翌朝、日が昇ってすぐ野営の後始末をした私たちはゼラムに引き返すと、警備兵に突き出したアウゴ一味と引き換えの報奨金を分配した。見聞の旅といえば聞こえはいいが、その実態は先の見通しがまるでない暫定無期限の追放だ。路銀はいくらあっても困らないので、タキツの分などと呑気なことを言って私にまで取り分を寄越そうとするマグナには謹んで辞退する。折れてしまった刀だけは新調して欲しいと頼んでいれば、フォルテと今後の話をしていたネスティがふと視線を投げて寄越したのに気が付いた。
「なあ、あんたらは聖女の噂って知ってるか? 俺らはそれ目当てに来たんだよ」
それを追いかけるようにフォルテが口を開いて、私は事の次第を理解した。ネスティは聞いたことのない話だったものの、ちょくちょく派閥を抜け出していたマグナや別の召喚主の元にいた私ならあるいは、と考えたのだろう。ゲーム知識に蓋をして首を横に振った私の横でマグナも眉尻を下げてすまなそうな顔をすると、やっぱ眉唾なのかね、あくまで噂だもの、とフォルテが肩を落とす傍らでケイナも微妙な顔をした。なんでも二人はゼラム北東にあるレルム村に、どんな傷や病でも癒やしてしまう聖女がいる、という噂を聞きつけて、路銀を稼ぎながらはるばる足を運んできたらしい。ケイナは元々記憶喪失のところをフォルテに保護されて、アウゴの懸賞金もその聖女とやらが本物だった時の治療費に当てるつもりだったのだとか。その話を聞いて、気功を用いたストラや回復系の召喚術ともまったく別の力を持つらしい聖女の話に僅かに眉を顰めていたネスティが肩の力を抜くのが分かった。急ぐ旅でもなし、どうするかはマグナに決めさせるべきだと考えたのだろう。かすかに軟化したネスティの表情を見て、私も声には出さずに深々と同意する。
「そうだ、タキツはどう思う?」
「私もネスティと同じだ。主の思うとおりにすればいい。旅の主役は君だしな」
振り返ったマグナに表情を変えずに返せば、それで気持ちが固まったらしいマグナはあっさり次の目的地を決めた。つまり、私たちもレルム村に向かうということを。
報奨金という臨時収入を元手に物資を補充し、私はシズクと名の付いた刀を新たに用立ててもらい、再び城門を潜った後はさっきの街道ではなく殆ど人の通らないような山道獣道をひたすら突き進むこと数時間。あまりの道なき道に迷子の可能性も頭をよぎり始めるも、レルム村で木こりをしているのだという熊のように巨大な体躯のお爺さんと遭ってからは早かった。教えてもらった方角を目指して幾分勢いの衰えてきた藪をかき分けた先、不意に明るくなった木立の向こうへと気が逸るまま足を早めて森を抜け出したそこはもう、レルム村だった。
ただし、聖女の噂を聞いて押し掛けたのだろう夥しいほどの人で溢れた、という注釈が必須だろう有様の。
冗談だろ、と思わずとばかりにマグナが呟いたのも無理はない。私たちがいる高台からだと端から端まで見渡せてしまうような小さな村に、何重にも渦を巻くような行列が延々と、果てしなく伸びていたのだから。列の最後尾がどこかさえ見つからないような人の多さに、揃ってあんぐりと口を開いていたマグナたちが次第に引き攣った笑いや呆れ交じりの声をこぼし始める。
「これに並ぶのは勘弁願いたいな……」
「こら。女の子がそんな顔しちゃ駄目よ」
皆の様子に同調して顔を顰めた私だったけれど、くすくす笑いをこぼしたケイナに窘めるように頬をつつかれてしまい、そそくさとマグナの後ろに引っ込む。同性同士ということもあってか、気兼ねなく接してくれるケイナの気遣いと親愛に少しばかりの気恥ずかしさとバツの悪さを覚えたのもあるし、気を取り直して列の最後尾を探そうと丘を下り始めたネスティたちの様子にあることを思い出してしまったためだ。そう、この後に控えたあまり穏やかではない双子との初遭遇の場面を。
