絶対不可避の異世界更生   作:浅葱 沼

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千緇盤硬

 

「離せっ!クソッ!」

 

 テラスはヤクモに握られた手を振り解こうと腕を振るうも、しっかりと掴まれた手は手首から離れることはない。

 

「あんなに殴られた末にやっと捕まえたんだから離さないよ」

 

 ヤクモはいつも通りの笑みを見せながら一段と強くテラスの手首を左手で握り込むと、空いている右手でテラスの左手を掴もうと手を伸ばす。

 

「やめろ!!」

 

 ヤクモの動きに気付いたテラスは目にも止まらぬ速さで拳を打ち込んでヤクモの動きを止めようとするも、拳の当たった音がするだけでヤクモの動きが止まることはなく、あっさりと左手も捕まってしまう。

 

「なんなのお前!?何でなにも効いてないんだよ!?降ろせ!」

 

 両手を掴まれながら持ち上げられたことで足が地面から離れ宙吊り状態になっているテラスは、見た目通りの年齢の子供のように浮いた足をバタバタと振りながらヤクモを蹴り続けていた。

 

「よし。もう出てきていいよ」

 

 ヤクモのその一言で、誰もいなかったはずの彼の横に突然大男が姿を表す。大男は手に持っていた布を素早くテラスの口元に当てると、テラスは糸を切られた操り人形のように力を無くし頭を垂れてしまった。

 

 その姿を見たコウイチは思わず声を漏らしてしまう。ヤクモの横に現れたのは『宵の手』のメンバーの一人、グレゴリだった。

 

「グレゴリ!?」

 

「久しぶりだなコウイチ」

 

 ヤクモの手を離れ意識を失ったテラスを担ぎながら話しかけてきた。

 

「いや、久しぶりだけど、それ...」

 

 コウイチがテラスを指差しながら聞いてくるのにグレゴリは、「あぁ」と何かを察したように、

 

「心配しなくていい。シトネ草を染み込ませた布を嗅がせて眠らせただけだ。殺したりはしてないぞ」

 

 そう言いながら笑った。

 

「そっか、それなら安心......じゃなくて!いたなら早く助けてくれよ!」

 

「それについては僕がそうするように言ったんだよ」

 

 コウイチがグレゴリに突っ掛かるのを割って入ってきたのはヤクモだった。

 

「ヤクモさんが?」

 

「僕以外がこの子を捕まえようとするとどうしても誰かが怪我をするだろうからね。誰も傷付かずに捕まえれるならそうしたほうがいいだろう?」

 

「そうだ!ヤクモさん怪我は!?」

 

「この通り無傷だよ。服はボロボロになっちゃったけどね」

 

 コウイチが心配そうに尋ねると、ヤクモは自分の胸をポンと叩きながら無事なことをアピールして笑う。

 

「これが僕のスキル『千緇盤硬(せんしばんこう)』だよ。それと、デメリットについては言う必要もないかな?」

 

 ヤクモの言葉通り、コウイチはさっきの戦いを見て一つ気になることがあった。

 

「ヤクモさんは攻撃ができない、もしくは攻撃するのに制限があるとかですか?」

 

「さすが。察しがいいね。正解だよ。僕の『千緇盤硬』はあらゆるダメージを通さない防御スキルなんだけど、僕は攻撃することができないスキルなんだ」

 

 どうりでテラスに手を伸ばす度に殺気が感じられないわけだ。

 

「だから僕は誰と戦っても勝てないけど負けないんだ」

 

「それはなんとも...」

 

「微妙だろう?」

 

 スキルを聞いて思ったことをあっさり自分から口にして苦笑するヤクモは「でも...」と続ける。

 

「そのおかげで誰も傷付けることはないから案外気に入ってるんだよ。僕は血が苦手だからね」

 

 ヤクモは、はははと自嘲気味な笑い声を上げた後、グレゴリに向き直る。

 

「じゃあグレゴリ。その子について色々調べてきてくれるかな。特にその腕に関しては重点的にお願いするよ」

 

「はい。ではしばらくお側を離れさせていただきます」

 

 そんな短い会話だけ交わすとグレゴリはまた『転移』を使って消えてしまった。

 

「さて、何だか急な事件に巻き込まれちゃったけど、思わぬ収穫も得れたし今日は帰るとするよ」

 

 巻き込まれたのは自分のスキルのせいかもしれないと思いつき、自責の念に駆られるも口には出さずに黙っていることを選択したコウイチのことは露知らぬヤクモは軽く挨拶をしてその場を後にしようとした時、何かを思い出したように振り返る。

 

「あ、ツガヤマ君。今日言ってた僕の仕事を手伝って欲しいって話だけど」

 

「あぁ、それなら...」

 

「それなんだけど、やっぱり忘れてくれるかい?」

 

「え?いいんですか?」

 

 あの感じだと、いつもみたいになんだかんだ巻き込まれるものだとばかり思っていただけにヤクモの思わぬ提案に驚いた。

 

「さっき捕まえたテラス君から色々わかりそうだし、ツガヤマ君には『崩山拳』の修行を続けてもらった方が良さそうだからね。もし力を借りたくなったらまた頼みにきていいかい?」

 

「あ、あぁ。俺なんかで手伝えそうなことなら手伝いますよ」

 

「ありがとう。じゃあまたね」

 

 やっぱり胡散臭く見えてしまう笑顔を見せた後、あっさりと帰ってしまったヤクモを見送り、コウイチとスイレンは『崩山拳』の道場へと帰ることにした。

 

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