ノルンは笑わない   作:くものい

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11ー3:処刑台の騎士

 まるで夢みたいだった。

 ビーニャに召喚されて、その護衛獣になって、ちゃんと役に立つ道具でいれるよう、胸を張ってその傍にいられるよう、必死になって覚えることばかりの目まぐるしい日々の中。マグナによる二重召喚なんてアクシデントに巻き込まれてから、ずっと、夢でも見ているような気分だった。

 物語の主人公であるマグナの護衛獣になって、兄弟子であるネスティにお小言を食らう姿を呆れ交じりに眺めて、流砂の谷では初めての仲間となるフォルテやケイナと一緒に戦って、他愛のない話をしながらレルム村へと向かったそこで、聖女でありヒロインでもある少女、アメルと出会って。

 ゲームどおりにマグナが旅を進めて行けば行くほど、ゲームで見知った登場人物が次々と現れ始めて、定型文でも選択肢でもない遣り取りが尽きることなく湧いていく。

 昼下がりの長閑な街道を歩きながらアメルやネスティ、マグナと他愛もない話で笑いあって。窓の向こうに月が輝く晩、ホットミルクを傾けながらミニスと顔を寄せ合ってのヒソヒソ話に盛り上がって。何人も横に並べる台所でモーリンやケイナと時間に追われながら朝食の支度や雑談に言葉を交わして。廊下や居間で行き合ったついでに刀や槍、剣の構え方や振るい方をカザミネやフォルテ、リューグと自然に語り合って。

 ゲーム知識としてじゃない、本編の流れだけじゃない、今に息づく彼らのことを知っていく。この世界、リィンバウムに生きている彼らのことを知って、知られていくにつれ、いくつもの関係が生まれていく。言葉を交わして、心を揺らして、思考を傾けて、想いを重ねて。本当なら何もなかったはずのそこに、どうしようもなく、絆と呼ばれるものが生まれていく。

 ずっと、ずっとずっと、おかしな夢を見ているようだった。おかしくて楽しくて苦しくて、毎日、頭がおかしくなりそうだった。毎朝毎晩、一分一秒でもいい、早く目が覚めて欲しくてたまらなかった。まるで悪い夢みたいな毎日をここまで積み重ねてきてしまったけれど、それも終わり。これで終わり。同じ一日なんてどこを切り取っても見つからない、おかしな夢はもう覚めた。

「あ……サモナイト石が……」

 呆然と私とビーニャを見つめていたマグナが、何かに気が付いたように握り締めたサモナイト石を見下ろした。遠目ではその色合いしか見つけることが出来ないけれど、召喚時でもないのに淡い光を放っているそれは無属性の透明な魔力を宿した物だ。その光がどこか弱弱しく薄れつつあることに疑念を抱くより早く、正体を直感的に理解する。

 アレは、私の石だ。

 より正しくは、マグナが二重召喚で私を召喚した時の、誓約済のサモナイト石だ。それがマグナの手の中で輝きを失いつつあるのなら、と思考を巡らすまでもなく、傍らのビーニャの胸元で眩いほどの光が溢れた。目を丸くしたのも一瞬、首から下げていたらしい銀のチェーンを引っ張り出したビーニャが、ペンダントトップとして白く輝くサモナイト石を小さな手に握り締めて口角をゆるゆると吊り上げていく。

「あぁ……なーるほどォ? それがナチを横取りしてくれた石ってコトなんだ? 本当……忌々しいことこの上ないけど、まァいいわ……だって!」

 ぎゅっ、と音が出るほどビーニャが固く手を握り締めると同時、全身を巡る血液に乗って手足の先々にまで行き渡っていく強大な魔力の波長には覚えがあった。寒気にも似た圧倒的で強烈な感覚は忘れられるはずもない、ビーニャの魔力だ。思わずひとつ身震いをする間にもサモナイト石を通じてのパスの上書きがどんどん進んでいく。込められた魔力と意志の強さに引きずられて、マグナ側に傾いていた私の所有権はビーニャの元へと大きく揺り戻されていく。マグナの手にあるサモナイト石はいつしか蛍のように淡い輝きを残すばかりとなり、対照的に、ビーニャの握るサモナイト石は小さな月のように煌々と明るい光を放っていた。

「ナチは、アタシのなんだからっ!」

 勝ち誇ったように胸を張って言い放ったビーニャは、喜色満面の笑みを浮かべていた。相手を見下しての傲慢な嘲り笑いに歪んだ笑みとも、弱者の足掻きを眺めて退屈を慰めるばかりの冷酷な笑みとも違う。無邪気で純粋な優越感に満ちたその笑みは見た目そのまま、幼い子供のようで可愛らしくも勇ましい。何より嬉しく思ってしまうのは、その笑顔の理由が私にあるということだ。

