拾った美少女が「貴方が嫌いです」ってツンツンしながら世話焼いてくる 作:世嗣
屋上で煙草をふかしつつ、生徒の登校風景をぼんやりと眺める。
「うおー。マジでみんな飛んでるなー」
いま友人と一緒に来た新入生らしき子も、箒に乗りながら本を読んでいる男子生徒も、眠気眼で口にパンを咥えてやってきているあっちの女子も、みんな当たり前のように空を飛んで登校してくる。
魔導学園都市の名に違わず、ここにいる生徒はひとりの例外もなく自在に空を飛ぶ『魔導師』らしい。
「……そして、俺がそんなところで先生、なあ」
煙草の火を消して、脇に抱えていた教養科目の教科書をぱらぱらとめくる。
そこで午前はクラス担任の教師が教養科目を教え、午後からは生徒が望む教師の下に魔法を教えて貰いに行くという仕組みになっている。
人気の先生になると教室に立ち見の生徒も出るくらいになるらしいが……まあ、俺には縁遠い話になりそうだ。
なにせ、新学年が始まってもうすぐ一カ月とかいう、変な時期に赴任したせいでほとんどの生徒はどの先生に魔法を教わるのか決めちゃってるそうなのだ。
まあそれでもなくても俺は顔見知りの生徒もいないんだし。
「いや、まあ一人だけいたか」
俺を嫌いって言ったあの生徒会長さん。雨の中の捨て猫セレナ・ステラレイン君。
まあでも、嫌いって言われた子とだけ顔見知りなの、マイナスはあってもプラスになることはないんだよなぁ。
「って、やべっ。もうすぐ授業だ」
色々考えごとしていたせいで時間ギリギリになっちまった。
煙草を吸うために上った屋上への階段を駆け降りつつ、授業を受け持つことになったクラスへと走る。
「なんとか、間に合うかな!」
腕時計の時間的に……たぶん間に合う! たぶん時間ちょうどか、一分前にはつけるだろう!
受け持ちのクラスの名前の書かれたプレートが見え、俺はその講義室の扉に手をかけ勢いよく飛び込んだ。
「よし、なんとかセーフ! ギリギリでごめん! 俺は今日からエルビス学院の―――」
カシャカシャカシャカシャ!
「うおっ、まぶしっ! うるさっ! え、何何何!?」
なんでこんな急にカメラのシャッターとフラッシュ!? 悪魔かなんか祓いたいのか!?
光と音で語感が揺さぶられまくる俺が教室の扉の前で立ち尽くしていると、間髪与えぬ! とばかりに今度はマイクの群れがやって来る。
「来ました今日からエルビス学院の教師として赴任されるアドレー・ウル先生です!」
「急に何!? と言うか君は誰だ!? 俺は授業をしに来たんだが!?」
一番前でマイクを構える眼鏡の女子が「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに鼻息荒く、俺に詰め寄ってくる。
「ベレッタマギアハイスクール報道委員会です! エルビス学院に時期外れの新任の先生が来たと噂を聞いてインタビューに来ました!」
「思いっきり部外者!」
どうなってんだこれから授業時間だぞ!
