ミニスという少女が、街のどこかに落としてしまったペンダント探しの手伝いをしたい。
そう言って、出会ったばかりの少女のため力になろうとするマグナとアメルに、ちょうど屋敷や庭先にいて手が空いていた面々は快く賛同してくれた。情報収集に出かけるところだったフォルテは出かけ先でも聞いておくと請け負ってくれたし、ロッカは話を聞いた時点で付き合う気だったらしく、ゼラムの街を実際に歩き回って探すのは発起人のマグナにアメル、当事者のミニスに、付き添いの私とロッカというメンバーになった。さっきの遣り取りを思えばまったく抵抗がないわけではないが、明らかに地道で根気のいる作業に進んで付き合うのだからロッカも面倒見がいい。ぐるりと街を一周する形でミニスのペンダントを探し歩く間、なるべく当たり障りのない会話にに徹することて、私は何とか平常心を保っていた。
「うーん……主もアメルも、そろそろ休憩をはさんだ方がいいかもしれないね」
「大分、歩きましたからね。ミニス、この公園は確か、一番最初に探したからペンダントがある可能性は低いんだったね?」
「………………、うん」
スタート地点の導きの庭園まで戻ってきたことにそろそろ休憩を提案してみたけれど、言葉少なに腰を下ろした皆の顔は一様に暗いものだった。皆がそれぞれ目を凝らしてペンダント探しに精を出したからこそ、浮かべる表情がこぞって沈んだものになっているのだろう。疲労を滲ませた顔つきで額を拭ったロッカが視線も合わせてミニスに尋ねると、胸元を握りしめて項垂れていた金色の頭が小さく縦に動いた。後悔と不安の重石に加えてゼラムの街を散々に歩き回った疲労もあれば、幼い両肩には耐えきれない重みになったとしても不思議はない。楽天家のマグナでさえ、探し始める前はゼラムの街の大きさと探し物の小ささに幾ばくかの不安を覚えていたのだから。
ペンダントが見つからない本当の理由は、たまたま通りがかった獣人の少女、ユエルが故郷の幻獣界メイトルパ恋しさにその気配漂うペンダントを拾ってしまったからだと私は知っている。けれど、今ここでそれを教える気はなかった。仮にユエルに会いに行ったとしても衣食住の何ひとつ足りていない、不安定の極みにあったこの時期のユエルだ。唯一の心の支え、故郷との縁であるペンダントを自ら手放してくれるとは考えにくい。
色々と考えてみてもやっぱり、本編どおりに進んでもらうのが一番確実だろうか。
ゲーム知識というアドバンテージがあるだけ私は冷静だったけれど、マグナたちはそんなもの知るはずもない。だからこそ、思考も鈍るような疲労感に呑まれて、うっかり口を滑らせたのかもしれない。
「それにしても、参ったな……これだけ探しても見つからないなんて」
「マグナさん!」
アメルが鋭く声を張ったが、マグナの呟きは既にミニスの耳に届いてしまった。不安に押し潰されそうな心で必死に耐えていたのも限界だったのだろう、その表情が一気に泣き出す寸前のものへと変わる。ペンダント、もう戻ってこないんだ、と細く震える声が雨粒のようにこぼれ落ちれば、もう我慢出来なかったのか。堰を切ったように泣き始めてしまったミニスの足元に大粒の涙がいくつも転がり落ちていく。
「もうっ、あの子は戻ってこないんだっ……! 私が、私が大事にしなかったからっ……もう、二度と会えないんだ……っ!」
諦めなかったらきっと見つかる、と懸命に励ましの声を掛けているマグナもアメルも本心から言っているのだろうけど、悪い想像に染まってしまったミニスにはそんな優しさを受け入れるだけの余裕もない。悲痛な声でしゃくりあげながら後悔の言葉を繰り返すだけの姿は痛々しいの一言で、どうにか泣き止ませようと腐心しているマグナたちの表情も苦しげなものへと変わっていく。アメルの隣から声を掛けていたロッカが困ったような顔をして、マグナなんて弱った子犬のような目をしてこちらを見てきたことに、噴水横の石段に所在なく腰かけていた私はやれやれと立ち上がった。
「ねぇ、ミニス」
泣きじゃくるミニスの前で足を止め、膝を折ってしゃがみこむ。
「その子は友達なんだろう?」
ゲームどおりなら、ミニスを立ち直らせるのは護衛獣かアメルの言葉だった。それなら私がミニスに声を掛けたところで大きな変化は生じないはずだ。
揃えた膝の上で緩く腕を組んでいた私は、きょとんとした顔のミニスと目が合ったことに、ふっと目元を和らげた。くりくりと丸い瞳はビーニャのことを思い出す。涙に濡れた目尻から頬へと、取り出したハンカチで優しく拭ってやりながら、殊更優しく問いかけた。
「君の大事な友達で、その子にとっても君は大事な友達。違ったかな?」
「ち、違わないっ! 私達は仲良しなんだからっ!!」
反射的にミニスの口から滑り出た言葉は彼女の本心だ。ミニスとシルヴァーナは仲良しだって、ゲームを一度でもプレイしたなら誰だって知っている。界を超えて、種を越えて、友達だと心底から思えるもの同士。それはとても稀有で得難い結びつきで、間違いなく一生の宝物だ。
「友達なら、喧嘩して腹を立てても……すぐに寂しくなって会いたくなる。もし、本当にその子が怒って出て行っちゃったんだとしても、今頃きっと君に会いたくてたまらないはずだよ」
なのに、諦めちゃうの?
