禁忌の森を包む結界が、壊れた。
ガラスが割れるような軽い音を立てて崩れ去ったそれは目に見えるものではなかったけれど、それ以上に肌身に迫る実感があった。まるで砕け散った結界の欠片に身構えるように即座に臨戦態勢に入ったのは、召喚師ではないフォルテやカザミネ、モーリンたちだ。戦士として研ぎ澄まされた第六感で何かを感じ取ったのか、剣呑な面差しで森の奥を睨み付けてすぐ、それらは現れた。
特徴的な尻尾に尖った耳、忌々しげな呪いの言葉を吐き散らかしながら殺意に満ちた眼差しを突き付けてくる異形の存在。それまで生き物の気配など微塵もなかったはずの場所にいくつもの影が揺らいでは実体を纏って現れていく。その手に握られた槍や剣の切っ先がこちらを向くのを待つでもなく、誰もがその正体を理解した。はるか昔から結界に閉じ込められていたという軍勢の生き残り、霊界サプレスの悪魔だ。
毒々しい紫と黒に染まった装束を身に纏った下級悪魔たちの目はあまりにも雄弁で、彼らが一体何をするためにこの場に現れたのかなんて言葉を交わすまでもなかった。
「アメル!」
夢から覚めたように呆然とするばかりのアメルを抱えてマグナが勢いよく地面を転がった。一瞬前までアメルが立っていた場所には爆ぜたような穴が開いている。獰猛に牙を剥く悪魔の殺意に戦慄を覚える間もなく、次の攻撃に移ろうと僅かに槍を引いた悪魔の動きに私は、咄嗟に地面を蹴った。がきん、と鈍い音がして、無心で振り抜いた刀と暴風のように突き出された槍がぶつかり合い、マグナたちを狙ったその軌道が僅かに左に逸れる。刀を握り締めた手から腕へとびりびり伝わってくる衝撃を飲み込んで、まだふらつきの残る身体を無理やりに叱咤しながら足元の地面を踏みしめる。マグナの機転で寸でのところで初撃を避け、続く二撃目も私の介入でどうにか逸らすことが出来たが、悪魔たちの狙いは依然としてアメルとマグナに向いている。
「逃げてください、マグナさん! アメル!」
「主っ! 混乱するのは後だ! 今は生き残ることだけを考えろっ!」
殺す殺すと五月蠅く喚き立て始めた悪魔の注意を少しでもこちらに引き付けようと睨み付けたところで、横から飛び込んできたロッカの槍が間近に迫った悪魔の腹を強かに打った。すぐ後ろのもう一体を巻き込んで倒れた隙を逃さず、マグナがアメルを引き立たせて距離を取った様子に内心、安堵の息をこぼしてしまう。まさに値千金の牽制をしてくれたことに素直な感謝を込めて視線を送るも一瞬、ゆらゆらと影を割るようにして現れる新手の姿に厳しい眼差しを向けるロッカ同様、私も苦々しい思いのままに唇を噛み締めた。
「マグナ殿、ここはひとまず逃げの一手でござるぞ!」
戦況不利と判断したカザミネが声を上げるまで、大した時間は掛からなかったはずだ。長年結界に閉じ込められていたせいか、悪魔たちの力は圧倒的な強者と呼ぶほどでもなかったけれど、何より厄介なのは斬っても突いても湯水のように湧き出てくる新手の存在だった。個人で相手取るには幾分厳しいものがあるが、数人で対処すれば十分対抗できる敵。だとしても、それが無尽蔵に湧いてくるとなればスタミナ切れを迎えるのはこちらが先だ。森の奥に本陣があるのかどうか、いくら倒してもキリがない敵に私たちの焦燥が募ってきたタイミングでのカザミネの提案は最もで、異を返すものはいなかった。
「分かった。皆、とにかくこいつらを振り切るぞ。合図をしたらそれぞれ違う方角に分かれて逃げ出すんだ」
「落ち合う場所は?」
「ルウの家でいいわ。あそこだったら悪魔も簡単に近づけない!」
怒鳴り声での遣り取りの中、悪魔の膝元を正確に打ち抜きながらのレナードの問いかけに、剣を振り上げる悪魔の攻撃を交わしながらその脇腹を切りつけたルウが叫ぶように返す。召喚術を当てようにも狭く薄暗い森の中、下手をすれば味方を巻き込みかねない状況下では召喚師であるネスティやミニスたちが本領を発揮することは難しい。ルウも条件的には同じだろうに少しの躊躇いも迷いもなく動けているのは、常に悪魔との戦いを意識して生きてきたからだろうか。悲鳴を上げて倒れ込んだ悪魔の顔面を容赦なく踏み付けてちらりと目配せを寄越したルウに、機を見計らっていたマグナが意を決したように叫んだ。
