気がつくと、知らない部屋のベッドの上で目を覚ました。ぼんやりとした視界がだんだん明瞭になっていく。
「いでで」
体を起こそうとすると、全身が少し痛む。体に目をやると上半身は包帯が巻かれていた。その時に、誘拐犯を撃退した後、自分が誘拐された貴族の娘キーラに誤解されて斬られたことを思い出す。
「酷い目にあったもんだな…で、ここどこだ?」
部屋を見渡してみる。自分の住んでるコルト亭に比べると随分といい部屋だ。絨毯も敷かれてるし、そこそこの広さもある。ベッドの横にはテーブルと椅子が置かれており、誰かが座っていたのか少しずれている。窓の外を見るに今は昼ぐらいか。
「おや、気付かれましたかな?丸二日寝込んでおられたので心配しましたよ」
動けない体でどうしたものかと思っていたら、扉が開けられ声をかけられる。
声の主の方を見ると、そこには白髪頭に白い髭でスーツを着たやけに姿勢のいい老人が立っていた。
「えーっと、誰ですか?」
「私、セルン家の執事を務めております ジークと申します。ここは私の家でございますので、どうかご安心ください」
そう言って綺麗なお辞儀をするジーク。
「なんで俺、そのジークさんの家にいるんですか?」
気を失ってから何があったのか、さっぱり分からないので聞いてみると、ジークは「説明させていただきます」と言いながら俺にコップに入った水を俺に渡しながら話しだす。
「私はパゴス様にあの館へ身代金を持っていくよう仰せ付かったのですが行ってみるとびっくり、誘拐されたはずのお嬢様が剣を持ったまま固まっており、横には血溜まりに倒れたコウイチ様を抱えたクゥ様がいらっしゃいました」
それはまた随分と、カオスな状況だなぁと聞いた話を脳内で映像化して苦笑する。
「クゥ様が回復魔法を持っていたおかげで一命は取り留めていましたが、危険な状態に変わりはないので私の家に一旦運んだ次第です。その後クゥ様からパゴス様が誘拐の首謀者だという話を聞きまして、皆様を私の家に匿わせていただきました」
ということらしいのだが、
「よく信じてくれましたね」
ジークは鼻から息を吹いて首を振るとベッドの横の椅子に座りこむ。
「以前からパゴス様はキーラ様のことで頭を悩ましていましたし、それに最近は怪しい者と話しているところも見たことがあったので…」
なるほどね。パゴスの用心の甘さは置いといて、これからどうしようかと考えているとドアがノックされる。
「失礼します」
可愛らしい声と共にドアが開いて、クゥが顔を覗かせた。
「やっほー」
おどけながら腕を振って挨拶してみる。
「コウイチさん!」
そう言いながら駆け寄って抱きつかれた。わお、積極的。
「起きたんですね!良かった、ほんとに良かったです!」
そう話すクゥは今にも泣き出しそうに目を潤ませている。
思ったより反応が激しくて動揺してしまう。俺ってそんなにやばい状態だったの?
「あら、起きたみたいね」
また違う声がドアの方から聞こえたと思うと、キーラが立っていた。
「あ、殺人未遂お嬢様だ」
「わざとじゃないわよ!あの時は動揺してたの!」
顔を真っ赤にして反論してくるキーラ。冗談の通じないお嬢様だな。
「その件は、本当に申し訳ないと思ってるわよ…」
これからは間違っても人は斬らないで欲しいところだ。
「まぁ無事で良かったよ。それじゃあ誘拐犯は止めたし、帰るとするか」
ジークに泊めてもらったことに感謝を伝えてベッドから起きあがろうとすると、
「それなんですが…」
クゥが言い出しづらそうに話し始めた。
「キーラさんがセルン家に行ってパゴスさんと話がしたいそうなんです」
「はい?」
親とはいえ、自分の暗殺を依頼した人に会いにいくのは危なすぎないか?と考えつつキーラの方を見てみる。
「お父様とは今回のことでちゃんと話がしたいの」
あくまで気丈な態度でそう話すキーラ。その話に付け足すようにクゥが、
「その場に私達もついていくことになったんです」
「はい??」
なんでそんなことになってるのかますます分からんぞ。
「だってキーラちゃんを一人で行かせるのは危ないですし」
キーラちゃん?
「私は一人で行くって言ったけど、クゥが心配だから付いていくって言ってくれたのよ」
そう言いながら目を合わせる二人。
いつのまにそんなに仲良くなったんだ…俺が寝てる間に女子会でもしたのか?
