某妖怪「超有名冒険譚の主人公が目の前にいるんやが」   作:ピコッピコ

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土蜘蛛は機嫌が良かった。

 

己の屋敷で、己だけの部屋で、ゆったりと書物を広げる。

 

それが何よりも落ち着いた時間であり、心が弾む時なのだ。

 

侍女に入れさせたワインを口に含む。

 

キリリとした辛味と、発酵したブドウの香りが鼻に抜けていく。

 

……あまり好きな味では無い。

 

というのも、土蜘蛛は元祖軍の大将。

古き良きを守るという保守的な性格も相まって、あまり外の文化に迎合しない。

 

ワインよりも日本酒の方が好きだ。

 

なら、何故ワインを呑んでいるのか。

 

簡単な話。

ルーティンの一部であるからだ。

 

()()()()を読む時は、必ず()()()()()()()()()()()

 

かつてヨーロッパ等で、貴族だけがしていた呑み方。

 

原液のまま呑むのは、庶民が手っ取り早く酔う為で、高貴な者は味を楽しむ為に薄める。

 

これをするのは、土蜘蛛が位の高い妖怪であるというのもそうだが、なにより

 

土蜘蛛の好きな妖怪……この作品の主人公が好んでいた飲み方、そしてこの作品で重要なポジションだからだ。

 

グルメ漫画を読んで、出てきたオムライスを食べたくなるような感覚で呑んでいる。

 

土蜘蛛はパラパラと書物を──

 

──かつて禁書とされ焚かれた本を、捲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガネラが扉をノックすると、中から呑気な声が聞こえ、すぐに扉が開いた。

 

出てきた令嬢は呆気に取られた様子で私たちを見て、その様を見てガネラは笑みを浮かべた。

 

「ワインでも飲みませんか?」

 

私の持つ盆の上にあるワインとグラスを見て、娘は少しばかり不思議そうな顔をした後、ニコリと笑い

 

「勿論です!」

 

と言って、私たちを部屋に入れた。

 

部屋は広かった。

 

大きな窓に、シルクの天蓋のベッド。そして壁紙はエメラルドグリーン。

流石は貴族だ、という嫌味が出てきそうになって、私は口を噤む。

 

こんな所で、ガネラの評判を下げるわけにはいかない。

 

娘とガネラは椅子に座った。

 

私がワインを入れようとすると、ガネラは手で制し、私を座らせた。

 

そして、令嬢にグラスを差し出した。

 

「貴方がいれてみて。」

 

私は呆気に取られた。

 

令嬢は、貴族である。

 

令息が妖怪が見えるからと、各地から霊媒師や退魔師を呼ぶなんてことが出来、尚且つ旅人である我々に、妖怪を何とかできるだろうからと、大金を差し出せる。

そんな貴族の娘だ。

 

そんな者にワインを入れさせるなど、失礼極まる。

 

いつもの気まぐれか、はたまた考えがあるのか、もしくは何も考えていないのか。

 

私には理解できなかった。

 

「人生経験も必要でしょう?」

「は、はぁ……分かりました。」

 

娘は困ったように笑って、承諾した。

 

人の良い笑みだ。

領民に慕われているのも頷ける気がした。

 

ワインボトルを持ち、グラスの中に注ぐ。

バラのように紅いワインが波打ちながら、並々注がれた。

 

「ああっ、ごめんなさい。こんなにいっぱい出てきてしまうのね……」

「良いのよ。元々私がワガママ言っただけなのだから。」

 

令嬢は私にもワインを注ぎ、差し出した。

 

謹んで受け取り、口を付ける。

ほのかに甘さがあり、美味しい。

 

「ところで貴方、普段は呑むの?」

「ええ。ワインは趣味の一つでして……夜中頻繁に。ですから、お二人が誘ってくださったのは嬉しいんですよ!」

「あらまあ、嬉しいわ。」

 

ガネラはこれまた笑みを浮かべ、令嬢に労う声をかけた。

 

「貴方のお父様に、貴方のことを自慢されたわ。ワインの知識が豊富なのだと。」

「え、ええ。自慢する程では無いけれど……」

「お尋ねしても。」

「……そんなことを語っても、不味くなるだけですよ?」

「そう。なら止めておきましょうか。」

 

言い切ると、少しばかりの静寂が訪れた。

 

私は令嬢の顔を見た。

いつも通りの娘だ。

 

少し緊張した面持ちであることを除けば、この三日間で見慣れた、天真爛漫そうな娘だ。

 

数分も経たたぬうち、突如、ガネラは笑いだした。

 

控えめな笑い声がして、私と令嬢は目を丸くする。

 

「それにしても、貴方、変わっていますのね」

 

