き攣る。
「あ、前田くんに紹介するね。山田リョウ、私の友だち」
「そ、そっか」
「
「じゃあ、こっちも山田……で呼ばせてもらう」
「ん。よろしく」
あちらも私があの日の一件を憶えていると察したようだけど、それ以上の追及はしなかった。
その廊下での会話以降、虹夏はよく前田について話すようになった。この前は家に行って、一緒に料理をしたとか聞いてもいない話をする。
でも、あんなに楽しそうな虹夏も中々見ない。
最初は、唯一の友だちを盗られた気になった。
ぶっちゃけると、嫉妬したのだ。
だから、気になって前田の家に足を運んだ。家の場所は知っているから、迷う事は無かったけど……梅雨ともあり、着く頃にはずぶ濡れでしばらく世話になる事になった。
「とりあえず、これで体拭いてくれ」
「分かった。またお世話になるね」
「……あれからもう路上で寝てないだろうな?」
「前田は私のこと猫か何かだと思ってる?」
シャワーも借りて、前田が用意してくれたジャージに着替えた。女子の中では身長も高い方だけど、やっぱりブカブカである。
服が乾くまでの間として一緒に少しだけ過ごしたけど、それがまた凄く快適だった。我が家とも違う、筆舌に表し難い独特な空気から得る安心感がある。
気付いたら、その日はご飯も食べて前田のベッドで熟睡していた。当の本人こと前田は、客用の敷布団で眠ったらしい。
「よく寝れた」
「人のベッドでな。許可もなく使いやがって」
「あれが前田のベッドだって知らなくて」
「寝言でも限度があるぞ」
「さてはベッドで寝た私に嫉妬した?」
「普通に怒ってんだよ」
朝からイライラしている前田を誂っていると、椅子に座った私にココアが差し出された。
それを飲んで、また体が弛緩していく。
「前田、罪な男だ」
「何だ急に。罵倒か?」
「虹夏という女がいながら、私まで甘やかすとは。もうここに根を張りそうだ」
「ここって落ちれば死ぬ高さの階なんだって知ってるか?」
知ってるけど?
真意の分からない前田の変な言い回しを不思議に思いつつ、彼から差し出された朝食に手を付ける。口ではあーだこーだ言いつつも、何だかんだ来客には甘いようだ。
味は……意外と好み。
虹夏と同じ感じがする。
私はそれを堪能し、彼と一緒に登校の準備をして家を出た。……洗ったシャツは同じ洗剤の匂いがして、少し可笑しい。
「なに笑ってんだよ」
「別に。虹夏が見たら恨まれそうだなって」
「伊地知さん以前に俺が恨んでるからな。昨日も俺が楽しみにしてたカスタードプリン勝手に食いやがって」
「名前を書いてない前田が悪い」
「普段から家に他人居ないのに書くわけないだろうが」
中身のない会話だった。
でも、ここまで他愛のない話を楽しいと思った経験は少ない。
友だちやバンド仲間では大抵は音楽についてだったりするし、普通に友だちがいないからそもそもの会話量が無かったりするけど。
「ご飯美味しかった」
「不味いとか言ったら叩き出したけどな」
「また隠れた名店を見つけてしまった」
「店って言うなら金払えよ」
心底疲れたように言う彼に、私は笑う。
それから度々、彼の家に足を運んだ。
泊まる事が多くなって、せめて家族に一報入れろと怒られはしたけど、それ以外はもう諦めたように何も言わなくなったので私の完全勝利である。
二人で映画を観たり、たまに私のベースの音を耳に刻んでやったり……楽しい時間だった。
それだけ一緒にいて、時間を共有するだけあって前田の事は自然と詳しくなる。
だから、虹夏が私へ上機嫌に語る前田の情報はほとんどが既に知っている事ばかりだった。そこに変な優越感もあって聞いていたら、ドヤ顔していると指摘されてしまった。
……何でこんな事で優越感なんて覚えているんだろうか。
虹夏も前田の事ばかりだけど、何であんな気に入ってるんだろう。
最近みんなも自分も分からない。
そう、前田の全てを知っているワケじゃない。
だから、私は虹夏の話で新たに情報を得ると確認も兼ねて家を訪ねる。
やっぱりいい顔はされないけど、嫌嫌と言いながらも迎えてくれる様子は、俗に言うツンデレの体現のように思えた。
「おい、炬燵で溶けすぎだろ……」
「前田。ここに炬燵も備えたってことは、もう私に住めと言ってるも同じだと思う」
「明日には撤去しとくよ」
「そしたら一郎のベッドに住み着く」
「ほぼ毎晩のように住み着いてるだろうが」
炬燵でぼーっとしながら、壁に掛けられたカレンダーを見る。
クリスマスが近いなぁ。
外はいつも以上に騒がしくなるだろうし、私も家で……いやここで過ごそうかな。炬燵もあるなら文句無しだ、私はここに住む。
そんな風に思っていたら、テレビでもクリスマスについてニュースで報道されていた。
「クリスマスか」
「前田はどうするの?」
「特に予定は無い。ただ、店長にエンジョイしてきなさいってイブは休みは貰ったけど……山田は?」
「私はここでのんびりする予定」
「ここ以外の選択肢は無いのかよ……」
「じゃあ、前田。クリスマスケーキ二人で食べよう」
「俺が買うのそれ?」
クリスマスは予定無し、か。
前田はイケメンというワケじゃないし、クラスでもあまり友だちもいないって本人の口振りから異性として親密な関係になりたいと望んでいる人間はいなさそうである。
前田に恋人――……?
