ノルンは笑わない   作:くものい

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13ー3:祭りの夜/M

 息も出来ずに目を見張っていた。目の前の光景が現実だって信じられなくて、まるで都合のいい夢でも見ているような気分だった。告げられた言葉の意味を理解するのも、唐突な展開を飲み込むのすらもままならず、ただ限界まで見開いた目にその姿を映すだけで精一杯だった。

 悔しげに歯噛みをして路地の奥へと姿を消したビーニャ、その後ろ姿を心配そうに見送っていたタキツ。二人の態度や雰囲気は互いに互いを案じるもので、そこに誓約の強制力や妙な術を使っているような気配は微塵もなかった。召喚主と護衛獣、ビーニャとタキツを繋ぐ関係はそんな形式的な言葉で片付けられるものじゃないんだって、ありありと伝わってくる現実がそこにはあった。なのに、小首を傾げて尋ねてくるタキツの目には今、俺が映っている。もう仲間でもない、召喚主とも呼べない俺を見つめて、俺の返事を待ってくれている。

 これっぽっちも意味が分からなくて、どうしようもないくらい嬉しくて、頭が変になりそうだった。

 立ち去ろうとする背中に声を投げかけた時、何か考えがあったわけじゃない。イチかバチかの勝算もなければ、同情を引こうだとかの打算もなかった。ネスに呆れられるのはこういうところなんだろうなって自分でも納得してしまう勢い任せの言葉、考えなしの行動で、それで止まってくれるなんて端から思っちゃいなかった。諦めきれなくて引き留めたくて、ただ、自棄っぱちの捨て鉢で必死に縋り付いただけだ。

 だから、ちっとも理解が追いつかない。これが本当の本当に現実なんだって飲み込むだけの余裕がない。交渉とはとても呼べない無様な懇願、そんなものにタキツがどうして足を止めてくれたのか。どうして話に付き合ってくれる気になったのか。分からない。分からないから信じられない。分からないけど嬉しくて仕方がない。分からなくてもこれは確かに現実なんだって、やっと呼吸を思い出した俺へと懐かしい声が降ってくる。

「……マグナ?」

 俺の反応がないことに不審を抱いたのか、あと数歩のところで立ち止まったタキツは困ったような顔をしていた。

「あ、ああ! 手当てに使える道具か何かだったよな?」

 一応は敵ですので、とでも言いたげな表情に我に返った俺は慌て手持ちの品を検めたけど、すぐに眉尻を情けなく下げる羽目になった。本当に祭りを見て回るだけのつもりだったから持ち物も最低限で、財布くらいしか持ってきていない。

「ごめん、ちょっと祭を覗くだけのつもりだったから……」

「……これだからもう。いくらお祭だからって少しは用心してください、何かあったらどうするつもりですか」

 バツの悪さにまごつきながら答えれば、物言いたげな視線を寄越してきたのも束の間、項垂れるように目を伏せたタキツの指先が緩やかに襟の開いたシャツの合間へと潜り込んだ。無造作に覗く白い肌に咄嗟に目を逸らしかけた俺だけど、ちゃり、と涼しげな音を立てて引っ張り出された銀色のチェーンが目に入って動きを止める。あ、と勝手に声がこぼれ出た。細い銀色のチェーンの先、ペンダントトップに付いている紫色の小さな石には見覚えがあった。薄闇に淡い燐光をこぼしているそれは、俺が渡した、リプシーの誓約石だ。

「貸してあげます、って……その様子じゃ無理そうですね。はぁ、仕方ないなぁ……シャムロックさんもどうか今は見逃して下さいね?」

 精神が乱れたままじゃ術の発動はおろか魔力を練り上げることすら困難になる。召喚師なら知っていて当然の常識だ。動揺のあまり口を半開きにしたまま固まった俺に目を留めて、脱力したように息を吐いたタキツは俺たちのすぐ目の前まで足を進めるなり、迷いなくその場に膝を突いた。俺の狼狽ぶりに自分で召喚した方がいいと思い直したらしい、膝立ちになったタキツがシャムロックの頭の傷を覗き込み、血濡れの髪をそっと指先でかき分けながら痛々しそうに眉を顰める。ビーニャが姿を消した時点で緊張の糸が切れたように崩れ落ちてしまったシャムロックだけど、俺が肩を貸しているのと支え代わりの剣がなければいつ横倒しになってもおかしくない状態だった。そんな今にも限界を迎えそうなシャムロックの頭を受け止めるように自身の肩口へと引き寄せると、失礼します、と断りを入れたタキツはもう片手に持っていたカップを傾ける。

「振る舞い酒ですが、傷口の洗浄と消毒代わりにはなるはず。少し沁みると思いますが我慢してくださいね」

「君は、何を……」

 唖然とした面持ちでやっと疑問の声をこぼすシャムロックだけど、言葉を返す代わりにカップの中身を流し掛けていくタキツの動きは淀みない。濡れて色を濃くした茶髪と生々しい傷口の赤がはっきり見て取れるようになったところで詰めていた息をこぼし、膝立ちの姿勢からゆっくりと腰を下ろしていけば、シャムロックもその誘いに抗えなかったんだろう。ずるずると滑り落ちるように沈んでいった茶色い頭はタキツの膝に迎えられて、まるで膝枕でもしているような体勢になったそこで空のカップを置いた手がそのままサモナイト石に伸びる。傷口に触れないよう髪の毛を押さえているのとは別の手が、胸元に揺れていた紫色の石を包み込んだ。

