ノルンは笑わない   作:くものい

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3ー2:再会と別れ

 戦闘前の遣り取りこそ緊張感に欠けたかもしれないが、いざ火蓋が切られた後はギブソンとミモザの圧倒的な実力を見せつけられる結果に終わった。

 屋敷の正面から堂々と姿を現したギブソンが穏やかに立ち退き勧告を告げた頃、花壇の広がる屋敷裏手では朗らかな笑みのミモザが挑発的な挨拶を投げ掛けていたけれど、二人のその余裕と自信は確かな実力に裏付けられたものだったと敵も味方も痛感するだけの戦いぶりだった。少なくともリューグとフォルテはミモザの呼び出した召喚獣の攻撃力はもちろん暗闇や睡眠効果まで付与する絡め手の豊富さに、ロッカやケイナはギブソンの召喚術の一気に複数人を行動不能にまで追い込む威力とそれを回復にも転用してしまう臨機応変な柔軟さに、それぞれ舌を巻いたり唸りを上げていたほどだ。もちろん、感嘆に息を呑みながらも戦闘の手を休めなかったことは言うまでもない。

 ただ、いくらミモザやギブソンが歴戦の猛者だと言っても、包囲網を敷くほどの人数を相手にすればどう立ち回ったところで隙が生じてしまうのは避けられない。けれどそもそも、仲間で戦うのは互いに互いを補い合うため、助け合うため、そして一対一では不利な相手にも勝ちを掴み取るためだ。剣に槍兵、複数の銃士と僅かな召喚師で構成された敵に対して、マグナやリューグたちもまた、即席の組み分けメンバーとは思えないほどの連携を発揮して果敢に攻め込んでいた。

「おい、左手の奥!」

「ああ! 召喚、ムジナ!」

 すすオトシ、とマグナが声を張ったと同時、銃の照準を絞っていた兵士の視界に濃い闇が降りる。頭から煤でも被ったような暗がりに混乱している兵士に向けて大きく振りかぶった斧をぶち当てるなり、素早くその場を飛び退ったリューグが花壇の向こうを睨みつけたところでまた別の声が飛んだ。

「ベズソウ! ギヤブルース!」

 甲高い金属音の唸りを上げて、異界の門から現れた影が花壇の柵越しに攻撃を炸裂させる。柵の隙間から槍の穂先を突き出していた兵士が大きく体勢を崩したのを見逃さず、肩からぶつかるように花壇の開き戸を押し開けたフォルテが乗り込み、構えた剣の峰で強かに頭部を殴りつけた。その様子を見ていたらしいイオスが鋭い号令を上げるのを聞きながら、私はヒビの入った石畳を蹴り付けて手負いの剣兵へと距離を詰める。ギブソンの呼んだサプレスの小悪魔による一撃を受けても耐えきった兵士の顎を刀の柄頭で殴り抜き、ぐらついた背中を階段下へと思い切り蹴飛ばしてやりながら周囲の動向に目を走らせて、そんなふうに立ち回っていればいつしか数の差も逆転していた。

「食らい、やがれっ!」

「ムジナ! 続けてっ、すすゴロシ!」

 圧倒的な地の利に加えて、強力な召喚術を扱えるギブソンとミモザの支援もあれば、はっきり言って始めから約束されていた勝利だ。それでも最後、イオスに膝を突かせることになったのはリューグの猛攻に合わせたマグナの一撃で、そこにはきっと大きな意味があったに違いない。なにせマグナたちより数段強い威力の召喚術を繰り出されて分かりやすく歯噛みしていたイオスも、撤退の宣言時には特定の召喚師ではなく召喚術そのものへの警戒を口走っていたくらいなのだから。確かな満足感と充足感を覚えながら戦闘終了の余韻にひとしきり浸った私は、戦闘による被害状況を検めるために場に残ったネスティに付き添いながら互いの情報を交換しあった。

「そうか、てっきりギブソン先輩の放った術だと思っていたが……マグナの召喚術で……」

「リューグとの連携が上手く噛み合ったんだろうね。精度も威力も文句なしの一撃だったと思うよ」

 僅かに目を見張って呟いたあたり、ネスティはネスティで弟弟子のことを心配していたのだろう。戦闘で弾き飛ばされた銃弾や剣の破片、割れたレンガや石畳の欠片が飛び散っている他はそこまで荒れずに済んだ庭先をぐるりと見渡して、私は僅かに胸を張って込み上げてくる息に唇を緩ませた。