「私からも、どうかお願い致します」
そう言いながらジークも立ち上がって頭を下げられる。
「あー、まぁ付いていくぐらいなら、行きますけど…」
「じゃあ今から行くわよ」
「今から!?」
キーラは高圧的な態度で俺に命令してくる。こいつ、自分が斬ったせいで俺がこうなったって分かってんのか?
「ったく、分かったよ」
◇
それからは着替えを済ませ、あれよあれよという間にセルン家の前に到着した。
「キーラお嬢様!?誘拐されたと聞きましたが…」
「誘拐されたけど帰ってきたのよ。早く門を開けなさい」
驚く門番など意に介さず門をくぐり、敷地の中へどんどん進んでいくキーラについて行く俺とクゥ。
屋敷に入っても驚いている使用人達にパゴスの居場所を聞いたかと思うと早足でパゴスのいる書斎へと向かう。
「お父様!」
「キ、キーラ?」
勢いよく扉を開け放ち、大声で話すキーラを見てひどく動揺している様子のパゴス。
「お、おお、よく無事で帰ってきてくれたね。大丈夫だったか?後ろの者はなんだね?」
「白々しい態度はやめて下さい。お父様が私を殺そうとしたのは知ってるんですよ?」
「何を言ってるんだ、私がそんな事するわけがないだろう?」
そう話すパゴスの額には脂汗が滲んでいる。
「詳しく話していただけるんですよね?さもなくば…」
腰の剣に手を伸ばし、相手が話すのを促すキーラ。このお嬢様は怒らせん方がいいな。
「ぐ、お前は昔からそうやって私に迷惑しかかけんな。黙って殺されていればよかったものを…」
観念したのか、こちらを睨みながら話し始めるパゴス。
「お前のような外を走り回って剣ばかり振るっている者がこれからセルン家をどうやって存続させていくつもりなのだ!」
「それならアルに継がせればいいと言ってきたではありませんか!」
アルとは多分彼女の弟のことだろう。
「それができれば苦労はしなかった!お前が死んでしまわん限りはな!だから結婚して婿養子でも迎えれば良かったのに、それもしないようなお前はいらないのだ!」
「そんな理由で私を殺そうと?」
「貴族は次の世代、次の世代へと脈々と受け継いでいくものだ、それを放棄するような者は私の子供ではない!」
随分な言い草に俺も少し苛立ってきた時、キーラが居住まいを正しパゴスに向き合い、
「でしたら、私がこの家を出ていきます。正式には私は行方不明にでもなったことにしてくれて構いません。これからはキーラ・セルンではなく、ただのキーラとして生きていきますので」
後ろからで見えずらいが、彼女の頬からきらりと光るものが床に落ちるのが見えた。
「ああ、そうしてくれるとこちらもありがたいよ」
気がつくと、俺はパゴスを思い切りぶん殴っていた。
「あんた自分の娘をなんだと思ってんだクソ野郎!」
「貴様!誰に手を出していると思っている!?」
殴られた頬を抑えながら怒声を上げるパゴス。
「知るかボケ!貴族なんてクソ食らえってんだよ!」
「よし、二人とも逃げるぞ!」
踵を返してキーラとクゥを連れて帰ろうとすると後ろから「どうなっても知らんからな!」とか何やら負け惜しみが聞こえてくるがもう知ったことではない。
セルン家を後にしながら一旦コルト亭に向かうことにした。外はすっかり赤くなり、日が沈もうとしていた。
「すまんキーラ。親父さん殴っちまって」
「私もスッキリしたわ。コウイチが殴ってなかったら私が殴ってたし」
そう話す彼女の目は夕日のせいなのか少し赤く見える。
「これからどうするんだ?」
「そうね、これからは心置きなく剣を振るえるし、探索者か騎士団にでも入ろうかしら」
「それなら是非私とコウイチさんのパーティーに入って下さいよ!」
パーティー加入を持ちかけるクゥ。あれ?俺の意見とかは…
「それいいわね!じゃ、これからよろしくねコウイチ。私のことはキーラって呼んでいいわよ」
手を差し出して笑うキーラ。
なんか勝手にパーティーに入ることになってるけど、もうこの際一人も二人も変わらないか。
「ああ、よろしく頼むよ」
こうして俺とクゥのパーティーに新しい仲間が加わったのだった。