冷たい雨から逃げるようにファナンに舞い戻って丸一日が経った。アメルはまだ目を覚まさない。付きっきりで看病していたモーリンとケイナは、もう熱も下がったしよく眠って体力を回復すれば大丈夫だと太鼓判を押したけれど、それでも不安で堪らないらしいマグナとロッカは暇さえあれば部屋の前で行ったり来たりを繰り返している。こうした場面ではリューグの方が肝が据わってるのか、少しは落ち着け、と見かねて叱咤していたほどだ。
「心配なら後で会いに行ってあげなさいよ、色々心配するより顔を見せてあげた方が病人にとっては何よりの薬だもの。特に女の子はね」
気もそぞろな二人にケイナは笑って言ったけれど、顔に出さないようにしているだけでその声にも疲労の気配が滲んでいる。ミニスを寝かしつけてマグカップを片付けに来た私はその遣り取りを廊下の曲がり角で聞いていたけれど、不承不承に頷いたマグナたちが廊下の奥へと立ち去る背中にも同じものが透かし見えて、当たり前だな、と内心独り言ちた。
ファナンに辿り着いたのは夕方遅く、雨の降りしきる中で屍人相手の激しい戦闘をこなし、その足で休まず歩いてきた私たちは誰もが見事に疲れ切っていた。今にも崩れ落ちそうな身体に鞭打ってそれぞれ怪我の手当をしたりアメルを寝かせたりと気力で動き、泥のような眠りについたけれど、一夜明けて少し落ち着きを取り戻した皆の顔には隠しようもない憔悴と焦燥が滲んでいた。
聖王国の盾と名高い砦のひとつが未知なる敵に陥落し、ああも無惨な末路を辿ったこと。
否応なく目の当たりにしてしまった悲劇の結末に、皆が皆、胸を重くしていた。酸鼻極まる惨状の中、無我夢中に戦い抜いた後でやっと押し寄せてきた強烈な疲労と胃が冷えるような絶望に悲哀、肌が粟立つほどの恐怖の実感。死体となった相手を叩き潰し、薙ぎ払い、破壊し尽くしたそれを気に病まないものなんていない。場数を踏んでいるフォルテやカザミネは上手く覆い隠していたが、気丈に振る舞っていてもマグナやケイナたちの顔色は冴えないものだった。雨に打たれて冷えたせいか、朝を迎えても顔色の悪かったネスティを半ば強引にベッドに叩き込み、一人でいることを嫌がる素振りのミニスにそれとなく付き添って、夜を迎えてからはホットミルクを入れてやったり上手く寝付けるまで側で見守っていたりと、私も少しばかり無理をしたからだろう。起き抜けと同時に頭に走った鈍痛に無言で眉を顰めながら、それでも気怠い身体をどうにか起こして火の気のない台所へと足を運ぶ。
「おっと、おはようさん! あんた、今朝も随分と早いんだねぇ」
「おはよう。そういうモーリンもケイナも起きていただろ? お互い様だよ」
朝食の支度をこなしているとモーリンとケイナが台所の敷居を跨いで驚いたような顔をするものだから、軽く笑って私は言った。顔色が悪いのは鏡で確認済みだけれど、光の入り具合と立ち位置さえ気を付けておけば十分誤魔化しきれる。ファナンに戻って二日目の朝、まだ仲間の誰もが本調子に戻れていない時期。少しでも皆が休息に専念出来るよう、少しでも余計なことに気を回さずに済むよう、ただその一心で何でもない振りを装って笑顔を浮かべてみせる。
どうせもうじき一番酷いタイミングで別れを告げることになるのだ。このくらいじゃ罪滅ぼしにもならない。それでもせめて、自己満足の独り善がりでも、今の私に出来ることくらいはしたかった。
殆ど出来上がっていた朝食はモーリンの明るい呼びかけであっという間に皆に行き渡った。いつもならアメルが台所の主だけど、今は場合が場合だ。アメルお得意の芋や野菜を主食としたそれよりも出汁や甘味を利かせた味付けになってしまったけれど、文句なく食べてくれた皆には申し訳なさと感謝しかない。鍛錬に行くからとその分洗い物を買って出てくれたリューグやモーリンと共に洗い物をし、戸棚に仕舞っておいたコーヒーとお茶の両方を用意してしまうと、私はゆったりした足取りで道場へと向かった。やっと皆の調子も戻ってきたから今後の方針を確認がてらレナードの身の上話を聞くつもりだと、前もってネスティに聞いていたおかげで少し余裕があったのだ。