「誓約の下、ナチが命じる……力を貸してね、リプシー」

 静かな呼びかけに応えるように淡い光が集まると、小さな門が開くのはすぐだった。ほの温かい燐光を纏った小さな精霊が嬉しそうに飛び出してくるなりタキツの周りを一周して、シャムロックの頭上で月光のような煌めく粒子を降り注がせる。その白い光を浴びた場所から見る見るうちに傷が塞がっていき、ぱっくり開いた傷が閉じていき、自慢げに胸を張ったリプシーが大きく羽ばたいてタキツの前へと戻っていく。

「ありがとう、いい子だね」

 緩やかに持ち上げられた手がリプシーの頭を撫でるように触れた。タキツが浮かべるのは慈愛に満ちた優しい微笑みで、その眼差しにも声色にも愛おしさが溢れていて、俺は、唖然とその姿を見つめていた。

 刀しか使わなかったタキツがダークブリンガーの他にもこうも軽々と召喚術を使ったこと。俺が渡した誓約済みのサモナイト石をまだ持っていてくれたこと。それで呼び出した召喚獣にあんな優しい笑みを向けていること。驚くことがあまりに多すぎて言葉どころか声も出てこない。ぐるぐると頭の中で渦巻くいくつもの驚きの中で、なのに何より幅を利かせて主張しているのが今の光景で連想してしまったタキツとビーニャの遣り取りだったことも含めて、俺はもう瞬きさえも忘れて目の前の光景を見つめるしか出来なかった。

 いつだって私の一番は貴方ですから。

 ビーニャの額に唇を寄せて幸せそうに頬を緩めて、当然の事実のように言い切った、あの微笑みが目を焼くほど色鮮やかに蘇る。あの声色が鼓膜が擦り切れそうなほどに木霊する。あの場面を連想するまま言葉にならない思いに没入していたのは一体、どれくらいの時間だったのか。

 一瞬にも永遠にも思えたけれど、ビーニャと指切りを交わした手で撫でられたリプシーが満足そうな笑みと共に姿を消して、俺はやっと乾いた目で瞬いた。眩しいくらいの紫色の光を放っていたサモナイト石は静かな燐光を宿すだけに落ち着いて、終始驚いたような顔をしていたシャムロックへと柔らかな声を落とすタキツの姿が月明かりの下、浮かび上がっている。俺だってシャムロックと同じくらい、いや、それ以上の驚きから抜け出せないままなのに気が付いた様子もなく、いつもと同じ、穏やかな調子で言葉を綴っていく。

「失われた血が戻ったわけじゃありませんし、暫くは膝をお貸しします。街中だからって決して安全でないのはお互い様だって、貴方はどうやらご理解頂けているようですし」

「な……」

「それで、話は何ですか? マグナ」

 息が詰まったように言葉の途切れたシャムロックへとにっこり笑って、タキツは緩やかに視線を持ち上げた。腰から上を斜めに捻るようにして俺へと向き直ったタキツの目は俺を見ている。さっき俺がどんなに酷いことを言ったかなんて忘れたような優しい眼差しで、柔らかく尋ねる声は落ち着いていて、静かに俺の言葉を待ってくれている。さっぱり驚きが抜けきらない、それどころか疑問しか浮かんでこない俺へと目を合わせて俺の名前を呼びかけるタキツは、俺がどんなに驚いてるのかも戸惑っているのかも、何ひとつ知らずにいるのだろう。

 あれだけのことをした俺に、俺なんかの話に、どうして付き合おうと決めてくれたんだ?

 喉元まで迫り上がった疑問をぐっと飲み込んで、俺はタキツの正面に屈み込むと石畳に片膝を突いた。乾いた喉に唾を飲み込んで、柔らかいハシバミ色の瞳を見つめ返して、口を開いた。

「……タキツって、ナチって名前だったんだな? やっと知ることが出来たよ」

 真面目な顔は一瞬しか保たず、情けなくへにゃりと笑ってしまった俺を見てタキツが大きく瞬く。何から言えばいいか分からなくて間の抜けた第一声になってしまった俺に困ったような苦笑を滲ませるタキツは、やっぱり俺の知っているタキツでしかなかった。

「はい。ずっと黙っていてごめんなさい」

「いや、いいよ。それよりさ、俺、ずっと……ずっと君に謝りたかったんだ。約束、……守らなくってごめん」

 浮かべる表情や口調こそ変わっても、俺の知るタキツからちっとも変わっていなかった。それに勝手に背中を押された気になったのかもしれない。自然とこぼれ出たのは初めて誓約の痛みを使った時から胸につかえていた後悔だった。