「私たちは
「ウス」
後ろでカメラを構えていた巨体の男子生徒が頷きながら、俺にカメラを寄せた。近いって。
「噂通り眼鏡で細い目ゆるいネクタイといかにも終盤裏切りそうな悪役の要素を持っていますねアドレー先生!」
「キミ初対面の大人に向かってよくそんなこと言えるな!」
「報道委員会は記者の主観による生徒の心に訴えかける記事を書くことをポリシーとしています。ね、ライオス?」
「ウス」
「一番偏向報道が起きやすいやつじゃん……」
自信満々に言わないでほしい。
「さあさあアドレー先生! 私たちのインタビューを受けていただきます! さあ! さあ!」
「ああもうカメラもマイクも寄せるな! 俺は授業をしなくちゃ―――」
「そこまでにしてください。ベレッタマギアハイスクール報道委員会」
凜、とした声が教室の中から響いた。
「既に授業時間です。貴方たちの自由のせいで他の生徒の勉学を阻害するなら、私の権限を以って厳重注意を与えますよ」
「私の権限? そういうあなたは―――おっと……」
その声は扉の前で立ち尽くす俺と、迫っていた女子生徒の間を断ち切るように差し込まれ、視線を講義室の中で立ちあがる『彼女』へと集めた。
「先ほどまでは授業時間外でしたから教室にいたのも許しましたが、これ以上の委員会活動は控えていただけますか」
「おやおやこれは『孤高の生徒会長』さん、そういえばこのクラスは貴方のクラスでしたね」
「……二度は言いません。これ以上は連合生徒会権限を以って厳罰を与えることも視野に入れます」
「それはご容赦願いたい! 最も、
「……どういう意味ですか」
「さて、どういう意味でしょう」
報道委員会の生徒がにんまりと笑うのを、彼女は厳しい表情で見返した。
高い魔力素養を示す宝石が散りばめられたような編み込まれた金髪、海のように深い青の瞳。
端正な顔立ちと、上まできっちりボタンを止めた白いブレザーの上からでもわかるスタイルの良さ。
眉目秀麗。文武両道……ではないらしいが、学力はかなり高いらしく、校則違反もしない非の打ちどころのない優等生
雨の日に、俺が拾った家に帰りたくない迷子の女の子。
「ステラレイン君のクラスだったのか、偶然だな。今日はちゃんと迷子にならずに学校来てるな」
「「 !? 」」
よっす、と手を上げて挨拶すると、それまで事の成り行きを見守っていた生徒と報道委員会がまとめたざわっと揺れた。
「赴任初日の先生と既に顔見知り。これは事件の匂いがするな」
「私たちの会長ちゃんに男の影ですの……?」
「待て! まだ結論を出すには早い! 連合生徒会長ともなれば事前に教師と顔を合わせるチャンスもあるかもしれない!」
「だが、あの挨拶……やけに親し気に見えますわ!」
「えー、どうなのセレナ? 知り合いなの?」
「お堅い生徒会長のスキャンダルですか!?!?」
「違います! ただあの人が連合生徒会の顧問と言うだけで、やましいことは―――」
「こぉぉれーーはぁ! もう聞きたいという気持ちが抑えられません! 厳罰知らいでか!」
「ああもう報道委員会! 私の話聞いてる!?」
だだだだっと報道委員会の女子生徒が戻って来て、俺へとマイクを突きつけてくる。
「実際のところどうなんですか! そうなんですか!? あの生徒会長とめくるめく一夜の夢を過ごしたのですか!? スキャンダルですか!? 生徒と教師の禁断の愛ですかー!?」
質問が多い! 俺ちょっとセレナと挨拶しただけなのに妄想力がすごいな学生は!
