拾った美少女が「貴方が嫌いです」ってツンツンしながら世話焼いてくる   作:世嗣

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講義3 腐れ縁エルフとの適切な距離を求めよ

 

 

 

 

 

 人生で一番楽しかった時はいつだろうか。

 

 そんなありふれた質問に、俺は恐らく『学生時代』と答えることだろう。

 

 競い合うライバルがいて、頼りになる仲間がいて、尊敬できる先生がいた。

 考査前にあわてて教科書丸暗記して、時間見つけはみんなで遊びに行って、魔法を作ろうなんて額突き合わせて、夜に抜け出して花火を見に行った。

 

 どれもいい思い出だ。ずっと俺の中で輝いている。

 

 でも思い出は思い出だ。過去は過去だ。もう戻ることはできない。

 

 いつの間にか俺は学生時代をすべて過去にしてしまうくらいには年齢を重ねて、そして、しみったれた大人になってしまった。

 

 ……そう、大人になっちゃったんだよな。

 

 学生時代、楽しかったなあ。

 

「こんな形で学園都市に帰ってくるとはなぁ」

 

 昼休み。誰もいない学院の屋上。そこでヤニに火をつける俺。

 

 うーん、ロクでなしのお手本だな。

 

「あー、煙うめえ」

 

 学院の教師になってからしばらく。

 覚えることは山ほどで、こんな場所で自分が何ができるかわからないが、それでもヒーヒー言いながら「先生」というやつをやっている。

 

 今のところは……まあ、それほど問題はない気がする。

 授業も今のところは魔法とは関係ない教養科目を教えてるだけなので、これなら、まあ一応なんとかなる。

 

「喫煙室がないのだけが困りどころかな」

 

 学院にいるのは煙草も飲酒もできない子どもがほとんどなので当たり前なのだが、なんと驚くべきことに同僚の先生方にも一人も喫煙者がいなかった。

 なので、こうして体が煙を欲したらこそこそ誰にも見えないところに来て吸うしかないのである。

 

「おー、おー、本当に好き勝手書いてるな」

 

 煙を燻らせながら、報道委員会の学園都市新聞をぼんやりと目を通す。

 そこには『孤高の連合生徒会長! 新任教師との秘された関係!』とデカデカと書かれた見出しに、なにやらだらだらとした文がつづられている。

 

 正直、まだ顔も知らない生徒たちにこの新聞で描かれた『アドレー・ウル』とかいう男が知られるのは釈然としないもいもあるが、セレナが言うには「先日来た報道委員の記事は九割適当に書いてると有名なので信じる人なんていませんよ」とのことなので、あんまり気にしても仕方ないのかもしれない。

 

「孤高の生徒会長、か」

 

 それがダレのことを指すかくらいには、この学校にも馴染んじまったな。

 

 屋上の手すりに背中を預け、じんわりとたまっているストレスを煙で和らげる。

 ネクタイも緩めているのでたまに吹く風が首をくすぐって爽やかで気持ちがいい。

 

 こんなところ生徒に見られたらシャレにならんなあ。

 ただでさえ、変な時期に赴任してきたから打ち解けられてないのに、こんなところ見られたら、それこそ悪い噂が立って近づいてくれる子がいなくなってしまいそうだ。

 

「まあ、こんな時間に一人で屋上に来る奴なんていないだろうけどさ」

 

「……でしたら残念でしたね、先生。残念ながらばっちり見てしまいました」

 

 ぴしゃり、と鋭くも凛とした声が()()()降って来た。

 

 ……やっべ、この声はもしかして。

 

 声のした方を見上げると、青い空に良く映える白のブレザーが目に映る。

 続いて、胸元まできっちりボタンを閉めたブラウスと、これまたきっちり結ばれた青のネクタイ。

 吹いた風が彼女の金糸のような髪を攫い、やわらかくなびかせた。

 

「あー……セレナ君奇遇だね。なんでこんなところに」

 