「ビーニャ様……」

 マグナを主と呼んでいたのは不可抗力で仕方なく、ビーニャをマスターと定義づけていたのは周囲の目を欺くため、どちらの必要もなくなった今はもう、何の気兼ねもなくその名前を呼ぶことが出来る。たったそれだけのことが尚更嬉しくて仕方がなくて、感激に胸を打たれるまま私は緩んだはにかみ笑いに目尻を下げた。

「そんな……タキツ……」

 驚愕の面持ちや唖然とした声色に気が付いても顔が勝手に綻んでしまうのはどうしようもなく、多少の申し訳なさを覚えつつも私は満ち足りた笑みを浮かべてしまう。だって私はビーニャの護衛獣で、マグナたちの敵なのだ。それを思うだけで胸いっぱいに込み上げる歓喜の念を前にしては、多少の申し訳なさや後ろめたさ、罪悪感や良心の呵責なんてものは重石を付けて胸底深くに沈めてしまえる程度の物でしかない。思考の端にも浮かび上がらないほど沈めきれなかったのは、それだけ情が移ってしまったからかもしれないけど、と不意によぎった考えは乱雑に振り払って、緩やかな弧を描いたままの唇から込み上げる息を吐き出した。

 本来の形に戻ったことが、正しい形に収まったことが、こんなにも嬉しい。ビーニャの元に帰れたことが、返れたことが、眩暈がしそうなほどの幸福になって胸を満たしている。

「しっかりしろ、マグナ! 君も聞いただろう、彼女はビーニャの護衛獣……僕たちの敵なんだ!」

「違う!! そんなことあるはずない!? きっとビーニャに何か、おかしな術を掛けられてるんだ!?」

 ただ、そんな感慨に浸っていられたのも長くはなかった。ネスティもフォルテも、ロッカたちも、どうやら動揺から立ち直り始めた様子なのに、マグナだけはこの期に及んでも現実を直視出来ずにいるらしい。泣きそうに訴える声は子供の癇癪のように震えていて、必死で叱りつけたり宥めたりと何度も声を張り上げるネスティを上回る声量で言い返している。

「どちらにせよビーニャを倒すには、アイツの元まで辿り着くには……彼女を倒さねばならないんだ! 冷静になれ、マグナ!?」

 頭を振るばかりのマグナの両肩を掴んで怒声を放つネスティだけど、喉が枯れるような否定を繰り返すばかりのマグナには届いているかも怪しい。敵を目前にして戦うのを嫌がって駄々をこねるなんて、アメルのことを言えない醜態を晒しているけれど、おそらく今はそんな自覚もないのだろう。これまで寝起きを共にしていた仲間の一人が離反して、しかもそれが残虐非道を絵に描いたような敵の元だというのは確かにショックだっただろうけど、そんなにも動揺と混乱を引きずるものだろうか。せめて少しは割り切って向き合えるようにとイオスを真似た口調を投げ捨て、意識して淡白に抑えていた態度も切り替えたというのに、何だかちっとも功を奏しているようには思えない。いっそ、そこまで仲間として信頼されていたことを嬉しく思うべきなのだろうか?

 そんなふうに考え始めている自分自身を含めて、何だか呆れてきてしまった私は、頬の血汚れを手の甲で拭うついでのように刀の切っ先を下ろして苦笑した。

「あのですね……一応、こうやって敵になったんですから。そんなに隙を見せてちゃ、横からがぶりと食べられちゃいますよ?」

 ほら、と声を掛けるなり、マグナの右手で死んだように転がっていた魔獣が図体に見合わない俊敏さで跳ね起き、大口を開けて飛びかかった。けれど、用心深く構えていたフォルテがすかさず振り上げた大剣で鋭い牙を受け止め、間髪入れずにシャムロックが迷いのない一撃を叩き込んだことで巨体は再び地に沈む。大剣を正眼に構えての振り下ろしはその重量と勢いも相まって、哀れな魔獣の胴体を覆う外皮から骨、更には臓物まで晒す結果に繋がったけれど、ビーニャはただつまらなそうな溜め息を落として振り返る。

「もぉー、なんで言っちゃうのよ。ナチが言わなかったら上手くいってたのにィ!」

「すみません、ビーニャ様。つい」

 ぷりぷりと可愛らしく怒った様子で声色を尖らせるビーニャに、私は刀を持ったまま軽く両手を上げて苦笑交じりの謝罪を口にした。気性が激しいビーニャだけど、このくらいじゃ本気のお叱りは飛んでこないと知っている。その上での他愛のない遣り取りのつもりだったけれど、ふと表情を陰らせたビーニャはがちりと親指の爪に歯を立てて、呟いた。

