ササンカ組のアジトの中に踏み込んだ瞬間、水を被っていても感じる肌が焼けそうな熱さに足が止まってしまう。天井付近には黒い煙が逃げ場を無くしたように溜まり、アジトの中はそこら中から上がっている火にあかあかと照らされている。息をすれば喉も焼けそうだ。
「ここは、別れた方がいいですね」
服の袖を口に当てながら「危険を感じたらすぐに避難するように」と言うシジマの提案に賛成する言葉の代わりに頷いて各通路に別れた。
「誰かいますか!」
呼び掛けに答える声はなく火が爆ぜるパチパチと言う音だけだ聞こえ木でできた扉が崩れる。このままではアジトの倒壊も時間の問題だろう。半ば叫ぶように呼び掛けを続けながら廊下を進む。
「うぅ...」
歩いているうち一つの障子の向こうから呻き声が聞こえた。
「大丈夫ですか!?」
火の付いている障子を蹴破って中に入ると、そこには二人の人がいた。
一人は頭の横を刈り上げて柿渋色の肌をした若い男で、もう一人は恰幅の良い中年の男だった。中年の方がさっき聞いた呻き声を出した男だろうとすぐに分かった。と言うのもその男は今でも呻き声をあげているからであり、若い男に顔を鷲掴みにされて足が床から浮いているからである。
「ん?誰だ?」
若い男が中年から手を離してこちらに向く。落とされた中年は力無くその場に倒れてしまった。よく見れば酷い怪我をしているようで、顔は脂肪だけのせいではない腫れようだった。
「何してんだ!ここは危ないから早く避難しろ!それにこの人、お前がやったのか?」
「そいつは俺がやったが、お前は...どうやら組の者じゃないみたいだな。火事を見つけて助けに来た民草か。殊勝な心掛けだな」
問いかけに、男は俺の顔を品定めするように見た後、特に興味も無さげに返事をする。
「なんでこんなこと...」
男から目を離さないようにしながら中年に近寄って抱き起す。
「そんなことは決まっている。こいつが悪で俺が正義だからだ」
俺が抱き抱える男を軽蔑するような目で見下して話す男はこう続ける。
「名も知らぬ民草。よく覚えておけ、俺の名はロメロス。この腐敗した国、ロンシャ王国に革命を起こす者だ!」
驚きについ目を見開いてしまった。この男がロメロス、ロンシャ王国で内乱を引き起こしている張本人だと言う。
「民草を巻き込むわけにはいかんし、今日は帰るとしよう。運が良かったなぁササンカ!」
ロメロスの言葉で、自分が支えている相手がこのササンカ組の組長だという事の察しがつく。
「フン!」
ロメロスは体を壁に向けた後、声と共に勢いよく壁を殴りつける。すると、壁は大きな音と火の粉を発しながら綺麗な円の形にくり抜かれた。壁の向こうはすぐに外なっており、眩しく燃え上がる室内と対照的に月に照らされた静かな夜が広がっていた。
「ではな民草。またいずれ会うかもしれん」
「ま、待て!」
「…なんだ?」
つい呼び止めてしまった。こいつをこのまま行かせてはいけない気がしたから。
だが、俺に何ができる?
「なんなら一緒に来るか?」
俺が言い淀んでいたのを見かねて、歯を見せて笑いながらこちらに手を差し伸べてくるロメロス。そんな彼の顔はどこか優しげで、吸い込まれそうだった。
はっと我に帰り首を振る。
「そうか。じゃあ今度こそさらばだ」
ロメロスそう言うと、壁にできた穴からゆっくりと夜の闇へと消えていった。
「うぅ...う。ゴホッ」
しまった。ササンカの事をすっかり忘れていた。俺も少し煙を吸いすぎたのか息が苦しい。全身を水で濡らして来た筈なのに全て乾いて熱を帯びているように感じる。
「早く出なきゃ...」
辺りを見渡すが、もうどこも火の手が迫っており、逃げ出すことができなさそうだ。ロメロスが空けた穴以外は。
「ここしかないか...」
火事を起こした張本人が空けた穴に助けられるとは皮肉なもんだが。
「重いっ!」
ササンカの体は重く、力が入っていないせいで余計に重い。なんとか外に出たのと同時、さっきまでいた場所が天井から崩れた。
「大丈夫かー!」
「誰かいるのか!?」
命からがら脱出したのも束の間、近くの壁から、木と火を吹き飛ばしながらスイレンとシジマがアクション映画顔負けのスタントのように飛び出して来た。
もっと普通に出て来れんのか...。
「コウイチ!?」
「ササンカ組長!?」
各々が俺とササンカに気が付いて駆け寄ってくる。あんな登場の仕方をしたせいか、心なしか二人の動きがスローモーションに見える。
というより、動きも遅いしぼやけて見える。視界の端から夜のものとは違う闇が降りてくる。
––––ここで俺の意識は途切れた。