 慌てて立ちあがり灰皿で煙草の火を消す……が、ちょっとばかし遅かったらしい。

 彼女はすとん、と俺の前に降り立ち、杖型の魔法制御端末(マギア)を変形させて手首に戻す。

 そして、じとーっと俺の携帯灰皿を握る手と、煙草の入った胸ポケットを見つめる。

 

「生徒会室からの帰りだったのですが、屋上で悪徳教師がいる目印を見つけたので」

 

「悪徳教師って、もしかして俺?」

 

「心当たりがないのでしたらもしかしたら違うのかもしれませんね。

 私の目には、昼休みに喫煙している方が見えたのですが」

 

「あは、あははー……とんだ悪徳教師がいたもんですねー……」

 

 セレナ・ステラレイン君はまだ俺の方を睨んでいる。

 

「……学長に悪徳教師のことについて報告しておきましょうか」

 

「マジすみませんそれは勘弁してください。俺が悪かったです。以後気を付けます」

 

 赴任早々注意を受けるのは遠慮したい。

 今のところは一応うまくやれてるのだ。……たぶん。

 

「この人に私の弱いところを見られたとか……さいあく……」

 

 ん? 

 

「セレナ、何か言った?」

 

「いいえ何も。貴方がまったく教師らしくない方だと言っただけです」

 

 何も言って無くないじゃん……。

 

「ですが、先生と会えたのは都合がよかったです。どちらにしろ探しに行こうと思っていたので」

 

「俺を? なんで?」

 

「ユフィール()()からの呼び出しです。正確には、私と先生が、ですけど」

 

 

 

 

 講義3 腐れ縁エルフとの適切な距離を求めよ 

 

 

 

 

 その後、いつもの生徒会室―――ではなく、エルビス学院の校長室に俺とセレナは来ていた。

 

「……と、言うわけで先生は屋上で煙草を吸っていました。悪徳教師です。ユフィール学長からもなんとかいってあげてください」

 

「セレナ君それ内緒にしてくれるんじゃなかったかなァ!?」

 

「そんなこと言ってません。私は義務を果たしただけです。屋上で煙草を吸う教師なんてありえませんから」

 

「なるほど……セレナの言うことも最もだ。アドレー、キミはクビだ」

 

「先生短い間でしたがお世話になりました」

 

「急速展開に俺だけがついて行けてないなァ!」

 

 俺の叫びを聞いて、それまで校長室の椅子に腰かけていた女性が愉しげに笑った。

 

 ユフィール・ゼイン。

 セレナも所属するエルビス学院の校長であり理事長。ついでにこの学園都市の理事会の役員の一人。

 まあ、つまるところめちゃくちゃ偉い人。ついでに俺を採用して連合生徒会の顧問にしたのもこいつ。

 

 春の残雪のような銀色の髪に、ガラス細工のような虹色の瞳。

 身長は俺の肩ほどまでだが、すらりとしたスタイルは彼女が少女なのではなく「大人」であると教えるようだ。

 

 セレナ・ステラレインが「美人になる過程の少女」であるならば、ユフィール・ゼインは「成熟した華奢な女性」とでも言うべきか。

 

 そんな彼女はわざとらしくティーカップの水面を揺らしながら顔に薄っぺらい笑みを張り付ける。

 

「いやあ、だってわざわざセレナがボクの部屋に来て報告するほどだ。相当な悪徳教師に違いない……これは私の権限を以ってクビにしないとね」

 

「顔が笑ってんだよ! 面白がってんだろユフィ!」

 

「あは、バレた?」

 

「バレたじゃねえんだよ。そもそも俺たちを呼び出したのはお前だろうが、ユフィ」

 

「おや、そうだったか。失念していたよ」

 

「しゃあしゃあと言いやがって」

 

 まったく変わらねえな、こいつ。

 

 憎まれ口の応酬をする俺とユフィの間で視線を行ったり来たりさせていたセレナが、おずおずと口を開いた。

 

「……えと、二人はお知合いなんですか?」

 

