某妖怪「超有名冒険譚の主人公が目の前にいるんやが」 作:ピコッピコ
正直いって、ガネラという妖怪は存在していない、空想のイキモノであるというのが、妖怪の間では当たり前の認識だった。
だって考えてもみてほしい。
この伝記が書かれたのは1000年は前のことで、この伝記以外にガネラの証拠は無いのである。
作者が「いる」と答えているのが、唯一、夢を持たせられる言葉だった。
だから、目の前のおぞましくて恐ろしい妖気を漂わせる少女のような姿の妖怪が名前を名乗った時。
ウィスパーは恐怖と喜びと困惑で頭がおかしくなってしまったし、その衝撃で気絶してしまった。
さて、この気絶。
実は会えた喜びも然ることながら、妖気によるものが大きかったりする。
というのも、この妖怪─ガネラが漂わせる妖気があまりに恐ろしいのだ。
どう恐ろしいのかと言えば、おぞましいとも、気持ち悪いとも言える壮絶なもの。
ケータがおおもりやまへ向かう最中に妖怪を見かけなかったのは、この妖気に妖怪たちが恐れをなして逃げ出したからだった。
またもや話は変わるが、ケータは妖怪の友達が多い。
妖怪ウォッチを自称執事ことウィスパーに渡され、ジバニャンなる赤毛の化け猫と友達になった夏休みの間に、ウィスパーの用意した妖怪辞典─名の通り妖怪の辞典である─に載る妖怪たちほぼ全てと友達になっている。
このケータが住む桜ニュータウンなんかは顕著で、友達妖怪は数多く居た。
そんなケータの家から発せられる、おぞましい妖気。
友達とは、友達を心配する生き物だ。
「ケータ大丈夫?」
「本当に怪我とかしてねえか?」
「許せねえ…俺の友達に変なことしやがって!」
「だ、大丈夫だよ!なんもされてない…っていうか、俺全然気づかなかったし!」
ケータの家には大勢の友達妖怪が集まっていた。
ガネラが家にやってきてから未だ1時間しか経っていない。1時間の内にこの有様だった。
低ランクはEから、高ランクはSまでの妖怪が立ち寄りケータを心配してやってきたのである。
──絶っっ対に、ガネラが居ることは隠し通すでウィス!
ケータはウィスパーにそう言われたことを思い出しながら、必死に誤魔化し隠していた。
心配してくれるのは嬉しいが今ではない。
再三言うがガネラという妖怪は、妖怪の間ではとんでもない有名人である。ガネラが出現したとなればとんでもない事になるし、何より本妖怪が目立ちたくない様子だったので、ケータはこんなしんどい思いをしている。
特にケータは、ガネラがそんなにヤベエ存在だとは知らないので、疲労感は倍増していた。
「なにかあったら私を呼んでくださいね!」
「うん、ありがとうふぶき姫」
ドロンと帰って行ったふぶき姫に内心安堵のため息をついて、ケータはチラリと隣を見やった。
妖怪は強い縦社会で構成されている。
弱い妖怪のランクは低く、強い妖怪のランクは高い。よって、高いランク…Sランクの妖怪の数は少なく、当たり前のようにプライドも高く、気難しいことが多い。
ふぶき姫もSランクの妖怪であり、ついさっきまでやって来ていたブシニャンもそうだった。
Sランクはランクが高いだけあって誤魔化すのが大変であった。
今回、特にSランク(面倒くさいの)筆頭妖怪がいる。
黄色いフワフワした毛並み、9本の尻尾
「ふーん、本当に何も無かったんだね?」
「も、勿論でウィス!なーんもありませんでしたよ〜!」
桜ニュータウンの守り神とされている、伝説の妖怪キュウビである。
キュウビは桜ニュータウンに結界を張っている妖怪だ。
自分が守っている街に意味の分からない邪悪そうな奴が勝手に入ってきていたとなれば、探らないわけにはいかないのだった。
一番最初にやってきて、今までずっと尋問してきている。