「よし……っ今だ!!」
声が響くと同時、一斉に四散した私たちに意表を突かれたように僅かに動きを止める悪魔たちだったが、その狙いはやはり揺らがないのか。逡巡はほんの束の間、示し合わせたようにマグナとアメルだけを追いかけていく様子に、逆方向へと駆け出していたロッカやリューグが短く息を呑んだ。ぴたりと照準を定めて森を駆けていく悪魔たちの注意は前方にのみ向いていて、だから、ルウと一緒にマグナたちの左手を駆け抜けようとしていた私は躊躇なく足を止め、無防備に曝け出されたその背中へと目掛けて刀を一閃する。
「タキツっ!?」
「主に、加勢する! 先に逃げていてくれ!」
遠慮なく袈裟切りに切り捨てた悪魔の一体を足蹴に、私もまた、マグナたちを追って駆け出した。正しくはマグナたちを追いかける悪魔の背中を更に追いかける形だけど、少しでも頭数を減らしておけるならそれに越したことはない。ゲームどおりに行けばエルゴの守護者たちが助けに来てくれるはずだけど、何度も繰り返すようだがそんな確証はどこにもないのだ。
並走していたルウの驚く声を置き去りにして、私はひたすらに地面を蹴った。紫熟にはペコたちと留守番してもらったおかげで、普段よりずっと身が軽い。生い茂る草を踏み倒し、息が切れるのに構わず足を動かし、目の前に迫った悪魔には容赦なしに刀を振るって、ただひたすらに走る。別の方角から集まってきた悪魔がこちらに気が付いて遠隔攻撃を放ってくるけれど、暗い闇を圧縮させたような魔力の塊をぶつけてくる術はサプレス由来のもので、つまり私には耐性がある。まともに相手をするのはもちろん、身を捩るだけでも速度が落ちてしまう以上、出来る限り無視をして全速力で走り抜けるのが一番の近道だ。そんな結論を叩き出して、交わし切れなかった槍の穂先や剣の切っ先、避ける気もない遠隔攻撃での傷を身体中あちこちに負いながら、私はただ前を見据えてひた走る。
痛くない場所なんて数えるほどしかないけれど、幸いこんな程度で死にはしない。突き出される槍の穂先はどれもこれもが殺意に満ちているけれど、イオスが繰り出す気迫のこもった突きとは比べ物にならない。そう、このくらいじゃ私は死なない。乾いた笑いに切れ切れの息を吐きながら、でも、と思う。
でも、マグナたちは? カイナやエルジンたちが助けに来てくれているならいいけれど、もしも、誰も間に合わなかったら?
そしたら、そうしたら、そこで物語は終わってしまう。マグナは死んで、アメルも死んで、サモンナイト2という物語が否応なしの終焉を迎えてしまえばきっと、リィンバウム全土が終わりに向かうに違いない。そんなことになれば、と。ただひたすらに走って、走って、不意に、視界がいっぱいに開けて。
「避けてぇぇぇっ!!」
絹を裂くようなアメルの悲鳴が響いた。飛び込んできた目の前の光景が、まるでコマ送りにしたようなゆっくりした動きで流れていく。大剣を高々と振りかざした悪魔、その目前で呆然と尻もちをついているマグナ、咄嗟に突き飛ばされたのか、マグナの少し後ろで座り込んだまま悲鳴を上げているアメル。エルゴの守護者はいない。少なくとも、私に見える限りの範囲にはいない。行動を決めるのに要した時間は一瞬足らず、言葉どおりの刹那で地面を力いっぱい蹴りつけた私は飛び込むようにマグナと悪魔との間へと割り込んだ。
「ぐ、うっ!」
ぎん、と鈍い音がして振り下ろされた大剣の重みを両腕に受けた私は苦悶の声をもらす。間に合わない、なんて一切考えなかった。考える前に身体が動いて、刀を抜きながらマグナの前へと滑り込み、柄を握るのと峰に添えた両手で持って振り下ろされる大剣を受け止めた。
