コウイチがヨンに放った『正拳突き』はなんの変哲もないただのパンチだった。近くで見ていたスイレンにはそれがよく分かった。だからこそ、その拳をヨンが避けれなかったことに対する一連の動きの違和感は到底理解できるものではなかった。
走り出したコウイチの動きは単調で分かりやすく、そのうえヨンはコウイチの拳のスピードも軌道もタイミングも把握していたはずだ。それを分かった上で確実に回避するように体を動かし始めた...はずなのだが。
なぜか、動き始めたヨンの体はその瞬間に強張ったように固まってしまい、結果コウイチの拳をモロに受けてしまった。
「ほんとに当たった...」
後ろに吹っ飛びながら宙を舞うヨンの姿を口を開けて見ているスイレンと、
「あれ?そんなに吹っ飛ぶ?」
そして、何故か自分のやったことに驚いているコウイチの姿があった。
そんな二人が見守る中、吹っ飛んでいるヨンが空中でくるりと一回転したかと思うと音もなく地面に優しく着地した。
「これは驚いた。なにしたんじゃ?」
顔の前に手をかざしながらゆっくりと姿勢を正すヨンを見て、直撃を免れて手で受けた後に威力を殺すために自分から後ろに飛んだのだとスイレンはすぐに気づいたが、
「はっはっは!どうだ見たか!」
そんな事は露知らずのコウイチは当てたことが嬉しいらしく呑気に笑っている。
「どうやったんだよコウイチ!ヨンのじいちゃんに当てるなんてお前案外すごい奴なのか!?」
「あったりまえよ!誰だと思ってんだ俺を!」
「見直したぞー。ただのもやし男かと思ってたのに」
「誰がもやし男だよまったくこの暴力女はー」
「誰が暴力女だよこのー」
「一回当てたぐらいで、そんなに騒ぐなアホ共!」
「いでっ!?」
「あたっ!?」
はははと笑い合うスイレンとコウイチはいつの間にか近づいたヨンに拳骨を入れられ悶絶してうずくまる。
「さて、落ち着いたか?」
「「はい、すいませんでした」」
地面に横並びに正座させられて大人しくなった二人を見て、一つ咳払いをしてから話し出すヨン。
「で、小僧。さっきなにをしたか教えてくれるか?」
スイレンも思ったのと同じように、ヨンもまた自分の身に起こったことが不思議でならなかった。確かに自分は避けようとした、それなのに避けようとした途端、何故か体が動かなくなってしまった。咄嗟の判断で受け止めて威力を殺すようにしたが、今までの長い武闘家人生の中でも初めての経験だった。
「あぁ、それなら俺の『絶対不可避』ってスキルのせいだと思うよ」
その言葉を聞いたヨンとスイレンは目を見開いて固まってしまう。
「え、どうかした?」
「今、『絶対不可避』と言ったか?」
「う、うん知ってるのか?」
その言葉に返事をしたのはスイレンだった。
「知ってるなんてもんじゃないぞ!なんでコウイチがそのスキルを持ってんだよ!?」
おぉ、なんだか新鮮な反応だな。今まで珍しいスキルだから知ってる人なんていなかったのに。
「そんなに凄いスキルなのか?使いづらいだけだぞ?」
「なんということを言うんじゃお前は!」
なぜかヨンに怒られてしまって戸惑う。
「一体『絶対不可避』ってなんなんだよ?なんでそんなに騒いでんだ?」
コウイチの質問に答えたヨンの答えは予想外のものだった。
「小僧、お前の持っとる『絶対不可避』のスキルは、このロンシャ王国の国教としているクレナ教が崇める武神クレナ様が持っていたとされるスキルの一つじゃ」
「はぁ」
「リアクション薄くない?」
クレナってあのクレナのことだよな。その本人からもらったスキルだし、驚きはしないけど。そう聞かされた上でも、この使いづらいスキルがそんなに凄いものだとは到底思えないし、第一スキルを与えたクレナ自体が『絶対不可避』で事件に巻き込まれて困ってる俺を見て楽しんでるなんて事は言えないが...
ただ一つ分かったのは、この国がそんなおかしな女神を崇めた宗教を国教にしているヤバい国だということだ。
「まだ今ひとつ凄さを分かっとらんようじゃな。武術を教える前に、その『絶対不可避』がいかに凄いものなのかしっかり教えてやらねばいかんようじゃな」
その言葉とともに、ヤバい宗教をやっている人によるヤバい女神の説明会が始まったのだった。