突然の物言いに更に驚いたのは、私だけではなかった。

 

令嬢が眉をひそめる。

気分を害したのは、あからさまだ。

 

そんな令嬢など意に介さぬように、ガネラは目をゆったりと細め、言った。

 

「貴方のような貴族は、ワインを薄めて飲むものだわ。」

 

ガネラがそういうや否や、令嬢の上半身が変化した。

顔は歪み、腕は癒着し、赤い目をした狗に変わる。

 

「やって」

 

狗の妖怪が大きく口を開けるより前に、私は剣を突き刺した。

 

甲高い悲鳴が響き渡り、令嬢()()()()()が倒れる。

 

「お前がこの家に巣食っていた悪しきモノか!」

「……ッ!くそ……!な、何故わかった……!?」

「私は何も考えていませんでしたわ。貴方自身からバラしたのよ。」

 

ガネラは悠々とワインを口の中で転がす。

きっと今頃、芳醇な香りを楽しんでいるのだろう。

 

「令嬢を何処にやった!言え!」

「知らねえ!あ、あ、く、食ってやった!食ってやったぁ!!」

「嘘よ。」

 

私は剣で、狗の妖怪の体をさらに抉った。

悲鳴が立ち上がり、暴れようとするのを、足で踏みつける。

 

ガネラと目を合わせる。

 

やれ、ということだ。

 

「ギャアアアアア!!!!」

「楽しいなぁ!ああ、私はいつまでも、こうして居られるぞ!」

「わっ、わっ、分かった!分かったから……!!」

 

妖怪は震える声でそう言う。

 

そして目をギョロギョロと動かしながら、酷く怯えた調子で言った。

 

口を開き閉じ、ようやく、牙をワナつかせながら、言った。

 

「く、クモ……」

 

妖怪の息が荒くなり、まるで今さっきまで全力で走っていたかのようだ。

 

目をギョロギョロ忙しなく動かし、何かを探す。

 

「クモの、女……」

 

その瞬間である。

 

妖怪の首に白い糸が結びつき、スパッと首を落とした。

 

「なっ……」

 

妖怪の青い血が部屋中にばら撒かれる。

私は足をソレに浸けながら、ガネラに振り返った。

 

「…………」

 

伏し目がちだった目を此方に向けると、愛しい笑顔でグラスを掲げた。

 

「やっぱり」

 

ガネラが言葉を発す。

 

「味が濃くて、呑めたものじゃないわ」

 

 

 

 

 

土蜘蛛は複雑そうな顔で、書物から目を逸らした。

 

良い……という気持ちと、…………。な気持ちが入り交じっている。

 

土蜘蛛はこういう感じの話が好きだった。だけど複雑だった。

 

これは禁書である。

 

もっと具体的に言うなら、かつて、展開やキャラクター性がグロテスクかつ全体的に()()()()だったが為に、禁書と()()()()()書物だ。

 

まだ己が若かった頃に譲り受けた物。

 

ガネラが蜘蛛の妖怪と仲良く(暗喩)しているんだぜ、と言われてウキウキで読んでみたらこれだった。残念。

 

出てくる蜘蛛の妖怪は、気に入った人間のパーツを縫い合わせて恋人にするという頭のおかしな妖怪だ。

 

そりゃ禁書になる。

 

あと、そのアタオカ妖怪の口調が親戚の女郎蜘蛛(土蜘蛛そっくりの妖怪)に似てるのが、ちょっと嫌。

顔見る度に思い出す。

 

それに、これを読む度。

己の過去──人間に仇なして首を落とされた過去を思い出す。

 

でも、土蜘蛛は読んでしまう。

この本のガネラ、めちゃくちゃカッコイイと思っているからだ。

 

土蜘蛛は平安時代から生きる妖怪である。

価値観はゴア寄りだった。

 

あと、最後辺りで、アタオカ妖怪ことキラースパイダーとの戦闘がある。

 

その際に、殺されかけていた娘を庇って怪我を負うシーンが好きだった。

 

めちゃくちゃ好きだった。

ほんとに好き。

 

立ち回りがカッコイイからだ。

ガネラ、怪我を負うとめちゃくちゃ煽るのである。

 

「色んな人の脚(いろ)を奪って私は美しくなるの!」

「馬鹿らしい!ただ踏み荒らされてるじゃない!」

 

っていうシーンが一番好き。

ほんといい。

 

何かわからないけど、土蜘蛛はガネラが怪我をするシーンを見ると、めちゃくちゃテンションが上がるのだ。

なんで……?

 

初めて読んだ時は仕事も手につかず寝られなかった。今も割となる。

なぜ……?

