「まず大前提として、女神クレナについて説明しなければならんのだが…」
そこまで話したところで、ヨンはふと上を見上げる。見上げる先には雲一つない空に眩いばかりの太陽が輝いている。立っているだけで汗が垂れてくるほど暑いほどに。
「ここではなんじゃから中に入るか。ついてこい」
ヨンは振り返って塔に向かって歩き出す。
塔の中は板張りの床で内装はほとんど手が入れられておらず簡素な造りになっていた。冷房なんてものはあるはずもなく、まだ暑さは残るが日陰になっているため外にいるよりははるかに過ごしやすい。
「それじゃ始めるとするかの」
壁に掛けてある黒板の前に立ち、その前に俺を座らせたヨンの講義が始まる。スイレンは話が長くなるのを察したのか散歩に行ってくるなどと抜かしてそそくさといなくなってしまった。
「まず女神クレナ様とは遥か昔に我々と同じロンシャ王国に生まれた普通の人間だった方が神となった存在な訳じゃが…」
「すいません。もう付いていけません」
開始5秒で手を上げてヨンの講義を遮る。
「あいつ元々人間だったの?」
「あいつとはなんじゃ!クレナ様を友達みたいに呼ぶな!」
「ッ〜〜!!」
私怨からつい口をついて出てしまった為、再び拳骨が飛んできて頭を抱えてその場にうずくまる。
痛みに悶える俺を放置してヨンの講義は再開される。
「クレナ様はロンシャ王国の建国者にして初代国王として民を導き、この枯れ果てた砂漠の土地に人の住めるように水源を掘って街を作ったんじゃ」
あんなヤバい女についていった民がいたことが信じられんが、言葉にするとまた拳骨が飛んできそうだし黙って聞いておくことにする。
「彼女はロンシャ王国の代名詞でもある武と義に重きを置き、武術の発展と自ら自警団として悪を挫く活動をされて民にも大層慕われていたという。そんな彼女はとても清廉な方で困っている人がいたら必ず助けたらしい」
「ダウト!!」
今度は言葉もなく殴られた。ちょっとツッコんだだけなのに...。
てかその逸話多少どころではない脚色がされているとしか思えない、だって俺の知るクレナは人が困っているのを見てケラケラと笑っているような奴なのだから。
「そんなクレナ様はロンシャ国王にふさわしく、様々なスキルと武術を習得しており、その数ある内の一つが...」
言葉を区切り俺に目を向けるヨン。
「俺の持つ『絶対不可避』だと」
「その通りじゃ。クレナ様の持っていたとされるスキルを習得している者は過去の歴史の中でもロンシャ王国で生まれた者しか持っていないはずなんじゃが...、そこに現れたのがお前じゃコウイチ」
なんとなく話は分かった。この国の人たちが信仰してる女神クレナ様の持っていたスキルを俺みたいな余所者が持っているから不思議に思ったのだろう。
だが、俺は今の話を聞いてそんなことよりもっと気になることができた。それについて聞かねば気が済まない。
「それは分かったんだけどさ、そのクレナ様が持ってたスキルって他にはどんなのがあんの?」
その質問にヨンは、俺がクレナに興味を持ったのだと勘違いしたのか嬉しそうに答えてくれた。
「そうじゃな。有名なものだと、あらゆるものを破壊するという拳の『
「......ふーん」
そっちよこせや!!!!!!!
なんで、そんな数ある強そうなスキルの内の『絶対不可避』やねん!
「どうかしたのか?」
「...いや、なんでもないです」
黙り込んでしまった俺に不思議そうに問いかけてくるヨンには特に何も言わず返事をする。心の中でとはいえ、つい使ったこともない関西弁でツッコんでしまった。
「じゃがクレナ様はスキルだけで強かったわけではないんじゃぞ。さっきも言った通り彼女はあらゆる武術を習得していたからスキル無しでも一人の武術家としてとんでもなく強かったらしいからのぅ」
心からクレナを尊敬しているらしいヨンは、何故か自分のことのように自慢げに話す。そしてふと俺の方に視線を戻すと、藪から棒に「ところでコウイチ。お前クレナ教徒か?」と聞いてきた。
「あぁ、まぁ......一応、そうみたい」
「なんじゃその煮え切らん返事は!」
またポカリと殴られる。
「クレナ教徒だけど、それがどうしたんだよ!?つかいちいち殴んな!痛いんだよ
実は、スキルのせいとはいえ避けると言ってコウイチに拳を当てられたことを地味に根に持っているヨンは、そんなことを本人に言うはずもなく拳骨でちょっと嫌がらせをしていただけなのだが、コウイチにはこの老人はすぐに手を出すヤベー奴だと認識されていた。
「クレナ様の神聖なスキル頂いたことに感謝を込めて一緒にクレナ様に祈りを捧げるぞ」
ヨンはそう言うと、目を閉じて両手の中指だけを立てて天に掲げる。
それを見てコウイチは、あぁ、そういえばクレナ教の祈りはこんなんだったなぁと思い出しつつ、やっぱりこんな祈りのポーズをしている宗教が崇めている女神はろくなもんじゃないと確信したのだった。