「この旦那が召喚獣ねぇ。どう見ても俺たちと変わらん気がするが……って意味じゃ、タキツもそうか」
「召喚獣なんて呼ばれてるけど、世界が違うだけで基本は同じ人間だからね」
お疲れ様、と声を掛けながら開きっぱなしの引き戸を潜れば、真っ先に気が付いたフォルテが振り返って人好きのする笑みを投げ掛けてくる。その近くにはマグナやネスティ、ロッカやミニス、モーリンたちの姿が見えるけれど、一番に目を引くのは輪の中心にいるレナードだ。皆してうんうん唸りながらレナードを矯めつ眇めつしているからか、何だか居心地悪そうに肩を竦めている。と、レナードがふと視線を上げて顔を綻ばせた。
「おっ、コーヒーか」
私の手元を見て嬉しそうに呟くけれど、はたしてアメリカンな味付けでお口に合うのかどうか。フォルテとレナードにはお望みどおりコーヒーの揺れるマグカップを、ネスティには少しばかり香りの強いお茶で満たされたカップを渡すため、ひとまずネスティとフォルテの間に割り込むようにして私は膝をついた。
「ネスティはまだ本調子じゃないから特別に薬草茶だよ」
「む……仕方ない、頂くよ」
物言いたげなネスティにそれらしく言葉を付け加えれば渋々と口を付けるけれど、今朝方まで決して低くはない熱が出ていたことを思えば感心するほどの演技派だ。苦みが得意じゃないマグナやミニスにはお茶を、モーリンには飲み慣れているらしいコーヒーを、顔色がイマイチのくせに普段どおりを装うロッカにもお茶を、そして私が残ったコーヒーを手に取ると、ネスティが簡単にここまでの話の流れを教えてくれた。
レナードの身の上を聞くにあたってカザミネが自らの素性を語ったが、彼はシルターンから戦闘の助っ人として召喚された後にその主が亡くなってしまい帰れなくなったのだということ。元の世界に戻せるのは基本的にそれを召喚した術者のみであり、典型的なはぐれ召喚獣の誕生の仕方だとそれを断じたネスティだったけれど、レナードを呼んだ召喚師もまさにあの砦の騒乱で亡くなっていると明かされたこと。
つまりは送還するのが非常に難しくなったが、そもそもどこの世界から呼ばれたのかも見当がつかないから皆で考えていたのだと聞いて、ああ、と両手でカップを抱えた私はのんびりと答えた。
「多分、レナードさんは私と同じ世界から来ているよ。無属性のサモナイト石で繋がる、名もなき世界からね」
「えぇっ!?」
驚きも露わに声を上げたのはマグナだけじゃなかった。ミニスやロッカも、ネスティまでもがぽかんと口を開けて固まってしまっている。信じられないと言いたげな視線を一気に集めてしまった居心地悪さに僅かに眉尻を下げながら、その中でも最も驚いたような顔をしているレナードに向けて私は思いつくままに話しかけた。
「レナードさん。貴方の言うロスは、アメリカ合衆国にあるロサンゼルスのことで間違いないですか?」
「そう! そのとおりだ! お嬢ちゃんは髪が黒いからな……もしかして、チャイニーズか?」
「あ、惜しい。日本、ジャパニーズって言ったら伝わりますかね」
当人同士でしか分からない会話をしてしまったけれど、レナードが膝を打って嬉しそうに声を弾ませた時点で信憑性は担保されたのだろう。唖然としているマグナたちに向き直ってどこから説明しようか迷っているうちに、聞き上手のネスティが私とレナードから上手い具合に話を聞き出しまとめてくれたのは有難い限りだった。名もなき世界の実在性や召喚原理のような小難しい話はともかくとして、今は私とレナードが同郷の出身だと分かればそれで十分だ。次にゼラムに戻った時にでもギブソンやミニスに相談するとして、この世界の常識を勉強してもらう間だけでも同行してもらおうとマグナが提案したことで、ひとまず話がまとまる。