 重石のように圧し掛かっていた罪悪感に頭を深々と下げて告げながら、苦渋に満ちた後味を嫌というほど思い出す。それだけの後悔をしておきながらも俺の中にはさっきまで当然のように誓約の痛みという選択肢があった。実際に言葉に出してそれを使うことを匂わせたくせに謝罪ひとつで済ませようとしているなんて、自分がどれだけ卑怯なのか、都合のいいことを言っているのかと自嘲さえもこぼれない。本気であれを使う気はなかった、だなんて勝手すぎる言い訳をタキツに向かって言うつもりはないけれど、ビーニャのことがなくってもあの場で使えなかっただろう自分を知れたことだけは不幸中の幸いだったとも言えた。

 ビーニャの傍にいるタキツを前にしたら使ってしまうかも、とずっと自分自身を疑っていた。誓約の痛みを使うことでタキツを取り戻せる状況ならきっと手を出すはずだと、どこかで自分自身を諦めていた。それでどんなにタキツが苦しむことになろうと、後の自分がそれをどんなに後悔することになろうと、俺はきっと暴力的な誘惑と衝動に抗うことが出来ない。それを恐ろしく思う反面、諦め半ばに受け入れていたからこそ、あの言葉を口に出しただけで震えが走った自分自身に覚えた動揺は大きかった。震える手はサモナイト石を落とさないように握り締めるだけで必死で、魔力を流すような余裕なんてこれっぽっちもなくて、その上、タキツまであんな諦めきったような顔で笑うから。俺には出来ないんだって余計に思い知るばかりで、そうしたらもう、立っているだけで精一杯になってしまったのだ。

「なんだ、そんなことですか」

 そうは言ってもタキツからすれば許せるような話じゃない。どんな反応が返ってくるのか、眼差しを突き付けられるのか、腹を括ったつもりでも重く項垂れてしまう頭を上げれずにいた俺は、あまりにあっさりした返事に愕然とした。思わず弾かれるように視線を跳ね上げれば、タキツはまるで拍子抜けしたような不思議な表情を浮かべている。そのことにますます混乱が加速するのを感じながら、そんなことって、と狼狽えるまま繰り返してしまう。

 マスターを発見したらその時点で解放してくれと頼んできたタキツに、俺はそうすることを約束した。他の何を差し置いてもこれだけはと、今後のことや自分の扱いさえ後回しで頼み込んできたそれは、そんなことの一言で片づけられるような軽い話じゃなかったはずだ。なのに気にした様子もなく受け流したタキツは肩の力が抜けたように息を落として、薄く漂わせていた緊張もすっかり和らいだような様子で少し、はにかんでみせた。

「あの状況でしたし仕方ありませんよ。むしろ、それを気にしてたなんてちっとも思っていませんでした。誓約の痛みを持ち出してくるくらい怒らせちゃったんだなって、観念してたと言うのが本音でしたし」

「し、仕方ないってそんな……ああ、でもそうだよな。俺がこんなこと言う資格なんてないし、いや、ていうかそもそも、こうやって俺と向き合っているのだって怖いんじゃ、ないか……?」

 混乱と戸惑いを持て余しながらも言葉を交わしていくうちに思いついて、自然と声が窄まってしまう。だけど、これにもタキツは首を横に振った。いいえ、と穏やかな声に続いたのは微笑みさえ浮かんだ瞳で、俺の頭上にこれ以上なく疑問符が浮かんだのが見えたんだろうか。堪え切れないような笑みに口元を綻ばせて、タキツは思いもしないことを言った。

「正直、貴方には恨まれていると思っていたので。そうじゃなかったと知って気が抜けてしまったというか、ほっとしたというか……本当に勝手なことですけど、やっぱり、嬉しくって」

 罵詈雑言をぶつけられたり酷く罵られるのも覚悟の上で話に応じたから、そんな雰囲気の欠片もないことに違和感と戸惑いしかなかった。どうして自分に拘っているのか、そう考えた時に思い浮かんだのは憎悪や嫌悪くらいしかなかったから、仕方ないことだけどやっぱり悲しくなるのは止められなかった。だけど実際に話してみたらそんな様子もなく、話がしたいと拘っていた理由もまるで見当違いのものだったことが分かって、それが嬉しくてたまらなくて思わず笑みがこぼれてしまったのだと。

 想像すらしていなかったことを当たり前のように言われて呆気に取られてしまった俺だけど、次第に理解が追い付いてくると同時、堰を切ったように込み上げてきた衝動に咄嗟に手で口元を覆っていた。そうでもしなければ訳も分からない衝動に呑まれるまま、支離滅裂な言葉と気持ちを吐き出していたかもしれない。どうにか落ち着こう、冷静になろうと意識して深い呼吸を繰り返すけれど、ぶるぶると震える手の隙間から熱い息が逃げていく。何ひとつ分からないことだらけの状態だったのに一気に視界が開けるような、そんな答えをぶつけられたせいだ。この衝動がどこから来ているのか、どの感情が一番に主張しているのか、どんな言葉を返したくてならないのか。混乱が渦巻くばかりの胸の中に全力で意識を傾けて、俺は何かを堪えるようにきつく奥歯を噛みしめている。