あまりの人の多さに嫌気が差したフォルテが冗談交じりに口にした列への割り込みを、殺気立っていた自警団の青年、前髪ばかりを赤く染めたリューグに聞かれてしまった後はあっという間だった。フォルテの発言が発端とはいえ、リューグの歯に衣着せぬ物言いに当てられたのと道中の疲れもあってだろう、ネスティまでもが喧嘩腰になって言い返せば、緊迫した空気の満ちる一触即発の場面が完成だ。マグナを盾にして周囲の様子を窺っている間にもじりじりと緊張が高まっていき、本当にゲームどおりの展開になってくれるのかと私が眉を顰めた時だった。
「すみません、女性の方まで怖がらせてしまって……こら、リューグ!」
耳のすぐ後ろで耳の後ろで聞こえた申し訳なさそうな声色が一転、怒気を滲んだ叱りつけるようなソレへと変わる。風を切って私の横を通り過ぎていったのは前髪ばかりを青く染めた青年、ロッカだった。レルム村の名物双子の登場にマグナたちが驚いているが、矢継ぎ早に互いの言い分をぶつけ合ううちにリューグの噛みつく先はロッカへと切り替わり、それで冷静さを取り戻したネスティからは理路整然とした事情説明と謝罪の言葉が、呑気なことをいうフォルテにはケイナからの鋭い平手打ちが容赦なしに飛び、たった一人の第三者が加わったことで見る見る間に事態が収束していく。そのまま鼻息荒くリューグが立ち去り、喧嘩の調書を取るためにとネスティがロッカと連れ立って歩き出せば、安堵に胸を撫で下ろす間もなく次の行動が決まっている。ケイナとフォルテは当初の目的どおりに行列に並んで、マグナと私はネスティに言い付けに従って今夜の宿探しをする、というようにだ。
「ところでタキツ……もしかして俺を盾にしてたんじゃないよな?」
「ひどいな、主を盾にする護衛獣なんているはずないだろう」
やっと目まぐるしい展開が落ち着いたことにマグナとふたり、どちらからともなく顔を見合わせて息をこぼした直後。じっとりした目で問い掛けるマグナからすっと目を逸らしつつ、素知らぬ顔で返したなんて言うまでもない。
ぶらぶらと軽口を叩きながら宿探しに向かったマグナと私だったけれど、ゲームどおりと言えばゲームどおり、マグナは早々に宿を取るのを諦めて適当な木立で昼寝をすることに決め込んだ。実際、宿を求めることの出来そうな家はごく僅かしか残っておらず、それも大金を叩かなければ到底泊めて貰えそうにない態度だったのだから、その判断を否定するつもりはない。旅慣れた冒険者と行動を共にしているのだし野宿だって余裕で選択肢に入るだろう。
「タキツは、何も言わないんだな? てっきりネスみたいに叱られると思ってたよ」
「主の選択にいちいち口を挟みはしないよ。実際、一理あると思うしね。そのまま優雅に昼寝と洒落込むのは中々の度胸だと思うけど」
「もう……笑わないでくれよ……」
それで空いた時間を昼寝に使うのはともかく、と言外に込めて笑いをこぼせば、ごろりと寝返りを打って反対側を向いたマグナはそのまま目蓋を下ろした。そのまま眠ってしまったのか、木々の梢や葉の擦れる音しか聞こえなくなり、寝転ぶマグナの傍らで広葉樹の太い幹へと背中を預けていた私も目を伏せた。するすると膝に上ってきた紫熟を撫でれば心地よさそうに目蓋を落とす様子が可愛らしい。傍らに置いた刀の鞘へと指を滑らせながら、声を潜めて私は囁きかけた。
「……ね、紫熟。この子の名前もシズクって言うんだよ。ふふ、お揃いだね?」
くすくすと声を押し殺して笑いながら、指先で紫熟のひんやりした肌をくすぐるように撫でる。ビーニャの元から離れて初めて、自然な笑みを浮かべられたような気がした。
