ノルンは笑わない   作:くものい

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9-3:まだ見ぬ故郷

 次の日の朝早く、日が昇る前にファナンを出発した私たちの道行きは順調だった。アメルの祖母が暮らすという村を目指して街道を進み、雑草生い茂る小路に入り、行く手を阻むように広がる森に足を止めるまでは、と注釈がつくけれど、それまでアクシデントもなく進んできたおかげで時間にも気持ちにも幸いにして余裕があった。

「とりあえず、手分けして森の周辺を見て回ろう。村があるとしたらその辺りだろうしな」

 困惑に暫くの間立ち尽くしていたものの、方角が確かに合っている以上はここで引き返す道などない。山脈の裾野まで広がっていそうな深く薄暗い森の中にはとても村があるようには思えないが、その周辺となれば話は別だろう。マグナとネスティ、フォルテたちが顔を突き合わせて出した結論に異論の声はなく、早速数人ずつの集団に分かれて散らばり始めたところだった。おい、とリューグの声に呼び止められて、私とマグナは振り返る。

「お前ら、アメルと一緒に回ってくれよ」

 どこか暗い面持ちで視線を落としているアメルを後ろに僅かな躊躇いを浮かべた仏頂面のリューグを見て、ピンと来たのは一緒だった。何か不安になっているらしいアメルの様子にマグナと急ぎ足で近寄ってみれば、やっと私たちの気配に気が付いたアメルは困ったように頭を振ってリューグの提案を取り下げようとする。

「あ、ごめんなさい。何でもないんです」

「そんな顔してよく言えたもんだな……さっさと観念して話してみればいいだろうがよ」

「そうだよ、アメル。イヤでなければ話してやってくれないかな、主にとかね」

「そうそう。ほら、他人に話すだけでも気が楽になるって言うしさ?」

 目配せしながら言えばマグナも大きく頷いて、見るものを安心させるような笑みを浮かべてみせた。釣られたように頷いたアメルに、ひとまずこれで大丈夫かな、とリューグに目顔で尋ねてみれば、滅多になくすまなそうな顔をして眉を下げる。その反応からして、リューグは私が続ける言葉を察していたのだろう。

「それじゃ私はここで。四人も固まるのはちょっと非効率だしね」

「えっ、タキツは誰と組むつもりなんだ?」

 それは、と答える間もなく右手が掬い取られるように握られた。子供相手にでもするような手繋ぎを突然に強いられて息が詰まるも、肩が擦れ合う距離に現れた人物の影でそんな動揺ごと覆い隠されてしまう。驚いたようなマグナの声を聞きながら、私はその場から逃げ出したくなる衝動を堪えてこぼれかけた声を飲み込んだ。

「それじゃあ、僕と回りましょうか? ネスティさんやモーリンさんたちも先に行ってしまいましたし、最後尾になりますが……手を繋いでおけば逸れることもないでしょうし」

 ね、と穏やかに笑い掛けてくるロッカへの返事は決まっている。そうだね、と平生どおりを意識して頷いた私へとリューグが気遣わしげな視線を送ってくるのが分かったけど、それに反応を返す余裕はもうなかった。

「……少し、露骨すぎましたかね。昨晩のことを謝りたかったんですが、中々貴方に話しかけられなくてつい、気が急いてしまった」

 薄暗い森の中では少し距離が開いただけで互いの声を拾うことすら難しくなる。リューグの背中やアメルの髪が捻れた枝木の合間に見え隠れするくらい離れたところで、ロッカはおもむろに口を開いた。相変わらずその手は私の右手を掴んだまま、緊張で冷たく汗ばんだ手を優しく、けれど決して離さないとばかりに包み込んでいる。籔を掻き分けながらの獣道、何かに躓いた振りを装って振り解くことも出来たのかもしれないけど、そんな気すら起きずに大人しく付き従っていた私は断頭台に上るような心地でゆっくり顔を上げた。穏やかな表情のロッカが、私の首元を覗き込むように視線を下げる。

「あぁ、跡になってしまいましたね」

 シャツの襟元、首筋に赤く主張する鬱血痕に目を留めて口元を僅かに綻ばせるロッカの瞳は熾火のように熱っぽく、それでいて氷のように冷えていた。何を考えているのか、求めているのかも分からない瞳に、ぞっと背筋が怖気立つ。はく、と空を噛んだ唇から掠れた声がこぼれ出た。