ずっと相手をしているウィスパーの顔色は土気を帯びていた。
「君はあんな妖気が漂っていても気にならないんだ?」
「お、お恥ずかしながら昼寝をしていまして…」
「へえ…ふうん…」
死ぬほど疑われてる。
ケータの背中にも冷や汗が伝う。
ケータはチラリと部屋の押し入れを見た。外観はいつもと変わらない。
変わっていることとすれば、この中に隠しているものがある事だ。
「ところで……やけに押し入れを気にするネェ?」
「え゛」
あっやっべ
そう思った時にはキュウビは妖怪たちを掻き分けて襖に手をかけていた。
「待って!待って!」
ケータとウィスパーが飛びついてもぐらつくことすらせずに、無慈悲にも襖は開いた。
そこに居たのは少女であった。
長い髪と瞳が印象的で、着ている衣服が真っ白なドレスであることが目を引く。
ガネラが、ヒキコウモリを抱っこしながら座り込んでいた。
「………」
「………」
ジッと目が合う。
ケータは終わった…と思ったし、ジバニャンは空を見上げ、ウィスパーは顔面が土になっていた。
辺りはしんと静まり返っている。みなして押し入れに入っていたガネラに夢中だった。
「…ふーん、君、妖怪が見えるんだ?」
あ!尋問だ!
ジバニャンはそっと目を閉じた。もうなーんも知らねの顔である。
ケータもあ〜やべ〜と虚無を抱いて宙を見た。
絶望ムードの中、ウィスパーだけが違かった。
ウィスパーだけが、希望を捨ててなかった。
今この状況を打破する方法。
つまり、押し入れに隠していた理由を思いつかなくてはならない。
グルグルと思考が0.1秒の間に巡る。
散々巡った結果、ウィスパーは一つの嘘を思いついた。
「そ、その子は妖怪が苦手なんでウィス!!!」
でっけえ声であった。
そのでっけえ声は三軒隣まで届いたし、もちろん部屋の中を充満した。
空気が凍る。
「ふぅん…妖怪が苦手…ねぇ…?」
ゆったりとキュウビが振り返って、体を退ける。
その時、「ヒキコウモリ(妖怪)を抱きしめるガネラ」が目に入った時、ウィスパーは失礼ながら勝ちを確信した。
ガネラが立ち上がって走り出す。
すぐ様捕まる。当然だ。
目の前にいるのはSランク妖怪のキュウビなのだし、みすみす逃す訳が無い。
だが、キュウビがガネラの顔を覗き込んだ時、キュウビは
「本当なんだ」
と言って、ゆっくりとガネラを離してやった。
──ガネラの顔は、真っ青だった。
血の気が失せたと言えるその顔は、確実に怯えている。
震える手、揺れる瞳は怯えたか弱い人間そのもの。
「だ、大丈夫!?」
ケータが驚いて駆け寄る。
周りの妖怪達もバツが悪そうにざわめいている。
その間、ウィスパーとジバニャンは確信していた。
信じているケータには悪いが、これは演技であると。
末恐ろしい演技力である。
本当の事なんじゃないか、そう思わせてしまう。
だが、そんなはずは無い。
だって本人が妖怪なのである。
これがEランクDランク相当の妖怪であったら怖がっても無理は無いが、本人はあのガネラ。Sランク相当である。ないない。
「あの…そういう訳ですので…」
「…まぁ、納得してあげるよ」
ウィスパーがそう言うと伝説の妖怪は何とも無いような顔をして言った。
周りの妖怪たちも帰るようで、次々にケータに挨拶を投げて帰って行く。
最後にキュウビが帰って、ようやくケータ達は息をつくとこができた。
とは言っても、ケータだけは複雑そうな表情であった。
「どうしたの?大丈夫?」
「も〜ケータきゅんったら、さっきのは演技ですよ〜」
「え!?」
バッとケータはガネラを見る。
当の本人は涼しい顔をしてニッコリと笑っていた。
「…今の演技?」
「そうよ」
ハァーーーー
ケータはクソデカイため息をついて床に寝転んだ。