二重召喚は狙って出来るものではなく、今回の件はマグナ自身も被害者のようなものだ。頭ではちゃんと理解していても飲み込み切れない不満はあるし、この世界に来てからずっと一緒だったビーニャから突然引き離されて、仮初の主になるマグナと必要以上に親しくならないよう振舞って、思い返せば常に気を張っていたのだ。マグナが眠りに落ちた今、やっと本当の意味で肩の力が抜けた私は、日向で溶ける飴のように緩み切った声を紫熟に落とした。微睡みの中にあるような時間はゆっくりと過ぎていき、だけど、終わりを迎えるのもまた突然だった。
「っ、主!」
「うわぁっ!?」
マグナの頭上、前触れなく降ってくる影に気が付いて警告を放つも僅かに遅かった。樹上から落ちてきた少女を仰向けの腹に受け止めることになったマグナが呻きをこぼせば、慌てた様子でマグナの上から退いた少女が必死に謝罪を口にし始める。まだ名乗ってこそいないが、アメルだ。咄嗟に刀に伸ばしかけていた手を戻し、やっと登場した物語のヒロインをどこか感動したような気持ちで眺めるのも束の間、アメルの注意がこちらを向くより早く、私は音をたてないように気を付けながら近くの茂みへと身を隠した。当然ながら私の存在を知っているマグナは身を起こしながら困惑の視線を向けてくるけれど、せっかくの出会いの場面だ。上手くやれよと内心勝手なエールを送っていると、何度も頭を下げるアメルを宥めるために身体ごと向き直ろうとしたマグナが動きを止めた。
まるで以前、どこかで会ったことのあるような。初対面のはずなのにそんな気がちっともしない不思議な感覚。胸に迫り上がってくるような強烈な感慨と奇妙な懐かしさ。
きっと、そういった感覚に浸っているのだろう。夢でも見ているような眼差しでアメルを見つめるマグナと、同じように見つめ返すアメルだったけれど、それもアメルが何かに気が付いたようにマグナの手を取るまでだった。
「あ、怪我してますね」
アメルを受け止める際、どうやら手の甲あたりを擦り剝いたらしい。ああ、とアメルの視線を追ったマグナが苦笑交じりに何か言おうと口を開きかけて、そのまま固まるのが見えた。マグナの手を取ったまま、もう片手を患部にかざしたアメルが静かな面差しで目を伏せる。温かな光がどこからともなく集まってくるのが、離れた場所からでもよく見えた。マグナの表情が見る見るうちに驚愕に染まっていき、おそらく癒しの力が発動したのだろう、手を離したアメルが満足げな笑みを浮かべる。それと時を同じくして、どこか遠くからアメル様と必死に呼びかける声が聞こえてきた。たった今、目の前で起きたことと、同い年頃の少女が敬称付けで呼ばれている事実を組み合わせて、マグナもついに少女の正体に思い至ったらしい。
「私がここにいたの、内緒にして下さいね? それと、マグナさんは要らない人間なんかじゃありませんよ」
悪戯っぽく笑ってアメルが軽やかに駆け去っていく。ちらりと笑みを投げかけた横顔も、その背中さえもが見えなくなるのを待って、そっと茂みから出てきた私は呆然と座りこんでいるマグナの傍らで膝を折った。
「俺、あの子に名前を言ってなかったよな……?」
「聖女なら癒しの他に読心の術なんかも使えるのかもな。記憶を読み取る力があるとか、誰かも話していたじゃないか。よかったな、可愛い子で?」
「聞いてたけど、実物に会うとは思ってなかったから……」
しゃがみこんで膝に頬杖を付きながら揶揄い目的の言葉を付け足したのに、ぼんやりとしたマグナは目も合わせずに髪をくしゃりとかき上げた。驚きと困惑と僅かな期待、何かを悔やむような恥じ入るような、そんな心情が綯い交ぜになった表情だ。ふと何か聞きたげな目をして振り仰いできたマグナに、いつの間にか貼り付けたような笑みを浮かべていた私は紫熟を膝に抱えたまま、穏やかな声色で告げた。