 

「おやかたさま〜」

 

間延びした、煙のようにフワフワした声色で、扉の向こうから声をかけられた。

 

えんらえんらである。

女性の姿を取る、煙の妖怪だ。進化前は、こえんらという。

 

「なんだ。」

「呼んだ娘がやってきました〜」

「そうか……わかった、すぐに行こう。」

 

現実に戻された感覚がする。

少しばかり残念だ。

 

最近ケマモト村にやってきたという娘は、妖怪たちの悩みを聞き、解決するのだという。

 

ヒソヒソ話でしか登場しなかったその娘のことを、今や知らぬ者はいない。

 

徐々に高まっていく人気を無視するほど、土蜘蛛は高慢ではなかった。

 

火種の可能性がある。

少しづつ少しづつ燃えていき、次第に取り返しのつかない火事となる。

 

最近、妙なおぞましい妖気を感じると泣く妖怪もいるのだ。

 

不穏な芽は早めに潰さなくてはならない。

 

立ち上がり、戸を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔(つら)を上げよ」

 

死にたくなーーーい!!!!

 

ガネラこと小鳥はスッと顔を上げ、目の前の妖怪と対面した。

 

赤い隈取と、蜘蛛らしい髪型が特徴的で、声が思ったより爽やかな男の妖怪だ。

 

…………妖気が尋常ではない。

 

一目でトップであると分かる迫力がある。

 

小鳥は震えていた。

 

「貴様、名はなんという。」

「小鳥と申します。」

「ほうか。して、小鳥。吾輩の部下が世話になったな」

 

圧がすごい〜……

 

「そう気張るでない。今日は礼を言いたいのだ。」

 

笑みひとつ浮かべることなく、妖怪は眉間に皺を寄せたまま言う。

 

小鳥は微かながら、確かに口角を上げ、次の言葉を待った。

 

「貴様の功績は聞いておる。なんでも、どんな問題も奇想天外な発想で解決してくれるとな。皆、口を揃え褒めたたえているぞ。」

「もったいなきお言葉。私はただ、思いついたことを素直に口に出しただけ……解決させたのは、その妖怪自身。私は何もしておりません。」

「そう謙遜するな。吾輩も、貴様の腕は認めているのだ。」

 

かっ、帰して……家に……

 

小鳥は嫌な予感がして、本当に無い胃がキュッッと締まった。

 

偉い人が褒める時は、何かしら裏があるのものだ。

 

「どうだ。我が軍に入らないか。」

 

ああ〜疑問符が付いてない〜!!

 

小鳥は絶望した。

ここで断れば命は無い。それは確かだ。だって""軍""だもん。

 

やっぱり勧誘じゃん!!!!

 

元祖軍が勧誘(拒否権無し)したのは小鳥の能力を認めたからでは無い。

 

高まる人気を持ったまま、その栄えある知性を持ったまま、敵の手に渡るのを恐れたからだ。

 

そんなこも、小鳥はとうに気づいている。

どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ここで勢力分けされると、今後旅する時に支障が出る。

具体的には、本家側の妖怪や国と関われなくなる。

 

好きに生きられなくなるのだ。

 

あと、もし普通に戦場出されたら死ぬ。

 

断る=死

承諾する=死

 

「……恐れながら申し上げます。」

 

小鳥は覚悟を決めた。

一世一代の大勝負だ。

 

言いくるめるぞ!!!!!

 

「よい、申せ。」

「はい。」

 

小鳥はすぼめた息を吸い、スッと薄く吐いた。

 

シャンとした雰囲気を保ち、目を合わせる。

弱いからと()()()()()()()()()()()()()

 

ちょ、長寿を…舐めんな…!

 

「私は旅人にございます。今はただ、ケマモト村に滞在をしているだけ。友人の手伝いをしているのです。」

「その手伝いとは、なんだ。」

「申し上げることはできません。」

 

土蜘蛛は眉間に皺を濃くし、ギロリと睨めつけているくらいの迫力で、小鳥を見た。

 

「断る、などと申すのか。」

 

言外に「断ればどうなるか分かるな?」と言われたような気がする。

 

小鳥は泣いた。心で泣いた。

 

「元祖軍大将である土蜘蛛さまのご勧誘を断るほど、私は肝が据わってはいません。」

 

小鳥は一度、ゆったりと瞬きをした。

 

視界の隅に映る妖怪たちの姿を確認した後、言葉を発した。

 

「ですから、ここは一つ、知恵比べといたしませんか」

 

ざわめきが起こる。

土蜘蛛の表情は、言うまでもなかった。

 

今、断るなどという選択肢が無い勧誘中に。

少女は勝負を申し込んだのである。

 

あの、大妖怪に。

 

「私は三つの物語を語り、貴方様には()()()()()を探し出していただきます。」

 