体勢もろくに整わないまま重い一撃を食らったせいで膝から一気に崩れ落ちそうになるが、そこは意地でも堪えきる。手首から肘先まで走り抜けた強烈な痺れと衝撃に目をつぶって、地面をじりじりと削るように下がっていた左足を無理矢理に振り上げた私は、がら空きの胴体目掛けて思いっきりの蹴りを放った。
「タキツッ!?」
刀を支える手から一瞬力が抜けたことで眼前に迫った剣の切っ先を避けるべく、倒れ込むように身を捩りながら蹴りを放ったおかげか、それとも突然の闖入者である私を前に悪魔の側で反応が遅れたせいか。上手いこと鳩尾を抉り込むように入った蹴りの威力から逃げるように、悪魔は大きく後ろに飛び退った。唸り声を上げつつ警戒も露わにこちらを見据える悪魔を気力だけで睨み返しながら静かに体勢を整え直して、詰めていた息を吐いて、脱力するまま下ろした刀を横目で見る。
しかし、あんな大剣を真っ向から受け止めておいてよく折れなかったな。
感嘆と称賛入り混じった思いで握る刀に視線を送ったけれど、それを待っていたかのように刀身に一本のヒビが入り、音もなく根元から折れた。切っ先や真ん中ならいざ知らず、まさかの根元から折れてしまった刀が、とすりと軽い音を立てて地面に突き刺さる。何も言えずに視線を足元から前方へと持ち上げた私へと、悪魔たちは見るからに楽しげな笑みを浮かべていた。まあ、それはそうだろう。この状況で武器まで失ってしまったら抵抗の術などあるわけがない。嬲り殺しにされるのを待つしかない獲物を前に、嗜虐的な笑みを満面に湛えた悪魔たちがじりじりと距離を詰めてくる。仕方なしに刀身のない刀を身体の横に力なく下ろした私だったけれど、後ろから肩を掴んだマグナが庇うように前に出たことに思わず声をこぼした。
「主」
歯を食いしばって必死の形相で悪魔たちを睨み付けているマグナは、まだ諦めていない。絵に描いたような絶体絶命の状況なのに頭の中では一生懸命、生き延びるための道を探っているのだろう。こんな絶望的な状況下でさえ希望を捨てていないんだから、つくづくアメルが好きになってしまった気持ちも分かる。そんな嬉しさと申し訳なさ、少しのおかしさが入り混じった心地で私は場違いにも声色を和らげた。
「大丈夫だから、下がって」
「何がだよ……」
誓約済みの赤いサモナイト石を握りしめて悪魔を睨み付けるマグナは知らないけれど、まだ隠し玉はある。武器の調達を兼ねた無属性の召喚術でもあるダークブリンガーなら悪魔相手にも有効だ。けれど、そんなものを使わなくてもこの場を乗り切れる確信があった。ようやく来てくれた気配に向けて、自然吊り上がる口角をそのまま、私は森の奥へと目を向ける。
「ほら、援軍のようだ」
「……うなりませい!」
急激に膨れ上がる魔力、頭上に広がる高密度のシルターンの空気。大振りな鈴を鳴らすように踊りながら詠唱を唱えていた少女がぴたりと動きを止め、凛々しい面持ちで術の発動を告げる。そこでやっと悪魔たちも第三者の襲来に気が付いたらしいが、あまりにも遅すぎる。愛らしくも凛とした声が場に響き渡ったと同時、悪魔たちの全身を包み込むように爆炎が広がれば、それが彼らの最後だった。
待ちに待った守護者の登場を受けて安堵に胸を撫で下ろした私だったけれど、事態に付いていけないマグナとアメルは大きく目を見開いて言葉を失っていた。シルターンの上位存在、鬼神様の力を借りて術を行使する巫女であるカイナの技は、一見しただけで尋常なものじゃないと分かる。卓越した技術で高度に練り上げられた魔力の渦に導かれるようにして異界の門が開かれる様は、確かに目を奪われるだけの凄みがあった。
「説明は後でいたします、一足先に森の外まで逃げていてください。この者たちを再び結界に閉じ込めますから急いで!」
その気迫に押されるように森を駆けてきたけれど、マグナもアメルも、木立の向こうに明るく開けた平地が見え始めたところで足を止めた。ここを抜ければルウの家まで一本道だ。既に森を抜けたメンバーもいるだろうけど、まだここに辿り着いていない仲間たちがいるのなら必ずここを通ることになると考えてだろう。心配そうに森の奥へと視線を投げやるマグナの隣でやっと人心地ついたらしいアメルが大きく息を吐いている。あれだけ怖い思いをしたのだから無理もないと声を掛けようとして、ばちりと音が鳴るような勢いでぶつかったアメルの瞳の強さに私は思わずたじろいだ。