「考えていたことを当てられて、動揺でもしたか?」
そうだとしたらがっかりだ、と浮かべる笑みは崩さずに、紫熟を草の上へと下ろしながら私は言った。浮かべる表情とは裏腹に冷めた声と感情の見えない目を向けてしまえば、思いのほかマグナは動揺したらしい。本当はその陰気臭い頭の上に紫熟を落としたかったのだけど、そんな私の苛立ちと我慢の気配に気づくような気配もなく、マグナはいよいよ焦った様子で口を開いた。
「な、んでそんなこと言うんだよ? それに、がっかりって……」
「要らない人間。そんな人間の護衛獣なんて余計に要らない物だろ。私はこんなつまらない人間を守るために大事なマスターから引き離されたんだと思うと、がっかりもするし腹も立つさ」
ゲームの知識があると言っても、個々人の事細かな発言やその背景まではさすがに覚えていない。そのせいで面白くないことを知ってしまったと嘆息していると、ショックを受けたように瞳を揺らしたマグナは泣きそうに顔を歪めた。糾弾するような眼差しには裏切りを責めるような、捨てきれない期待を覗かせるような、ぐちゃぐちゃの感情が滲んでいる。なんでそんなひどいことを言うんだ、とでも言いたげに睨みつけてくるマグナにわざとらしく息を落として、私は膝に付いた草きれを払った。
「本当、ネスティには同情するよ。本人が要らない人間だと思っているのに何年も気に掛けて、世話を焼いてきたんだからな。私からすれば君の周囲の人間の方がよっぽど可哀想と言うものだ。……まあ、さすがにこのことは黙っておくから変な心配はせずともいいけれど……主?」
普段ならいざ知らず、何より大事なビーニャから引き離されて神経を張り詰めていたところにコレだ。命に代えても守らなければならない召喚主の本心がこんな具合だったと突き付けられるのは、正直あまりに堪えた。とはいえ少しきつく言いすぎたかも、と今更冷静になり始めた思考の隅で後悔の声を聞きながら、そんな憂いを払うように膝を伸ばして立ち上がりかけたところで私は固まった。マグナに腕を引き留められていて中腰から立ち上がれない、半端な姿勢のままで思わず疑問符を浮かべてしまう。反応のないマグナを訝しんで、もう一度顔を覗き込むように声を掛ける。俯きがちに頭を震わせるばかりのマグナに、さては泣いてるのか、と頭によぎった時だった。
「うるさい!!」
破裂するような怒鳴り声と共に顔を上げたマグナの瞳は、煮え滾るような怒りに燃えていた。紫紺の瞳は激情の渦を鮮烈に輝かせて、視線だけで射殺すような重圧をぶつけてくる。怒りに飲まれているのか、マグナの手は私の腕を握りしめたままギリギリと力を増す一方で、爪の食い込んだ肌がぷつりと切れた感覚をまるで他人事のように拾いながら私は知らず眉を寄せた。
「好きでそんなふうに思うわけ、あるかよ……俺がどれだけ、要らないって言われてきたか……っ知らないくせに! 俺が、俺がどれだけ馬鹿にされたか蔑まれたか、否定されてきたか! その気持ちも苦しさも、何にも知らないくせに!」
「それで、自分でも要らない人間だと思い込むことにしたと? そう思っていればどんな言葉にも耐えられるから?」
遠慮も躊躇いもなく強まるばかりのマグナの力に腕が悲鳴を上げている。手首より少し下、ローブの袖に隠せるかどうかの微妙な場所に想い馳せながら、私はあえて眉を顰めたままの淡々とした口調を心がけた。親の仇でも見るような苛烈な視線が降り注いでくるけれど、はっきり言って、私の方も堪忍袋の緒が切れる寸前だった。噴火直前の活火山のような様相を呈し始めた胸のうちを意識して宥めながら、わざと煽るような笑みに口角を持ち上げる。場違いな笑みを浮かべた私へと僅かに怪訝そうな顔をしたマグナの首筋へ、自由な右手を伸ばすと、タートルネックの布地の上からその喉を鷲掴んだ。