「いや俺とステラレイン君はだな……」
「貴方は何も話さないでください! 報道委員会! そろそろいい加減にしないと怒りますよ!」
つかつかと講義室の自分の席から前に出てきて報道委員会を注意するセレナだが、ヒートアップした報道委員会はもう止まらない。
「これはアドレー先生の人柄にも迫らねば! エルビス学院と言えばこの学園都市で一番『魔導師』の質が高いことでも知られる学園! どのようなところからいらっしゃったのですか? 使っている
あー……、困ったな。何と答えたものか。
ええと、そうだな、とりあえず。
「あー……、ごめんな。俺、
「……はい?」
学園都市『アウロラ』は、五つの学園からなる巨大な人工島である。
昔、
それから長い時間が経って、次第に飛行専門の魔法使い、通称『魔導師』を育成するための場所へと変わっていった。
これは、20年ほど前の色々で空を飛ばない魔法使いたちはほとんど絶滅したのが影響していたりするのだが、まあこれは今はいいか。
そんな学園都市の中心には、天にも届こうかという高さの『シリウスの塔』があり、その最上階にある鐘楼の鐘の音で学園都市の人々は暮らしている。
もちろん時計なんかは個々人で持ってる人もいるし、ほとんどの教室には時計が備え付けられているのだが、それでもこのシリウスの塔を不要だという人はいないだろう。
まあなにせこのシリウスの塔、実に古い。
それ故に、シリウスの塔は学園都市の誇りであり、それと同時に青春の日々を思い出させてくれる象徴でもあるのだ。
まあ、なんで俺が急にこんな話をしたくなったかと言うと。
「先生! なんで報道委員会なんかにまともにつき合ったりするんです! 彼らが問題のある三流記者なのは見たらわかるでしょう!」
授業が終わり、放課後となった今まさに、俺がそのシリウスの塔の最上階近くにある連合生徒会室で怒られてるからですね……。高くて周りに人がいないので周囲に気にせず叱られたい放題。
「ああ、もう最悪です。絶対あの人たちあることないこと記事にしますよ……」
「でも、俺たちが知り合いだったのは事実なわけだし」
「忘れてくださいって言ったじゃないですか!」
「でもそれに関してはわかったとも俺は言ってないわけだし……」
「何か言いましたか?」
「あっいや何でもないです。すみません」
ジトっと睨まれたので正座で俺はへこへこと頭を下げる。
教師の姿か? これが……。
俺の姿を見て、ステラレイン君は気持ちを落ち着けるような大きなため息をついた。
「……もう謝るのはいいです。謝るくらいならこれからの生活態度を改めてください。
今日、随分教室に来るのがギリギリでしたが、何をされていたんですか」
「あー……、それは、なんというか……」
煙草を吸っていたとは言えるはずもない。
ステラレイン君、そういうの嫌いそうだし、なるべくバレたくない。
「なるほど、なんとなくわかりました。先生が私に言えないようなことで時間をつぶしていたことが。
……胸ポケット、煙草を入れてらっしゃいますよね。お好きなんですか?」
「べ、別に朝吸ってたりはしてないです……」
「つまり、吸ってたんですね」
軽く頭を抑えた彼女は、つかつかと俺に歩み寄ると「いいですか」と指を立てる。
「いいですか、貴方は大人なんですよ。
しかも、生徒の模範となるべき学園都市の教師です。さらに言えば学生最高機関の
そんな貴方がそんなだらけた態度でいいと思っているんですか?
時間にもゆるく、ついでに表情もゆるい。ネクタイもゆるい。もう全部ゆるゆるです。まるで先生には見えません!
そもそも先生は―――」
俺この年になって、子どもにガチ説教食らってる……しかも生徒に……。
どれも正論の上、先生らしくない俺が悪いのでなんも言えねえ。
生徒に叱られるという逆転現象の情けなさも加わり、もうぐうの音しか出ない。
ぐう。