「……本当に、何がしたいんだ? 私のことが気に食わないのなら距離を置くし、恨みがあるのなら謝ろう。でも、そうじゃないんだろ。皆と同じように仲良く出来たと思っていたのに、なんで君はそうやって、そんな目をして私を」

 見るんだ、と掠れきった声が泣きそうに震えた。その瞬間、形ばかりの笑みを浮かべていたロッカが表情を引き攣らせたのが分かった。真顔に近い表情には何の感情も窺えないけれど、溢れ返りそうな衝動を必死に堪えているように見えて、咄嗟に私が身構えたことを感じ取ったのだろう。手を握る力を僅かに緩めて、ロッカは視線を前方に投げた。

「……初めて貴方が気になったのは、リューグと二人して叱られた時です」

 足は止まることなく前へと前へと進んでいく。予想だにしない告白を受けて戸惑う私の手を引いて、垂れ下がった枝木や蔓を乱雑に押し払いながらロッカは淡々と続ける。

「村で見かけた時は一瞬だったのもあって、大人しい方だと勝手に思い込んでいました。冷静じゃなかった僕たちを落ち着かせるためとはいえ随分遠慮のない物言いをする人だなと驚いて、興味を持って、そこから貴方を見るようになった。マグナさんの影に隠れるようにひっそり過ごしていても、貴方はいつだって目を引いた。いつも一人になろうとしていることも、わざと距離を置こうとしていることも、無理して冷たく振る舞おうとしていることも……すぐに分かった。貴方がどうしたって優しくしか在れない人だということも、分からないはずがなかった」

 だから一度は諦めた、と押し殺したような声が言った。こちらを振り返ることなく前を向いたまま、繋いだ手にばかり力を込めて黙り込んでしまった背中を見つめて私は無意識に口を開ける。けれど、何を言えばいいかも分からないのに開いた口からは音の欠片もこぼれ出ない。掠れた息が過ぎるだけの口を無意味に開け閉めしていると、そんな私に呆れるように背中を揺らして、震えすら混じった声でロッカは笑った。

「本当に分からないんですか。僕がどうして貴方を許せないのか、腹が立って仕方がないのか、本当は、気が付いてるんじゃないですか」

 タキツさん、と呼びかける声に促されるまま顔を向けた先、ロッカは私を見下ろしていた。下草を踏む足を止めて、繋いだ手をぶら下げて、腰から振り向いたロッカの苦しげに歪んだ瞳には目を見開く私の姿が映っている。息も出来ずに見つめ返すばかりの私に向けて、ロッカは静かに言葉の先を綴った。

「貴方が好きです、タキツさん」

 返事を求めるものではない、とすぐに理解した。憂いを帯びた切なげな表情でもなく、愛おしさに溢れた笑みでもなく、息苦しさを覚えるほど凄みのある目をしたロッカが射殺すように私を見つめている。

「貴方に何をして欲しいわけじゃない。貴方が何を望んでいようと絶対に譲らない。どんなに目を逸らそうが突き付けてやるだけだ」

「何を、言ってるのか……」

「返さない」

 ぞわりと、全身が総毛立つような感覚に襲われて知らず逸らし掛けていた視線が跳ね上がる。再びぶつかった目が、まるで私の内側まで暴き立てるような苛烈さを宿していることに戸惑い怯える間もなかった。理不尽に憤るだけの余裕も困惑に立ち尽くす逃避の間もくれず、擦り切れそうなほど低い声色が飛礫のように飛んでくる。

「誰にも連れて行かせない。少なくとも貴方の言うマスターには絶対に返さない。何があっても、渡さない」

「な、んで、そんな……そんなことを」

 どうしてそんなことを言うのか、言われなくちゃならないのか分からずに、迷子の子供のような必死さで尋ね返す私の姿はさぞかし滑稽だったことだろう。あまりの意味の分からなさにそれまでの恐怖も忘れて食い下がった私へと、ロッカはやっと見覚えのある笑みを浮かべてみせた。頬を緩めて目元を和らげて、ミニス相手に話し掛ける時のような穏やかさに満ちた声色で笑いかけてくる。