「ここまで来ればきっと大丈夫ですよね……タキツさん! それじゃ、今のうちに手当てをしますから座ってください」
強い意志の宿る瞳はどこか怒っているように頑なで、ぐいと手を引かれた勢いのまま倒木の上に腰を下ろした私はしどろもどろに声を返した。
「えっ……と、別に後でも大丈夫だけど。大した傷でもないし」
「そんなわけないでしょう!? ああほら、顔にだって傷がついてる」
本当に辛そうな声でそんなことを言われると続く言葉も出てこない。助けを求めてマグナに視線を投げるけれど、森の奥へと警戒を保ったまま呆れたような半眼ばかりを返すマグナは元よりアメル側だったらしい。
「俺もアメルに賛成だな。タキツは無茶しすぎなんだって、俺だって分かるよ」
ちゃんと護衛獣らしく助けに入ったのに、と文句のひとつもぶつけたくなるけれど、座り込んだアメルと私を隠すように来た方向を見つめているマグナの心中を思えば、それ以上食い下がることは出来なかった。ゲームの知識として私はエルゴの守護者の実力を知っているけれど、マグナからすれば子供にしか見えない少年とたった一体の機械兵士、それに可愛らしい見た目の女性という三人きりで森全域を覆う結界を張り直しに行ったようにしか思えないのだ。それがどれだけの無茶か、想像すればするほどに最悪の展開が浮かんでしまうのだろう。傷がない場所の方が少ないじゃないですか、と怒りのこもった震え声で二の腕や太もも、脇腹の辺りに手をかざしていくアメルに大人しく頭を垂れながら、私は一刻も早くカイナたちが来てくれることを祈った。
「お待たせしました。あら、そんな驚いたような顔をしなくても?」
一仕事終えたような雰囲気でカイナたちが戻ってきたのは、アメルの手によって身体中の裂傷が癒されたところだった。擦過傷や打ち身の類まで癒していたらアメルの方が疲れてしまうと、どうにか固辞しようとしていた私にしてみれば天の助けとも言えるタイミングだ。驚嘆の眼差しを注ぐマグナに穏やかに笑って、自らをそれぞれの世界のエルゴから遣わされたもの、エルゴの守護者だと語ったカイナやエルジンだったけれど、間が抜けることにこの場にはその単語を知る者がいない。知っているかどうか目顔で尋ねてきたマグナに無言で首を横に振って返せば、そんな私たちの遣り取りを微笑ましそうに眺めていたカイナはおっとりと続けた。
「約束どおり、きちんと説明いたしますよ。でもまずは……仲間の皆さんに無事を知らせてあげることが先ですね」
言いながら小首を傾げた拍子、森の奥から駆け寄ってくるフォルテの声が響き渡った。ネスティやケイナも一緒にいるあたり、きっとマグナたちを心配して残っていたのだろう。息を切らして駆け寄ってくる仲間の姿にほっとしたような笑みをこぼすマグナたちを見て、カイナの言うとおり再会を喜ぶ方が先だったな、とやっと肩の力が抜けた私も頬を緩めて微笑んでいる。
「心配したんだから!」
そう思っていただけに、ルウの家に入った途端にこれ見よがしな怒り顔を向けられたことには面食らってしまった。ずいっと顔を寄せて言い放ったルウをぽかんと見つめ返していると、眉をきっと吊り上げたルウが腰に手を当てて唇を尖らせる。
「いきなり一人で走り出して! 悪魔どころか木の枝さえお構いなしに走っていくし、もう、無茶も無茶して……!」
「私もルウから話を聞いてすごく心配したんだから。アメルに治してもらってもまだこんな怪我してる時点で論外よ、論外!」
「あはは、大袈裟だなぁ」
「ちっとも大袈裟じゃない!」
いきなり別方向に駆け去っていった私をひどく心配していたらしいルウやミニスに何だか面映ゆい心地になってしまえば、ぴしゃりと雷を落とすようなお叱りの言葉が飛んでくる。頬を膨らませるミニスに苦笑しながら謝っていると、本当だよ、と椅子の背を引きながら息を落としたマグナが私に座るよう促しつつぼやいた。