心配した自分が損したよ。
そう思いながら目を閉じた。
ケテ…タスケテ……
ガネラは怖がっていた。
殺されるかと思ったからだ。
理由は言わずもがな、あの妖怪たちである。
あんな妖怪に攻撃の一つでもされたら、ガネラは一瞬でお陀仏だ。
だからガネラは、あのなんかヤバい狐の妖怪が戸を開けた瞬間逃げ出そうとしたのだ。止められてしまったが。
ガネラは笑みを浮かべながら、その実震えてしかたがない。
心の中のガネラは隅っこで震えながらうずくまっている。
あの狐の妖怪がふすまを開けた瞬間、脳内に溢れ出す存在しない記憶──
あの鋭い爪を持った大きな手をかざされて何かすんごい力でジュッボッ(消滅する音)される光景が、脳内に鮮明に浮かんだ。
「にしても心配するよ…本当に演技?」
「ええ、もちろん。」
嘘である。
ガネラは普通に嘘をついた。弱いやつはすーぐ嘘をつく。強がりだった。
ケータは純粋そうにすご〜とか言って寝転がっている。罪悪感。
ガネラが胸を抑えている時、急に扉が開いた。
「ケータ、ちゃんと宿題やって……あら、どなた?」
「あっ」
見知らぬご婦人がいた。
目鼻立ちがどことなくケータに似ていると感じて、すぐさまこの女性がケータの母親であると気がつく。
ガネラは元々は人間だ。
妖怪としてある年月の方がうんと長いが、それでも心は立派な現代成人であった。
だから、礼儀とかはちゃんとしてるのだ。
「こんにちわ。ケータのお友達です。」
「あらあら、そうなの。やだケータったら、言ってくれたら飲み物持ってきたのに。」
「お気になさらないでください。私が転がり込んできただけなので。」
「礼儀正しいのね〜。今お茶入れてくるわ。オレンジジュースとか飲める?」
「飲めます。ありがとうございます。お手伝いしますよ。」
「あらあら気が利くのね〜」
ガネラは流れるようにお茶を手伝うことになった。
「本当に小鳥ちゃんって良い子ね〜!海外から一人で来たんでしょう?勇気あるわ〜。」
ごめん……
ガネラはそう思った。
質問に適当に答えていたらこうなってしまった。
小鳥とか即興で決めちゃったよ……
こんなつもりは無かった。
至って普通に答えていたつもりだったのだ。
常識外れな所は海外から来たことにして、容姿が少女であるのに親がいない事は一人で海を渡ったことにする。
名前は適当。正直完璧だと思っていた。
問題は、それによってケータの母親が想定を大きく超えてガネラに好感を持ってしまったことだった。
最終的に夕飯に同席させて貰っている。なんなら作るのを手伝った。
そんな事より、ケータがガネラ即席の設定についていけていない。
話を振られる度に必死に合わせているのが見える。
ケータから恨めしげな視線をよこされて、麦茶を飲んで誤魔化す。ごめんて…
「あ、そうだ!小鳥ちゃん、しばらくここに泊まってっていったら?」
「え!?」
ガネラは喉の変なところに麦茶が入ってむせそうになった。気合いでこらえる。
本当に想定以上に好感を持たれてしまったらしい。
このままだと妖怪シェアハウス〜消滅の危険性〜が始まってしまう。
こんな妖怪と友達の子の家とか無い命がいくらあっても足りない。
なんかお前ムカつくわ!ジュッ(消滅)になってしまう。
だがガネラは落ち着いていた。
普通に考えて、今日会ったばかりの妖怪を家に泊める訳がないのだ。
ほらケータ、言うんだ。無理と。
「へー、いいじゃん」
ケータ!?
ガネラは耳を疑った。
今いいじゃんって言った?
「部屋は一つ余ってるし…」
ガネラは断ろうと口を開こうとした。
ケータと目が合う。
キラキラしていた。
「………いいですね!」
ガネラは断れなかった。
子どもが好きなので……