 街道先の休憩所、流砂の谷ではまだまだ目が離せなかったマグナだけど、何度も戦闘に巻き込まれる中で少しずつ、着実に成長しているらしい。召喚師としての実力だけでなく戦闘における読みや勘も驚異的な勢いで冴えてきていることを薄々感じ取っていたのか、ネスティは緩みそうになった頬を無理に堪えたようなしかめっ面をして押し黙った。そんなネスティを悪戯に刺激することは避けて、私も静かに口を結んで押し黙る。

 昨晩とは打って変わって死者の一人も出ない戦闘だったおかげか、心地よい高揚と疲労感の入り混じった気分だった。イオスと顔を合わせるに当たって裏切り者だとかの罵りを受けることも覚悟していたけれど、圧倒的な威力の召喚術に憤るあまりか、大分接近したはずの私に気が付く余裕もなく撤退していったことも私の上機嫌に拍車を掛けていた。ギブソンたちの屋敷に被害はなし、目立った負傷者もなく、特段の情報が手に入らなかった代わりに喫緊の課題もなし。先輩であるギブソンとミモザの頼り甲斐と見聞の旅に出てからのマグナの成長を実感するばかりに終わったせいで、何となく緩んだ空気で玄関を潜った私とネスティは、だけど広間に足を不見れようとしたそこで動きを止めた。どん、と壁か天井の揺れるような音に続き、激しい怒鳴り声がどこからか聞こえてくる。無言で視線を上へと持ち上げる私とネスティに答えを告げるように、ソファにどっかと背中を預けたフォルテがぼやいた。

「問題はあの三人だな……」

 ギブソンにミモザ、フォルテにケイナと、広間で先に一息ついていた面々が渋い顔をするのも仕方のない話だった。二階から響いているらしい怒声はその詳細こそ聞こえないが、隣り合った部屋でもないのに音が漏れ聞こえてくる時点で相当拙い。激論を交わすなんて言葉じゃ収まらない状況に陥っているのだろう。ぐしゃぐしゃと頭をかいて重々しく溜め息を吐いたフォルテだったけれど、それまで黙り込んでいたマグナが意を決したように顔を上げ、おもむろにソファから立ち上がった。

「俺、ちょっと様子を見てくるよ」

 それを勇気と呼ぶのか蛮勇と呼ぶのかは知らないが、少なくとも毅然と言ってのけたマグナ目掛けて称賛や感嘆の視線が一気に集まるのが分かった。あの怒声の激しさを聞いてなお向かうのか、と私も素直に感嘆交じりの目を向けてしまう。ずんずんと広間を横切り玄関ホールに出て、緩やかに伸びる階段へと足を踏み出した凛々しい背中にネスティと揃ってエールを込めた眼差しを注いでしまったけれど、それがいけなかったのだろうか。突如くるりと方向転換したマグナは巻き戻しのように階段を下りて戻ってくると、一声も発することなく真面目な顔をして私の手を握った。ぎゅっと握手の形で握られたのは怪我をしていない方の手で、それはまあ良いのだけれど、意味深な沈黙と真剣な表情を持って見つめられてしまえば、そこに続く言葉なんて嫌でも想像出来てしまう。

「……タキツも、付いてきて?」

「は……なんでそうなる?」

 へにゃ、と眉尻を下げた情けない笑みを浮かべるマグナを前に思考を経由することなく言葉を突き返したけれど、どうやらここに私の味方はいないらしい。ソファに背中を預けたまま幸運を祈ると言わんばかりの笑顔で親指をぐっと突き立てるフォルテと、すぐ隣で憐れむような面持ちを浮かべているネスティ。どちらも口を挟む気がないことは火を見るより明らかで、これじゃあご愁傷さまと背中を叩かれた方がまだマシだ。やり場のない悲しみに深く項垂れた私は望まぬ修羅場に首を突っ込むべく、処刑場へと手を引くマグナに促されるまま、重い足取りで階段を上り始めるのだった。

 

「言うなっ!」

 まさしく破裂するような怒号だった。よし、と深呼吸をひとつ、気合を入れ直して扉を押し開けたマグナがその格好のまま硬直してしまうくらいの勢いでロッカが壁に叩きつけられ、床へと滑り落ちていく。ロッカが自主的に吹っ飛んだわけでは、もちろんない。激高したリューグの右ストレートが綺麗に決まったことでロッカの足が宙に浮き、勢いを殺せないまま壁へとぶつかっていったのだ。