「言ったでしょう? 貴方のことが好きなんだって」

 そう言って、ちっとも笑っていない目が私を捉えた。柔らかく包み込まれた手も、地面に縫い留められたような足も、何ひとつ動かせずにいる私を愛おしげに見下ろしてその口端を緩やかに吊り上げる。さあ、急ぎましょうか、と軽く手を引きながら促す声に何を答えたかは覚えていない。

 私のことを好きだと言って、だからビーニャの元には絶対に返さないと宣言したロッカのことを一体、どう思えばいいのか。

 ふわふわと覚束ない足取りでロッカの踏みしめた道をなぞりながら、記憶の中のビーニャの声を私は必死に手繰り寄せていた。

 

 樹木の枝葉に覆われていた空がちらちらと覗き見えるようになって暫く、足元にも陽射しが差し込むくらい密度の薄まってきた森の向こうにふと煙が見えた。うっすらと空に立ち上る一筋の煙に真っ先に気が付いたのはマグナで、竈か何かの煙だろうと同意を返したのは腰に手を当てて目を凝らしていたモーリンだ。散らばっていた皆もその頃には自然と一か所に集まり始めていて、人が住んでいるかもしれない痕跡に俄に色めき立った集団の中、私もそれらしく期待を含んだ表情を作ってみせた。

「それじゃあ、誰かの家があるってこと?」

「そうかもしれないね。少なくとも村への大事な手がかりだ」

 にこやかな笑顔でミニスに同意を示すロッカの手はもう私の手とは繋がっていない。マグナたちに追いつくと自然な素振りで解かれた手はしっかりと槍の柄を握って、何の違和感も感じない態度を保っている。私もそれは同じで、マグナの傍に身を置いた後は示し合わせたように普段どおりの対応に徹していた。アメルと談笑し始めたロッカに向けてリューグはどこか胡散臭がるような目をしていたし、どこかそわついた様子で話題を振ってきたマグナも何かに勘付いていたのかもしれないけれど、決して口を割らない私とロッカの様子に諦めたのか。森を抜けて少し開けた場所に出たところで、それまで向けられていた注意があからさまに外れたことに私はひそかに胸を撫で下ろした。

 わぁ、と誰かが感嘆の声をもらした。深い森の中にぽっかりと開けた空間は、おそらくレルム村を僅かに上回るくらいの広さがあった。私たちがいる場所を小高い丘の上として、緩やかな谷の形を描きながら向こう側に見える森の入り口まで続いているその途中、周囲より盛り上がった一帯に小さな一軒家が建っている。段々畑のような小ぢんまりとした畑、池と呼ぶには小さな泉、それらに囲まれた可愛らしい家の屋根からは静かに煙を吐き出す煙突が突き出ていた。一軒しかないということは村ではないだろうけど、住人がいるのであれば道を尋ねることも出来る。すみませーん、と気を取り直したマグナが早速声を上げて勾配の緩やかな道を下っていく。その背中を眺めながら足を進めていた私たちにも、マグナの声に応えるように押し開けられた家の中から出てきた影の正体がよく見えた。丸やかなフォルムに愛らしい小さな羽飾り、くりくりした大きな目を驚きに見開いてマグナを見つめている姿はどこからどう見ても人間ではない。霊界サプレスの召喚獣、ペコだった。

「……えーと、人じゃなくてペコの家なのかな?」

 きょとんと顔を見合わせていたそれがくるりと背中を見せて家の中へと引っ込んでいったことに、ゆっくり振り返ったマグナが疑問符交じりの笑みを浮かべて首をかしげる。君は馬鹿か、とお約束の口上でそれを切って捨てたのはネスティだ。マグナとペコの遣り取りの間にすっかり追いついてしまったこともあって、物珍しげにペコを眺めていたフォルテやミニスたちを横目で振り返りながらネスティは皆に説明するように続けた。

「そんなわけがないだろう。今のはサプレスの召喚獣、おそらくこの家の主人の護衛獣か何かだろう」

「つーことは、人がいるのは間違いないんだな?」

 レナードの確認を受けて皆の視線が扉に集まった矢先だった。何か聞こえる気がする、と私が眉を寄せようとしたそこで、はっと顔色を変えたマグナが大きく振り返って叫んだ。

「みんな、散れっ!」

 間髪入れずにその場を蹴って四方に散った私たちの目の前で突如、地面が弾けた。一瞬前まで立っていた場所に突き刺さっているのは、白く眩いばかりに輝く剣や槍、刀の群れだ。虚空に開いた門がふっと消えるに合わせて実体を失った武器たちは、無属性の召喚術で瞬間的に呼ばれたもの。ネスティやミニスがすかさず見抜いて警戒の声を上げるも、扉から転がるように距離を取ったマグナが起き上がりざまに大剣を構えながら放った言葉で、私たちの注意は再び扉へと集まる。