他の女子が隣にいる前田を想像して、違和感しかない。どんな子を想像しても、何か頼まれ事をされただとか道を聞かれたとかって内容じゃないと不自然極まりないのだ。
じゃあ、逆に
「そっか。じゃあ、私と前田だけでクリスマス過ごすの普通か」
それが自然な形なら、それでいい。
♪ ♪ ♪ ♪
私は少し浮かれていた。
アプローチも順調だったから、教室でニヤニヤしてるのをリョウにも指摘された。
私だって浮かれてる自覚はある。
でもさ、これくらいは仕方無いと思う。
入学から気になっていた人と近づけて、やっと話せるようになったんだから。
次は休日に何処かに誘うのが一番理想的な展開だ。
今日も、転びかけた時に前田くんが受け止めてくれて急接近もしてしまった。
意外と体ががっしりしてるとか、洗剤良いの使ってるなーとか……私は変態か!!
「虹夏、楽しそうだね」
「え、そ、そうかな〜?」
「浮かれすぎて花が見える」
「馬鹿にしてるでしょ!?リョウもいつかこうなりますー!」
流石にリョウがそうなるとは本気で思ってはいないけど。
でも、リョウの指摘通りだと思う。
前田くんと過ごせる様になって、仲良くなって、あと一歩のところだ。
「前田くん、クリスマス……イブに誘っても大丈夫かな……?」
「え、前田?」
「うん!」
「でも、前田はイブに予定あるよ」
「ええ!?そ、そうなの?」
「うん」
「あー、そっかぁ」
それは、物凄く残念……何でリョウが予定知ってるのかわからないけど、この本人の答え方からして嘘ではないみたいだ。幼馴染として、嘘ついた時はすぐ分かるくらいには表情も読み取れるし。
「じゃあ、25日は良いかな!?」
「バイトだから、夜は遅いと思う」
「うぅ、そっかぁ……って前田くんのスケジュールに詳しくない?」
「本人が言ってた」
「へ?そ、そうなんだ?」
そりゃ、遊びの約束とかするから私もある程度は知ってるつもりだけど、スケジュールの確認って話題を選んで誘導したりして私はいつも聞き出してる。
クリスマスの予定って、リョウと前田くんで一体どんな話をしたらそうなるんだろう??
私が当惑していると、リョウが立ち上がる。
「喉乾いたし、何か買ってくる」
「え、リョウ飲み物買うお金あるの?」
「虹夏……私を何だと思ってるの?それくらい自分で払えるよ。前田に持たされたし」
「自分のお金じゃないじゃん!!?」
やれやれとリョウは呆れたように去っていく。
人に借りた金で威張るな山田!!……って、あれ?何でリョウの為に前田くんがそんな親身になってお金を持たせるなんてして―――――!?
その時だった。
リョウが私の隣を通り過ぎた時、あの匂いがした。
「何で、リョウから前田くんと同じ匂いがするの……?」
イチローは浮気している?してない?
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してるよ、お縄にかかれ。
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してないって、大丈夫大丈夫。
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これからの君が決める事さ。