小鳥はガネラである。

冒険譚は真実である。

 

故に、こういう風に拒否権無く誘われることは多い。

 

これは勝負だ。

勝負を始めさせる為の勝負。

 

「見事的中なされたら、私は元祖軍となりましょう。ですが、この勝負は本家とも行います。」

「ほう。」

「もし、本家軍が正解したら、それは当然、私は本家軍へと入ります。」

 

妖怪達がゴクリと生唾を飲みこむ。

圧倒されていた。

 

……だがそんなもの、意味が無い。

 

──土蜘蛛がゆったりとした動作で、胡座をかき、肘を突く。

 

惹いている。

 

「吾輩が、それを承諾する利点はなんだ。」

 

来た。

 

小鳥は背中に冷や汗をかきながら、だけども、澄ました笑顔を持って答える。

 

「誠心誠意、骨身を持って、お仕えします。踊りでも()()()()、なんでも。」

 

妖怪たちのざわめきが増す。

土蜘蛛も一瞬呆気に取られてしまった。

 

己の所有権、全てを明け渡すと言っているようなものだ。

 

「質問はなんなりと。元祖軍だからと、本家軍だからと、どちらにも忖度はいたしません。嘘偽りなく、同じコトを語ります。」

 

凛とした声はよく響く。

 

澄んだ眼差しに、真っ赤な情熱と青い冷静さが混ざって、土蜘蛛の見たことの無い瞳の色を作っていた。

 

「ただし、一つ。…………。」

「よい。申してみよ」

「私は()()()()知恵比べをしたい。ですから、貴方様だけに物語を語らせていただきたいのです。」

 

誰かに物語を共有することを禁じた。

つまり、誰かに相談は出来ない。

 

そして、勝負をするために()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「二人きりなど、許される訳がないだろう!」

 

当然の発言を、側近の激ドラゴンは叫んだ。

ムカデ的な容姿をした、力の強い、いつも怒っている妖怪である。

 

いくら大妖怪、強い妖怪だとしても、見ず知らずの人間と二人きりにする訳にはいかないのだ。

 

「ならば勝負はなし。無効とさせていただきます。」

「無効とすればどうする。」

「本家軍に入ります。」

 

上座に座る土蜘蛛の目が、スッと細まったのを見た。

 

小鳥は何も気取られぬ雰囲気で、真っ直ぐに、大将を見る。

 

「知恵比べをいたしませんか」

 

いつの間にか部屋はすっかり静かになった。

小鳥の静かな声が、まるで大きく聞こえる。

 

「この、人間風情と。」

 

全くの静寂が訪れる。

息遣いも聞こえぬ、緊迫した刻だ。

 

 

 

…………………

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

ハッ、ハァ……ハァ……!!!

 

 

 

小鳥は死にかけていた。

息を止めていたからである。

 

これに乗ってもらわないと、普通に不敬罪でヤられるかもしれない。

 

土蜘蛛が口を開いた。

 

「最近は凶悪な妖気を感じると泣く者が多い。」

 

小鳥は、ん??と思った。

 

どっかで聞いたな……と考えて、あっと思い出す。

 

これ六十年後のケータの家で聞いた!!!

 

そう。あの妖怪が大量にやってきた時のアレ(二話)である。

確かあれは、キモイ妖気がなんかめちゃくちゃ出てたから調査しに来たのだった。

 

なぜ、この六十年前のケマモト村付近で発生してるんだ。

そう考えて、至る。

 

お、追われてる……!

 

その妖気の持ち主が小鳥を追ってきた。

そうとしか思えなかった。

 

……小鳥はその妖気が自分の物だと理解していない。

 

二、三千年前くらいまでは普通の妖気だったらだ。

 

「して、そのような戯れに付き合うている場合ではないのだ……」

 

あっ、終わった。

 

小鳥は全然死を覚悟した。

前まで自分に使ってた封印(仮)の短剣刺して逃げようと思った。

 

笑みを浮かべ、土蜘蛛は言葉を続けた。

 

「だが、吾輩に啖呵を切るその胆力、気に入った。」

 

つ、つまり……?

 

土蜘蛛は近くの妖怪に顔を向ける。

 

「部屋に通せ。誰も近づけるでないぞ。」

 

か、勝った……!!!!

 

やったーーーーー!!!!!

 

「お、御館様!しかし!」

「吾輩が決めたことだ。……何か文句があるのか?」

「そんな……!滅相もございません。失礼致しました。すぐに用意させます。」

 

妖怪たちがドタバタ動き出し、小鳥はようやく詰めていた息を自由にさせた。

 

がんばるぞ!!!

 

 




土蜘蛛がガネラが怪我するとソワソワするのは、単純に戦いたいからです。
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