「あのマグナって奴がナチを召喚したんでしょ? やっぱりむかつく……壊しちゃいたい……」

「ビーニャ様?」

 視線を落として苛々と爪を噛み始めたビーニャを腰を屈めて覗き込んだ私は、あれ、とたじろいだ。レイム直々の任務だろうと暇潰しの野盗退治だろうと等しくお遊びの延長に過ぎないのがビーニャだ。だからこそレイムも扱いに手をこまねいて私のような人間を側仕えに置いたのだけれど、今のビーニャからはお遊びでも退屈凌ぎでもない本気の殺意が滲んでいるように見える。悪魔が本気を出したら依代の維持が困難になるからか、あくまで私にも察知出来る程度の殺気に抑えているようだけど、配下である魔獣も召喚主の気配の変化にざわつき始めている様子だ。じりじりと嫌な緊張が場に満ちていき、そして、悪い予感は的中する。

「アタシの物に手を出した罪は重いんだから! みィんなまとめて壊してあげるゥ!!」

 人差し指をびっと突き付けながらビーニャが声高らかに宣言した途端、砦の至るところで跋扈していた魔獣の注意が一斉にマグナたちを向いた。ビーニャに召喚された魔獣にとってビーニャの命令以上に優先すべき事などない。その指示に込められた意志に従って、浅くはない手傷を負ったものから返り血ばかりで満腹に近いものまで、ありとあらゆる個体が示し合わせたように周囲四方を取り囲む。逃走さえ許さないということか、大岩のようにそびえる魔獣の群れはびっちりと隙間なく包囲を敷いているようで、苦々しい顔つきで少しずつ後ずさっていくネスティやレナードの姿が見えた。

 完全に退路が塞がれてしまったこの状況、加えて、リーダー役であるマグナが相変わらず呆然とこちらを凝視したままなのが何より拙い。全体の動きを見て指示を下す司令塔があれでは抗戦にしろ応戦にしろ、この場を乗り切るための動きが出来るかと言えば非常に厳しいと言わざるをえないだろう。

「ぐっ……! お前ら、絶対に離れるなよ!? 一度でも分断されちゃあ、コイツらの餌だ!!」

「皆さん、互いに背中を預け合って戦ってください! 孤立しては相手の思うツボになる!」

 目の前の獣に食らわれるかもしれない、という本能的な恐怖に揺らいだ皆を引き締めるようにフォルテが声を張って喝を飛ばせば、魔獣から庇うように一歩前に出ていたシャムロックも厳しい声を響き渡らせた。どうやらマグナに代わってフォルテが指示出しを担う形になったようで、ハラハラしながら事態の進展を見守っていた私は密かに胸を撫で下ろした。

 フォルテの目端が利くことはこれまでの旅でよく知っているし、彼が指揮を取ってくれるならすぐさま戦線崩壊の憂き目に遭うことはないはずだ。砦を駆け抜けてくる途中で多少の戦闘はあったようだけど、ざっと見た感じでは目につく手傷を負ったメンバーもいない。シャムロックも奮起している今、ゲーム通りにビーニャの相手は彼に任せてもいいかもしれない。けれど、それでも足りない。一手どころか致命的に足りていない役どころはよりによって主人公、これでは手心のひとつも加えなくては全滅さえも視野に入ってきてしまうだろう。それでは困る、と私は頬を拭っていた手を止めてビーニャに向き直ると、軽く膝を折って目を合わせた。

「それではビーニャ様、私も少しばかり出てきますね?」

「ハァ!? なんでよぉ!」

「だって、私はビーニャ様の護衛獣ですよ? 守られてばかりじゃ私の存在意義がなくなっちゃいます」

 ちゃんと戻ってきますから、と声も和らげて続ければ、不服そうに頬を膨らませていたビーニャが無言で唇を尖らせていく。仮にも召喚主相手にこんな我が儘を言うなんて心苦しい限りだけど、本音と建て前を丁度半分ずつ混ぜた甲斐あってか、ビーニャは渋々ながらも首を縦に振ってくれた。その目には隠す気もない苛立ちがめいっぱい浮かんでいたし、表情だって色濃い不満をありありと乗せたものだったけれど、ビーニャが私の単独行動を許してくれたのは事実だ。

「嘘だったら、承知しないんだからね……!」

 そして、不機嫌さを装いながらも真摯な言葉を掛けてくれたのも現実だったから、もう一度とびっきりの笑みを返してから私は階段の向こうへと目をやった。

 一度は最上階に足を踏み入れたマグナたちだったけれど、濁流のように押し寄せる魔獣の群れに追いやられて大半のメンバーが屋上手前の開けた一帯にまで降りていたらしい。階段の踊り場とは比べ物にならない広さだけあって、我が物顔でのさばる魔獣たちと必死に交戦するリューグやモーリン、ネスティたちの様子もよく見える。片手に下げた暗褐色の刀のために閉め切っていない蛇口のように少しずつ擦り減っていく魔力の残量を意識しつつ、私は落ち着いた足取りで僅か数段しかない階段を降りていく。ビーニャの護衛獣になったばかりの頃は私相手にも見境なしに大口を開けて飛びついてきた魔獣たちだったけれど、マグナの魔力を纏っていた先ほどまでならともかく、ビーニャから魔力のパスが通った今ならまず狙われることはない。それが度重なるビーニャのお仕置きの成果でもあることを知っているけれど、魔獣の記憶能力に少しばかり不安があった私としては正しく僥倖そのものだった。飛び交う怒号、響き渡る剣戟、耳をつんざくような獣の雄叫びが耳障りな不協和音を奏でる戦場の中、おかげで余計な手間を取られることなく目的地にまで辿り着けたのだから。