「いきなり何するんだ、君は!」

 ぎぃ、と軋みを上げる扉から出てきたのは、褐色の肌に民族衣装めいた装束を纏ったまだ若い女の子だった。アメルや私と近い年頃だろうか、魔力を帯びた短剣を構えて油断なくこちらを睨み据える女の子の唇は真一文字に結ばれている。眉を吊り上げて警戒も露わな怒声を放ったマグナに臆した様子も見せず、いや、少しばかり気圧された自分自身に気合いを入れるように意気込みながら、彼女もまた敵対心たっぷりに言い放った。

「ふ、ふん! ルウはちゃんと知ってるんですからね。キミたちが禁忌の森に封印された仲間の悪魔を解放して、悪いことをしようと企んでるってことを!」

「は、はぁ? 俺たちは悪魔なんかじゃ……うわっ!」

 思いがけない攻撃を受けて戦意を漲らせていたマグナが肩透かしを食らったように眉を下げた、そこで今度は魔力を練り上げただけの衝撃波が炸裂する。何か誤解されていることに気が付いたところで、こちらを悪魔の手先だと決めてかかって攻撃を止めない彼女、ルウと名乗った少女には全く言葉が届かない。構えた大剣を振り下ろすわけにもいかずに防戦一方になり始めたマグナが雑草の生い茂る斜面を転がるように下りてくる。その大体の場所を見越して駆け込んでいた私はマグナを引き立たせて、背中に庇うようにして無理矢理にでもルウと距離を取らせた。いつの間にか家から出てきたらしいペコたちがわらわらと彼女を守るような陣形を展開している今、下手に孤立していれば袋叩きにあうこと間違いない。

「主! どうする!」

「ああもう、まずは攻撃を止めさせなきゃ!」

 そのままなし崩しに始まった戦闘だったものの、明らかに誤解に基づくものだと全員が分かっている状況だ。それぞれが必要以上に相手を痛めつけないよう気遣いながら拳や剣を振るうものだから、決着がつくまでに多少の時間が掛かったことは否めない。ペコ相手に刀を振るう罪悪感と心苦しさに私も何度か動きが鈍ってしまったけれど、頭部に打撃を叩き込んでは気絶させる作業を繰り返すうちに心が幾分マヒしてきたのは幸いだった。人間相手でなくても峰打ちを使えるカザミネや暗闇や麻痺の状態異常を与えるメイトルパの召喚術を習得していたミニスのおかげでやっとペコの無力化が適った後、追い詰められて動転したルウがまさか足を滑らせて気絶してしまうとは思っていなかったけれど、目を覚ました彼女はネスティの説明を受けてやっと落ち着いたらしい。

「ごめんなさい。ルウ、すっかり勘違いしちゃった……」

 お詫びにと家に招かれた私たちはルウ手ずからのお茶をご馳走になりながら、今回の騒動の理由を聞いていた。起き抜けすぐはモーリンやアメルの声にも耳を貸さないほど警戒心を漲らせていたルウだったけれど、いかにも召喚師らしい見た目をしたネスティに理路整然と事情を説明されて、かつ、君もサプレスの召喚師なら知っているだろうと誇りをくすぐるような言い方をされたのがダメ押しになったらしい。お客様なんて滅多に来ないから緊張しちゃう、とはにかみ笑いすらこぼしながら湯気を立てる鉄瓶を傾けていたルウの表情は明るかった。私たちが悪魔ではないと分かって、やっと気が抜けたことも大きかったのだろう。ネスティやフォルテ、マグナからの質問に躊躇いなくぽんぽん知っていることを答えていくルウを眺めながら、私はそれとなく壁際へと身を寄せた。アメルを挟んで隣り合うロッカとリューグはまだ気が付いていないけれど、私の位置からはルウと対照的な表情のアメルがよく見えたからだ。