しばらくこんこんとセレナの説教は続いていたが、ある程度俺に言いたいことを言い終わったのか、こほんとかわいらしく咳ばらいをひとつ。
「とにかく、これからは遅刻は特に気を付けてください。生徒の間じゃ悪評は広まりやすいんですから。
あれじゃあ午後からの魔法講義に来てくれる人がいなくなりますよ」
「いやぁ、それは手遅れじゃないかなあ」
俺、魔導師じゃないって言っちゃったし。
そんな中で魔導師じゃない奴が教師っていうのは、やっぱりおかしい。
だってカナヅチが水泳教室の先生をやってるようなもんだしな。
なんのためにここにいるんだ、って話だろう。
当然のように午後からの魔法講義に俺のところに来てくれる子いなかったし。
……ん? セレナがなんか言い出しにくそうに口をもごもごさせてるな。
「ステラレイン君どうかした?」
「あ、いえ、その……本当に魔導師じゃない、んですか?」
青いふたつの瞳を僅かに揺らして、彼女は俺に尋ねた。
なるほど、もしかしたら俺が冗談で言ったとかいう可能性も考えてるのかな。
なら、その答えはシンプル。一つに尽きる。
俺は眼鏡をクイッと押し上げて位置を正すと、目の前の少女を見上げて頷いた。
「本当だよ。俺は『魔導師』じゃない。キミたちが当たり前にできることを俺はできないんだな、これが」
みんな当たり前のように魔法で空飛んじゃうんだもんな。びっくりだよ。
「ならどうやって教師になったんです? いちおう、アウロラは名門ですから先生の試験も厳しいはずですけど」
「有体に言うとコネだな」
「へ?」
ステラレイン君が目を丸くした。
「うん、驚くよなー。なんかさ、俺しばらく家で引きこもってたんだけどさ、学長に教師にならないかって誘われたんだよな。
まあ、借りもあったから引き受けざるを得なくてさ……あ、学長って言ってわかるかな。ユフィール・ゼイン学長」
「いえ、それはわかりますけど。……と言うことは教師は本当に初めてなんですか?」
「だな」
「それにしてはずいぶん授業はお上手でしたけど……」
「それに関しては、昔取った杵柄ってやつかな」
「それは、どういう……?」
「おっと、ステラレイン君は俺に興味が? いやあ照れるなあ、人に話すほどでもないんだけど……聞きたいかい?」
「ま、まさかそんな……って、私のことからかおうとしてますか」
「そう見えた?」
からからと笑うと、セレナがなんだか疲れたように額を抑えてため息をついた。
「……もういいです。無駄話はここまでにしましょう。連合生徒会は仕事も多いんですから」
「あー……、それは俺も、だよな」
「当たり前です。そちらの顧問の先生の机の上にある書類がそうです。引継ぎのファイルも一緒に置いてありますから」
じっと見上げるようなステラレイン君の二つの青い瞳がふいっと逸らされたのち、彼女は自分の席に戻っていく。
そして、彼女はそれ以上俺の方には目線もむけず「今日の作業は……」と呟きながら連合生徒会長としての仕事に取り掛かる。
ううん、やっぱり出会い方がまずかったのか、それとも俺の態度に問題があるのか、セレナ・ステラレインという少女はやたらと俺への当たりが厳しいような気がする。
どちらのせいかな……両方かな……たぶん……。
まあいいや。いつまでも無駄なこと考えてないで俺も作業に取り掛かろう。
セレナが言うには俺の処理すべき書類は机の上に……んん??
え? なにこれ机の上に俺の目線の高さまで書類が積み重ねられてるんだけど。
まさかこれじゃ、ない……よな?
「あのー、ステラレイン君、この机の上にある書類の山って今日だけで片づけなきゃいけないやつ……あはは、まさかそんなことは……」
「いえ、本日分がそれです。今日中に目を通して処理していただきたいです」
「そうかァ……」
え? マジでこの量を俺一人でやるの? 俺が意地悪されているとかではなく?
