ヨヨコ達と一悶着あった夜を超えた次の日。
またリョウの相手をしなくてはと、アイツ好みの夕食を用意して待っていた時に一通のメッセージ。
送り主は件のリョウだった。
『今日は虹夏の家で食べる』
簡素なメッセージ。
しかし、その内容に俺は歓喜していた。
久々の一人空間、安らげる一人時間である。
最近は特に家の中に出入りする人の数も増え、しかも面子はどれも性格に一癖も二癖もある者ばかりで気が休まらないのが現実だ。
ここでもし、誰か来たら壊れる自信がある。
昨日の夜だって、ベッドを虹夏やヨヨコ達に譲って客用の布団で寝ていたのに、気付いたら両サイドを虹夏とリョウに挟まれており、しかもヨヨコにその状況を目撃されてドン引きされた。
あれだけで精神的なダメージは、耐久の可能な域を大いに超えたといっても過言ではない。
今日こそ一人だ。
今日だけは一人でいさせてくれ。
もし人が来るとしても、この疲れを癒してくれる……そうだな、ひとりとかふたりとか。ジミヘンが立っていたら良いかな。
流石に夢を見すぎだろうか。
とにかく、今日こそは一人――。
『ピンポ―――――ン』
切にそう願っていた俺の耳にインターホンの音が響く。
泣きそうになりながら確認しに行くと、モニターには見知った顔が映っている。
おどおどと申し訳なさそうにエントランスに佇んでいる。
顔を見た瞬間に俺は今までの鬱屈とした気分が晴れて、颯爽と待っている彼女の元へ向かう。
階段を駆け下りて、エントランスまで直行。
「あっ、い、いっくん」
「いらっしゃい。泊まってく?泊まってくよね?」
若干俺の勢いに圧されながら、ひとりは俺に手を振った。
今日こそ一人?
違うね――今日こそ『ひとり』だ!!
「き、き急にごめんね」
「全然全然構わない。……それで、今日はどした?」
「き、喜多さんと練習していたら終電逃しちゃって……虹夏ちゃんは泊めてくれるって言ったけどリョウ先輩もいて大変そうだし、き、喜多ちゃんは何だか家中陽のオーラが凄そうで怖い……」
「そこで、俺の家か」
「ごごごごめんね、いっくんさえ良かったらベランダでも何処でも寝れるから……」
「そんな所で寝かせないぞ??」
全く、ひとりの俺に対する認識は甘い。
仮に一人限定のベッド以外が人の耐えられない熱や寒さに晒される空間だったとしても、迷いなく俺はひとりに譲って死ねる。
安心してベッドを使うと良い。
丁度よくヨヨコが使う際にシーツも何もかも洗ったばかりで寝心地は良いだろうからなっ!
「遠慮なくベッド使ってくれ」
「お、お邪魔します……」
始終申し訳なさそうなひとりを俺は大歓迎した。――この時、俺は疲労ですっかり頭から抜けていた。
ここ最近、ひとりとの交流が減っていたこと。
どうして、減っていたのか……その理由を。
リョウの為に用意していたのが功を奏し、夕飯はすぐに出せた。
意外とガッツリ食べるひとりとは好みは違ったかもしれないが、美味しそうに平らげていたので偉いと頭を撫でて褒めておいた。
本当に食事だけで俺を癒やしてくれる子だ。
最近のリョウなんて、イライラさせたりハラハラさせたりと本当に恋人かと疑いたくなる心的影響しか及ぼさない。
ひとりが入浴中、俺はそんな事を考えていた。
いけないな、思考が荒んでいる。
今日はアイツもいないのだから、アイツの事なんて思い返しても仕方無いだろう。
これでは、四六時中リョウの事を考えてしまっている状態だな。
「お、お風呂上がりました……」
「うん。ゆっくりできたか――!?」
控えめな声で風呂を終えたひとりに俺は振り返って、思わず全停止してしまった。
着替えは一応リョウの為に用意してあるレディースの寝間着を渡した。『結束バンド』でも最も身長のある彼女に適した物ならば、ひとりでも不足無く入るサイズだろうと踏んで。
実際に、そこに間違いは無かった――一点を除いて。
豊かに盛り上がった胸の部分だけは、明らかに俺の想定を上回っていた。
普段は俺のシャツ一枚なんて挑発的な格好をしているリョウ(最近の調査では、意図的と本人が自供)だが、たまに寝間着の袖に腕を通す時もある。
だからこそのギャップだった。
リョウの時よりも格段に膨らんだそこを見て、俺は遂に思い出したのだった。
以前よりも、ひとりを異性として意識してしまう。
家族同然、妹同然というフィルターがあった。
しかし、それを成長という些細だが確実な変化でぶち壊されて以来、気まずくなってしまった事実を愚かながら今更思い出したのだった。
しかも、それは俺との相性が最悪。
ひとりを見て自覚するという最悪の展開だが――俺は大きい方が好きなのだという質を。
「殺してくれ……」
「ヴェっ!!?」
「穢らわしい……俺は、穢れているんだ……あ、生まれた時からそうだったな。そもそも生まれる事自体望まれてなかったっけ……」
「あああああの、いっくん!?」
自分の中の穢らわしき男の性をひとりに向けてしまった事実に頭を抱えて消沈していると、腰掛けていたソファーの隣がすっと沈む感覚がした。
そして、振り返る間もなく頭をひとりに抱き寄せられる。
「よ、よしよし」
規則的な動き、しかしそこに人の温もりがある。
ふたりにするように俺を撫でるひとりに、俺は声にならない声を上げそうになった。
今、抱き締められている頭の感触が煩悶を膨らませる原因だと言うのに。
ひとりの優しさが今だけは残酷だった。
昔も少し前も、これが救いだったのに。
こ、こうなったら別の事を考えるんだ……そう、これを相殺するほどのストレスを。
材料としては直近の、昨日の夜の出来事なんて丁度いいじゃないか。
「昨日の夜……『SIDEROS』か『結束バンド』か……」
「あ、い、いっくん悩んでる……?」
「へ?」
「に、虹夏ちゃんが大槻さん達か私達かな、悩んでるって……」
昨日の事なのに、もう伝わっているのか!?