「ああ。古い知り合いでね」

 

「古い、というと。幼なじみのような……いえ、ユフィール学長にそれはありえないでしょうし……もしかして」

 

「そんな甘いもんじゃないかなァ」

 

 ただちょっとお互いに知られたくない過去を握り合ってるくらいの、よくある古馴染みだ。

 まあお互いが秘密を握り合ってるからこそ、言いふらされたりはしないのだが……。

 

「……まあね。どうせ、ボクが握ってるのはせいぜいアドレーが寝起きにボクのことを間違えてお母さんと呼んだことが5回はあることくらいだ」

 

「ユフィ????」

 

「あっはっはっは」

 

 俺がわしわしとユフィールの肩を掴んで揺らしていると、そんな俺たちをセレナがじとーっとした目で見ているのに気が付いた。

 

 セレナ? 

 

「……随分仲、よろしいんですね」

 

 なんだろう、なんかセレナがどこか面白くなさそうな感じだ。

 どういう気持ちでの顔なんだ、それは。

 

 セレナは俺のことが嫌いって言ってるし、ユフィに古馴染みがいたのが気に入らなかったんだろうか。

 

「……さて、本題に入ろう」

 

 ひとしきり笑ったユフィールは紅茶の入ったカップをティースプーンでかき混ぜつつ、上目遣いでセレナを見つめた。

 

「ベレッタマギアスクールから私を通して、連合生徒会に依頼が来ててね」

 

「依頼、ですか」

 

「なんでも魔導制御端末(マギア)の試運転のために、学外に出て魔物と戦いたいんだとさ。というわけで、連合生徒会のキミたちにその監督を頼みたくて」

 

 魔物とね。まあそりゃ確かに魔導師の本分は魔物と戦うことだし、そういう依頼が来ることもあるか。

 学園都市には結界があって魔物も入り込めないんだし。

 

 頷く俺の隣で、セレナが少し困惑したように口を開く。

 

「キミたちということは……」

 

「うん。セレナとアドレーの二人で、ね。流石に学外に出るなら教師がついてないのは問題があるし。頼めるかい?」

 

「……どうしても、ですか」

 

「うわあ、すごくいやそうな顔」

 

「む。べつに、そんな顔してません」

 

 してるから言ってるんだけど……。ほんとにセレナ俺のこと嫌いなのな……。

 

 だがユフィールはそんなセレナの様子に、さも面白そうに微笑み目を細めた。

 

「アドレーと一緒に行くのは不満かい?」

 

「……だって、先生は、『魔導師』じゃないん、ですよね」

 

 ほう、とユフィールが虹色の目を細めた。

 

「自分から話したんだ、アドレー」

 

「別に隠すようなことでもないしな」

 

「それにしたってわざわざ言うべきことでもないだろう。まったく」

 

 やれやれ、と大げさに息を吐くユフィール。

 俺たちの会話のあと、セレナは「それに」と言葉を付け加える。

 

「私はあまり強くありませんし、厳しい言い方になりますが、足手まといの方に来られても……」

 

 足手まといだって、とユフィールが目配せしてきたので仕方ないだろ、という気持ちを込めて肩をすくめた。

 だって、セレナの言ってることは正しいし……。

 

「あと先生はだらしないので来たら何か、こう、面倒ごとが増えそうです」

 

「オブラートに包み切れなかった厳しい意見が俺に刺さってる」

 

「うーん、まあ確かにアドレーは少しだらしないよね。

 加えて鈍いしデリカシーないし眼鏡かけてて目が細いから終盤で裏切りそうな顔してるし新任教師のくせに隠れてヤニだって吸っているどうしようもないやつだし今は恋人もいないおっさん予備軍だし……」

 

「言いすぎだろ。泣くぞ」

 

「全部事実だろう? ヒラの教師が校長のボクに文句でも?」

 

「事実だから泣くんだよ。弁護士を呼んでくれ。俺は断固としてこの上司の横暴と戦う」

 