「……まったく、いつまで呆けてるんですか。そんなことじゃまた狙われちゃっても文句を言えませんよ?」

「タキツ……」

 それなりの自然さを装って直接剣を交えることの出来る場所まで降りてきたのに、マグナの反応は依然として鈍いものだった。多数の魔獣を相手取っての戦いはただでさえ厳しいのに、敵味方の区別なく気まぐれに召喚術をぶつけてくるビーニャもいて、戦況は正しく混迷を極めている。そんな中で未だ誰一人欠けることなく戦線を維持出来ていること自体が、これまでの旅で培ってきた彼らの武器であり何よりの財産だ。だと言うのに、誰より先に立って声を上げるべきマグナがこんなにも気の抜けた状態では勝てる戦いも勝てなくて当然だろう。おそらくは過保護な兄弟子による采配か、こんな状況下でも比較的安全地帯に当たる壁際に佇んでいたマグナへと溜め息をひとつ、私は大上段に構えた刀を思い切り振り下ろしながら一気に距離を詰めた。

「なっ!?」

 鍔迫り合いの距離にまで持ち込めば咄嗟に剣を構えたマグナもやっと我に返ったのか、混乱の真っ只中といった表情を浮かべながらも握る剣に力を入れて押し返してくる。異変に気が付いたらしいネスティが、その近くでナイフを振るっていたルウが、焦った様子でこちらに駆け寄ってくるのを横目に見つつ、私はマグナの動きに合わせて少しずつ立ち位置を変えていく。ダンスでも踊るかのようにステップを踏んで、剣と刀での拮抗状態を演出したまま、少しずつ、さりげなく、時には圧しているように、時には圧し返されているように、ビーニャの目が届かない位置にまでマグナを誘い込んでいく。

「ほら、ちゃんと前を見て。剣でも杖でも構いません、しっかり武器を握って敵の動きをよく見て、生き延びることを考えて躊躇わずに動いて。そうしないと、あっさりやられちゃいますよ?」

「タキツっ……どうして! なんで、ビーニャなんかの隣にっ!?」

「それは私がビーニャ様の護衛獣だからからです、よっ」

 そしてネスティたちを含め、最上階からは完全に死角になる位置にまで踏み込んだところで、もう十分だろうと判断した私はそれらしく刀を弾いて大きく飛び退った。混乱から脱し切れていないマグナは気が付いていないようだけど、さほど腕力のない私ではいくら召喚師のマグナ相手にだって長時間の拮抗を保つことは難しい。瞬発力ならともかく持久力となれば圧倒的に劣っているのだから、鍔迫り合いがいつまでも続けば不自然に映るだろう。実際、割り込むタイミングを見計らっていたらしいネスティが訝しげに眉根を寄せたことに苦笑交じりの目配せをひとつ、今度はわざとらしさを隠しもせずに再びマグナへと間合いを詰めた。ぐん、と石床を蹴って伸び上がるように身体を近づけ、壁際に追い詰めたマグナが反射的に突き出した剣にぶつかるように刀の軌道を合わせて、それまで浮かべていた穏やかな笑みをかき消して真剣な顔を作る。

「それはさておき。死にたくなければ、速やかにここから立ち去りなさい」

「……え?」

 声を押し殺して口早に告げたそれは、けれどネスティやルウの耳にもはっきり届いたらしい。いつでも召喚術を放てるように杖を構えていたネスティと、周囲の魔獣の注意を引かないように暗闇や沈黙の状態異常を付与する召喚術を練り上げていたルウの動きが明らかに止まった。当惑の面持ちは変わらないまでも、至近距離での囁きにマグナも少しは冷静さを取り戻してくれたのか、思考回路が回り始めたらしい理知的な光を宿した瞳が私を見る。やっと言葉が交わせそうな気配に目元を緩ませてしまえば、唖然と目を見張っていたルウが思わずと言ったように声をこぼした。

「……ひょっとして、タキツ、あなた」

「攻撃を止めないで、ここは戦場ですよ」

 あえて短く返した私の意図を間髪入れずに汲み取ってくれたのは、やっぱりネスティだった。視界が塞がれても嗅覚と聴覚ばかりで間近に迫りつつあった魔獣の姿を認めるや否や、その手に携えていたサモナイト石を胸の前で握りしめる。