「アメルに目立った裂傷は癒してもらったけど、擦り傷だとかはそのままだろ。さすがに手当はこっちでするからな?」
「じゃーん! さっきフォルテたちにも分けてあげた炎症止めの塗り薬と、こっちは鎮痛作用のある生薬よ。手首を固定するのにちょうどいい布があるから、その間にお湯で湿らせて貼っておくといいわ」
くるくると立ち動いていたルウが戻ってきたと思ったら私の手を取って、ヘラで掬った薬を塗りつけていく。早速、森の薬用植物の恩恵に預かっている状況がおかしくて息を緩めれば、眉をしかめて私の右手首の腫れ具合を見ていたマグナが深々とした溜め息を吐いた。
「いつもタキツに庇われてばっかりだな、俺。感謝してるのは本当だけど、タキツももう少し自分のことを大事にしてくれよ」
「ちょっと、あんたたちどれだけ危険な目に遭ったって言うんだい?」
沈痛な面持ちで呟くマグナの様子が気になったのか、二の腕に包帯を巻いたモーリンが興味津々といった面持ちで尋ねてくる。どう説明すれば分かりやすいかを一瞬考えて、私はやれやれとばかりに腰に下げた刀を鞘ごと外してミニスに受け渡した。不思議そうな顔で受け取ったミニスに、抜いていいよ、と促して間もなく、覚束ない手つきで握った柄を水平に動かしたミニスが素っ頓狂な声を上げる。
「何よこれ、刀身が無くなっちゃってるじゃない!?」
「うん、要するにそれくらい危なかったってこと」
根元から先を失った刀を見つめてこぼれ落ちそうなほど目を見開いているミニスの声が聞こえてか、一通りの手当てが済んだフォルテたちの視線もこちらに向いた。使い物にならない云々の話ではない武器の有様に、よく生きて帰ってこれたな、と呆れと畏怖とが入り混じった唸りをこぼしているけれど、無事に生き延びられたのだから上等だろう。もっと上手くやれていれば刀も折れなかったかもしれないけど、と短期間で随分酷使してしまった刀への追悼の念を抱いていると、いつの間にか輪の中に入ってきていたロッカが顔を顰めながら折れた刀を見下ろした。
「ですが、貴方がそれほどの危険に陥ったのはマグナさんを庇ったからでしょう? 仲間を助けるのは当然のことですが、我が身を顧みないのも行き過ぎだと思いますけどね」
「でも……そうまでしてマグナさんを守ろうとしたのはタキツさんの優しさでしょう? そんな言い方しなくたって」
気が付けばアメルまで話に入ってきてしまったけれど、正直言ってロッカもアメルも私を買い被り過ぎだ。殆どの傷はマグナの元に辿り着く前に付いたものだし、それもとにかく少しでも早く追いつくために致命傷以外は甘んじて見逃したせいでしかない。それを優しさだとか献身の精神だとか思われるのは決まりが悪いにも程があって、私はもっともらしい正論を口にした。
「だって、私はマグナの護衛獣だよ。それに優先順位を考えても、マグナを庇うのが一番だったと思うしさ」
「え?」
「ほら、この集団のリーダーが誰かと言ったらマグナだろ? 万が一があったらそれこそ困るけど、私の方はそうでもないし」
サプレスの術への耐性や痛みへの慣れ具合からしても私が庇った方が断然コスパが高い。そう判断しての行動でしかないのに良く思われるのも変な気がしてあえて軽く笑って続けると、マグナは無言で目を見張った。呆気に取られたような顔をするアメルの隣で、苛立ちを噛みしめるような険しい表情のロッカが私を睨んでいる。フォルテやカザミネたちに折れた刀を見せに行ったミニスや、手当てに使った薬草や包帯のことを話しているルウやネスティを背景に、妙な沈黙が落ちた。
「だから、貴方は」
何かを堪えるような声の続きを聞けなかったのは幸か不幸か。皆の注目を集めようとするネスティの呼びかけの後、始まったカイナたちの自己紹介に場の空気ががらりと変われば、それ以上を尋ねることは出来なかった。
アメルもミニスもルウもみんな可愛い。女子を書くのは楽しいです。