「いやこれ前ダンジョンで見た
「? 何を言って……ああ、すみません。ちょっと手違いがありました」
俺の呟きに呆れたように顔を上げたステラレイン君が、俺の座る机を見て思い出したように立ち上がる。
どうやらミスがあったらしい。いやまあさすがにこれを俺一人で今日中にってのはおかしいと思ったんだよなァ。
せめて妖精さんが半分くらいの高さになってくれないだろうか。
「先ほど追加が運ばれてきたので……今日中に片づけるのはこれもでした。よいしょっと」
ドスン、といま俺の左手側に置かれているのと同じ高さの書類が右手側に置かれた。
ワ、ワア……妖精さんが二人になった……。
これはパーティでも全滅の危機の規模だと思うぞ。それに一人で挑む俺はお察してこと。
「ステラレイン君、あのさ」
「嫌です」
「まだ何も言ってないんだけどなァ!?」
この子俺のこと嫌いすぎでしょ。
せめて俺が何言うかまで聞いてくれるとか、そういう優しさとかがですね……。
「どうせ明日までに延ばせないかというようなお話でしょう。それは無理ですし、かといって私が手伝ったりもしません。というか手伝えません」
「あー、うん、それは見たらわかる。
流石にステラレイン君に手伝ってほしいとは言えないな……」
ステラレイン君の『生徒会長』というプレートのある机の上には、俺の机の書類の軽く二倍は超える量の書類がドデンと鎮座していた。
あれも恐らく今日中に処理するべきものなのだろうことを考えると、口が裂けても彼女に手伝ってくれなどとは言えない。
もしあの量の書類を片付けた生徒をさらに働かせるような教師がいたならばそいつはとんでもない悪い大人だ。
俺がそんなことになったら空中で三回転しながら土下座を見せてもいいぜ。
……いや、そんなことにはならないようにするんですけど。
はあ、愚痴を言っても仕方ない。取り掛かろう。
「―――」
「……」
しばらく、静かな時間が続いた。
生徒会室は彼女の座る『会長』の席以外はすべてが
作業をしつつ、少しステラレイン君の方を伺う。
彼女はその長い髪を指で掬うと耳にかけて、真剣な面持ちでもくもくと手を動かしている。
だが、それでも中々周囲の書類の山は減っていかない。
『連合生徒会』とはこの学園都市『アウロラ』における学生の最高機関。
その会長ともなれば責任も権利も段違い。彼女の周囲にある書類の多さは、『連合生徒会長』という立場の重さの裏付けなのかもしれない。
……いや、だとしても多すぎだな。
「ステラレイン君ってさ、それ具体的には何の作業中なの?」
「……藪から棒になんですか、先生」
「いやそれいくら何でも量が多いと思ってさ。縛って殴られれば気絶して二、三日は目が覚めなさそうな量の束が四つくらいあるじゃん、それ」
「? ……先生の分は物足りないってことですか?」
「いやそれは勘弁してください。これで手一杯です」
そうではなく。
「具体的にどういう作業が割り振られてるのかなーって。ちょっと気になってさ」
「べつに、ふつうですよ。確かに
ぺらり、と書類をめくりつつステラレイン君がつらつらとその内容を読み上げていく。
「来月の連合生徒会予算案、各学園での議事録まとめ、今度ある大運動会での来賓関係の日程調整、申請の来ている魔物退治実習の認可、生徒たちから来る相談や意見の投書に対する返信や……まあ、そんな感じです」
「大変そうだね」
「まあ、本来なら他の役員たちが……あっ」
そこまで言ってステラレイン君は自分の失言に気づいたように口を抑えたが、もう遅い。
「やっぱり、他の役員の仕事まで一人でやってるんだな」
「それは……」
ステラレイン君は唇を結んで、気まずそうに視線を外した。
まさかと思ってカマかけてみたが、当たりだったらしい。
「他の役員、何してるの。連合生徒会ならあと何人かいるはずでしょ」
「それは、その……えと、み、みんなで買い物に行っていて……」
「こっちの目見て言おうか。釣り上げたばっかの魚ばりに目が泳いでるぞ」
「ほ、ほんとうです……わ、私にお土産も買ってきてくれるそうです」
「……そっか」
「……」
「……」
一秒。二秒。続いた静寂に耐えきれなくなったように、ぷるぷるとセレナが体を震わせる。
「あーもうやめてくださいその生暖かい目っ! いっそ突っ込んでくれた方がいいです!」
「めんどくせっ」
自分で誤魔化した癖に。