「心底からの本気でそう思っているのなら……私が殺してあげますよ」
目元を和らげ唇には弧を描き、柔らかな笑みを浮かべた顔には不釣り合いな殺意を込めて囁けば、マグナは声もなく目を見張った。
「貴方がどんな人生を送ってきたかなんて知りません。話してもらっていませんからね。否定されると苦しいことも、要らない人間だと思い込めば苦しくないこともよく分かります。が、そんなことに囚われたままの貴方の在り様には心底虫唾が走る。癇に障りますし神経を逆撫でするし、目の前にいられるだけでそう、苛々してムカムカして堪らない。貴方のその思い込みが、貴方のことを心配して気に掛けている人間にどれだけ失礼なことだか、分かってるんですか? ネスティがあれだけ大切にしている貴方自身を、事もあろうになぜ、貴方自身で否定してしまうんですか? なんで貴方は……貴方を心配して気に掛けている人間ではなく、貴方を蔑み馬鹿にする人間なぞの言葉を信じるんですか!?」
あ、と気の抜けた風船のような息をもらすマグナを前に、憤りのあまり震える指先を誤魔化すべく私はぱっと手を離して、自分のローブの裾を握り込んだ。召喚主を本気で害しようとすればどんな反動があるかも分からないことに寸前で気が付いた結果、何とも締まらないことに服の布地ばかりを傷める形になってしまったのは結果オーライと言えるだろうか。
込み上げる衝動のまま胸のうちをすっかり吐き切ってしまえば、つい先ほどまでマグマのように煮立っていた激情も遠く沖合にまで引いたらしい。代わりに津波のように押し寄せてきたのは大人気ない振舞いをしたことへの後悔と気恥ずかしさ、頬が熱くなるほどの居た堪れなさで、私は堪らずにそっぽを向いて目を伏せた。珍しく声を荒げてしまったせいで乾いた喉が少しの痛みを訴えているのには無視して、ひとまずマグナの手を振り解こうと握られたままの腕に力を入れた私は、なぜかバランスを崩して倒れ込むようにマグナの上へと圧し掛かった。引き抜こうとした手を、逆に引き寄せられたのだ。まさかこの期に及んでまだ何かあるのか、と戦々恐々としながらも神妙な面持ちで見つめた先、マグナは真っ直ぐ私を見つめていた。
「ごめん」
ありがとう、と続いた言葉は雨のようだった。泣きたいような笑いたいような、奇妙な笑みを浮かべたマグナが唇に歪な弧を描いている。
「……礼を言われる筋合いはないよ。むしろ召喚主としてはお叱りのひとつも寄越すべきでは?」
「まさか。俺が馬鹿なこと考えたから窘めてくれたんだろ」
苦笑交じりに返したマグナが私の腕からゆっくりと手を離して、へらりと気の抜ける笑みを浮かべた。それならよかった、と言おうとした言葉は喉元で止まった。マグナの膝に乗ったまま、真正面から抱きすくめられているのだと理解が追い付くのと同じくして、マグナの鼻先が滑り込むように私の肩口に沈んでいく。次いで熱い水滴が肌に落ちる感触と、とかすかに震え始めた紫紺の頭に、私はこれみよがしな溜め息を吐いて大きいばかりの子供の背中へと手を伸ばした。
「子供相手に厳しくしたのは私だからな。仕方ない、これも黙っておいてあげるよ」
「……はは、そういえばタキツって本当はあんな優しい口調なんだな」
「分かった、今回のことは互いに忘れよう」
涙声で呑気なことを抜かしてくるマグナに苦笑をひとつ。どうにも手が掛かるその背中を優しく撫でてやりながら、今はまだ、誰も通り掛からないでくれることを祈るのだった。
ここら辺は全然恋愛ではない。