「アドレーの給料じゃボクと裁判をやるには……と、そうじゃなくて」

 

 コホン、とユフィールが咳払い。

 

「まあとにかく、それでもいればきっと頼りになるよ。私が保証しよう」

 

 セレナはしばらく俺がついてくることに悩んだ様子を見せていた。

 だが、「どちらにしろ生徒だけで学園都市の外に行かせるわけにはいかないしね」と、ユフィールが付け加えると、セレナはため息混じりに頷いてくれた。

 

「わかりました。監督の件、先生と一緒に行ってきます」

 

「すまないね」

 

「……ユフィール学長の頼みですから。仕方ありません」

 

 ユフィールに微笑まれると、どこか居心地悪そうにセレナが視線をそらした。

 

「では、その、私は今日の仕事と、ベレッタの監督の件についての準備があるので、そろそろ失礼します」

 

「ん、じゃあ俺も……」

 

 セレナに続いて俺も退室しようかと思ったのだが、その直前ユフィールがこちらに目配せした。

 俺には残れってことらしいな。何か話したいことでもあるみたいだ。

 

「―――俺は、ちょっと学長と話していくことがあるから、セレナは先に帰っておいてもらえるか?」

 

「わかりました。先生の分の作業は机の上に準備しておくので、帰ってき次第お願いします。……今日は絶対手伝いませんから」

 

「う、はい。今日はちゃんとやります……」

 

 俺の返答に頷くと、セレナは「では、失礼します」と校長室から退室する。

 重苦しい扉が閉まり、扉越しにセレナの足音が遠ざかっていくのを確認すると、はあ、と息を吐いた。

 

「あー、やっぱセレナと話すのは超息が詰まる」

 

「ふふ、また随分嫌われてるね」

 

「ったく、ユフィが連合生徒会の顧問なんて役目押し付けたせいだろーが」

 

 ドカッとユフィールの机に座って怨み混じりに睨んでやるが、当のユフィールはどこ吹く風で視線をさらりと受け流す。

 

「それはすまなかったね。アドレーには向いてると思ったものでね、教師」

 

「そんなこと言う物好きユフィくらいだっての」

 

 仕事を紹介してくれたのは助かる。

 でも実際俺みたいなロクでなしを採用しようと思ったこいつの思考はよくわからない。

 

「絶対他に向いてる奴いたと思うが……なんでまた俺なんだよ。

 この数日で俺は、教師なんてできないって気持ちがひたすら高まってるよ」

 

「まあそろそろ貸しを返してもらいたい、という気持ちが一つかな。

 十数年分、たーっぷり溜まってたしね」

 

 にんまりとユフィールが意地が悪そうな笑みを顔の上に作る。

 

「う゛。そ、それは、追々返すっていただろ」

 

「そんな悠長なこと言っていたらボク貸しがあるのも忘れちゃうよ。ほら、ボク長生きだし」

 

「それは気合入れてお前が覚えてほしいんだが?」

 

「いいじゃないか、キミたちの短い人生をボクのために使えるなんて幸せじゃないか」

 

「記憶領域のひとかけらもお前のために使いたくなくなるな」

 

 ユフィが大げさに息を吐くと、よよ、と泣き崩れる演技をする。

 

「なんてケチな物言い。

 ボクはたった80年くらい人生を拘束させてくれとしか言ってないのにさ」

 

「おう、お前のクソバグ人生観で俺の人生を終わりまで束縛しようとするな」

 

「! そうか……ごめん、矮小な人間の価値観はまだ掴み切れなくて……」

 

「いつから生きてるかもわからない女がよく言うぜ」

 

「秘密は良い女の条件だからね。困った、これではアドレーもきっと大人の色香にメロメロだね」

 

「メロメロて。相変わらずちょっと言葉遣いが古いな、この偏屈長生き秘密主義者……」

 

人間(キミ)たちの言葉の移り変わりが早すぎるんだよ。まったく、つい100年くらい前に覚えた言葉がすぐ古くなってしまう」

 

