「今日は休んでいいぞ」
いつも通り朝ごはんを済ませた後、スイレンと外周を終えてから組手の稽古に取り組もうとした時のこと、ヨンから突然そんなことを言われた。ロンシャ王国に来てからと言うもの、一日も休まず稽古を続けてきていたので、どうしたんだと聞いてみると、どうやらこの後来客があるのだと言う。要は邪魔だから出ていけとのことらしい。
「休みって言われてもなぁ」
スイレンと共に道場を出て、サランの街をこの後の予定を考えながら歩く。
「嬉しくないのか?」
「いや、まぁ嬉しいのは嬉しいけど...」
この四ヶ月間、休みなく稽古に明け暮れていたのと武術にハマっていたこともあるので、急に休みと言われても稽古ぐらいしかやりたいことが思い浮かばないのは俺も随分毒されているのだろうと苦笑する。
「だったら今日はサランの観光でもしてみるか!」
スイレンの提案を拒否する理由もないので、彼女に街を案内してもらうことにする。思い返してみれば外周を走りに行く意外でサランの街並みをゆっくり見たこともないし、ちょうどいいかもしれないな。
「ゆっくり見て回ると、案外道場っていっぱいあるんだな」
まだ日も高い時間なので、先に腹ごしらえをしようと言うスイレンに付いて人で賑わう街を歩いていると、至る所に道場と書かれた看板を掲げる場所が目に入る。
「武の国って言われるのも納得だろ?」
誇らしそうに話すスイレンに同意しつつ、数多ある道場の看板達に目をむけると、武術に剣術、槍術、棒術、弓術とその種類も流派も様々で、こんなに道場があったら潰れないかと心配になるほどだが、どこの道場も子供から大人まで多くの人が出入りをしているのを見る限り、どこの道場も繁盛しているらしい。
「そう言えば、『崩山拳』を習いにきてる人見たことないんだけど、いるのか?」
「今はあたしとコウイチ以外いないぞ」
スイレン行きつけだと言う店に入り、注文した料理を食べながら街を見て思った疑問を投げかけてみると、予想外の返事が帰ってきた。
「なんで!?仮にも女神が使ってた武術なんだろ?みんな習いたいもんなんじゃないのか?それにあんな馬鹿でかい道場があるのに誰も門下生がいないって、道場が潰れるんじゃ...」
「確かにクレナ様の武術だから習いたいって人はいっぱいいるんだけど、そもそも道場に入れてもらえないだけだぞ。じいちゃんが入りたい奴をテストして認められた奴しか入れないからな」
「え!?そうなの!?」
「そうだよ!じいちゃんに会うとき言っただろ?簡単に入れるか分かんないって」
そう言われればヨンのじいさんに会う時にそんな含みのあることを言ってた気もするが...。
「それはいいとしても、人がいないんじゃ道場が潰れるだろ」
「その辺も大丈夫だ。『崩山拳』はクレナ様が作った武術なのと、現国王の使う武術でもあるから国によって保護されてるんだよ」
「なるほどな」
どうやら無駄な心配だったらしい。
「それにしても国王も『崩山拳』の使い手なんだな」
たしかヨンがクレナの持ってたスキルで『崩山拳』の奥義を使えるとか言ってた気がするがそういうことか。
「そうだ!なんなら会いに行ってみるか?」
「誰に?」
「誰って国王だよ国王。今の話の流れ的にそうだろ?」
「はい!?」
何をそんな軽いノリで言ってるんだこいつは。
「だって今の国王って前カエン組の組長だし、親父とも仲良いからあたしとしては親戚のおじさんみたいなもんだよ
」
「それは別にそうかも知れないけど、会ってどうするんだよ?」
クエス王国にいた時なんて国王って存在がいるのは知ってたけど会うようなことは絶対になかった。それを本当に親戚に会いに行くような感じで誘われてもなんと答えていいか分からない。
「最近真面目に修行してるみたいだし、バルクラヤのおじさんに会えば何か『崩山拳』のヒントを教えてくれるかもよ?」
「いや、まぁ、それはそうかもだけど...」
「迷ってても仕方ないし、とりあえず行ってみようぜ!」
「ちょ、心の準備が...!」
「そんなのいらないいらない、せっかくの休みなんだし。さ、レッツゴー!」
話しながら食べていた料理はもうなくなっていたため、さっさと勘定を済ませたスイレンは俺の腕を掴んで王宮のある方へとズンズンと歩き始めた。国王ってこんな勢いで会っていいのか?
スイレンの言っていたことが嘘とは思わなかったが、王宮の前にある屋敷が丸々一個通りそうなほど大きな門の横に立っていた警備と一言二言彼女が話すと警備員が通る用らしい小さなドアから中に入っていいと言われて王宮の中へと足を踏み入れていく。
「ほんとに来ちゃったよ...」
「そんな緊張しなくても大丈夫だって。バルクラヤおじさん優しいから」
そんなこと言われても一国の主と会うことなんて普通に生きていたらまず無いのだから、緊張するなという方が無理な話である。
そんなことなど毛ほども察しないスイレンは自分の家でも歩くように王宮の中を進み続ける。
王宮内はどこを見ても高そうな調度品に溢れており、働いている使用人らしき人達からもどこか気品さを感じてしまうほどである。
「おや、コウイチ君じゃないですか。久しぶりですね」
しばらく王宮内を歩いていた時のこと、近くのドアが開き中から人が出てくる。その男は横を通り過ぎたコウイチの姿を見つけると陽気に話しかけてきた。
アウェーの地で少し顔を下げながら歩いていたコウイチが顔を上げて振り返ると、そこには胡散臭い笑みをこぼしながらこちらに手をひらひらと振っているスーツ姿の男が立っていた。
その男は、秘密結社『宵の手』のリーダーであり、コウイチと同じ異世界更生者でもあるヤクモだった。
「え、ヤ、ヤクモさん!?」
異国の地で初めて会った知っている顔がヤクモだったことに驚きを隠せずその場に固まってしまった。