「暫くそうさせて貰えるなら、俺様としては願ったりだな」
悪いな厄介掛けて、と気怠げな笑みに喜色を浮かべるレナードをカザミネやモーリンが諸手を上げて歓迎する。そっちの世界の常識も教えてくれよ、と膝立ちでにじり寄って無邪気に強請り始めたマグナはまるで子供のようで微笑ましい。安請け合いするなとネスティに窘められたことなんて頭から吹き飛んでるような快活さに当てられてか、苦笑交じりのレナードも決して悪い気はしないようだ。いいぜ聞いてみな、と早速乗り気な様子で返していて、何だか笑みを誘われてしまう。
「レナードさんも銃を持っていたしさ、そっちの世界でも戦うのって結構あることなのか?」
「まさか! 俺様のいた国じゃそこそこ犯罪もあったが、化け物退治や人殺しが当然な場所なんてまずなかったな。特にジャパン、日本なんかは平和を絵に描いたような国だと聞いてたぜ?」
「へぇ……やっぱり、リィンバウムとは全然違うんだ」
顔色が僅かに変わったマグナが更に質問を繰り出そうとする気配を察してか、そこまでだ、とネスティが強めに窘めた。レナードが旅に同行するならあれこれ必要なものを見繕わなくてはならないし、スルゼン砦の異変についてもさすがに報告なり通報なりをしないといけない。悠長に話し込んでいる暇はないんだぞ、と些か苦言交じりに言い聞かせている横顔はすっかりいつもの調子を取り戻していて、その前に正座でしょげかえっているマグナを含めて見慣れた光景でしかない。何だか安心感さえ湧き上がる遣り取りについ声を出して笑ってしまえば物言いたげなマグナの視線が飛んできて、私は苦笑交じりに声を返した。
「帰りたい場所に帰れないのは辛いからね。気持ちだけでも寄り添おうとしたのは間違いじゃないと、少なくとも私はそう思うよ」
何気なく言った言葉だったけれど、道場を出ていくところだったロッカまで一瞥を寄越したのは何か思うところがあったのだろうか。レルム村のこともあるのに軽率な発言だったかと今になって思うものの、一度出た言葉は取り消せない。うん、と膝の上で両手を握りしめたマグナが真面目な顔をして頷くのをネスティがむっつりと口を結んで見下ろして、それを眺めるレナードまで何だか思案顔で片眉を器用に跳ねる。私もそれ以上の言葉は避けて、結んだ唇の端をかすかに下げた。
それから少し後、私はファナンの街に出ていた。掃除や洗濯、料理の支度とあれこれ動き回っていたけれど、さすがに休憩しなさいとケイナに追い出されてしまったからだ。
部屋で休んだらと気遣われたけれど、じっとしていればそれはそれで落ち着かない。マグナはレナードを連れて街の案内に、ネスティはファナンの領主、つまりファミィに今回の件を伝えるためにミニスと一緒に出かけている。こんな時こそ普段どおりに過ごすべきと考えたのか、いつもの鍛錬や買い物に出かけた面子も多いから、ひょっとしたらどこかでばったり行き会うかもしれない。そんな期待と警戒が半々に混じった推測を立てながら、私はぶらぶらと当てどなく活気に満ちた通りを歩いていた。
いつもより手足が重く気怠い気がして、頭の中もぼんやりと熱を持ったように霞みがかっているせいか、こうして吹きつける潮風を浴びているだけで心地いい。だけど時間は有限、皆の様子が落ち着いたらファナン北方、中央エルバレスタ地方の草原を越えた先にある森を目指すつもりだとも聞いているし、今のうちに少しでもやれることをやっておいた方がいいだろう。やっと目を覚ましたアメルはベッドから出たがって不満そうだったし、せっかくだから何か、ご機嫌を取れるものを見繕っていくのもいいかもしれない。つらつらとそんな物思いに耽りながら歩いていたせいで、どうやら周囲への注意が疎かになっていたらしい。
「あらっ! タキツさんじゃないですか、無事だったんですねぇ!」