 腕をまくって拳を持ちあげてみるが、ユフィはからからと愉しそうに笑うだけだった。

 

 あーダメだ。こいつがこういうときはとことん話さないし、これ以上は無駄だ。

 まったく、昔からこういう快楽的秘密主義なところマジで変わんねえ。

 

 エルビス学院校長ユフィール・ゼインは美女である。それは間違いない。

 ただ、彼女が美()であるかは、人によって意見は変わるだろう。

 

 なにせ彼女には普通の人間とは違う点が一つだけある。

 ユフィには、人とは違う尖った耳があるのだ。しかも主人と同じく、良く自己を主張する長いやつが。

 

 エルフ。

 元は精霊種、けれどいつしか人に限りなく近づき、社会に溶け込んだかつての自然の触覚。

 俺が生まれる前にはそう珍しい存在ではなかったらしいが、次第に数を減らしめったに見ない種族になってしまった。

 

 ユフィールが言うには「ボクたちはあまり子孫を残すことに興味がなかったやつが多かったのさ」とのことだが、真実はわからない。

 

 ただ俺にわかるのは、ユフィール・ゼインが人間に友好的なエルフであり、それでいて俺の友人であるということだ。

 あと俺の雇用主で、現代魔法研究の第一人者で……いやこいつの肩書きを思い出していたら日が暮れる。

 

「セレナはお前がエルフだって知ってるんだっけか」

 

「彼女が学園都市(ここ)に来るまで後見人になってたのはボクだしね。それに別段隠してもない。少し調べればそこらの生徒だってボクがエルフだってわかるだろう」

 

 まあ確かにこいつくらいの立場と実績があればエルフってことは別に大した問題にもならないか。

 むしろその才能と実績に納得すらされるのかもな。長生きのエルフは多芸なことが多いし。

 

「にしても、セレナに嫌われるとは……キミなにしたんだい? 

 他人をあまり嫌わないことで有名なんだよ。彼女」

 

「あー……まあ、色々あってな……」

 

「色々? はは、家にでも連れ込んだのかい?」

 

「そ、そうだねえ……」

 

は? 

 

 サッと目をそらしたら、地獄の底からのみたいな声を出したユフィにネクタイを掴んで引き寄せられた。

 

「やったのかこのボケ」

 

「違う誤解だ! 知らなかったんだよ生徒になるとか!」

 

「アドレーそれまったく釈明になってないけど大丈夫? ボクは続く言葉によっては普通に魔力砲撃つけど?」

 

「ちゃんとした釈明をさせて下さぁあい!」

 

 いやマジで! 

 

 最初は割とシャレにならない真顔だったユフィも俺がかくかくしかじか説明をすると、次第に呆れたような顔に変わっていく。

 

「……と、いうわけなんだよ」

 

「アドレー、キミ本当に相変わらずおせっかいだね」

 

 ぱっとユフィがネクタイから手を離した。

 

 ほっ、良かった……。こいつの魔力砲をゼロ距離で食らったら上級モンスターだろうが問答無用で吹き飛んでしまう。況や人をや、というやつだ。

 

「まったく、本当にアドレーは呆れるくらいアドレーだ。普通名前も知らない女の子拾うかね。呆れて声も出ないよ」

 

 ぶつぶつと呟くユフィがカップに口をつける。

 

「……でもアドレーいったいどんな手品を使ったんだい? あの人と壁を作るセレナとあんな打ち解けているなんて」

 

「打ち解けているて」

 

 セレナはだらしない俺に腹が立って注意してるだけだと思うが。

 あれが打ち解けてるんなら、喉元に剣向けられた状態での会話も和気あいあいとしたフリートークになるぞ。

 

「いやいやそんなことはないよ。だって、あんまり感情を表に出すタイプの子じゃないからね。

 ボクも彼女との付き合いはそれなりだが、今でも表情わかりにくいこともあるし」

 

「そうか? セレナは結構わかりやすいと思うけどな」

 

