石畳が抉れ、弾ける音と、肉越しに骨がぶつかる鈍い音が、静かな夜の通りに響く。
今、目の前では同じ人間が行っているとは思えないようなような光景が繰り広げられていた。
プリムが地面を踏み込めば石畳はガラスのように簡単に割れ、二人はまるで殺陣でも行っているかのように流れる動きで攻撃を繰り出しては受け止め、また繰り出しては次は紙一重で躱す。
それにしても、ゼルバートが手から放っていると思われるあの見えない攻撃はなんなんだ?
あの中に入って一発打ち込むとか無理だろ!
「ちょっとコウイチ!早く入ってきなさいよ!」
俺が二人の戦いを目の当たりにし、そこに入っていくことに二の足を踏んでいると、ゼルバートの攻撃を躱して俺の隣に戻ってきたプリムに怒鳴られる。
「無理ですけど!?」
「援護するから突っ込みなさいって言ってんのよ!私一人じゃこれ以上は…がっ!?」
一瞬、俺に意識を向けたせいでゼルバートの放った見えない攻撃がプリムを直撃し、彼女を後ろへと吹き飛ばす。
「プリム!」
すぐさま吹き飛ばされた彼女の元に駆け寄り安否を確かめる。
「私は大丈夫。ちゃんとガードしてたから」
「余所見とは舐められたものだね」
満身創痍のプリムとは対照的に、かすり傷一つ負っていないゼルバートは、まるで痛ぶるのを楽しんでいるように悠々とした態度でこちらに近づいてくる。
「あいつがさっきから出してるあの見えない攻撃なんなんだよ?」
プリムに肩を貸しながら正体不明の攻撃について聞いてみると、彼女は眉をひそめて言葉を返してくる。
「見えないって、何がよ?あいつがさっきから出してるのは魔力を圧縮して放つ魔法、『魔弾』よ」
あーなるほど、道理で見えないわけか。
俺には、魔力とか魔法とか、そういうファンタジーな物を見ることができない。支援魔法をかけられると強化されたりはできるので、魔力から生じる現象は感知できるが、『魔力』そのものを見たりすることは一切できない。
となると俺は、ただでさえとんでもなく強そうな目の前の男に、魔法による攻撃が見えない、というハンデを負って戦わなければならないという訳なのだが…
俺は、ちらりとプリムに目をやる。彼女の身体中には痣や傷ができているのに対して、俺は少しの擦り傷程度。一人だけ離れたところから女の子が傷ついていくのを見ているだけなど、流石に男以前に人として駄目な気がしてきた。
「プリム 俺が突っ込むから援護頼めるな」
「やっとやる気になったわけ?思ったよりヘタレだからどうしようかと思ったわ」
そう話すと彼女は少し笑ってみせる。ヘタレで悪かったな。
「策はあるの?」
「策と呼べるほど大層な物じゃないけどな」
こうなってしまった以上、もうどうにでもなれってんだ。
「よっしゃ行くぞ!」
プリムに手短に作戦を伝えた後、自らを鼓舞するための声を発してから、ゼルバートへと駆け出す。
『正拳突き』!
まずは挨拶がわりに相手の
「なんだい、この弱いパンチは?」
俺の渾身の一撃は、子供でも抑えつけるようにあっさりと片手で止められてしまう。
「こんなんじゃ当たってもダメージにならないよ?」
それはこっちが一番分かってるわ!
心の中で突っ込んでいると、ゼルバートと触れ合っている右手から全身に悪寒が走る。
『
魔弾が放たれる前に俺の後ろの影からしなるように振り下ろされるローキックがゼルバートの足を直撃する。
「ぐっ!?」
ゼルバートはプリムの攻撃で体勢を崩し、俺の手を離れ後ずさる。
「小賢しいね」
ゼルバートは片手ではなく、両手を前に出して攻撃の予備動作を始める。
瞬時に前に出て、ゼルバートの腕ごと蹴り上げるプリムの左後ろから、今度は俺が低い姿勢から左手に握った短刀を彼の横腹にむかって僅かに切り上げるように薙ぐ。
「短刀だろうと結果は同じだよ!」
蹴り上げられた腕を振り下ろして俺の手首を弾くゼルバート。骨の擦れるような鈍い音がすると、左手に激痛が走る。
いってーーーーー!絶対折れた!
左手の痛みを堪えながら右手を振りかぶるように上から相手の顔めがけて振り抜く。攻撃を下に集中させていた分、一瞬反応が遅れたゼルバートは咄嗟に避けようとして体を逸らせようとするも俺の『絶対不可避』で体が硬直する。
「な、なんだ?」
焦りの表情を見せるゼルバートの口に、右手でポーチから出した小瓶をねじ込んだ後、すぐさまプリムと後ろに引く。
「何を飲ませた!」
ゼルバートは小瓶の中を少し飲んでしまったからか、唾を吐きながら怒気を孕んだ声で問いただしてくる。
「さぁ、なんだろな?」
俺のポーチに入っている小瓶は惚れ薬しかないが。毒とでも勘違いしてくれれば、ここは一旦引いてくれるかもしれない。
「そこで何をしてる!」
俺達の間に一瞬の静寂が流れた時、意識の外から声がかけられたので、そちらを見てみると夜警の為、巡回して来たと思われる騎士が二人、数メートル離れたところに立っていた。
それを見たゼルバートは短く舌打ちをして、騎士のいる方へ左手を向けたかと思うと、騎士の一人の鎧がぐしゃりと変形しながら吹き飛ばされる。
「悪いが、今日はここまでみたいだね。今度、君達を見かけたら確実に殺す」
ゼルバートはこちらを睨みながら、先程プリムから聞いた魔封晶をどこからか取り出して、右手で握りつぶした。
握りつぶされた魔封晶からは黒い霧のような物がたち上り始め、みるみるゼルバートの全身を覆ったかと思うと、霧が晴れると同時に彼の姿は跡形もなく消え去っていた。
「行ったのか?」
「……みたいね」
「助かったー……いっつ!?」
息を吐きながら安堵した瞬間、左手の痛みが増す。
「何でこんな目に遭わにゃならねえんだ」
左手を庇いながら、プリムと一緒に吹き飛ばされた騎士の方へと向かう。
「大丈夫か?」
「うぅ…」
魔弾が直撃していたが、鎧を着ていたおかげで一命は取り留めているらしい。だとしても、まるで紙のようにひしゃげた鎧を見ると、直接体に当たったことを考えるだけで震えるな。
「君達、さっきのは誰だ?」
倒れた騎士を介抱していた、もう一人の騎士が尋ねてくる。
「そんなことより、この人医者に連れて行こう。話はその後で…」
「その必要はない。今聞こう」
騎士を立ち上がらせようとすると、後ろから声をかけられる。今度は誰だよ?
振り返ると、顔の目の前に剣の切っ先が突きつけられていた。剣の持ち主を見上げると、そこにはプリムの首を右手で押さえながらこちらを見下ろす俺と同じ異世界更生者であり、クエス王国騎士団長のスメラギが立っていた。