 タキツがそんなふうに思っていたなんて、考えていたなんてちっとも知らなかった。

 言われてみれば納得しかないけど、タキツにとって俺は一度、誓約の痛みを使ってまで言うことを聞かせようとしてきた相手だ。そんなふうに警戒されていたのは辛いけれど、俺がしたことを思えば当然の反応でしかない。脅し文句でしかない言葉をついさっきも向けられて、なのにそんな覚悟をしてまで俺の話に付き合おうと決めてくれた。俺の意志を汲んで寄り添おうとしてくれた。内心の緊張や不安を誤魔化してまでいつもどおりに振舞って、俺にそんな気がなかったと分かると思わず笑みがこぼれるくらい喜んで。俺に恨まれていない、嫌われていないことにほっとして、嬉しくて笑ってしまったんだって、そんなことを言うタキツに無性に泣きたい気持ちでいっぱいだった。頭の中も腹の中もぐちゃぐちゃで、焼けるような熱と衝動が苦しいほどに渦巻いて、目の前がぼんやり霞んで滲んでいくのをどうしたって止められない。

 どうしよう、嬉しいのかも苦しいのかも分からない。

 感情の歯止めが効かないまま、心苦しさや居た堪れなさ、それを遥かに上回る歓喜の念を持て余してしまう俺を置き去りに、タキツはいっそのんびりした調子で続けていく。

「それに、今のマグナには誓約の痛みは使えないと踏んだのもありまして。あんな悲壮な顔をされたら内心の葛藤も筒抜けですよ、なんて私が言えたことじゃありませんが」

 会えると分かっていたら紫熟も連れて来たんですけどね、と残念そうにこぼしながらシャムロックの髪を撫でるタキツに、俺はようやく落ち着いてきた息を深々と吸い込んだ。あれだけのことをしたのにまだ、信頼されている。それがタキツの表情や声色、言葉の外からもはっきりと伝わってきて、途方もない嬉しさと居た堪れなさで心が板挟みになる。どこか悔やむような物言いに一瞬違和感を覚えるけれど、今はただ前みたいに話が出来ることが嬉しくて仕方なくて深く考えていられない。だけど、それだって、俺の勝手な気持ちじゃないか?

 ふっと思い浮かんだ考えに、急に冷や水を浴びせられたような気分になった。サモナイト石に魔力を流してそう意志を込めるだけで誓約の痛みを使える召喚主相手に、本当の意味で召喚獣が対等になることはない。普通に話しているように見えるタキツだけど、これこそ不安や緊張を誤魔化して取り繕っているだけかもしれない。この場にはシャムロックもいるけれど、ひょっとしたら今だって無理を強いているんじゃないかと気が付いたら急に怖くなって、俺は口を開いていた。

「なぁ、タキツは……どうして俺に付き合ってくれたんだ? 本当に、少しも怖くないのか?」

 今、こうしていることも、俺のことも。

 絞り出すような声で呟いた俺の不安を汲み取ってか、タキツはシャムロックに向けていた視線を上げると僅かに首を傾げた。決して対等とは呼べない相手で、それも今は敵対している間柄だ。決して少なくないリスクを負ってまで話に付き合う意味がどこにあったのか。ただ俺の意志を汲んでくれたからで片づけるには不自然な対応に恐る恐る疑問を向けてみると、タキツは少しの間を置いて答えた。

「うーん……まったく気にならないと言ったら嘘になりますけど。衝動に駆られてというのは多かれ少なかれ誰にでもありますし、私だって前にマグナに八つ当たりをしましたから」

「え。そんなこと、あったっけ……?」

「……ほら、レルム村で。貴方の言葉に噛みついた時があったでしょう?」

 変に踏み込みすぎたなぁって後悔してるんですよ、今だに、と言いにくそうに目を逸らすタキツだけど、レルム村であった出来事なんてむしろ俺が子供じみた癇癪を起こして噛みついたくらいしかない。要らない人間、無価値な人間だと思い込んでいた俺に真っ向から向き合ってぶつかってくれたタキツが何を引きずっているのか、本気で分からなくて目顔で先を促せば、タキツには珍しく歯切れ悪く呟いた。

「ビーニャからあんなに長い間離れるのは初めてで不安だったのと、私も、似たようなことを私自身に思っていたから。あの時のマグナは嫌いな自分を見ているようで、苛々して堪らなくて……本当に八つ当たりでしかなかったんです、つまらない人間だなんて暴言を吐いてごめんなさい」

 居た堪れなさと気恥ずかしさの混じった苦い表情で最後は小さく頭を下げたタキツを前に、俺は今度も何も言えなかった。初めて知ったタキツの自己評価の低さに驚いて呆然としてしまったけれど、そう言われてみれば腑に落ちる点がいくつもある。我が身を省みずの献身ぶりに何度もヤキモキしたり憤ることがあったし、思い返してみればさっき俺が誓約の痛みを匂わせた時の淡白な反応だってそうだ。あんまりにも自分の扱いが軽すぎてビーニャでさえ俺と似たような驚愕と動揺を覚えていたけれど、そうした言動が今の考えの延長にあったなら何もおかしなことなんてない。いや、俺が抱いたような劣等感と自己嫌悪をそこまで深く理解していて、その上であんな励ましの言葉と共に背中を押してくれたのに、それをタキツ自身はお節介どころか八つ当たりをしたと思い込んでいることには唖然としてしまうけれど。