俺はとりあえず会長の席の近くのソファのひじ掛けに腰かけると、気まずそうに顔をそらしている彼女に質問する。
「このままで大丈夫なのか?」
「……だいじょうぶです。私だけでもなんとかなります」
「今のところは、だろ。何が起きたら会長だけの生徒会なんていう状態になるんだよ」
「……」
目は合わない。ただ、黙して俺の質問を誤魔化したいのか、それとも別の理由があるのか。
だが誤魔化そうとしても……いや、この生徒会室にいるからこそ誤魔化せないのだ。
だってこの生徒会室には『会長 セレナ・ステラレイン』以外のネームプレートがない。
副会長も、会計も、書記も、庶務も、全てが空席。
セレナ・ステラレインという『連合生徒会長』しかいない空っぽの部屋なのだ、ここは。
いつの間にかステラレイン君は俯いてスカートを握って黙りこくってしまった。
そして、俺は彼女のそんな態度に見覚えがある。
この前の雨の日、彼女を拾って風呂に入れて「貴方は私から何も聞き出そうとしないんですね」と言われたとき、彼女はちょうどこんな風だった。
彼女は何かを隠している。そしてそれは彼女が今も解決できておらず、潰されそうな重みがある悩みだ。
俺は眼鏡を押し上げつつ、ふう、と息を吐く。
「もしかしてこの生徒会の状況、この前君が雨の日に泣いてたことと関係してたり……するか?」
「……べつに、泣いてはいません」
「なら関係あるんだな」
「……」
無言。話したくない、か。
「じゃ、質問を変える。ステラレイン君はなんでひとりで生徒会長なんてやってるんだ」
生徒会長しかいない生徒会。普通に考えれば運営は不可能だ。
補充するなり、教師に仕事を投げるなり、いっそのことやめてしまってもいいはずだ。
でも、目の前の彼女はそれをしない。
ただ一人で、じっと耐えるようにこの空っぽの部屋で、『連合生徒会長』という立場にしがみついている。
しばらく、彼女は黙り込んでいた。
だがやがて、俺からの視線に根負けしたように小さく息を吐く。
そして僅かに垂れていたブロンドを指で掬って耳にかけながら口を開いた。
「答えてもいいですが、その前に一つお願いが」
お願い?
「呼び名。ステラレインではなく、セレナの方でお願いします。
あまり、名字は好きではないので」
「あー……、ならセレナ……君?」
「お好きにどうぞ。そこの呼び方に関してこだわりはありません。名前であるなら、なんでも」
わざわざ嫌がることをする意味もない。セレナ君……セレナ、まあそんなところで呼ばせてもらおう。
「私が生徒会長を続ける理由、でしたよね」
セレナは一つ小さな息を吐くと、背筋を伸ばして凛とした態度で俺を見据える。
「それが私の責任だと思うからです。この、たった一人にしてしまった生徒会を守ることが」
してしまった、ね。
やっぱり何かしらセレナがやったのか。それとも彼女が原因での何かの出来事なのか。
俺がひじ掛けの上で身じろぎして居住まいを正すと、ぎし、と椅子がきしんだ。
「ずっとこの先も一人でやっていくつもりなのか」
「……それが必要なのなら」
「どうしてそこまで入れ込める。高々生徒会の仕事だろ」
「高々って……連合生徒会は由緒ある……」
「由緒はあっても結局学生機関だ。学長にでも言えば交代の人員くらい探してくれるだろ」
「それは……」
セレナが凛とした態度を僅かに崩して、膝の上の指を組んで視線を揺らがせた。
躊躇い。思索し。悩み。そんな感情が混ざった表情のセレナは、やがて一つ一つ言葉を選ぶように口を開き始める。
「憧れている人が、いるんです」
……なるほど、そういう感じか。
「昔私の家に魔物が現れたことがあったんです。そのときはお父様もお母様も兄さまも誰もいなくて。
でも、そんな中駆けつけてくれた魔法使いさんがいたんです。そして、私を助けてから『よく頑張った』って、頭を撫でてくれた」
セレナは懐かしむように、まるで大切な思い出を取り出すように、自分の思い出を語る
「憧れたんです。夜を拓くようなあの人に。あんな風な誰かを助けられる人になりたいって思ったんです」
自身の思い出に励まされるように、次第にセレナの深い青の瞳には光が戻っていく。
それはあの日、泣いていた一人の女の子とは違う『連合生徒会長』としてのセレナ・ステラレインの顔だった。
「だからあの人に憧れた私は、自分ができることから逃げたくないんです。