 率直に言って、最悪の状況だ。こんな状況に首を突っ込むなんて気が進まないどころの話じゃない。

 そんな思いを込めて遠い目をしてしまえば、引き攣った笑みに口角を上げたマグナが乾いた笑いをこぼすのが見えた。

「……ああ、何度だって言ってやる。僕たちじゃああいつらに勝てっこない! それが分からないのか、リューグ!?」

「それじゃどうしろって言うんだよ……死ぬ目に遭わされて、村をめちゃくちゃにされて、アンタは悔しくないのかよ! えぇっ!? 泣き寝入りしろって言うのかよ!!」

「それで争わずに済むのならそうすべきだ。これ以上、無駄な犠牲を出すことはない」

 のろのろと背中を起こしたロッカが切れた唇を拭いながら苛烈な目をしてリューグを射抜けば、間髪入れずに絶叫するようなリューグの怒声が響き渡る。烈火のごとく怒り狂うリューグは見るからに手の付けようもないが、静かに声色を低くするロッカにも肌が粟立つような凄みがあった。ここに乗り込んでいくとか本気か、とマグナに目で尋ねるも、引き攣りっぱなしの頬が何よりの答えだろう。戦場では考えなしに動いたものから死んでいくと言うのに。見るからに怒りに呑まれているリューグとあくまで冷静に努めようとするロッカを眺めるうちにそんな言葉が浮かんだけれど、そうしたロッカの態度はやはりと言うか何と言うか、リューグの怒りに油を注ぐだけだったらしい。憤りのあまり身を震わせたリューグが握る拳を大きく振り上げる。

「つくづく……テメエって野郎はァ!」

「リューグもロッカも、もう止めて!」

 その腕に縋り付いたのは私でなければマグナでもなく、話の渦中にありながらも蚊帳の外に追いやられていたアメルだった。

「ねえ、どうしてケンカしなくちゃダメなの? どうして普通に、話ができないの!? あたしは見たくないよ……こんな二人なんて見たくない……」

「アメル……」

 リューグの腕を必死に押し止め、涙ぐみながらも訴えるアメルを二人が見つめ返し、気まずい沈黙が落ちる。今初めてアメルが泣いていたことに気が付いたような素振りだけど、二人が気が付かなかっただけでアメルは随分前から涙を堪え切れずにいたのだろう。最後はその場に俯き細い肩を震わせ始めてしまったアメルに、声を掛けられる者はいなかった。行き場を失ってしまった握り拳を居心地悪そうに下ろしたリューグが、ふとその視線をこちらに投げ掛ける。

「おい、マグナとか言ったな。御覧のとおり意見は真っ二つだが、アンタはどっちに付くんだ?」

 少しは冷静になったか、と思ったものの、吐き捨てるように尋ねたリューグはまだ頭に血が上ったままらしい。

 一瞬で微妙な顔をしたマグナの考えていることが手に取るように分かってしまったのは、多分、私も同じ感想を抱いたからだ。リューグは一体、何を言っているんだろう。そんな躊躇いと困惑、それに呆れだろうか。どうしたものかと答えあぐねるマグナの様子を馬鹿にしていると見て取ったのか、導火線の短いリューグが青筋を立ててがなり立てた。

「なんだよ、言いたいことがあるなら言ってみろよ!!」

「主、ちょっといいか?」

 様子を見てくると言ったのはマグナだし、本当なら出しゃばるような真似はよくない。けれど、それと同じくらい仲間内に禍根を残すのは望ましくないことだしと結論付けて、私はマグナの袖を引きながら声を掛けた。あ、ああ、と相槌とも肯定ともつかない返事がマグナからこぼれるのを待って、肺いっぱいに息を吸い込む。

「君たちは馬鹿だ」

 水を打ったように静まり返る部屋の中、私の声は穏やかに広がった。きょとんとしたリューグの顔が見る見るうちに真っ赤に染まり、ロッカでさえ眉を顰めて剣呑な視線を向けてくる。決して好意的でない視線と感情を全身に浴びながら、私は穏やかな笑みを湛えたまま歌うように先を続けた。

「愚かで鈍くて救えないほどの馬鹿で阿保でどうしようもない無能だな。その頭に入っているのは本当に脳みそなのかも疑わしい、何も詰まっていなくても不思議じゃないな、まったく空の頭でよく吠え」

「てっ、めぇ!!」

「ちょっ! いきなり煽らないでくれよタキツ!!」

 大股で距離を詰めるリューグにさすがに拙いと思ったのか、立ち塞がるように前に出たマグナが必死にリューグを押さえている。戦場での鍔迫り合いよりも焦燥めいた表情を浮かべているマグナに少しだけ面白くなってしまうが、鼻息荒く私を睨み付けているリューグに視線を戻してゆったりと首をかしげてみせた。