 つくづく自分のことだけは範疇にないらしいタキツをまじまじと見つめていれば、居心地悪そうに身じろぎしながら顔を逸らされる。

「貴方のことを気遣っての発言でも何でもない、自分勝手な憤りでしかなかったんですよ? なのに感謝までされて……あの時は本当に意味が分かりませんでした」

「それは……なんか、ごめんな? タキツは最初から俺のこと好きでも何でもなかったのに、あれから何かあればタキツタキツって自分でも鬱陶しいほど絡んじゃってさ」

 きっと困ってたよな、と苦笑に肩を竦めながら思い出すのは初対面のタキツに言われた言葉だ。好感度は限りなく低いし、親しみも正直言ってあまりない。真っ直ぐ切り込むように辛辣な言葉を告げてきたタキツを思い返しながら今更の反省に頬をかいてみせた俺へと、ああ、それは、と何かに思い至ったらしいタキツが困ったように眉を下げた。

「嘘ですよ」

「え?」

「まさかそれも覚えていたとは思いませんでしたけど……ただ、そう思い込みたかっただけです。言葉の力って凄いんですよね、声に出して言っていると自分でもそんな気がしてきてしまう。でも無駄な努力でした。マグナみたいなお人好し、どうしたって嫌いになれるわけなかった」

 次から次へと俺の知らなかった、思いもしなかった話ばかりが飛び出てきて、もう何を聞いても驚かないつもりでいた俺の決心はまたもや容易くひっくり返される。タキツは優しいからさすがに嫌われているとまでは思っていなかったけど、まさか初めから予防線を張ってまで好きにならないよう気を付けていたなんて聞かされて、どうして動揺せずにいられるはずがない。一度は落ち着いたはずの胸の鼓動が大きく高鳴り始めたことに気づくような気配もなく言葉を重ねていくタキツを、俺は信じられないよう思いで見つめていた。俺だって全然タキツのことを知らずにいたんだからお互い様だけど、そんな俺の護衛獣だっただけあってタキツもタキツで大概だ。そんな言葉を掛けられた俺がどう思うか、どんな行動に出ようとするか、この期に及んでこれっぽっちも分かっていない。

「だけどせめて、もっとちゃんと嫌われておくべきでしたね。まさか戦場で棒立ちになるなんて思いもしませんでしたし……ネスティじゃありませんけどあれには肝が冷えましたよ。貴方の最後の最後まで諦めない姿勢はとても得難い物ですし、どんな窮地にあっても光を失わない瞳も好ましいですけれど……ふふ、まあ、貴方のそういうところに皆、惹かれてしまうんでしょうね」

 俺を気遣っているとしか思えない言葉をつらつらと並べ立てながら、懐かしそうに目を細めて微笑みをこぼす。その自覚も無いまま、タキツは俺に希望を見せていく。まるで俺たちのことが大事だって、大切だって、心配でたまらないんだって告げるような柔らかい声に、我慢出来なくなってしまうまで大した時間は要らなかった。

「……なら! なら、戻ってこないか!?」

 いきなり声を張り上げて縋りつくような勢いでその両肩を掴んだ俺にタキツがぎょっと目を見張る。驚きに染まった表情に合わせて後ろでまとめられた髪の毛が揺れて、伸びた毛先が滑るように俺の手の甲をくすぐった。髪の上半分だけを後ろでまとめた品のある髪型は初めて見る物で、その結い目を飾っている髪留めだってそう、俺の知らない物だった。俺のは貰ってくれなかったのに、と胸が詰まるような思いにぐっと息を呑んだ瞬間を思い出すけれど、タキツはこの先もどんどん変わっていくんだろう。俺の知らない場所で、俺の知らない関係を結んで、どんどん知らない姿を見せていくんだろう。それを嫌だと思ってしまう程度には諦められないんだから、我ながら狭量な召喚主だと思うけど、それでも自分から引き下がるのだけは嫌だった。

「アメルやミニスも、ネスだってタキツのことを待ってる。皆、タキツに戻ってきて欲しいと思ってるんだ。タキツだって、皆のことが好きなんだろ!?」

「……私はビーニャ様の護衛獣ですよ」

「なら教えてくれよ!? どうしてビーニャの護衛獣でいたいのか、タキツが何を考えてそこにいるのか……俺に教えてくれよ。君のことが、知りたいんだ」

 駆り立てられるように言い募る俺に困惑を隠し切れない眼差しを返すタキツだけど、その瞳の揺れ具合からしても迷っているのは確実だ。変なところで俺以上にお人好しなタキツのことを俺はよく知っている。どうしても譲れないから、そこに付け込んででも言葉を引き出しに掛かることに躊躇いはなかった。

 だって、何も知らなかったのだ。勝手に知ったつもりになっていた、ずっと知らずに来てしまったタキツのことを今からでもいいから知りたい。少しずつでもいいから知っていきたい。そのために教えて欲しいのだと、俺は負けじと食い下がる。

