絶対不可避の異世界更生   作:浅葱 沼

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お誘い(物理)

 

「起きなさい ツガヤマ コウイチ」

 ぐっすりと寝ている中、命令口調の女性の声が耳に入ってくる。誰だよ、人が気持ちよく寝てるってのに、ただでさえ今日は夜に来客が多かったから疲れてるんだよ…

 

「起きろって、言ってるでしょーが!」

「いたー!!」

 

 頬に激しい痛みを覚えながら目が覚める。目を開けると大きな影が、俺に馬乗りになって顔を覗き込んでいた。

 

 え、なに?怖い怖い!

 

 目が闇に慣れてくると、ゆっくりと影の正体が姿を表す。

 

「お前…」

 

 そこには、月の光を長い黒髪にきらりと反射させる美人がいた。本来ならこんな美人が俺の上に跨っているなんて状況はありがたい事この上ないのだが…

 

 今、俺の上にいるのはどう考えても密かに俺に好意を寄せて夜這いに来たなどという女性ではなく、怒りの表情を顔いっぱいに滲ませている秘密結社『宵の手』のプリムがそこにはいた。

 

 

「やっと起きたね。じゃあすぐ行くから支度なさい」

 

 俺が起きたのを確認して、ベッドから降りて愛想なくそれだけ話すと、彼女は椅子に座り込む。

 

 あまりに慮外な出来事に、思考は見事ショートして金縛りにでもあったかのように固まってしまったが、今感じた思いを喉から言葉として絞り出す。

 

 

「また誘拐ですか?」

 

 

 彼女は椅子から立ち上がり、無言で近づいてきたかと思うともう一発、今度はさっき打たれた反対の頬に平手が飛んでくる。

 

「いてーよ!いちいち殴んな!ていうかどこ行くんだよ?」

「仕事よ仕事」

「は?」

 

 仕事ってなんだよ。何も身に覚えが無さすぎるぞ。

 

「どういう事か説明ぐらいしてくれ」

「あなた『宵の手』に入るんでしょ?そう聞いたから仕事手伝ってもらおうと思って」

 

 どこで誰にどう聞いたら俺が怪しい秘密結社なんぞに入るって事になるんだろう。

 

「俺、『宵の手』に入るつもりはないし、仕事も手伝わな…」

 

 断ろうと返事をしている途中、プリムの足先が俺の顎の数センチ手前で止められる。

 

「ボスからの返事を断るとかありえないわよね?いいから手伝いなさい。今ここで顎を砕いてあげてもいいのよ?」

 

 仕事の誘いじゃなくてただの脅しになってるじゃん…。仕事の誘いだとしても、こんな危ない子じゃなくて話の通じそうなグレゴリを寄越してくれよ。

 

「喜んで…行かせていただきます」

「それでいいのよ」

 

 プリムは足を下ろしながらとても満足そうに微笑む。

 こいついつか酷い目に合わせてやる。

 

「で?こんな夜中にどこ行くんだよ」

 

 コルト亭を出て、プリムの後について行きながら当然の疑問を投げかけてみる。空を見上げると、月はまだ天高く煌めいている時分なので、クレナが来た後に寝付いてからはそんなに時間が経っていないことが分かる。

 

「コウイチは『骸狩り』って名前聞いたことある?」

「なにそれ?」

「ここ最近、クエス王国で暗躍してる犯罪組織の名前よ。今から行くのはそのアジトの一つよ」

 

 そんな奴らと関わりたくないから名前なんて知るわけないだろ。

 

「ていうかクエス王国で暗躍してるのって『宵の手』何だろ?」

「それは騎士団の馬鹿どもが勝手に言ってるだけ。ボスが私達は困ってる人を助ける組織だって言ったでしょ?」

 

 だからその理念が胡散臭いんだって。とは口に出して言えるはずもなく、プリムの後を追いながらしばらく歩いているとある場所で彼女の足が止まる。

 

「情報だとここのはずよ」

 

 プリムの目線の先は、何の変哲もないレンガ造りの家が立ち並ぶ中の一つだった。

 

「こんなとこに犯罪組織のアジトなんかあんのか?」

「『宵の手(うち)』の情報網舐めないでよね。いい、今日は情報収集が目的だからバレないようにね」

 

 プリムは口を閉ざして、ついて来いと手だけで合図し二人で家の窓の死角へと隠れる。ちらりと覗くと、中にはいかにもガラの悪そうな男が三人で酒を片手に談笑していた。

 

「いやー、最近ウチの組織金回りいいっすよねー」

 一番若そうな金髪の男が口を開く。

 

「馬鹿、あんまりそういう話でかい声ですんな」

 金髪に注意するのはピアスを付けた茶髪の男。

 

「まぁいいじゃねえか、気持ちは分かるしな」

 今度は頬に傷跡のついた黒髪の男。口ぶりからみるにこの中で立場が一番上の人間なのだろう。

 

「そういえば、ここの地下ってなにやってるんすか?」

「そんなのも知らないで見張りやってんのかお前は、クスリだよクスリ」

 得意げな顔で答える黒髪に金髪はまだ理解してない顔をしている。

「クスリってなんすか?」

「お前ほんとに馬鹿だなぁ、麻薬だよ麻薬。最近金回りがいいのもそれで大金稼いでるからだよ」

「でも麻薬なんか売ってたらすぐに騎士団に目つけられるんじゃないんすか?」

「そこをうちのボスがうまい具合に『宵の手』とかいう馬鹿共になすりつけてくれてんだよ」

「なるほどっす」

 

 それからは三人で『宵の手』の事を散々にこき下ろして笑い合っていた。

 

 

 思ったよりやばそうな話だな。この王都で麻薬が蔓延しようとしているなんて話、騎士団に持っていけば動いてくれるだろ。

 

 そろそろ帰ろうかと言おうと思ってプリムの方を見ると、さっきまであった彼女の姿が消えていた。

 

 あいつどこ行った?

 

「誰だおめー!」

 

 消えたプリムを探していると家の中から男の怒声が聞こえる。

 

 

 嘘ですよね?

 

 

「よくも私の仲間の事を悪く言ってくれたわね!」

 

 家を覗くと、憤怒の相を浮かべたプリムが男達に囲まれていた。

 

 

 なにやっちゃってんの?あの子。

 

 

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