誰だって一度は考えたことがあるはずだ。
もし、あの時ああしていたならば。
もし、あの時ああしていなければ。
もし、もし。尽きることない「もしも」を一体何度、思い描いたことだろう。過去の後悔から未来への期待まで、現実には起こりえないことは百も承知であり得ない妄想を膨らませる。過ぎ去ったかつてと、来るはずもないいつかに、やり場のない諦めとそこはかとない期待を混ぜ込んで、飽きることなく想いを馳せる。
今を生きていたって心の向き先は自由だ。もしもを支えに今を生きる人だっているはずだ。だから私にとっての「もしも」は絶望に身を投げ出さないための蜘蛛の糸で、殆ど諦めに染まった空想でしかないそれは、それでも確かに生きる理由だった。
もし、もう一度あの子に会えたなら。
ボロボロに色褪せて擦り切れそうなくらいに繰り返し続けた、たったひとつの「もしも」の物語。
そんな「もしも」に巡り合えることがあったなら、今度は絶対、迷わないって決めていた。
中天に輝く太陽は眩しいほどで、額がうっすら汗ばむのを感じながらも階段を上る足取りは軽かった。
やっと辿り着いた自宅のドアを引き開け、後ろ手に鍵を閉めつつ靴を脱ぐ。気持ち早足で帰ってきたせいだろう、少し乱れた髪をまとめ直しながら部屋に入ると、堂々置かれたテレビの前に見慣れた家庭用ゲーム機が既にセットされている。けれど、それも当然だ。朝、家を出る前に一人暮らしの家事一式を片付け、出来る限りの課題も終わらせ、バイトのシフトは調整して貰い、帰省の誘いには丁重な断りを叩き込み、出来る限りのことを先に済ませていたのだから。そうして強引に勝ち取った空白の時間は、素晴らしい現実逃避のため、何周しても飽きない思い出のゲームに浸るために費やされる予定だった。
それにしても、サモンナイトはやっぱり2が好きだ。1も3も好きなことには変わりないけれど、少なくとも私の中では間違いなく2が至高!
コントローラーに巻き付けた暗褐色のコードをいそいそと解きながら膝立ちになってテレビ前へと移動すると、年季の入ったゲーム機の電源を押し上げる。このためだけに購入したテレビの画面いっぱいに音もなく光が走って色彩が宿り、どこか懐かしい音楽が響き始めれば、待ちに待った時間が始まるはずだった。そう、はずだったのだ。
海鳴りに似た微かな耳鳴りに始まったそれは次第に主張を増していき、困惑から警戒に切り替えるより早く眩暈を引き起こすような異音となって意識を揺さぶる。ぐらつく視界に縋るものを探して無意識に突き出した手はフローリングの床を滑り、横倒れになった世界には真っ白な光が溢れていく。自然光とも人工光とも違う、あまりに強烈で急激な光。あまりに明白すぎる異常事態。
混乱する視界は見る見るうちに霞んでいき、景色は遠く、意識は薄く、だけどそれら一切が嘘だったかのような一瞬で訪れた、急激な覚醒。そして、出会い。
「っだだだ、お腹……打った……」
「アンタ……何?」
小馬鹿にするような興味を含んだような、幼い声色に釣られるように視線を持ち上げた先。いきなり固い床に落とされたような衝撃に見悶えていたことも忘れて唖然と目を見張っていた。
そこにいたのは不健康そうな顔色の少女が一人。見慣れない部屋で、見慣れない服装に身を包んで、見慣れない表情を浮かべて、見覚えしかない面立ちで私を見ているその子。目と目が合った瞬間、何を思うより考えるより早く知らず口を開けている。脊髄反射の勢いで、背筋を駆け抜けていった言葉にならない衝動に突き動かされるまま、声が自然とこぼれている。
「あ。あ……あ、あぁっ……」
見開いた目を更に見張って、震える声を更に戦慄かせて。胸を満たす感情の正体さえも覚束ないまま、その子の傍へと這うように近づいた私の口から溢れていたのは。
「っ、好きです!愛してます!ずっとずっと……会いたかった……!!」
愛の告白、だった。
本にする加筆ついでに「あらすじ」から導入を移動しました。