「知ったところで、今更どうするんです? 私が何を考えているか、望んでいるかを知ったところで貴方の敵であることに変わりはない。それに……私は貴方が思うほどまともな人間じゃありませんよ」

「だとしても、君は俺の護衛獣でもあったんだ。例え今は敵だとしても、大事な相棒だった君のことを知りたいと思うくらい……何もおかしくなんてないだろ?」

 畳み掛けるように言葉を重ねた俺に、やがてタキツは観念したように深々と息を吐いた。シャムロックの髪を撫でていた手を止めて、もう起き上がれますか、と尋ねる声は柔らかい。その身体が膝の上から退けるまでを俯きがちに見つめていたタキツが、私はただ、とふと蚊の鳴くような声で囁いた。

「ビーニャにとって役に立つ道具でありたい。ビーニャのために生きてビーニャのために死にたい。それが叶うならそれ以上を望まない。……望むような私でいたくない」

 勝手なんですよ、本当に、と何かを振り切るように呟いて顔を上げる。真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は一切のブレなく、どこか挑戦的な色を宿して俺を鏡のように映していた。

「あの子に出会えるまで、私は空っぽだった。あの子がいたから、私は意味を持った。ただの自棄かもしれないし意地かもしれないけど、そうするって決めたんです。最後の最後まであの子の傍にいられるならそれ以上は要らないって、救いの手も憐憫の眼差しも他に何も要らないって。この気持ちを抱いたままで終わりを迎えるためなら、誰に後ろ指を指されてもいい。これ以上の幸せなんてあるわけがない。私が、そう決めた」

 何かの誓いを掲げるように、犯した罪を吐き出すように、震える唇が言葉を紡いでいく。その瞳だけは頑なに俺を見つめているけれど、それがタキツにとってどれだけ苦しい決断だったのかは尋ねるまでもなく分かった。幸せを語る声色にはとても似つかわしくない、ひどく思い詰めた声色が次第に勢いを増していく。

「だから、私が貴方に期待していたのだって糾弾でした。恨まれていないと知ってほっとした気持ちも本当だけど、もう半分は残念で仕方がなかった。裏切り者の誹りを受けて憎しみを向けてくれるならそれでよかったんです。……他の誰でもない、マグナ、貴方にそう言ってもらえるなら私は、それでよかった。覚悟なんて本当はしていない、本当はきっと期待しかなかった」

 捲し立てるような言葉を受けて険しさを増していく俺の表情に気づいているはずなのに、タキツは止まらない。

 誰かに否定されると苦しいけれど、自分で要らない人間だと思い込めばその苦しさも少しは和らぐ。

 それはタキツ自身も言っていたことだ。その思い込みが俺のことを気に掛けて心配している人間に対してどれだけ失礼なことだか分からないのかと声を荒げて叱ってくれたのはタキツなのに、それを忘れたような勢いで自分自身を否定していく。だけど、そこに矛盾はないのだろう。思い込むとかそういった話ですらなく、タキツはただ、本気で思っているだけなのだ。自分はどうしようもない奴だって、救いようのない悪人だって、自分で自分を本気でそう思っている。だから、俺に見切りをつけられたくて堪らない。

 否定されたいんだ、俺に。

 タキツの両肩を掴んだままだった俺の手が震えを帯びていく。薄い肩に俺の指が食い込んでいくのが自分でも分かるのに、タキツは微笑んだ。ローウェン砦の時みたいに弱った笑みを浮かべて、泣きそうに目じりを下げて、口角を持ち上げる。

「なのに、そんな顔をするんですから……本当に困ったひとですよね」

 マグナ、と呼びかける声は柔らかい。穏やかで優しくて、耳に心地いい声を泣きそうに歪めてタキツが俺を呼ぶ。

「私はどうしたってビーニャの護衛獣なんですから、ちゃんと敵と見做さないと。この先、大変なだけですよ」

 ですから、と続いた言葉が何を言おうとしているかなんて考えるまでもなかった。当たり前のようにその先を告げようとするタキツが悲しくて苦しくて、俺は肩を震わせて低く唸りをこぼしてしまう。

「なんでタキツはそうやって……! 自分にだけは優しくしてくれないんだよ!? 俺は、俺たちは皆、タキツのことを大事だって……大切な仲間だって思ってるのに!?」

 霊界サプレスの耐性があるから、痛みには慣れているから。あれこれと理由を付けて自分を疎かにしがちだと思っていたけれど、だけど、根底からこうも違う。死生観がまるで違う。これじゃあまるで生きたいどころか死にたくないとすら思っていない。むしろ、死にたいとでも思っているような。

「でも……だってもう、私は敵ですし。ビーニャの傍から離れることもきっとない。彼女の役に立つためなら何でもしてきましたし、これからもきっとそう。武術だって召喚術だって、ひとを殺すことだって……全部そのために覚えたんです。あの子の傍にいるために、私にとっては唯一無二の、掛け替えのないあの子のために。最後まであの子と一緒にいるために」