驚いて顔を上げて――至近距離にひとりの瞳があった。
俺が自分の方を向くと思っていなかったのかひとりも驚愕で固まっていた。
互いの呼吸がかかる近さで、ただ黙って見つめ合う時間が続く。風呂上がりな所為か、触れる部分は温かく、上気した頬や艶めいた唇に異様な色香を感じる。
や、駄目だ。
このままだと飲まれそうだ。
「い、いっくんは」
「え?」
甘く破り難い沈黙を先に切ったのはひとり。
俺の頭をまた撫でながら。
「いっくんは――どっちが好き?」
脳髄まで溶けるような声だった。
俺の思考はもう機能しない。
この状況に至るまでのアレコレで、そもそも混乱していたからか立ち直す理性も気力も失われていた。
「もち、ろん、ひとり」
口から漏れたのは、誘導されたからか。
それとも元から内在していた本音だったのか分からない。
口にしてすぐ、ひとりの瞳が見開かれる。
「え、えっ!?えっ!!?」
「――あ、け『結束バンド』って意味ね!」
「あっはい」
俺が我に返って慌てて訂正?すると、ひとりが真顔になった。
真っ赤になったり蒼白くなったり紫になったり黄土色になったりと変化に暇がないひとりだが、今日の変化というのは何故だが全て色っぽい。
風呂上がりの魔力、恐るべし……。
「さ、さてと。お、俺は部屋で課題でもやろうかな!ひとりもゆっくりしててくれ」
「あっうん」
これ以上ここにいたら、いよいよ取り返しが付かなくなりそうなので適当な言い訳をしつつ離脱する。
俺は早足に部屋へ向かう。
しかし、不意に後ろから服の裾を引かれた。…………冗談だろう、まだ何かあるのか。
恐るおそる振り返ると、服の裾を摘みながら俯いているひとりがいる。
どうしたのか、と聞こうとした時にひとりが何かを小声で呟いていた。
俺はよく聞き取ろうとして、耳を寄せる。
「わ、わた、私も――好き」
そこから先の記憶がない。
♪ ♪ ♪ ♪
「後藤さん、昨日は大丈夫だった?」
放課後、STARRYへの出勤時。
店に入ってすぐ、郁代とぼっちの会話が聞こえた。
「あっはい。昨日は、いっくんが泊めてくれたので」
「そうなのね、良かったわ。……羨ましい」
そういえば、学校で一郎もひとりを泊めたと言っていた。
大槻さんの事もあるから、一応何もなかったか尋ねたら蒼白い顔で何も無いと言っていた。……物凄く挙動不審だった。
事の真偽は、ぼっちに訊けば分かるだろう。
「ぼっち」
「あっはい!リョウさん、来てたんですね」
「今来たところ。……昨日、一郎と何かあった?」
「い、いえ……何も」
ぼっちは視線を逸らしながら、少しだけ微笑んだ。
ぼっちは大胆な嘘はつくけど、人間関係に不和が生じるような破滅的な嘘までは作らないから、信用してもいいのかな。……ぼっちが知らないだけで、寝ている間のぼっちに一郎が何かして挙動不審だった可能性もある。
後で家でじっくり尋問しよう。
「あれ、昨日は一人で泊まったの?喜多ちゃんが一緒だと思ったけど」
「き、喜多ちゃんに迷惑かと思って……一人で」
「そっか。昨日はうちにリョウがいたけど、遠慮なく私も頼ってね?」
「あっありがとうございます」
そんな会話もしながら、それぞれが仕事に入る。
私はモップ片手に掃除に取り掛かって……ふと視界の隅に、何もせずに立ち尽くすぼっちが目に入った。
ぼーっと熱に浮かされたように前の虚空を見つめ、頬を赤らめながらお腹を擦っている。
……本当に、何もなかったんだよね?
総集編を改めて観て、誰が一番可愛かった?
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山田リョウ
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後藤ひとり
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伊地知虹夏
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喜多郁代
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伊地知星歌
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PAさん
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後藤パパ・後藤ママ
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後藤ふたり
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廣井きくり
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ファン一号・二号
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でかつよ族