言外にそう尋ねた私にミニスは一度大きく身体を震わせると、弱気に挫けそうになる心を振り切るように勢いよく否定を叫んだ。
「絶対っ、絶対諦めないっ!! どんなに掛かったって探し出してみせる……だって、だってあの子と私は、友達だもんっ!」
決意を秘めた瞳はきらきらと宝石のように輝いてミニスの決意を力強く映し出している。幻獣界に通じるサモナイト石みたいに鮮やかな彩光を放つ、眩しいほどの太陽の色。その瞳に惚れ惚れとしながら、私はミニスの手にハンカチを押し付けるように手渡した。ミニスはもう泣き顔なんて晒していないけれど、涙の粒はまだ朝露みたいに光ったままだったから。
「泣き顔での再会なんて恰好つかないだろ? 笑顔が一番だよ」
にっこりと笑いかければミニスはくしゃりと笑い崩れて、マグナとアメルも息を緩めて笑ったらしい気配がした。気が付けばロッカまで穏やかな笑みを浮かべている。可愛い女の子には笑顔が似合うのだから皆の反応も当然だ。気を取り直して次の行動を決めようと膝を伸ばして立ち上がったそこに、場違いな大声さえ響かなければ良い話で終わったんだろうけど。
「……ついに追い詰めましたわよ、このチビジャリっ!」
明らかに私兵だろう金ピカ鎧の兵士たちを引き連れて勝ち誇った様子で現れた妙齢の美女に、一瞬顔を引き攣らせるもすぐさま挑発的な言葉を投げ返すミニス。止める間もなく始まってしまった二人の子供じみた言い争いを目の前に、すっかり置いてけぼりの私たちは最早黙って動向を見守ることしか選べない。いきなりのことに身構えるどころか呆気に取られているマグナたちを横目で見つつ、私はこの後の展開を思い浮かべて静かに息をこぼしている。
ミニスというよりミニスのペンダント、もとい、それを媒介に誓約を結んだ幻獣界のワイヴァーン目当てに襲来した金の派閥の召喚師、ケルマとの戦闘は呆気なく終わりを迎えた。
気が高ぶるあまりだろうけど、高圧的で高飛車な態度のままろくにこちらの話も聞かずに戦闘を始めてしまった割に、ケルマの引き際はさほど見苦しいものではなかった。多分、交戦中にマグナの放った召喚術やその言動で蒼の派閥に属する召喚師だと当たりがついたのも大きかったんだろう。ミニスとケルマ、同じ金の派閥に属する召喚師同士の小競り合いならともかくとして、そこに蒼の派閥が絡んだとなれば最悪二つの派閥がぶつかりあったと見られかねない。遺恨を残すわけにはいかないと、それだからこちらもケルマの召喚したテテノワール相手になるべく手加減しながら戦っていたのだ。あの可愛い見た目の召喚獣の、鳩尾を殴って気絶させたり峰打ちを狙って鞘を叩き込んだりするのは気が引けたけど、途中マグナが魅了に掛かって戦線崩壊しかけたことなどを思えばどうにか痛み分けで済んで欲しいところだ。戦闘中もずっと頭の中でソロバンを弾いているようなものだった私は重い気持ちで息を吐いた。
「タキツ? どうしてさっきから黙ってるんだ?」
だけど、本当の問題はここからだ。
声にこそ出さなかったものの、私は見るからに物憂げな顔をしていたらしい。金の派閥の召喚師だったのに嫌われるのが怖くて言い出せなかったと必死に謝るミニスに、友達だから派閥なんて関係ないと笑って返したマグナのことを浅はかだなんて非難する気は毛頭ない。それでも、と浮かない顔で黙っている私に不審を抱いたのはアメルやロッカも同じだったらしい。疑問を含んだ視線にどう返すべきか、迷いながらも私はミニスに聞こえないよう声を潜めて返した。
「……主の選択に異論を唱えるつもりはない。ただ、行動に移した以上は後悔するなよ」
その意図をマグナが正しく理解したのは、屋敷に帰り着いた後だったはずだ。ギブソンとミモザ、頼りになる先輩たちにもペンダント探しに協力してもらおうと改めて説明したところで、マグナもやっと派閥同士の軋轢について思い至ったらしい。見る見るうちに深刻な表情に変わっていった様子からして、いくら楽天家なマグナでもネスティに知られれば必ず反対されると悟ったのだろう。心配そうに声を落として気遣う言葉を掛けてきたギブソンたちに、けれど結局、マグナは決心を翻しはしなかった。広間のソファに並んで座っていたミニスを思いやったのかもしれないし、一度決めたことを撤回したくないという意地だったのかもしれない。どちらにせよ腹を括ったマグナはネスティを待ち受けるかのように静かにソファに座したまま、扉が荒々しく押し開かれる音にも驚きを見せることなく、視線ばかりを持ち上げた。
「マグナっ! 君という奴は……っ!!」