 そんな俺を労わるように、宥めるように、戸惑い交じりの声で持ち上げられたタキツの手が俺の腕を優しくさする。それに少しだけ冷静さを取り戻しそうになるけれど、肩に掛かった俺の手を引き離すようにその手を重ねながらの呟きが耳に入った途端、そんな考えは跡形もなく吹き飛んでいた。

「……それでも、やっぱり貴方たちのことは好きだから。絶対、勝って下さいね」

 ビーニャが悪い子なら、そんなビーニャのことが好きな私だって同じ、倒したって何も問題なんてないんだから。

 囁くような声で続けられた本音を拾ったそこで、後ろに身を引こうとしたタキツの肩から力なく俺の手がずり落ちた。僅かに距離が空いて、手のひらが空に触れる。かっと目の前が焼けつくような激情に駆られたのはまさにその瞬間だった。

「そんなの絶対、間違ってるっ!!」

 遠ざかる身体を無理に引き戻すように細い肩を鷲掴んで、腹の底からの怒声を放ったことに自覚はなかった。一切の加減なく握り締めた肩からは骨の軋むような音が響くけれど、手を離すどころか力を緩めるような考えすら浮かばなかった。急に引き戻された衝撃にか驚きにか、咄嗟に身を強張らせたタキツが苦悶の声をこぼす。苦しげに呻いて身を捩ることすらままならない様子に頭のどこかでは焦りを覚えているのに、今この手を離したらと思うだけで耐えきれないような恐怖が込み上げてきて、歯を食い縛ったままその両肩を握り込むしか出来ない。いつかのレルム村での出来事を心底悔やんでいたはずなのに、あの時とまるで同じことを繰り返している。そんな手を使ってまで引き留めようとしてしまう、訴えかけようとしてしまう自分自身に泣きそうになった俺を止めてくれたのはシャムロックだった。

「マグナ! 落ち着いてくれ!?」

 制止の声を張り上げながら俺の腕を掴んだシャムロックは、痛ましいものでも見るような表情でゆっくりとタキツの肩に食い込んだ俺の手を引き剥がしていった。荒い息を繰り返すばかりの俺はそれに抗うでもなく、一本一本、細い肩から外されていく自分の指を見つめていた。動揺と緊張が綯い交ぜになった内心をそのまま映し出したように固く冷え切った指は震えを帯びていて、どうにも情けなくてたまらずに自然と顔を歪めてしまう。そんな俺を見て、同じことを思い出したんだろうタキツは切れ切れに息を吐いて笑った。

「……っ、あは、なんだか……あの時みたいですね」

 いっそ怖がって嫌いになってくれればいいのに、タキツが俺に見切りを付けることはきっとない。最後はそうやって仕方がないなぁって顔をして微笑むから、所詮はビーニャに及ばないって分かっているはずなのに何度でも勘違いしてしまうのだ。

「本当にお人好し。後先考えないのも相変わらず。そうやって貴方の方が傷ついて一体どうするんです」

「だけど、俺は……っ」

 堪え切れずに涙ぐんでしまえば、そんな俺を気遣うように眉尻を下げてかすかに微笑む。何も言葉が浮かばないまま、衝動的に声を返した俺に、肩を押さえていた手を下ろしてタキツは歌うように言った。

「誰だって死にたくはない。誰だって幸せになりたい。……私もそう、ただそれだけ。そのために行動しているだけだけど、その過程で誰かを踏みにじったなら同じ目に遭うことを良しとしなければいけませんよね? 悪いことをしたのならバツを受けないと。いつか必ず、報いを受ける時が来る」

 よろめくように立ち上がって、スカートの裾を軽く叩いたタキツはおもむろにその視線を空へと投げ掛けた。路地と建物の狭間、細長く切り取られた空にはまだ花火が上がっていないのか、群青色を薄く引き伸ばした夜空と金粉を散らしたような星々が広がっている。

「大丈夫、正しいのは貴方たちです。間違っているのはこちら側、デグレアの思うとおりに事が進んだ暁には多くの犠牲が生じるでしょう。死者を増やす道を突き進んでいるビーニャ様たちを止めずにいれば、きっと、リィンバウム全土を巻き込んだ悲劇の幕が開けてしまう。だからマグナ、シャムロックさん。貴方たちにはどうか迷わないで欲しいんです。私は生きている限りビーニャを優先してしまいますから……どうか遠慮はなさらないで」

「貴方は……そこまで分かっているのに、なぜ……」

 忠誠心の塊のような考えに驚いたのか、盲目的な姿を哀れに思ったのか。目を見張ったシャムロックだったけれど、すぐにその顔が歪んで何かを言いかける。その反応さえも予想していたようにタキツは笑って、軽くステップを踏むように俺たちから距離を取った。それではここで、とスカートを優雅に摘まみ上げて会釈をひとつ、今にも踵を返して立ち去ろうとするタキツに俺は思わず手を伸ばしている。

「タキツ!」

「だって、私も幸せになりたいんです。幸せのまま、終わりたいんです」

 空を切った俺の手を慈しむように横目で見て、タキツは晴れやかに微笑んだ。

「道具だったら最後まで、一緒に連れて行ってくれるでしょう?」

 