「お前っ、女だからって……」

「君たちは何のために戦っているんだ?」

 時計の針が止まったかのように、今度はぴたりと場の空気が固まった。

「さっきから聞いていれば、自分のしたいことしか口にしていない。許せないから戦う、勝てないから逃げる。なるほど結構、ところでソレは一体誰のためなんだ? 彼女のためじゃなかったのか?」

 いつの間にか顔を上げてぽかんと口を開けているアメルに目をやれば、その目元は痛々しげな赤に染まっている。ずっと双子の言い争いに挟まっていたのだから、どれだけその胸を痛めていたかなんて想像に難くない。興奮と怒りで視界の狭まった二人にはそんな簡単ことさえ気が付けなかったようだけど、だからと言ってそれが理由になるはずないだろう。

「彼女のために、アメルを守るために戦っているんだろ。なのに希望のひとつも聞いてやらないのか? 喧嘩せずに話をして欲しい、たったそれだけの願いすら叶えてやれないのか?」

 少なくとも今、泣かせているのは君たちだろうが。

 声を低くして吐き捨てれば、息を呑む音がふたつ響いた。愕然とした面持ちで目を見開いたリューグがアメルをぎこちなく振り返る。痛いところを突かれたとばかりの苦い顔でロッカは床に目を落とす。なぁ、と躊躇いがちに口を開いたマグナが心の底まで見通すような眼差しでリューグとロッカを、順々に射抜いた。

「ロッカもリューグも、何を守りたくってここにいるんだ?」

 静かな問いかけを受けて再びの沈黙が落ちた部屋に、じわじわと後悔の念が満ちていく様子が目に見えるようだった。ロッカもリューグも十七歳、成人前の子供でしかなければ間違いだってするものだ。何かを深く悔いるように、噛みしめるように立ち尽くしているロッカとリューグの脇をすり抜けてアメルの前まで来た私は、おもむろに膝を折ってアメルの足元に控えていた紫熟を抱き上げた。

「それじゃ、この子は返してもらうよ」

 ロッカもリューグもアメルを傷つけるつもりなんてなかっただろうが、手が出るような遣り取りに発展すれば万が一というものがある。イオスたちとの戦闘前にした私の言い付けを守って、紫熟はアメルを守れる位置に待機していてくれたらしい。黒の旅団の兵士だけじゃない、アメルを傷つける恐れのある全てから守るためにだ。本当になんて出来た子だろうと腕に抱え上げた紫熟を見れば、アメルを励ますかのように身を揺らしている。その意図が伝わったらしいアメルも表情をかすかに和らげ、口元に微笑みを浮かべるのが分かった。別に、アメル自体はそれほど得意な相手でもないけれど、女子供を泣かすような男なんかと同列扱いをするつもりがないことも確かだ。腕全体に染み渡っていく紫熟のしっとりと柔らかな感触に目元を和らげていれば、おずおずとアメルが口を開いた。

「あ、あの、ありがとう……ございます……」

「別に何も。ああ、目元はちゃんと冷やしなよ。濡れタオルなりハンカチなりはそこの双子にでも用意させるといい、せめてもの罪滅ぼしにさ」

 たった数時間離れただけでも寂しかったのか、身を摺り寄せるようにして甘えてくる紫熟がたまらなく愛おしい。すっかり慣れ親しんだ重みに気分が上向いたついで、軽口を叩いて踵を返した私は悠々と開け放たれたままの扉を潜った。後ろからマグナも足早に部屋を出てくる気配がして、一拍置いてリューグたちの気まずげな遣り取りが聞こえ始めたあたりで静かな軋みを立てて扉が閉まる。それに合わせて足を止めた私の隣、困ったような笑みを浮かべるマグナへと視線を合わせて微笑んだ。

「いや、本当にありがとう。どうなるかと思ったけど、おかげで助かったよ」

「私の方は勢いついでに悪役らしく振る舞いすぎてしまったけどね。もしあの二人に絡まれたら助けてくれよ、主?」

 責任重大だな、と頭をかきながら困ったように笑うマグナが柔らかく目尻を下げる。互いに冗談を交わしていると先ほどまでの騒動がまるで遠い過去のようで、私も吐く息に笑みを乗せている。




リューグは有望株だと思います。ユニット性能もな。
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