「……っなら、フレイムナイト! 奴らを火の海に叩き込め! ジップトースト!」

 既に魔力は練り上げていたのだろう、黒々とした輝きを宿したサモナイト石から光が溢れると同時、宙に現れた異界の門から機械仕掛けの獣が姿を現した。火炎放射器のような腕を俊敏な動きで構えたそれは、ネスティの指示どおりに高温の赤を宿した噴射口を魔獣たちへと向ける。いや、正しくは魔獣たちとネスティたちとの間、撃退目的の攻撃ではなくあくまで時間稼ぎの牽制狙いで放たれた炎が燃え盛る壁となって彼らを分断した。言葉での指示はブラフ、真意はその意志に込めて召喚獣へと伝えたらしいネスティの視線が先を促すように向けられて、マグナから数歩跳ねるように距離を取った私は刀の切っ先を下ろして続けた。

「端的に言います。今の貴方たちではビーニャ様に勝てません」

「そんなこと!」

「マグナ、最後まで聞け! 君も考えるんだ、どうして彼女がここにいるのかを……!?」

 咄嗟の反論を口にするマグナを鋭い怒声で抑えつけながらも、ネスティの手には複数の色合いのサモナイト石が握られたままだ。黒に紫、透明な色合いを宿した石はどれもが誓約済みの物で、必要となれば容赦なく私相手に振るわれることだろう。ネスティの眼差しも態度も私の言葉に耳を傾ける姿勢を取っているけれど、隠しきれない警戒心と用心深さの滲んだその対応に、私は満足めいた心地を覚えるまま息を吐いた。そう、それでいいのだ。当のマグナがこんな始末である以上、冷徹なくらいに合理的な判断を下せる誰かがいてくれなくては困る。

 だって、そうでなければ、と私はマグナに目を合わせて懇々と言い含めるように言った。

「いいですか? 今のビーニャ様は実力の半分も出していません。一矢報いたい気持ちは分からなくもないですが、このままでは羽虫のように潰されるのが関の山……ですから、彼女が本気になる前に、一刻も早く皆を連れてここを脱出しなさい。幸い、貴方たちの奮闘の甲斐あって魔獣の包囲も崩れています。カザミネさんやレナードさんがいる東手の階段付近であれば今なら最も手薄のはず」

「なら、タキツも!」

「……言ったでしょう? 私はここでお別れです」

 圧倒的な多勢に無勢の中、それも相手取っているのは人間の何倍もある巨体の魔獣だというのに、ここまで凌いだどころか少しずつ押し返していた時点で目を見張るべき偉業だ。それもこれもフォルテとシャムロックの采配が上手くいったことが大きいだろう。魔獣の脅威に抗いながら砦の生き残りを探すことが第一ならば、何も律儀に魔獣の相手をしてやる必要はないしそんな余裕もない。相手に攻撃するよりも挑発して注意を引き付け、後衛である弓手のケイナや召喚師のミニスたちに攻撃が飛ばないように立ち回るフォルテと、中々捉えられない獲物に苛立ちを募らせた魔獣が隙を見せたところで強烈な一撃を叩き込み戦線から退けるシャムロックのコンビは、遠目に見ても互いによく補い合っていた。息の合った連携を仕掛けるというよりも他の仲間を庇いつつ時折士気高揚を図っては敵の気勢を挫いていく、言わば指揮官としての振舞いに長けている。もしも魔獣だけが相手だったならひょっとするとゲームの筋道を外れて勝利にさえ手を掛けたかもしれないけれど、それでもまだ、ビーニャの足元にも及ばない。

 だからこそ問題なのだ、と私はじりじりと足裏を炙るような焦燥を募らせながら勢いの弱まってきた炎の向こう側へと目を凝らした。前線を張っていた魔獣の動きが鈍っていけばビーニャが遊びに本腰を入れてくるのも近いし、何より気掛かりなのはあの殺気だ。もしも万が一、本気のビーニャが直接相手をしに降りてきてしまえば、間違いなく死人が出る。ゲームの流れだとか本編の筋道だとか、そんな曖昧な物に縛られるほどお行儀のいい性格をしている悪魔なんていない。いくらレイムの命令に従っていても、私の言葉に耳を貸してくれても、ビーニャが本気になったなら誰にも止められはしないのだ。なのに。

 揺れる紫紺の瞳はひたすら一心に、食い入るように私を見つめている。フレイムナイトが残していった炎の壁もあと僅かしか持たないのに、呆れるほど食い下がり続けるマグナにはどうやら諦めの二文字がないらしい。こうまで聞き分けが悪いと一体どう言えば伝わってくれるのか、ほとほと参ってしまってネスティとルウに縋るような視線を送ってしまうけれど、残念ながら返事はない。どうしようもなく困り果てた私は、仕方無しに口を開いた。

「本当に……どうか分かってくれませんか? 貴方はもう私の主でも何でもなくて、私が優先すべきはビーニャ様だけで……もし、貴方を殺せと言われても従うしか選べない」

 何を言ったところで伝わらないかもしれないし、通じないかもしれない。それでも精一杯の説得を試みたのは、そうでなければ困るからだ。早くこの場を立ち去って欲しい、早くこの砦から逃げて欲しい。そうでなければ、そうしてくれなければ。 