 人気のない薄暗い路地を歩きながら、自然と反芻してしまうのはタキツが最後に残した言葉だった。 

 幸せになりたい。幸せのまま、終わりたい。

 それはビーニャのことが大好きでたまらないのに優しさを捨てきれなかったタキツが導き出した、どうしようもない結論だった。

 リィンバウムに召喚されてからタキツはずっと努力を積み重ねてきた。これまで何度も助けられてきた戦場での立ち回り、咄嗟の判断力や召喚術の耐性、誰かの命を奪うことへの抵抗の無さ。そのどれもがビーニャの傍にいるために身に着けざるを得なかった武器で、彼女の纏ってきた業だったのだろう。大好きなひとの傍にいたいから、何があっても離れたくないから、そのためなら犠牲の何もかもに目をつぶれるくらいに開き直れる人間であればまだマシだっただろうに、どうして優しさだけは捨てきれなかったんだろう。おかげで彼女はずっと、ここまで殺してきた相手を引きずっている。ビーニャの傍にいるために踏み躙ってきた命を忘れられずにいる。なのに幸せを諦めきれずにビーニャの傍にいたがって、だけどもう苦しくて耐え切れないから、あんなにも終わりを欲しがっているのだ。

 マグナたちの勝利で終わりを迎えたい。大好きなビーニャと一緒に終わりに向かいたい。

 悪いことをしたんだから酷いことをされたって仕方がないんだって本気で信じ込んでいるタキツの抱いた願いは、幸せとはかけ離れたような寂しさに満ちていた。

「皆に、話すのかい?」

 波止場沿いの通りに出たところで、ちょうど花火が上がり始めた。低い音が響き渡ると同時、夜空に色鮮やかな光の花が広がっていく。一瞬で満開に咲き誇ってはあっさりと花弁を散らして消えていく眩しい花々を何となしに見上げていると、隣を歩いていたシャムロックが声を投げ掛けてきた。いくつも響き渡る花火の打ち上げ音にかき消されないよう、俺は少しだけ声を張って返す。

「うん、そのつもりだよ。大体の反応は想像出来るけど、一応は言わなきゃいけないだろうしさ」

 皆の反応は何となくだけど予想が出来た。息を吐き出すついでに口元が緩みを帯びた俺を見て、そうだね、とシャムロックも表情を和らげる。

 タキツが敵に回ったと告げたところで、はいそうですかと聞き分けよく頷く仲間は誰もいないはずだ。アメルやミニス、ルウはあれで中々強情だから、でも私たちだってそれで引く気はありませんよね、と当然のように尋ね返してきそうだし、ネスも難しい顔をするかもしれないけれど表立って反対はしないだろう。それくらいで諦めてたまるかと気概を見せそうな面々こそ思い浮かんでも、悲しげな顔をして現実を受け入れるだろう姿はひとつも浮かばない。それがタキツが好きになってくれた仲間たちで、タキツのことを好きになった仲間たちだった。タキツにとって幸か不幸かは分からないけれど、きっと今のタキツの望みを伝えたところで首を縦に振って頷くような誰かはいないに違いない。

 例えその先に待っているのが破滅だと分かっていても、最後の最後まで付き従いたいのだとタキツは言った。

 そんなささやかで傲慢な彼女の望みを素直に受け入れることの出来る仲間ははたしているのだろうか。少なくとも俺には到底受け入れられそうにない。認めることが出来そうにない。だって、それを仕方ないで片づけてしまうにはあんまりタキツは優しすぎる。それを許してやれるほど他人であった時期なんてなかったんじゃないかって、今でも錯覚してしまうほどに。

「そんなにも皆に思われているなんて、彼女は本当に優しい子だったんだね」

「うん、俺にとっても本当に大事だった……」

 言いかけて、俺はそこで言葉を切った。さっきのタキツが浮かべた微笑みを思い出す。道具だったら最後まで、嬉しそうに満ち足りたような笑みを浮かべたタキツは綺麗だった。それが言葉にならないくらい悔しくて、喚き散らしたくなるくらい苦しかった。それでもどうしたって諦めることは出来ないのだと今の俺は知っている。それだけは選べないし、選びたくない俺自身をもう、知ってしまっている。子供が駄々を捏ねるように繰り返してしまうそれが俺の本音で、譲れない望みのひとつだって、嫌というほど理解してしまったから。

 どんなに難しいことだとしても、どんなにみっともなく情けない真似だとしても、諦められないし譲ることだって出来ない。何度足が止まりそうになったとしても、どれだけ心が折れて挫けそうになったとしても、きっと顔を上げずにはいられない。この心臓が動いている限りは、この胸が覚えている限りは、最後の最後まで足掻き続けたいと願ってしまった自分であるうちは。

「ううん。今も……大事なままなんだ」

 夜空に、ひと際明るい大輪の花が咲く。隠していた秘密を打ち明けるように、誰へともない決意表明を告げるように、目を細めて見上げながらの俺の囁きは打ち寄せる潮騒に静かに溶けていった。




意思疎通回。ナチちゃんのハッピーエンド(デッドエンド)条件が開示されました。なんかこのままシャムロック贔屓をしてしまう気がします。
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