派閥本部に出かけていたのにどこで話を聞きつけたのか、息せきって広間に足を踏み入れたネスティは怒りと焦りに切迫した表情を浮かべていた。普段の冷静沈着な姿はどこにもない。滅多になく声を荒らげて怒鳴りつけるネスティに、それでもマグナは浮かべる表情を変えることなく毅然と返した。
「悪かったよ。……忠告に従わなかったのは本当にすまないと思っている。どれだけネスに叱られても仕方ないんだと思ってる。でも俺は馬鹿だから他に方法が見つけられなかったんだよ。あんなに必死だったミニスをほっとくなんてできなかった、だから」
「先輩たちに頼み込んで彼女のペンダント探しを手伝ってもらうことにしたんだな? 金の派閥同士の争いに巻き込まれるのを承知で、彼女を手助けするというんだな? ……まあ、いい。今更僕が口を出したところで過ぎたことは変わらない。だけど忘れるなよ。僕たちは僕たちでやらなくちゃならない任務があるんだ、それだけは絶対に忘れるなよ」
マグナの言葉を強引に遮り、その選択の愚直さと無謀さを詰るように皮肉たらしく繰り返した上で、ネスティは一段と低めた声で念を押した。うん、と短く頷いたマグナは苦しげに表情を歪ませながらも、最後まで視線を落とさなかった。
やがてネスティが踵を返して広間を出ていくと、ソファに小さくなって座っていたミニスは紫熟をぎゅうと抱きしめて項垂れた。嫌な話を聞かせてごめんと目を伏せるマグナや慰めの言葉を掛けるアメルに、それでもミニスは深呼吸ひとつで気持ちを切り替えたらしい。何も傷ついていないような顔をして淡々と言い切った。
「気にしないで。派閥同士のいがみ合いはずっと昔からあるんだし」
びょんと跳ねるようにソファから下りると、今日はありがとう、と短く礼を告げて広間を横切り、玄関へと向かっていく。小さな背中は真っ直ぐに伸びていて、その言葉が居心地悪い場所から逃げるための方便でも演技でもないことは一目瞭然だった。送ろうかと気遣う声に、一人で帰れますから、と強がりではなく返すミニスは、幼くとも矜持ある一人の召喚師だった。
誰かはそれを小生意気と言うかもしれないけれど、私からすれば微笑みを誘われてしまうほどの凛々しさだ。毅然と立ち振る舞うミニスの姿に自然と思い出してしまうのはビーニャのことで、遠くなっていく後ろ姿を眺めるうちに口端まで緩んでしまった私だったけれど、だからこそ、胸の内は苦かった。
「……なぁ、タキツ。ひょっとして、タキツもミニスと同じだったのか?」
最後はビーニャを優先すると決めているのに、知らず知らず好意を抱いてしまう自分が嫌になる。
玄関口から広間に戻ってきた私を迎えたのは、真剣な顔をして私を見つめるマグナの瞳だった。髪色より一段深みのある紫紺の瞳に緊張と確信が滲んでいる。咄嗟に否定や疑問を返せなかった時点で私の負けは決まっていた。マグナの瞳に映る私の目が動揺に波打つのを待っていたかのように、マグナが重々しく口を開く。
「あの時の忠告はこういうことだったんだろ? 何があっても俺が選んだことで後悔しないように……なら、タキツもそうなのか? わざと距離を置こうとしてるのは、俺のためなのか?」
「……さぁ、どうだと思う?」
マグナは少し押し黙って、低く呻くように息をもらした。テーブルに置いたままだった召喚術の教本を手に取りながら、私は眉を下げて口を固く結んでいる。
ここで正解だと答えたところで一体、何になるだろう。後々のことを思えば互いに絆されないのが最善、下手に心を許して距離を縮めたりすれば相応の地獄を見ると分かりきっている。マグナのためと言うより自分のためかもしれないそれを押し付けがましく肯定することは出来なかったし、かと言って否定を返せるほどの役者にもなりきれなかった。そんな私の弱さと人間性を、きっと優しさだなんて勘違いしているマグナに掛けるべき言葉となれば尚更のこと、見つけられる気がしなかった。
「タキツがあまり自分のことを教えてくれないのも、優しくない振りをしてるのも、タキツの召喚主のことを知ったら今みたいに、俺が困ることになるからだろ……」
「どう思おうと勝手だけどね。私は何があってもマスターを優先する。最初からそう言っているだけだよ」
絞り出すように呻いて深く項垂れてしまったマグナに、何も気にすることじゃないと、普段どおりの抑揚を意識して声を掛ける。開け放たれた扉の影、誰が聞いているかも知れない場ではそれ以上は気が引けた。つい手を伸ばしたくなる柔らかな髪に宥めるような眼差しを注ぎつつ、私はままならない現実に込み上げる溜め息をひっそりと飲み下した。
今回は短め。ミニスはサモ2にて最強。パニック召喚的にも。