 俯きかけていた顔を上げて、懇願するような眼差しを向けた私の唇は震えて歪な弧を描いた。自然と眉尻が下がって、困ったような泣き笑いを浮かべてしまう。

「もう、特別扱いなんて出来ないんですから」

 そうじゃないと、マグナたちが死んでしまう。

 それは嫌だった。それは見たくなかった。だって、それは私が死ぬより辛いことだから。マグナに死んでもらっては、皆に死なれてしまっては、想像でしかないそれを許せないと思ってしまう程度には思い入れが出来てしまった。一緒に過ごした時間を無かったことには出来ない。積み重ねてきた思い出にそっぽを向いて知らない顔をすることも選べない。何より優先すべきはビーニャだけれど、その口からはっきり命令として告げられるまでは、マグナたちを傷つけることなど出来そうになかった。

 どれだけ親しくなったところで私の中でビーニャが一番なのは変わらないし揺らがない。そう考えた時の気持ちのまま、ビーニャはずっと私の特別で在り続けている。これが二者択一の問いであれば迷う余地なくビーニャを選ぶだろう確信もあった。それでもだ。

「……俺は」

 全く反応を見せないマグナと目まぐるしく移りゆく戦況とを交互に見比べながら、高まり続ける不安と緊張にそわそわと浮足立ち始めたところだった。ぞわり、と鳥肌が立った。と思う間もなく、全身が総毛立つ。ロッカを前にした時とも、禁忌の森の結界に反応した時とも違う、まるで次元の異なる強烈な違和感。

「……っ!?」

 何を考えるより早くその場から飛び退った私は、一気に混乱の渦中に突き落とされた思考の中で素早く目を動かした。自分が一体何に恐怖を覚えたのかと、得体の知れない元凶を探して無言で視線を走らせる。その間にもざわざわと背筋を這い上がるような悪寒は増して、産毛の一本一本がちりつくような怖気が這い寄り、本能的な恐怖がひたひたと全身を包んでいく。それがマグナから放たれている魔力だと、ビーニャによって上書きされたはずのパスを染め替えようとしているのだと、やっと気が付いた私は焦りのままに距離を取ろうとした。ビーニャの元に戻ろうと踵を返し、マグナに背中を向けようとした。

 それが間違いだった。

「嫌だ……」

 無我夢中で足元を蹴って勢いよく駆け出したはずの私の身体は、冷えた石床に倒れ込んでいた。壁際のマグナから離れて階段下の開けた場所、最上階で跳ねているビーニャとのちょうど真ん中ほどで崩れ落ちた身体を支配するのは、経験したことのない激痛だった。あまりに突拍子もない痛苦の波に晒されて、悲鳴よりも泣き言よりも困惑ばかりが先に来る。一体何が起きているのかと加速する思考の中で、引き攣れるような叫びを聞いた。

「いやだ……イヤだ……そんなの、絶対に嫌だ……そんなの、俺は許さないっ……!」

 痛みを上回るほどの困惑に導かれるまま視線を上げた先には、剣を握っていたのとは別の手で、透明な光を放つサモナイト石をきつく握り締めるマグナの姿があった。絞り出すような悲痛な声の主は誰か、私に訪れた異変の元凶はどこにあるのか。全ての理解が及ぶのを待っていたように白光を放っていたサモナイト石へと一段強い魔力が注がれていく。魂に刻み込むような苛烈さで、禍々しいほどの白い輝きを放つそれは、確かに、私の石だった。

 

「二重召喚でも、本来の召喚主でなくても……一度はパスが繋がったんだ。俺が生きている限り、魔力のパスは途切れない」

 ゆらりと立ち上がったマグナが、独り言のような言葉を紡いでいく。私はそれを聞いている。聞いている自覚もないまま、呆然と降り注ぐ声を受けている。

 時が止まったような錯覚、場に満ちる空気さえも静まり返ったような気配、けれどそのどれもが気のせいでしかないことを頭のどこかで理解している。遠い剣戟も魔獣の悲鳴も何もかもが別世界の出来事のようにおぼろげで、薄いベール越しに見聞きしているようにしか思えない。音も、光も、熱も、五感に届くあらゆる要素が、近くて遠い向こう側に捻じれて消えたようだった。