いつの間にか中央大通りにまで差し掛かっていたようで、ケーキ屋の配達帰りらしいパッフェルに声を掛けられた私は、はっと顔を上げた。雑踏の向こうに見慣れたオレンジ色を見つけて思わず息を緩めれば、せっかくですしどうですか、ひとつ、と販売用のアイスをちゃっかり手に持ってオススメしてくるパッフェルは相変わらずだ。とことん商魂逞しいその様子に頬が自然と緩みを帯びた。
「パッフェルさんも無事でよかった。それにしても足が速いんだね、あの時は驚いたよ」
「えへへ、これで結構な俊足だと評判なんですよ。お届け物もパパっとこなせちゃいますしね」
売り上げに貢献するべくオレンジ色のそれを頼みながら話を振ると、パッフェルは明るく笑いながら胸を張ってみせた。その明るさに少し気分が上向いたせいか、情報交換と言うよりも世間話に近い雑談をする心の余裕も生まれてくる。最近出来たカレー屋さんの評判だとか、アイスのフレーバーは随時増やしてるんだとか、今も人手が足りなくて馬車馬のように働いてるんだとか。日々の悲喜こもごもを情感たっぷりに話してくれるパッフェルに気持ちが大分解れていたこともあって、そうだ、と私はたった今思いついたかのようにあることを口にした。
「そのバイトって、私でも出来るかな? 毎回、数日単位でしかファナンに留まれないけど……それでよかったら」
ゼラムにいた時は召喚術の教本を借りて勉強していたけれど、ファナンでは暇の潰し方が決まっておらず、鍛錬をするか紫熟の相手をするかでそろそろ飽きて来ていたのは本音だった。手持無沙汰が過ぎると何だか不安になってくるのは損な性分かもしれないが、とにかくやることがあるのならその方がいい。手元にちょっとしたお金があればいちいちマグナに頼まなくても買えるものが増えるし、先立つ物のないレナードへの支援金に当てることだって出来る。
「助かりますよぉ! 店長には話しておきますから是非是非っ、明日からお願いしますっ! 雇用条件とか、制服の用意とか、色々準備することもありますし?」
「そ、それはよかった」
意外だったのは、どのタイミングで渡すべきか、と頭の端で考え始めていた私を置き去りにする勢いでパッフェルが喜んでくれたことだろうか。両手で私の手を握り、ぶんぶんと上下に振りながら申し出を受けてくれた表情も声もとびきり明るい。明日お店の前に来てください、お願いしますね、と元気よく手を振って駆けていく背中は相変わらずの速さで見えなくなり、私は小さく振り返していた手を止めて笑ってしまった。爽やかな柑橘風味のアイスはまだ残っていたけれど、パッフェルのおかげで大体の用事は早くも片付いた気分だった。
道場に残してきた紫熟へのお土産にするのもいいかもしれないと、溶けかけたアイスをちびちび味わいながら銀砂の浜へと続く路地を歩いていく。どこか懐かしい潮騒が聞こえてくればモーリンの道場はすぐそこだ。表情こそ分かりにくいものの、意外と感情表現豊かな小さな相棒を思い浮かべていた私は、どん、と急にお腹に響いた衝撃に足を止めた。
「っと、あれ、ミニス」
ぐらりと後ろに倒れそうになった身体をどうにか堪えて、受け止めた小柄な影に目を丸くする。思いのほか早く用事が済んだのだろうか、前も見ずに走ってきたのは焦ったような表情のミニスだった。注意するのも忘れて見つめてしまえば、いよいよ慌てた様子で私の手を掴む。
「うーっ、ちょっと来て!」
ちらりと来た方向を一瞥して走り出した勢いに飲まれて訳も分からないまま足を動かすも、路地から砂浜に数段下りた先、さほど離れていない木立のところにロッカがいることに気が付いた。追いかけようと手を伸ばした格好だが、思いがけず私が現れたことで不意を突かれる形になったのか。その隙を逃さずミニスが一層足を速めればぐんぐん距離が開いていき、突然の全力疾走に息を切らす羽目になった私がやっと呼吸を整えられたのは大通りまで戻ってからだった。急にごめんなさい、とミニス自身も肩で息をしながら頭を下げてきて、忙しなく早鐘を打つ胸を宥めながら私は首を横に振って返す。
