キーラとクゥがテサボンの街を出て王都サランに到着するまでおよそ一ヶ月━━、
王都サランの街にて、
「今日はここまで。あとは各々でやりたいことをするように」
ヨンの一言で修行は昼過ぎに終わってしまった。朝一でやる外周も、今ではスイレンとどちらが早くゴールできるか全力で戦える程になっていたため2時間ほどで終わってしまう。
「スイレーン、組手してくんない?」
ヨンから言い渡された『崩山拳』の発展について、いまだ自分の中で答えが出ない悶々とした気分を忘れようとスイレンを組手に誘ってみるも、首を横に振られてしまう。
「ごめんコウイチ。今日はちょっと親父の所行こうと思っててさ...」
「なんか用事か?」
「うるさくなるだろうから出来れば聞きたくなかったんだけど、親父に『崩山拳』の発展について聞きに行こうと思ってさ...。あんなのでも一応頼りにはなるから」
静かにしていれば綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、歪んだ顔をしながら返事をする所を見るに、本当に出来れば聞きたくなかったのだろう。
「コウイチも一緒に来るか?」
「うーん......。いや、俺はもう少し自分で考えてみるよ。何かヒントになりそうなこと教えてもらったら俺にも教えてくれよ」
まだヨンに発展系について聞いてから数日しか経っていないし、スイレンは悩んだ末に親父さんに聞きに行くのだから俺はもう少し自分で考えるべきだろう。
「オッケー。明日にはまた帰ってくるから。それじゃ!」
手を振りながら門へと小走りで駆けていくスイレンを見送った後、塔の中にある自室へと戻りながら思考を巡らせることにした。
(『絶対不可避』に合わせた発展系か......一撃の威力を高めれば避けられない強力な攻撃になるだろうし、テクニカルな動きで完封できるような戦いもできそうではある......けど、やっぱりこっちも避けられないとなるとリスクがでかいよなぁ。
てかそもそも、ヨンは基本はできるようになってきたって言うけど、この間のテラスの動きだって目ですら追えなかったし...。これから先、もしあんなのと戦うってなったらいくら発展系を極めたところで意味ない気もするし...。)
頭の中でそんなことをぶつぶつと考えながら、中々発展系が決まらない苛つきを抑えるために体を動かしていると、気がつけば日もとっくに沈み空には日本にいた頃には見たこともないような大きく綺麗な月が輝いていた。
「もうこんな時間か...」
「気分転換に散歩でもしに行かへん?いい場所知ってるんやけど」
部屋の中でボソリと呟いた独り言に背後から返事が返ってきたことに一瞬驚いてしまったが、その口調から誰なのかはすぐに理解できたので、驚いてしまった動揺を隠しながらも振り返る。
「何しにきたんだよ。途中経過はこの間見に来たばっかりだろ?」
「今ビクッ!ってしたやろ?急に声かけられてビクッ!ってしてるー」
人が何事も無かったように話しているのに、わざわざ指摘して笑ってくるクレナに一発ぶち込んでやろうかと拳に力を込めながらもグッと堪える。
何をしに来たのかは知らないが、正直なところクレナには会いたいと思っていた。こんな奴に会いたいなんて思うのはどうかしているのかもしれないが、仮にもこいつは『崩山拳』を作った張本人で俺に『絶対不可避』のスキルを与えた人物でもある。発展系について何かきっかけになるようなことを聞けるのはこいつぐらいなものだろうし。
「今日はえらいおとなしいやん。よっぽど発展系について煮詰まってるみたいやなぁ」
「そういえば心が読めるんだっけか、なら話が早いな。『絶対不可避』を応用した発展系について...」
「まぁまぁそう急ぎなや。せっかちな男はモテへんで?女の子が散歩がしたいって言ってんねんから黙って付いてくればええねん」
随分と好き放題言ってくれるが、散歩に付き合えば何か教えてくれると言うことなのだろう。
「で?どこ行くんだよ?確かクレナって人に見られちゃだめだったろ?」
「こうすれば絶対バレへんやろ」
そう言ってクレナは俺のベッドに敷かれているシーツを取ると、頭の上からすっぽりと被り子供が幽霊の真似事をしているようにしか見えないチープな変装をしてみせた。
「それでバレないなら今までも苦労しなかったと思うけど...」
◇◇
「とうちゃーく!」
「なんでほんとにバレないんだよ!?」
あっさりと目的地についてしまったことでつい大きな声が出てしまった。
いくら夜で人が少ないとはいえ、あまりにもスムーズに来れてしまったことに遺憾の念が絶えない。
「まぁもういいけど。ここは?」
そこは段々に作られた居住用の建物が並ぶ少し小高い街の一角で、眼科にはサランの街並みが一望でき、上を見るとさっき見た時より高い位置にいる月が遠くなったはずなのに大きく見えるほど余計なものが視界に入ってこないほど開けた場所だった。
「ここはウチがこの国に住んでた時によく来た場所でな。こんな機会でもないとこられへんから久しぶりに来たかってん」
「...ふーん」
一瞬、サランの街を見つめながら話すクレナに見惚れてしまいそうになったが、自分にしっかりしろと言い聞かせて持ち堪える。見た目が美人で絵になるだけで中身は人の不幸を見て喜ぶような奴だぞ、しっかりしろ。
しかし、こんなやつでも望郷の思いがあったりするものなのだなと、どこか親近感を覚えた。
「気も済んだろ?なんか教えてくれよ」
「あぁ、『崩山拳』の発展系な。それやったらあんたに教えることはなんもないから自分でなんとかしぃ」
俺は、意地悪な顔で微笑みながら答えるクレナに今度こそ力強く握りしめた拳を振り下ろした。