「タキツにとって……俺はもう主じゃないかもしれないけど、召喚主ではあるんだ。召喚獣に対して一方的に力を振るうことが出来るのは変わらない……前に、言ったよな、俺」

 今、鮮明に感じ取れるものはただ、苦痛。

 全身に焼けた鉛を流し込まれたような激痛と吐き気を催すような耐えがたい辛苦が身体中を満たしていた。到底言い知れない不快感と忌避感、命を脅かされてる本能的な恐怖で心の中がぐちゃぐちゃにかき乱されて、尽きない刺激に生理的な涙と嗚咽が込み上げる。表面張力の限界を試して水を注がれるコップのように、あと少しで意識を失う寸前を延々と維持されている。ただただ強烈な苦痛ばかりを強制的に叩き込まれて、引き出されて、直接神経を爪弾かれているような苦痛ばかりが占めていく。竜をも屈服させるという誓約の痛みに抗えるはずもなく、苦悶の声を上げる私は訳も分からず石床の溝へと爪を立てている。

「あ、ぐ……う、ぁっ……」

 苦しくてたまらなかった。痛くて仕方がなかった。息も出来ずに大きく胸を上下させれば、その動きでまた別の場所へと強烈な痛みが駆けていく。原因不明の苦しみから逃れようと身体が勝手にびくびくと跳ねるが、生じた振動でより一層苦痛が増すばかりの悪循環の中、私は必死になって薄汚れた石床に縋りついている。無我夢中で爪を突き立て、何かの割れる音にも気が付かないまま芋虫のように固く、小さく縮こまる。槍の穂先や剣の切っ先、魔力の塊を受けた時とは比べ物にならない、比べる発想さえ浮かばない、ひたすらに鮮烈で凶悪な痛みの奔流。ぐらぐらと思考の土台から揺らがされている自覚をどうにか手の内に握りしめて、口端から垂れ落ちる唾液で頬を汚しながら浅い息を繰り返す。

「召喚獣が召喚師に従うのは誓約があるからだって、知ってたじゃないか。俺にも考えがあるって、ちゃんと、言ったじゃないか……なぁ」

 タキツ、と、呼びかける声を拾えた自覚はなかった。滲みきった視界では、誰が何を言っているかも分からない。為す術もなく倒れ込んだ私の傍で、誰かが何かを言っていることは分かっても、その意味までは分からない。

 周波数の合っていないラジオはきっと、こんな感じだろうか。近くなったり遠くなったりする声は聞き覚えのあるものなのに、ぼやけた頭を通すことで意味が滲んで掠れて消えていき、今の私にはとても理解出来るものじゃない。召喚獣なんて召喚師にとっては便利な道具で物でしかなく、決して対等な関係を結ぶようなものじゃないと、私だって知っていたはずなのにどうしてだろう。何だか酷い違和感が込み上げてきて、吐き気を催すままに酸味しかない液体をこぼしている。

「ちょっと、落ち着いて!? そんな勢いで魔力を込めたらタキツだって無事じゃ済まないわ!?」

「マグナ! 止めろっ!! よりによって君が彼女を苦しめてどうするんだ!?」

 誰かの声が聞こえる。怒鳴り声と、泣き出しそうに揺れる声。それから、涙交じりの怒鳴り声。

「ちょっと、アナタっ! その子たち、アナタが召喚したんでしょ!?」

 魔獣相手の戦いはひと段落したらしく、奔放に召喚術を放っていたビーニャの呆れと苛立ちは今、使い物にならなかった魔獣へと向かっていたらしい。全身に傷を負って息も絶え絶えなのだろう魔獣を容赦なく蹴りつけるビーニャに待ったを掛けたのはミニスだったけれど、その言葉に怯むでもなく、にっこりと笑みを浮かべたビーニャは楽しげな声を返す。

「そーだよォ? だから、アタシが何したって自由……キャハハハハッ!」

 アタシが召喚したんだからアタシの物、アタシが何したって自由な玩具!

 無邪気な声を響かせながら躊躇いなく魔獣を蹴りつけるビーニャは無慈悲に笑う。心底楽しげに笑いながら自分で呼び出した召喚獣を甚振り続けるビーニャの姿に、ぞっとするような違和感を覚えたのだろう、動揺を隠し切れないミニスたちの声がいくつも響く。その全てを目にしながら、耳にしながら、けれど私にはその意味が分からない。

「止めなさいよぉっ!?」

「やーよ! だって、役立たずなこいつらが悪いんだもんねェ」

 目に映るそれを認識することは出来ても、理解にまでは辿り着かない。思考の余地すら与えてくれない暴力的な痛みに、ただ網膜に映り込む景色を、鼓膜を震わせる声を、物語のように眺めることしか出来ずにいる。

「なあ、タキツ。ビーニャのところになんて行かないよな? 俺の傍に、いてくれるよな? 一言返してくれるだけでいい、頷いてくれるだけでいいんだ」

 懇願するような響きが大音量のシンバルを鳴らしたように頭の中で歪んだ反響を繰り返す。痛くて辛くて苦しくて、いっそ死んでしまいたいほどに全身が軋んで鳴り止まない。けれどダメだ、それも許されてはいない。でも召喚主に従うのなら、その言葉どおりに動いたのなら、きっとこの苦しみも無くなるのだろう。跡形もなく痛みは消え、何が辛かったかも戸惑うくらい楽になり、たった一瞬で、まるで嘘だったかのように。