……まだ、私がどうするべきかわからなくても、少なくとも逃げることだけはしたくない」
「あー……、憧れてる人に恥ずかしくない自分でいたいってことか?」
「人が迂遠に言ったことを直接的に言うのはやめてくださいっ!」
「あれ、違った?」
「ち、違いませんが……」
「ならいいんじゃない?」
「こう、あるじゃないですか! 言葉にするとちょっと恥ずかしいけど大切にしておきたい気持ち!」
「あー……、言われてみたらそういう頃もあったな。
悪い……ちょっとそういうガキっぽいの前過ぎてさ……」
「~~~っ! おじさんにはわからない子どもっぽい感傷ですみませんでした!」
「おじっ―――」
おじさん……いやまあセレナの年齢を考えれば俺なんておじさんなんだろうが……。
まさか、いつの間にか女子学生におじさんと言われる側に回っているとは……こ、これが時の流れの残酷さか……。
やばい、めっちゃダメージ入っちまった。
こんなに傷ついたのは、去年同期がいつの間にか嫁さんと小学校に入る子どもがいたのを知ったとき以来だ……割と最近だな……。
だがそんな俺のダメージなど露知らず、僅かに顔を赤くしたセレナは、こほんと咳払い。
「……でも、そうですね。私は顔も覚えてないあの人に誇れる自分でいたくて、『連合生徒会』を守ろうとしてるのかもしれません」
自分が逃げたくないから。やるべきことをやれる人でいたいから。言うだけは簡単だ。
でも実際にそれを実現しようとするのは大変だし、それを貫こうとするのはなおキツイ。
だからこそ今の一人で立とうとしているセレナは立派だと思う。
それがたとえ無茶なことでも、俺は頑張ってるやつには報われてほしいと思うし、その悩みが解決に向けばいいとも思う。
もっとも、俺にはセレナは悩みを話してくれないし、嫌っているので話してくれる未来は遠そうだが……まあ、それはそれ。
だからせめていまは先生らしく励ましたい。日が浅いとはいえ、彼女も俺の生徒だしな。
眼鏡の位置を正して僅かにかがむと、彼女へと語りかける。
「やっぱセレナ君は真面目だな。それでいて立派だ」
「……べつに、ふつうです」
「そんなことない。偉いよ。俺にできることあったら何でもするし、言ってくれな」
「人が良いんですね」
「セレナが子どもで生徒で、俺が大人で先生であるうちはな。できることはするさ。
……まあ最も」
ズレた眼鏡の向こうのブロンドの少女に向けて目を細め、僅かに微笑んで見せる。
「俺のこういうところが嫌いだったりするのかもしれないけどな」
「……少なくとも、そういう言い方をする先生は嫌いです」
さよで。
その後、セレナに「そろそろ無駄口はやめて作業を再開しないと終わりませんよ」と睨まれた俺は、自分の席に戻って慌てて作業を再開した。
かりかり。ぺらり。
二人っきりの生徒会室では相変わらずお互いの作業の音だけが響く。
俺とセレナの目の前には膨大な量の書類があったものの、集中の甲斐あってか作業は中々の効率で進んだ。
それはやがて、窓から差す夕日は傾き始め、遠い空の向こうに浮かぶ二つの薄月がぼんやりと影を見せ始めたころに、二つの嘆息が重なることで終わりを迎えた。
「先生も終わられたんですね」
「なんとかね。セレナも?」
「ええ。途中でおしゃべりがあったのでいつもより時間はかかりましたが」
「え、そこで俺見る? 時間的にはセレナ君が話してた時間の方が長かったと思うけど……」
「それは先生が私に色々聞いてくるからじゃないですかっ! 先生が私に色々話しかけなければ―――」
セレナはぴっと指を立ててつらつらと俺への注意を始めようとして、その直前にちらっと俺の机の上にある書類を見た。
そして、「仕方ない」とでもいうようにわざとらしくため息をこぼした。
「……と、注意したいのはやまやまですが、あの分量を終わらせたのはすごいと思います。
前の顧問が残された仕事もあったのに、それもまとめて一日で処理するなんて」
「はっ!? 前の顧問の仕事も!? 聞いてないんだけど!?」
「べつに私も先生に聞かれませんでしたから」
「そこは俺に聞かれなくても言ってほしいなァ!」
「私、先生のことが嫌いなので」
「セレナ君、大人が苦しんでいるのを見て楽しい?」
「楽しくはないです。……ですが、悪い大人の先生に意趣返しができて私の気持ちは少し落ち着きました」
「ちょっと楽しんでんじゃねえか!」
だからかあんなバカみたいな分量あったの!?