「構わないけど、一体どうしたんだ? ロッカに何か、叱られでもした?」
ミニスはちょっと口ごもって、逡巡するように足元へと目を落とした。だけどそれも数秒、思い切った様子で顔を上げたミニスは、あのね、と緊張に上擦る声で問い掛けてくる。
「タキツも、私は子供だから家に帰った方がいいって思う?」
ああ、と納得する。金の派閥からの帰りがけ、偶然行き会ったのだろうロッカに言われたそれがあまりの正論で、咄嗟に何も言い返せずにその場を逃げ出してきたらしい。
言葉では敵わないし、けれど大人しく言い包められたくもない。となれば物理的にその場を脱するしかないと判断したらしいけど、真剣な眼差しで見上げるミニスに私はちょっと眉を寄せて、内心そのままの困った顔をした。
「正直言えば、ロッカの気持ちは分からなくもないよ。ただでさえ命の遣り取りがある戦場、スルゼン砦みたいなことがこの先何度も起こらない保証もない。それに、私の我儘でしかないけれど、ミニスにああいった場面は見て欲しくないし」
「なら……やっぱり」
「でも、困ったことにね。ミニスと一緒にいたい気持ちも本当なんだ」
我ながら情けない笑みを浮かべてしまう私を見上げて、ミニスは驚いたように目を丸くした。金色の瞳に映り込む私は困り笑いに表情を崩していて、大人としての頼り甲斐や威厳なんてこれっぽっちもないこと請け合いだ。けれど、真実それが本音なのだから表面ばかり取り繕ったところで意味がない。
「何かをやらずに後悔するよりやって後悔した方がいい、とは言うけどね。その分の責任や義務が圧し掛かってくるし、例え覚悟の上でも辛くて苦しい思いはきっとする。それでももし、ミニスが私たちと一緒にいたいと望んでくれるなら」
「そんなの……っ当たり前じゃない!」
一緒にいたいな、と声に出す前に勢いよくミニスに飛びつかれて、今度こそ倒れそうになった私は咄嗟に息を詰めて腹筋と足裏へと力を込めた。一歩後ろに下げた左足を突っ張り棒の代わりにしてどうにか転ぶのは耐えきったけれど、思ったよりもずっと身体は疲弊していたらしい。こら、と声を低くして窘めてみても、今の遣り取りで完全に私の不調を見抜いたミニスは逆に眉を吊り上げて、怒ってますとばかりに声色を尖らせた。
「もう、タキツもちゃんと休みなさいよね!」
そう言われてしまえば叱り叱られる側の形勢逆転というもので、仕方なしに笑って誤魔化していると聞き覚えのある声が耳に届いた。おーい、と間延びした声で呼びかけられてミニスと揃って顔を上げれば、マグナとレナードがのんびりした足取りでこちらに向かってくる。マグナたちじゃない、と私の腰に固く腕を回したミニスの気が逸れたことを幸いに、いそいそと近寄ってきたマグナへと歓迎の意を込めて片手を上げた。
「せっかくだしさ、タキツたちも一緒に回らないか? 何か必要なものがあったら言ってくれよ」
「そうだなぁ、今のところは特にないかな」
パッフェルに頼んだばかりのバイトの話は伏せて頭を捻る素振りをすれば、そっか、と残念そうに肩を落とすマグナは格好をつけたいお年頃なのかもしれない。ファナン郊外の野盗退治を何度かすれば使った分の補填もすぐに済むだろうけど、旅の同行者も増えた今、あまり無節操に使っていてはすぐに資金が底をつく。なのに気を抜けばすぐこれなのだから、と苦笑しつつも呆れ返ることが出来ないのは、そんな甘さこそがマグナの魅力だと感じているからだろう。何かあったらちゃんと言うから、と慰めだか励ましだかも判断出来ない声を掛けながら、私は思う。
それでも、いずれ去っていく人間に掛ける労力なんて、きっと少ない方がいいのだ。
カウントダウンが始まってきた。