──ロンシャ王国内某所、ロメロス組の潜伏地にて。
「ごほっ、、はぁ」
ほぼ閉め切った窓から漏れるわずかな光だけが部屋をほのかに照らす中、体調が悪そうに咳き込みながら椅子にもたれかかるロメロスの姿がそこにはあった。
「苦しそうだね。大丈夫かい?」
そんな彼の近くの一際陰の濃い場所から、心配しているのか嘲笑っているのか分からない曖昧な色の声がする。声の主の姿は見えない。
「お前か、何しに来た」
相手を知っているらしいロメロスは鼻を鳴らした後、不愉快そうに話す。
「いやなに、ちょっと革命家様の様子を見にきただけさ」
「そんな大層なものじゃない。俺は自分のやるべきことをやるだけだ」
「それは大変結構なことだけど。
「結局それが心配で来ただけだろ。言われなくても分かっている」
ロメロスは素っ気なく返事をすると、ズボンのポケットの中から小さな麻袋を取り出すと、その中から何か小さな錠剤のような物を一つつまみ上げると口に放り込み飲み込んだ。
「これで満足か?」
「急かすつもりはなかったんだけど、ちゃんと二日に一回は飲むようにしてね」
「分かってる。それよりお前...」
ロメロスが何か話しかけようとした時、すでに影の向こうにあった気配は消えていた。
「自分勝手なやつだ」
まぁ、あんな奴はどうだっていい。俺には使命がある。この国の腐った連中を倒し、新たなロンシャ王国を創り上げる。だが、ササンカの所で少し派手に暴れすぎた。しばらくは警戒も厳しいだろうし、身を潜めていた方がいいだろう。
「ごほっごほっ、チッ」
椅子から立ち上がりながら咳き込むと、口に当てた手には血がついていた。
◇◇
「着いたぞここだ」
激しい喧嘩を見た後、スイレンの行くまま後を付いていくこと十分ほど歩くと、一つの門の前で立ち止まったスイレンがそう言った。門は赤く塗られており、人が通るには大きすぎるぐらいの立派な造りだ。
「で?もう聞くのも面倒だったから聞いてなかったけど、そのヨン老師って誰なんだ?」
「ヨン老師は『崩山拳』の師範だよ」
「じゃあ俺は今からその人に『崩山拳』を教わるわけね」
「そんな簡単にいくかは分かんないけどね」
教える為に誘拐してきたというのに、そんな簡単にいくか分からないとはどういうことだと思いつつ、古さからか軋む音を上げながら開く門をくぐり中に入る。
門の中に入ると綺麗に舗装されている石畳の奥に三重の屋根が付いている塔が
「ヨンのじいちゃん久しぶりー」
「ん、スイレンか、久しぶりじゃな。最近見なかったが何しとった。ちゃんと鍛錬はしとるんじゃろな?」
スイレンの呼びかけに半ば閉じかけている眼を少し開いて答える老人。どうやらこの人がスイレンの言うヨン老師で間違いないようだが、随分と年配だな。頭は剃っているのか抜けたのか分からないが綺麗なスキンヘッドで、肉付きが良いとは言えない細い体に布を巻き付けただけのような服を着ている。まさに仙人って感じはするけど、ほんとに大丈夫なのかこの人。急に倒れられても納得がいくような虚弱さすら感じるが。
「『崩山拳』の新しい弟子探しに行って来いって言ったのヨンのじいちゃんだろ?今日は見つけたから連れてきたんだよ」
「そういえばそんなことも言ったっけかな」
ほんとに大丈夫かこの爺さん。
「お前がそうか?」
ヨンはスイレンの横に立つ俺に視線を向けて話しかけてくる。
「どうも、コウイチです。半ば無理矢理ですが連れてこられました」
「ふむ...」
挨拶をすると、ヨンはしばらく俺の事をじっと見つめてきた。数秒間、何を見られているのか分からず眺められるままじっとしていると、ヨンが口を開く。
「素質はあるな。だが精神が全くもって話にならんな。小心者で度胸が足りん」
随分な言われようである。数秒見ただけで何が分かるというのかと言ってやりたい所だが、言われた内容が間違っていないだけに言い返せない。
「どう?修行つけてくれる?」
スイレンの問いにしばらく考える素振りを見せた後、ヨンが答える。
「まぁいいじゃろう。ギリギリ及第点じゃ」
「良かったなコウイチ!」
何故か嬉しそうに俺の肩を叩くスイレン。
これって教えてやらないって言われたらどうなったんだろうと気になったので後々スイレンに聞いてみると、どうやらその場で帰っていいと言われただろうと教えられた。誘拐されて連れてこられたのに勝手に見定められて帰っていいと言われる側の気持ちにもなれよと思ったが、後になって考えれば帰っていいと言われた方がどれだけ良かっただろうか。
「じゃあ早速始めるとするか」
「え?何を?━━って、へぶっ!?」
おもむろに構えだすヨンに困惑していると、目にも止まらぬ速さの突きでヨンに顔を殴り飛ばされた。
「いってぇなぁ!何すんだ急に!?」
「おいおい、こんなのも避けれんようじゃ話にならんぞ?」
「こんのジジイ...」
避けないんじゃなくて避けられないんだっつーの!そういえばスイレンにも『絶対不可避』のことは説明してなかったっけ。早めに教えとかないとこのままじゃボコボコにされる。
「あのな、俺は実は...」
スキルの説明をしようとしたコウイチの口がパクパクと音を出さず動いた後、止まる。
なんか、いつもいつも俺ばっかり痛い目に遭ってんのおかしくないか?『崩山拳』の師範だかなんだか知らないが、いきなりぶん殴られてるのに殴られっぱなしってのも癪だし、たまにはこっちからやってやろうじゃねーか。
「どうしたコウイチ?」
その様子を見ていたスイレンが不思議そうに声を掛ける。
「いや、なんでもない。ところでヨンの爺さん」
「なんじゃ?」
「今度は俺の攻撃避けてくれよ」
「...構わんぞ」
コウイチの顔には、明らかに何かある笑みが浮かんでいる。ヨンはそれを承知でコウイチの提案を受けて立った。
「よーっし言ったな?避けろよ?絶対避けろよ?」
「そんなに念を押さずとも貴様のような未熟者の攻撃ぐらい目を瞑っても避けれるわい」
「絶対だぞ?絶対ぜーったい避けろよ?」
自信満々で話すコウイチの姿を見て、ますます不思議そうに顔を傾げるスイレン。
コウイチの自信はどこからきているんだ?確かに一度『正拳突き』のスキルは見せてもらったが、筋は良いなと思った程度でまだまだ発展途上なのが否めない代物だった。これといって突きの速度が速かったわけでもなく、かといって当たったら恐ろしいと思えるほどの威力があったようにも感じない。それなのにこの男はヨン老師に自分の攻撃を当てるつもりでいるらしい。
どうやって?
スイレンの疑念は拭えないまま、コウイチはヨンに向かって拳を振り抜く。
「よっしゃくらえや!『正拳突き』!!」
しかし、彼女の疑念はすぐに吹き飛び驚愕に変わった。
正確に言えば、結果的にコウイチのパンチを避けれず受けたヨンが後ろに十メートルほど吹っ飛んだ瞬間に。