「ほら、タキツ。聞こえてるんだろ? 聞こえる程度にしてるんだから、早く答えてくれよ。声を出すのが辛いなら首を縦に振るのでいい、それもキツいなら俺と目を合わせてくれるだけでいい。たった一度、頷いてくれればそれでいいから、なあ……」

 私の答えを待ちきれないのか、待ちたくないのか、いくつもの制止の声を振り切るようにマグナが魔力を込めていく。満月のような輝きを宿したサモナイト石は、いよいよ眩しく明るく、涙や鼻水、唾液や汗にまみれた私の頬を照らしていく。これに頷けば全てが終わる。これまでの懊悩も、これからの苦悩も、終わりを迎えて私は解放される。ビーニャの護衛獣で、道具で、物である立場からも、最後までその隣にいることからも。

 それだけは、駄目だ。

「そうやって……私の部下を殺した時も、お前は笑っていたと言うのか!?」

 まったく力を緩めずに傷ついた魔獣を蹴り続けるビーニャに、わなわなと肩を震わせていたシャムロックが絞り出すように吠えた。奥歯を噛みしめ、押し殺した声で唸るシャムロックに、ビーニャはきゃらきゃらと可笑しそうに笑う。獲物を見つけた猫のように、にんまりと細められたその目と口元が邪悪な弧を描いた。

「当然でしょぉ? だって楽しいんだもん」

「おのれェェェェェッ!!」

 その返答はシャムロックの導火線を断ち切るのに十分な威力を発揮した。相手が幼い少女の姿をしていることも忘れ、雄叫びと共に全身全霊の力で持って斬り掛かっていくも、大振りに振られた粗雑な剣筋は軽々と避けられてしまう。怒りに飲まれて本来の精密さを失った剣など恐れるに値しない。それを物語るようにビーニャは口元に手を当て、にやにやと笑みを深めていく。

「ふーん、そっかぁ、アタシみたいな子供に本気で剣を振るうんだアンタは……? でもダァメ! アタシ壊すのは大好きだけど壊されるのはヤなの。だからぁ……」

 たった一瞬、驚愕にシャムロックが動きを止めた刹那、急速に集まっていった魔力がぼんやりした燐光を纏ってビーニャを飾る。それを素早く察知したカイナが警告に声を上げるも、幼い怒号が響き渡る方が早かった。

「アンタが壊れちゃいなァァッ!!」

 召喚術ですらないただの魔力の塊、威力で言えば召喚術に劣るはずのそれは、目前に迫ったシャムロックをいとも容易く吹き飛ばして固い石床へと叩きつける。苦悶の声をこぼして崩れ落ちるシャムロックを満足げに見下ろしたビーニャが、ふと何かに気が付いたように辺りを見渡して、こぼれ落ちそうなほどに目を見張った。

「……ナチっ!」

 疾風が駆け抜けたようだった。いくつもの召喚術が、魔力の塊が放たれたのだろう、全身に響き渡る衝撃と振動で私の意識は何度も途切れそうになる。ガンガンと頭の奥で警鐘じみた音が鳴り響く。駆け寄ってきた小さな足音がまるで打楽器をけたたましく打ち鳴らしたように聞こえるけれど、それが激痛となって全身に響き渡ってもただ、嬉しかった。満たされていた。ひたすらの安堵だけがあった。

「っナチ! 何寝てんのよ、ナチ!?」

「……っぁ、かはっ」

 頭を抱えられたような浮遊感、次いで心配そうな声が落ちてくる。それに何かを答えようとして口を開いた拍子、不思議なことに私は大きく咳き込んだ。もう何も詰まっていないはずなのに、一体何を吐き出そうとしたのか。

 そんな疑問を抱けるほどに急に安心してしまったせいだろう。視界の端からじわじわとセピア色に色褪せて、目蓋がとろけるように落ちていく。掠れ切った喉は息をするだけでひゅうひゅうと隙間風のように鳴って、錆びついた歯車のように思考もまるで巡らない。身体中あちこちが奇妙に重くて痛くて苦しくて、さすがにもう限界だ。これ以上は何も出来そうにない。それでも、そんなことよりずっと、優先しなきゃいけないことが何かは分かっていたから。

「ほら……ね。ちゃんと、戻って……」

 弱弱しくも確かな笑みに唇を和らげて、まるで力の入らない腕を無理矢理に持ち上げる。割れた爪から流れた血色に染まった指先で、そっとビーニャの頬を撫でて、私は多分、笑えたはずだ。

「ヤダッ!? ナチ! ナチ!! 起きて、起きなさいよォっ!?」

 震える指先が滑り落ちると同時、私の頭をきつく抱え込んだ細い腕と小さな手の感触を最後に、意識は闇に落ちた。




ビーニャとの再会が無事叶いましたね。一章はここで終わりです。ここまでありがとうございました。
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