プリム・ロッシュは目の前の光景が信じられなかった。本来、この世の全ての生物には魔力が流れている。彼女は自身の持つ『智覚の魔眼』によって、その機微を感じ取ることで、未来予測を可能にする…はずなのだが。
今、目の前にいる少年からは、さっきまでは確かにあった一切の魔力を感じることができない。そんなことは、ありえないはずなのに。
少年が何かしようとしている。多分、攻撃がくる。時間がゆっくりと過ぎていく感覚に襲われる。防御を、しなければ…
『正拳突き』!!
プリムは両腕を前に構えて防御姿勢をとるが、腕ごと体は吹き飛ばされ、後ろの部屋へと転がっていく。
◇◇◇
支援魔法の副作用で、全身が何倍にも重くなったように感じながらも、追撃を与えるためにプリムに向かって歩を進める。
「いてて…」
さっきまでのダメージと筋肉痛が相まって、全身が痛い。いくら借金が返せるっつってもこんな目に合うって知ってたら、ちまちま薬草集めしてる方が数段マシだったな。帰ったらとりあえずサルビアを一発殴ろう。
部屋に入るとプリムはすでに立ち上がっていたが、不意を突かれたせいもあってか、息を荒くしていた。
「あなた、一体何したの!?」
「何って?」
弱っていることを相手に悟られないよう、余裕の表情を作って話す。少しでも休んで体力を回復しないと、今にも倒れそうだ。
「なんであなたからは魔力が感じられないのかって聞いてるのよ!」
捲し立てるように話すプリム。
「なんでって言われても、俺生まれた時から魔力なんて持ってないし」
「……は?」
俺のあっさりとしたカミングアウトに、プリムは口を開けたまま固まっている。
「ありえないでしょ、そんなこと。魔力は生命力そのものなのよ?あなた幽霊かなんかな訳?でもさっきまでは確かに魔力が…」
今度は一人でぶつぶつ呟き出したプリム。
その反応はみんなにされてきたからもういいよ。
「で?どうすんだ?ご自慢の魔眼とやらが意味ない相手と戦う術はあんのかよ?」
あくまで余力があるように話すが、こっちがもうなす術なしだからビビって降参してくれ。頼む。
心の中で祈りながら、プリムへと一歩近づく。すると、
「ふふ、大人しく降参しろですって?こっちは結社のルール破って、覚悟決めてまで来てるのよ」
俯いて肩を震わせ始めるプリム。
なんだか様子がおかしくないか?これって、もしかしなくてもやばい状況なんじゃ。
「おい、ちょっと話を…」
「もういいわ。こうなったら身代金はまた後日にすればいいしね」
俺が気を逸らそうとするも、プリムは顔を上げると、床に寝ているキーラに向かって駆け出した。
やっぱりなんか地雷踏んでるじゃねーか!まずいぞ、このままじゃキーラが殺される。何かあいつを止める方法は…。
プリムとキーラの距離はどんどん近づいていく。走りながら、プリムは腰の辺りから小さなナイフを取り出す。
くそっt、動け体!!
もう二人の距離は3メートルほどしかない。その時、
『バインド』!!
「がぐっ!?」
俺が目の前の光景をただ傍観することしかできない中、横から聞こえた声と同時に地面から光を発する鎖のようなものが、彼女をその場で縛り付けた。
「なんとか、間に合ったみたいで良かったです」
声が聞こえた方を見ると、そこにはふらふらと力無く立つクゥの姿があった。
「大丈夫かクゥ!?」
「すいませんコウイチさん。肝心な時に…」
クゥは申し訳なさそうに、目を伏せながら謝ってくる。
「いや、クゥが無事なら良かったよ」
「えへへ、ありがとうございます」
照れながら笑うクゥ。なんというかわいさだ。思わず頭でも撫でてあげたくなるような笑顔である。いやでも、女の子の頭撫でるのって犯罪になったりしない?騎士団とかに言われたら捕まったりするんじゃ…
「いちゃついてんじゃないわよ!ロリコン!」
クゥのあまりの可愛さに、ついどうでもいいことを考えてしまっていると、プリムの声で我にかえる。
「だ、誰がロリコンじゃい!」
「あんたに 決まってんでしょ!これ 外しな さいよ!」
プリムは言葉の節々で語気を荒げながら拘束を解こうと体を捩って暴れている。
なんかキャラ変わってないかこの人。
「人殺そうとしてたやつ解放する訳ねーだろ。ところでクゥ」
「なんですか?」
「あの拘束魔法って破られたりしないよね?」
プリムに聞かれないよう、顔を近づけて小声で聞く。
「すぐにということはないと思いますが、そんなに長くも持たないと思います」