「キミたち、あの森が何て呼ばれてるか知らないの? アルミネスの森って言うんだよ、あそこは」

「アルミネスだって!?」

 きょとんとしたルウの言葉にネスティが椅子を蹴るような勢いで反応したのも無理はない。封印の森、禁忌の森と呼ばれるそれはルウの言ったとおり、アルミネスの森を指したものだ。かつてサプレスから攻め込んできた悪魔の軍勢が封印されている曰く付きの森へと知らず足を踏み入れていたことに気が付いたフォルテやネスティが真剣な顔をして言葉を交わしている。お伽噺じゃなかったんだと思わずといったように呟くミニスに、そう思うのも無理はないけれど、とルウが困ったように肩を竦めながらありのままを明かしていく。

「それで、アフラーンの一族はあの森を中心に出るサプレスの力を研究するためにここに暮らしてるの」

 前はもっと家があったんだけどね、と少しばかり寂しそうに付け足すルウの言葉は淀みない。嘘や誤魔化しを言う必要もなく、知っているままを答えているのだから当然だ。明らかに事実だと伝わってくるルウの言葉を疑うものは誰もいない。ネスティでさえ疑問や否定を返す代わり、気になることがあればより詳細を求めて尋ねるだけなのだから、これが真実なのだと認めるしかない状況が固まっていく。そんな中でひとり、アメルだけが異様な静けさを保っている。震える眼差しは深く俯いて他の誰も気が付かないまま、アメルの絶望だけが静かに深まっていく様子が私にはよく見えた。

「しかし、なんで悪魔だなんて勘違いをするかねぇ?」

 どうしてかサプレスの魔力が満ちているこの場所では必然、サプレスの召喚獣であるペコたちにも恩恵が深い。だから他の場所よりずっと元気なのだとルウは言う。けれどその森の様子が最近はおかしくて、まるで誰かが出入りでもしているみたいだったからと、こちらを悪魔だと勘違いした理由を次第に口ごもりながら語っていく姿にレナードが呆れたように尋ねた。事情こそ分かったが、出入りしていたその誰かを悪魔だと決めつけるのは少々思い込みが過ぎるだろう。そんな呆れ交じりの疑問に、だって、とルウはあっさりと答える。

「あの森の奥には結界があって、人間はその先には入れないのよ。だから」

「ちょっと待ってください!」

 それが引き金だった。突然響き渡った制止の声に呆気に取られたように声を切ったルウへと向けて、それが本当なら、とアメルは振り絞るように声を紡ぐ。

「それが本当なら……森の周囲に、村なんてないですよね!?」

 あ、と息を呑む音がいくつも響いた。

 ルウの話が本当なら村があるわけがない。アメルの祖母が暮らす村なんてない。アグラの語っていた全ては嘘になる。アメルが頼った唯一の肉親は存在すらしないものだったと、認めることになる。

 その事実がさっと波が引くように全員の脳裏に浮かんだと同時、アメルが自分自身を抱きしめるように腕を回して激しく震え始めた。これまで信じて縋ってきた言葉が全くの嘘でしかなかった現実に耐えられないとばかり、奥歯を噛みしめて嗚咽を飲んで溢れる涙を目尻の端から伝わせながら、いやいやと何かを振り払うように頭を振る。

「変だって思ってたの! 村の名前も目印もおじいさんは教えてくれなかった、あたしが会いたいって言ってもおばあさんのところに連れて行ってくれなかった!」

「それは、事情があったからだって」

「っ止めろ兄貴! 落ち着け、アメル!」

 今はどんな言葉も気休めにしかならない。そしてアメルは、そんなことを望んでいない。残酷な真実に戸惑い嘆き憤って、感情の激流の真っただ中にいるアメルには優しいだけの言葉なんて届かない。

 宥めようと手を伸ばしたロッカから逃げるようにアメルが席を立つのと、それを阻んでアメルを落ち着かせようとリューグが声を放ったのは殆ど同時だった。リューグとロッカ、二人の眼差しから逃げるように避けるように、ふらふらと壁際まで後ずさったアメルがその場に膝から崩れ落ちる。何もかも見えていないように頭を抱えて、絶望に打ちのめされた声を絞り出す。

「いや……いやっ……そんなの、そんなのって、あたしの信じていたことって一体、いったいなんだったのぉーっ!?」

 胸を圧し潰すような絶叫を上げて打ちひしがれるアメルの瞳には、その場の一切合切、何の姿も映っているようには見えなかった。




告白シーンがあると夢っぽいですね。それはさておきルウ、可愛くて好きです。
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