いやどう考えても俺が赴任する前の書類とかもあったから変だと思ってたんだよな。
くそう、セレナめ……。
「……でも、少しだけ先生のことは見直しました。正直、お手伝いしなきゃいけないかと思っていたので」
「はは、舐めて貰っちゃ困るな。このくらいならどんと来いって感じだ」
セレナは知らないだろうが、前いたところじゃ俺は――――あれ。
終わった書類、これいま見たらなんか……。
「先生?」
あー……、うん。その、なんというかね、大変いいにくいことなんですがね。
「ごめん、この書類全部裏やってないわ」
「……」
「……」
しぃん、と痛いほどの静寂が生徒会室に広がった。
「……私も手伝います。貸してください」
「すんませんでしたァー!」
とりあえずジャンピング三回転土下座しまァす!
部屋に戻って、制服を脱いでごろんとベッドに寝転がる。
「……なんのために、頑張ってるんだろう」
ぎしり、とベッドがきしむ。
「セレナ・ステラレイン。会長。連合生徒会長」
呟いて、思わず笑ってしまった。
なんて薄っぺらい肩書だろう。
―――魔法は、憧れだった。
小さいころ、突然現れた魔物に襲われそうなとき、その人は魔法で私を救ってくれた。
泣いてる私の頬を拭って、「よく頑張ったな」って頭を撫でてくれた。
そしてもう死ぬしかないと思った私の前で、迫る絶望を夜と一緒に斬り裂いた。
カッコよかった。胸が跳ねて、頬が熱くなって、頭の中は「あんな人になりたい」って気持ちでいっぱいになった。
だから、誰かを助けられる『魔導師』になるために学園都市『アウロラ』に来ることを望んだ。
必死に努力して、それで連合生徒会に入れるまでになった。
でも、そんな場所で私についているあだ名は『孤高の生徒会長』。
ひとりぼっちの生徒会長。
魔法も上手く使えない。ついて来てくれる他の役員もいない。
憧れてたようにはなれなくて、それでも逃げることだけはしたくないって駄々をこねている。
それが私。セレナ・ステラレインという人間だ。
「……嫌いです、貴方なんか」
私なんかに優しくするあの人。それが大人だから、なんてカッコつけて。
魔導師じゃないくせに先生になっているあの生き方も、煙草を吸って遅刻すれすれになるだらしなさも、初日にもかかわらずゆるいネクタイも、のらりくらりとしたつかめない態度も、君はすごいなとほめてくれる声も、眼鏡越しのあの優しい笑顔も、ぜんぶ嫌いだ。
人を好きでいようとすることは、辛い。
誰かの期待に応えられなくて、私なんかじゃどうにもできないと教えられて。
それで人は私から離れていく。
それなら、最初から嫌っていた方が楽だ。
私から嫌っていれば、最初から期待されることも、信じてもらう事も無い。
「だから、嫌いです。嫌いで、いたいんです」
『アドレー・ウル』
新任教師でありながら初日で速攻でスキャンダルを取られた。
おじさん。おじさんかあ……。
『セレナ・ステラレイン』
たったひとりで生徒会の仕事をきりもりしてるのでとても忙しい。
アドレーにはとても当たりが強い。