 何を考えているかはともかく、感情自体はよく顔に出てると思うけどな。

 俺を叱るときは呆れてることが多いし、俺が生徒会室に来るのに遅刻した時は怒ってるし、休憩の時に甘いものを食べてると嬉しそうだし、山のような仕事をちゃんと終わらせられれば安心したように息を吐く。

 

 実に子どもっぽくて、わかりやすいと思う。

 

「……なるほど、アドレーから見るとそうなるのか、セレナは」

 

 含みを持たせるようにユフィールそう言って、カップの紅茶に口をつける。

 そしてカップをソーサーに戻すと、背もたれに体を預けて小さく嘆息。

 

「アドレーはセレナが何故生徒会に一人なのか、聞いたかい?」

 

「いや、話したがらなかったから無理には聞かなかった」

 

「キミらしい。いや、そういうキミだからこそ、セレナとの壁を乗り越えているのかもしれないが」

 

 ユフィールは視線を窓の向こう、遠くに見えるひと際高い『シリウスの塔』の方に向けるとガラス細工のような虹色の瞳を細めた。

 

「あの子はね、負けたんだよ。だから一人なんだ」

 

 そうして、ユフィールは語り始める。

 どのようにしてセレナ・ステラレインが『孤独の生徒会長』と呼ばれるようになったのかを。

 

 ―――学園都市『アウロラ』には五つの学校がある。

 

 「空を飛ぶ」ことに重きを置く『エルビス学院』。

 軍用魔法の習得に秀でる『メドフラム魔導学園』。

 白魔法を重視する『アネモス神聖学校』。

 生徒全てが例外なく魔法制御端末(マギア)の開発を行う『ベレッタマギアスクール』。

 「古きに学び、新しきを解体する」を掲げる『カンナギ学舎』。

 

 連合生徒会は以上の五つの学園から一人ずつ選出された役員で組織される。

 

 生徒会長、副会長、書記、会計、庶務。

 役職は選出された役員同士の『魔法戦』による実力で決められ、通例としては最も勝ち数が多い者が会長となるらしい。

 

 そして、セレナ・ステラレインはその戦いに()()()、連合生徒会長となった。

 

 何故ならば、他の役員たちは全員魔法戦が終わると共に、連合生徒会からの脱退を表明したからだ。

 理由はわからない。だが、結果として、セレナ・ステラレインは連合生徒会でひとりになった。

 

 ひとりしかいないのだから、生徒会長をやるのはセレナしかいない。

 ひとりしかいないのだから、全敗してようが関係ない。

 ひとりしかいないのだから、全ての仕事は彼女がやるしかない。

 

 そうして、セレナ・ステラレインは、ひとりぼっちの連合生徒会長となった。

 

 押し付けられるように、その立場を与えられた。

 

 『連合生徒会長』は特別だ。

 普通の学校の生徒会とは違う。学園都市の代表者によって組織される、学園を越えた生徒会。

 言うなれば、『学園都市そのものの生徒会』。そのリーダーが、連合生徒会長。

 

 そんな場所に一人でセレナは立っている。

 

「セレナはきっと苦しんでいる。

 誰よりも弱い自分が連合生徒会長をしなければならないことに。

 そして、彼女は真面目だからね、責任を放り出すこともできないのさ」

 

 ―――まだ、私がどうするべきかわからなくても、少なくとも逃げることだけはしたくない。

 

 脳裏に雨が降る夜にうずくまっていた少女の姿が蘇る。

 どこかに帰りたがらず、話したがらず、でも進む道も見えていなかった彼女のことが。

 

「……セレナは、まだ迷子なのかもな」

 

 ユフィールが片眉を吊り上げた。

 

「迷子。セレナがかい?」

 

「ああ。自分がどこにいるのか、どこに行くべきかがわからない子どもだ。こんなの迷子以外に表す言葉はないだろ」

 

「……ふふ、確かにね。そうだ、その通りだね」

 

