コルト亭の中に入ると食堂ではサルビアが既に酒盛りを始めているところだった。
「おや、帰ってきたね、お二人さん。おかえり」
長い髪のせいで目元が隠れて表情は分からないが、いつも通りの呑気な調子で話しかけてくる。
「おかえりじゃないよ。キーラって子は誘拐なんてされてなかったぞ?」
呆れながらため息をつき、サルビアのいるテーブルにクゥと一緒に座る。
「そうだろうね」
サルビアは分かりきったことのように答え、酒を飲む。その口元は笑っているように見えた。
「そうだろうねって、どういうことだよ?俺達、不審者かなんかで通報されてもおかしくなかったぞ?」
少し怒気を込めながら話し、横に座っているクゥに同意を求める。
「ハラハラでした」
さっきの状況を思い出してか胸に手を当てながら、おもちゃの人形みたいに首を縦に振って肯定するクゥ。
「まあまあ、ちょっと訳ありでね」
サルビアは俺達をなだめるように両手を上下させる。
「誘拐はされるんだよ。まぁそれは今夜なんだけどね」
話しながら飲み干したジョッキを置くサルビア。
「はぁ?」
俺はどうゆうことか状況を飲み込めず、ただただ困惑することしかできなかった。横にいるクゥも同じらしく、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えてきそうである。
サルビアはそれじゃあと言って手を組んで話し始める。情報によると、キーラは今夜に秘密結社『宵の手』によって誘拐されるらしいのだが、問題は誘拐を頼んだ依頼主らしい。
どうやらその誘拐を依頼したのは、キーラの父親であるパゴス・セルンその人らしいのだ。
「なんで父親が娘の誘拐を依頼するんだよ?」
「その説明をするにはまず、君達が会ったキーラ嬢や貴族について話さないといけないね」
続けてキーラの事についての説明を聞いた。
セルン家には二人の子供がいるらしく、キーラともう一人の幼い弟がいるらしい。ここで貴族の話になるが、この国では貴族は世襲制らしく、特別な例外を除けば男女問わず第一子が世襲することになっているらしい。
パゴスは次期当主であるキーラを有力な貴族に嫁がせることでセルン家を大きくしようと考えたらしいのだが、いかんせん当のキーラは俺達が見た通りのあのお転婆ぶりでお堅い貴族達に貰い手などおらず、悩みの種になっているらしい。
このままではキーラは結婚せずに当主になり、その代でセルン家が途絶えてしまい、今のパゴスの代にもこれ以上権力を大きくすることができないと…。
そこでパゴスは、キーラを消して弟を次期当主にする算段を立てたのだと、そのための誘拐ということらしい。しかもただの誘拐ではなく、身代金を報酬として相手に渡すことで殺害まで依頼しているというのだ。
こうすれば後に残るのは、身代金を払ったのにもかかわらず、娘を殺害されて身代金まで奪われた可哀想なセルン家の人々…という結末になる。
「それは…なんていうか…」
俺はあまりにも自分の常識から外れたその話にどう答えていいか戸惑っていた。すると、
「酷すぎます!そんなの許せません!」
普段からは想像もつかない勢いで、声を荒げながら机を叩いて立ち上がるクゥ。
「血の繋がった家族なのに…殺すなんて。」
その言葉を聞きサルビアはにこりと笑い、
「そうなんだよ。自分の生きたいように生きる無垢な少女が殺されるなんて非道いことだと思わないかい?」
わざとらしい言い方で話すサルビアの髪で隠れた目元の隙間か僅かに見えた彼の目は不思議な光りを発しているように見えた。
「確かに可哀想だとは思うけど、前にも言ったけど俺達が危ないと思ったら逃げるからな」
「コウイチさん!」
クゥは諭すように俺に目を向けてくる。
そんな目で見られたって悪いけど俺はリアリストなんでね。
確かに会ったことある人が殺されると聞いたら助けてあげたい気持ちも湧くが、俺やもしかするとクゥが命の危険に晒されるってんならそっちを守るのを優先する。
「それにこの仕事って誰が報酬くれるんだよ。俺は慈善事業なんてごめんだぜ?」
溜息混じりの現実的な質問にクゥは「お金の問題なんて」などと横で言っているが、仕事を受けるにしてもお金がもらえないんじゃ骨折り損もいいとこだ。
「報酬なら貰えるよ。この誘拐を阻止したい人を知ってるからね」
サルビアはのらりくらりと返答する。もうすでに酒は五杯目を飲み終えようかといったところ。何杯飲む気だ昼間から。
「誰が?いくらで?」
酔っ払いに詰めるように質問する。
「誰かは言えない。けど報酬は金貨20枚ってとこだね」
金貨20枚もあれば解呪の札の借金を返してもお釣りがくるな。
「どうだい?やる気になったかな?」
酒をまた一口飲んで改めて聞いてくるサルビア。
どうしたものか。話だけ聞いてりゃどっかの貴族のお嬢様が自分勝手な親父の自分勝手な尊厳の維持と権力欲しさに巻き込まれて殺された悲劇ってだけだが、キーラ本人とは会ってしまってるし…でも俺は死ぬ訳にはいかないし…
「受けます!」
俺が悩んでいるとクゥが前のめりで返事をする。
「ちょちょ、待てってクゥ」
「なんですか?」
そんな怖い顔で見ないでくれ。
「こっちの命だって危ないかもしれないんだぞ?」
「それがどうしたんですか?」
「それがどうしたんですかって…」
「コウイチさんがやらないなら私一人でもやります!私はコウイチさんに助けてもらいました。私も誰かを助ける力になれるなら喜んでなります!」
「やらないとは言ってないけど…」
俺がクゥに叱られるように話されている間もサルビアはにやにやしながら俺達を眺めている。少しは助けようとか思ってくれよ。
「んーーったく、分かったよ!やる!俺もやるよ!」
「ありがとうございます!」
さっき怒ってたのは嘘みたいに明るい笑顔を見せるクゥ。……もしかして上手くのせられた?
「ただし!危なかったらほんとに逃げるからな!」
「はい。もちろんです!」
クゥ。きみのその笑顔を俺はもう素直に信じられないよ。
「よし!決まりだね。じゃあ今夜の真夜中にクイン山の麓にある古びた館に行くといい。誘拐犯の潜伏場所だ」
サルビアは嬉しそうに酒を飲む。もう何杯目か分からない。
それになんで毎回そんな詳しい事まで知ってんだよ。
「コウイチさん!頑張りましょうね!」
やる気に満ちた目で俺を見て意気込むクゥ。
「おー」
力無い拳を天に突き上げ返事をする。
もうどうにでもなれってんだ。
そして夜は更け、俺とクゥはクイン山に向かった。