なら助けをのんびり待ってる時間はなさそうだな。
「じゃあ俺に、もう一回支援魔法かけてくれ」
今度はプリムに聞こえるような声で話す。
「なんでですか?」
「あいつ思いっきりぶん殴って気絶させるから」
「でも支援魔法が切れたらしばらく動けないぐらい疲れちゃうかもしれませんよ?」
「すぐ解いてくれれば、歩いて帰れはするだろ」
動けない今なら魔眼で防ぐこともできないだろうし。
「ちょっと待ちなさいよ!」
俺の発言に目を開いて驚くプリム。
「待たないけど?」
支援魔法をかけてもらいながら肩を回して準備する。
「こんな美人を殴るなんて男としてどうなのよ!」
プリムは必死に俺を止めようともがきながら抗議する。
「俺は相手が誰だろうとやられたらやり返す主義なんでね」
体が軽くなるのを感じ、プリムに向かって駆け出す。
「ちょっと寝ててもらうだけだから安心してくれ」
俺の中で出来うる限りの笑顔を見せたつもりがプリムの顔は余計に青くなる。
「分かった!分かったから、もう何もせずに帰るからー!」
「もう遅いわ!くらえ『筋力増強《ドーピング》正拳突き』!!」
「ひぃぃぃ!!」
ーーー「そこまでだ」
振り抜いた拳はプリムに当たる直前で、何者かに止められた。
顔を上げると、そこには身長2メートル以上はありそうな茶色い肌の大男が俺のパンチを片手で止めて立っていた。どっから湧いたこのおっさん!?
「あんた誰?」
パンチを抑えられたままだが、あくまで冷静を装って男に話しかける。
「おっと、挨拶が遅れてしまったな。宣伝もしなければ」
男は拳を抑えていた手を離し、戦う意志がないように手のひらをこちらに向け少しあげて続ける。
「私の名はグレゴリ。秘密結社『宵の手』のメンバーだ」
『宵の手』って秘密結社なんだよな?どいつもこいつも自分からメンバーって宣伝するのなんなんだよ。
「プリムを助けにきたのか?」
質問にグレゴリは首を横に振る。
「いや、助けではなく回収だ」
グレゴリは短く話しながらプリムの方に目をやると、プリムは目を逸らして黙り込む。
「こいつが、ウチのルールの[殺しはやらない]を破って勝手なことをしてると情報が入ったんでな…色々迷惑をかけたみたいで、すまないな少年」
そう言って頭を下げるグレゴリ。
「謝られても、そいつは俺が騎士団に突き出すから置いてってくれると助かるんだが」
「悪いがそれはできない。こんな奴でも仲間だからな 黙って見ていてくれればこちらも危害は加えない」
そう話すグレゴリの目からは、一瞬恐ろしい程の寒気を感じた。
無理矢理プリムを取り返すってのは無理そうだな。支援魔法付きの正拳突きを片手で止めるような奴だし。それに、これ以上危険を犯すことはできない。
「分かった」
俺の了承にグレゴリはにこりと微笑み、
「賢い選択だ。君、名前は?」
「…ツガヤマ コウイチ」
「ツガヤマ コウイチか、いい名だ。君とはまた会えそうだ」
「俺は会いたくないかな」
「ははは、嫌われてしまったかな?」
そう言ってグレゴリはプリムの首根っこを掴みひょいと持ち上げると、拘束魔法をいとも簡単に引きちぎって彼女を脇に抱える。
「ではまたなコウイチ」
『転移《テレポート》』
そう唱えた次の瞬間、グレゴリとプリムの姿は忽然と消え、その場には夜の静けさだけが残っていた。
「……ぷはー!死ぬかと思った!」
大きく息を吐き出しながらその場に座り込む。
「大丈夫だったか、クゥ?」
「心臓が止まるかと思いました」
クゥも地面にぺたんと座り込みながら胸を撫で下ろしていた。
「全くだよ。さっさとそこのお嬢様連れて帰るとするか」
クゥに支援魔法を解いてもらい、さっきよりも重くなった体を無理矢理動かしてキーラに近づく。
「おーい。大丈夫か?」
呼びかけながらキーラの体を揺すってみると、
「んう……」
キーラはゆっくりと目を開ける。
「お、起きたか?もう大丈夫だから安心…」
「いやあああ!」
あまりに咄嗟の出来事で、反応が遅れたのはあったかもしれない。だが、致命的なのは、あろうことか避けようとしてしまったことだろう。
キーラが怯えた顔で瞬時に剣を抜き、振り抜かれた剣筋を俺は動けない体で見ているしかできなかった。
「いってーー!?」
キーラの剣は、見事に俺の胸を切り裂き、辺りに血が飛び散る。胸を触ると、手にはべったりと赤黒い血が付いていた。
「これ、全部俺の血か?」
視界がぼやけていく。遠くでクゥの声が聞こえる中、俺の意識は途切れた。