 何が面白かったのかユフィールは笑い声を口の中で転がすと、蠱惑的に微笑んだ。

 

「なら、そんな迷子の子の手を引いてあげる大人がいてくれるといいよねえ」

 

「俺に何とかしろって?」

 

「そう聞こえたかい?」

 

「そう言ったろ。ったく」

 

 眼鏡のズレを指で押しあげ正すと、ユフィの視線から逃げるように、胸ポケットから煙草のケースを取り出した。

 

「吸っても?」

 

「ふふ、まだ吸ってるんだね。昔から好きだよねぇ」

 

「悪いかよ」

 

「いいや? 

 ただでさえ短いキミたちの人生を縮める劇物を吸って、わざわざ自分の寿命を縮めようとするキミたち人間の挑戦心は大好きさ」

 

「そこまで言うならもうはっきりと嫌いって言え」

 

 返答がツボにはまったのか、ユフィが虹色の瞳を細めてからからと笑う。

 そんな彼女をよそに、俺は取り出した煙草をとんとん、と箱にぶつけて葉を詰めると、咥えて火を点けた。

 

「アドレーのその仕草、変わらないね。ふー」

 

 ユフィが息を吐くと、漂っていたうすぼんやりとした白煙と混ざるように部屋の中に消えていった。

 その様子を見つめながら、ユフィは「そうそう」と思い出したように口を開いた。

 

「好き、っていうのは本当さ。あくまでも、キミが吸う姿に限るがね」

 

 そう言ってユフィは今日初めて、自然に笑った。

 それはまるで、大人になって見つけた小さい頃の宝箱を開けたかのような、懐かしさと安らぎが同居したような、そんな不思議な笑顔だった。

 

 そして彼女は引き出しから煙草のケースを取り出すと、軽く揺らして見せた。

 

「ユフィ吸うんだっけ」

 

「誰かと一緒になら、ね。さあ、火を頂戴よ」

 

「ライターなら……うおっ」

 

 ユフィが机に片膝を載せると、ぐっと俺に顔を―――正確には、口元にある煙草に近づけた。

 まるで恋人同士の逢瀬が行われるような距離間で、視界いっぱいに移しい銀色の髪とまぶしいほどの白い肌で埋め尽くされる。

 

「……そういうの、誰にでもすんなよ」

 

「まさか。キミくらいしかボクの周りに吸う人間はいないかな」

 

 じじ、と煙草の熱が伝わり、ユフィの煙草の先を赤く染めた。

 

 ユフィは煙草に火が付くと普段吸っていないのが嘘のように、絵になる仕草で煙を燻らせた。

 そして、久々の味を噛み締めるように目を閉じた。

 

「アドレーが学園都市に来てくれて良かった。だって、こうして君と話せるんだから」

 

 ぱちり、とユフィは片目だけを開けて、俺を上目遣いで見る。

 

「アドレーはアドレーが思うままにやりたまえよ。ボクはそれを期待してアドレーを教師に誘ったし、連合生徒会の顧問を任せた」

 

「俺、とてもじゃないが立派な教師なんかになれないぞ」

 

「ふふ、それでいいのさ。それが君らしい」

 

 そして、冗談めかした語調で言葉をつづけながら、にやっと笑った。

 

「だから頼んだよ、()()

 

 ……あのさあ。

 

「その呼び方はやめろ。俺はもう子どもじゃねえんだ」

 

「ふふ。ボクから見ればアドレーなんてまだまだ子どもってことさ」

 

 そうしてユフィール・ゼインは、眼鏡を押し上げて顔を隠す俺に、からかうように甘く微笑んで見せたのだった。

 

 

 

 




 

『アドレー・ウル』
山ほどユフィールに弱みを握られた哀れな人間。
煙草はなんだかんだやめられないままずるずる続けている。

『ユフィール・ゼイン』
今では世に珍しくなったエルフ。
別に好んで吸うわけでもないが、常に煙草を机の引き出しに用意しているらしい。

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